三の二
船団の集まっている場所に戻った。宇受売は吾の背にあたかも神様の如く後光が射していると語る。吾は左様に大層なものではない、ただの隠者じゃ。されど何か得体の知れぬ想いが人を神に変えるのかもしれぬ。
吾は皆を一ヶ所に集め、高台に登って高らかに宣言した。
「よいか皆の衆、われらは祝福された民じゃ、神から蓬莱の地を与えられた。自由を得たのじゃ。始皇帝の悪政から救い出されたのじゃ。ここから北東に神が示した豊かな土地が広がる、皆で蓬莱の土地までゆこうではないか」
周り中にどよめきと驚きの歓声が上がった。民達は夢を見ている心地であった。たった今まで在りもしない幻の山と不老不死の妙薬を作る仙人を探させられて、見つからずに帰ってから処罰されると覚悟していた者が殆んどであった。
吾の策謀を知らずにここまで付いてきたのは、国に留まるよりましだからである。未知の海という、いつ死んでもおかしくない旅であってすら、政王始皇帝の君臨する大秦国よりは住みやすい、そう思って付いてきた者達。吾のことが神様に見えると皆が語った。
秦国は重税と賦役に苦しめられて、人がバタバタと死んでいった国じゃ。
生まれた子が男の子なら、物も食わさず殺してしまえ、
女の子なら、飯を食わせて大事に育てよ
こんな歌が巷で流行った。吾の父も直道造りで死んだ。男は皆重労働に取られて生きて帰れる者が少ない。
…長い目で見れば偉大な事業を行った始皇帝ではあるが、当時の人達にとっては有難迷惑でしかない。燕雀には鴻鵠の志は分からないものである。あまりにも事を急ぎ過ぎたが為に秦の国は短命で滅びた。…
こうして吾が創った国こそ倭じゃ。そうじゃ、誰言うとなく吾の名前をとってヤマトと呼んだ。尤も現時点ではあちこちに散らばった村の集まりにすぎんがの。
吾こそはカムヤン、カムヤマトと言われるオノコじゃ、
カムヤマトイワレビコじゃ。
吾の連れてきた者達はこの地に製鉄、農耕、捕鯨、漁業などを伝えた。文字もしかりじゃ、東の地(熊野)に漁を生業とする民草がいるが、聞き慣れぬ言葉を話し、文字を持たない。そこで少しだけ文字を教えた。その民達は海の民と言われる。――
和歌山県の新宮市に徐福公園があるが、彼を讃えて造られたものである。徐福が那智山に登った故事以来、高い山には神が住むと言われ、徐福を讃える山岳信仰が日の本中に伝わった。
支那国では宋の時代に徐福の伝説が伝えられ、徐福こそ初代の神武大王ではないかと言われている。そして倭政権こそ徐福の率いた倭族の子孫達ではないかという。
松浦首の話で倭の国の興りがだいぶ分かってきた。すんなり倭に従うことを決めた理由がよく分かった。もともと松浦邑の民草達は倭の一員だったのである。何かタケルは久しく逢えずにいた幼馴染みに逢えたような、そんな感覚を松浦首に感じた。
一行は今宵頂の小屋で干草に包まって泥のように眠った。西征の旅も半分を終え、タケルは久しぶりに心地よい眠りに落ちていった。
――白い海鳥達がフワフワ空に浮かびながら、やかましく呟きあっている。
「んーん、磯の香りだ」
腕を広げ、めいっぱい息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
ふと眼を開けると、
「ん、何だ? ここはどこだ・・・船か、どうしてこんな大きな船に・・・」
吾は思わず艫の欄干に駈け寄り、彼方を見た。
「誰だ、あの女は・・岸辺でひたすら手を振っている、いったい誰に・・」
周りを見回すが、側には誰も居ない・・
「おや、もしやあれは、おふうはんではないのか・・そんな、おふうはんだぞ」
何がどうなっているのか分からないが、どうやら吾は恋しい娘と未来を約束していながら、戦のために船出したようだ。娘は死んだはずの市乾鹿文。吾の姿を追い求め、御山の頂で市乾鹿文はずっと手を振っている。やがてその姿も小さく見えなくなり、陸地は点となって海のかなたに消えた。
久しく忘れていた悲しみが込み上げて、胸が苦しい。吾はそのままじっと彼方を見つめ続けた。
すると、にわかに空は掻き曇り、波が荒々しく飛沫を巻き上げ始めた。
「何だ、どうしたのだ・・・雨か・・」
ぽつんと頬に当たったかと思うと、彼方から怪しい雲が近づいてくる、天を支える柱かと思えるほど大きなどす黒い雲、竜巻だ。途端に垂直に稲妻が走り、稲光が海の中に吸い込まれるように海面に落ちて没した。
ドドーッ
車軸のような雨が落ちてきた。
水夫達が船縁に寄って海を見つめ、騒ぎ出す。吾も近づき目を凝らすと、巨大な渦が竜巻にかき回されてぐるぐる回っている。ゴーッと低い唸りのような音を立て、海の水を上空に吸い上げ、周りの音をくぐもらせる。
「・・・・・」
土砂降りの中、水夫が何か叫んでいるが、丸で聞こえない。船は渦の縁に捕まり、このままでは吸い込まれてしまう。水夫達は一斉に漕ぎだした。しかし船は次第に渦の中心に引き込まれる。
「もう駄目だ・・」
吾は欄干に必死にしがみついているが、渦の中心は竜巻だ、バラバラにされる。
捻られて船が軋んだ。帆が唸る暴風にさらわれ、一瞬で消え失せた。からくも船体が竜巻に破壊されずに済んだのはいいが、とうとう船は渦の中心で垂直になって水の中に沈み出した。吾は宙吊りになって必死に欄干にしがみつくが、手が痺れてきた。
「ああ、三太夫・・」
叫んだが、三太夫も水夫達も暴風に弾かれて海に投げ出され、藻屑となって消えた。
「駄目だ、手が滑る・・」
とうとう吾も暴風に巻き上げられ、水の中へ叩き付けられた。
渦に飲み込まれ、吾は一瞬目を瞑った、何も見えない中で必死にもがいた。苦しくて目を開けると、辺りは真っ暗で、ぽかっと明るい海面は既に彼方に遠ざかっている。
(このまま死ぬのか・・何の音も聞こえない、ただひたすらに暗い世界だ。死ぬとはこんな感覚なのだな)
手足をばたばたさせてもがいていたが、次第に動けなくなり気が遠くなって来た。一瞬、流れに揺られて白い布がはためくのが見えた。
(なんだ、お迎えが来たのか・・・)
白い布は段々近づいてくる。よく見ると白い衣を着た髪の長い乙女であった。乙女は海豚のように泳ぎ近づき、朦朧とする吾の手をしっかり掴むと、一気に上に向かって泳いでいく。
(何が起こったのだ?・・)
あっと言う間に水面に達し、謎の乙女は勢いよく吾を空に向かって放り上げた。
(うっ・・)吾は思わず目を瞑った。
日差しがかっと照りつける。眩しいのに無理に薄眼を開けると、どす黒い雲は跡形もなく消え失せている。嵐は既にやんでいたのだ。
吾は青々とした海原を下に見ながら、ぐるぐる旋回し、天空に向かって飛んで行く。
不思議なことに、吾は白い鳥になっていた。――
実におかしな夢であった。夢は未来を占う前兆であるとかつて倭姫に聞いたことがあるタケルは、この夢が何を暗示するのか気になって、松浦首に訊いてみた。
「不思議な夢で御座るな。御子様が水難に遭われる恐れでも暗示しているのかもしれませんな、十分にお気を付け下さい」
「確かに水難かもしれない。しかし空を飛ぶ鳥になるというのはどういう事なのか・・」
「さて、これも鳥と関係があるのかも、あるいは天空と・・この御山は神聖な山で御座る。山に宿る神が御子様に何かを告げたかったのかもしれませんな」
確かに何かを感じる山だった。タケルは決して忘れぬようにと、この事を深く心に刻むのだった。この御山という高台が極めて神々しい山であることは、ずっとのちになって分かることになる。こういう話がある。
――吾はこの御山の麓に住む漁師のカガチだ。
宣化二年(西暦五三七年)、大伴狭手彦連というものが都から派遣され、この地に辿り着いた。韓国の加羅国(任那)に軍勢を引き連れて渡航する為である。加羅国は韓国における日の本の拠点である。新羅に攻められ、苦戦する同盟国、百済が援軍を要請してきたのだ。
狭手彦は渡航の用意をしているうちに、この地に住む村おさ、松浦氏の美貌の娘、左用姫に恋をしてしまった。夜毎に通って、とうとう求婚してしまう。馬鹿なことをする奴だ。
(生きて帰れぬかもしれないと分かっていながら、罪なことをしてしまった)
狭手彦は自責の念を抱いている。ふふふ、人間とは愚かなものだ。
狭手彦がついに渡航する日が来た。きっと無事に戻ってみせると言って船出した狭手彦を、左用姫がこの山に登って見送った。懸命に褶を振って、胸には夫狭手彦の忘れ形見として受け取った鏡を抱いている。吾はその姿を朝日の中で見ながら漁に出た。
…褶とは今で言うと襟巻かスカーフのようなものであろう。…
必死になって褶を振り続け、涙をぽたぽた垂らして夫の船を見続ける左用姫。やがて見えなくなった船に、追いすがるように山を下って河口に辿り着く。・・・
櫓を手繰り、西日を浴びて吾は入り江に戻ってきた。売るほどの収穫も無い。
「おや、あれに見えるは佐用姫ではないか。山から降りて、河口に来てまで海を見つめているのか・・」
変な女だ、今日出かけて、今日帰ってくるはずもない。行き先は荒れる海を隔てた韓国であろうが、ふふふ。
翌日また朝早く漁に出た。佐用姫が飽きもせず山に登っている。よしゃあいいのに、また褶が風に靡いているぞ。夕方また入り江に戻ると河口に佐用姫が立っている。吾は舟を操りながら、佐用姫を横眼で追った。佐用姫の視線は彼方の水平線を見つめている。
それから数年というもの、雨の日も風の日もこの繰り返しだ。吾はそのうちに気の毒になってきて、度々佐用姫の家に魚介を届けてやって慰めた。佐用姫には待てど暮らせど便りのない日々が続く。人間とはつくづく不思議な生き物じゃ。
吾はなぜかこの佐用姫のひた向きな姿に胸が締め付けられる。頼むからもうやめてくれ。いつの間にか吾は狂おしいほどに佐用姫がいとおしくなっていた。
ある夜、吾は狭手彦にまんまと化けて佐用姫のもとへ忍んで行った。
本物そっくりの姿に佐用姫は驚き、喜んだ。ひたすらに縋りつき破顔して涙を流す佐用姫。やはり佐用姫は笑顔の方が似おうておるぞ。
その時月明かりに照らされて、狭手彦の顔が、化粧台に置いた忘れ形見の鏡に映った。
「キャー」
佐用姫は卒倒するほど驚いて、部屋の隅に飛びのいた。鏡には、目の赤い大きな白蛇が鎌首をもたげて佐用姫を抱き寄せている姿が映っていたのだ。
(し、しまった、見られてしまったぞ)
吾は驚いた、己が姿を佐用姫に見られてしまい、恥ずかしくて顔を上げられない。真っ赤になってスルスルと逃げ出した。何ということだ、佐用姫を癒すつもりが、却って傷つけてしまったのか・・
吾はカガチ、この鏡山に住む蛇神なのじゃ。
さらに数年が過ぎた。その間どうしても佐用姫を忘れられない吾は、普段の漁師姿の若者に化けて度々忍んで行った。だが佐用姫の想いは変わらぬ、吾はいつまで待っても近所の良き友でしかない。わが想いなど届くはずもない。
ある時、吾は佐用姫のかたくなな思いを開かせようと、一計を巡らせた。
「(だいぶやつれてしまっているな)佐用姫、また魚を持って来たから食べてくれろ。ちゃんと食わんと、精が付かんぞ」
吾は早速魚を捌いて塩を振って焼き始めた。そして鏡に気を付けながら焼けた魚を器に盛って、佐用姫に差し出した。
「佐用姫よ、心してお聞きなされ。倭の軍勢は新羅の軍におされて大敗を喫したと聞く。全滅したというぞ。もう帰らぬものを待っていないで、わが妻と・・・」
「そんな・・・」
佐用姫は吾の言葉を制して、すっくと立ち上がった。
何をするのかと思ったら、急に鏡を抱えて外に走り出てしまった。吾も後を追ったが追い付けない。嘘とも知らずに佐用姫は、狭手彦が最早この世に居ないと信じてしまい、ひたすらに川沿いを海に向かって走っていく。
そして、岬に辿り着いた佐用姫はただひたすらに沖を見つめ涙を流す。驚くなかれ、流す涙が玉の如くに輝きながら固まり出して、佐用姫の五体を覆って行く。そして吾の見ている前で、ついに佐用姫は悲しみにくれて石と化してしまった。
吾はこの上なくわが罪を呪った、我欲のままに、無益なことをしてしまった。そして、佐用姫の後を追うように、首を垂れた姿の松の木となって詫びをした。
時が移り、奇跡的に生き残った狭手彦が帰国した。そして、このありさまにいたく悲しんだ。今でも佐用姫の石が松浦川の畔に立っているという。
万葉集で山上憶良が詠っている。
遠つ人 松浦左用比売 夫恋に
領布振りしより 負へる山の名
この褶を振った山を褶振の峰と呼ぶようになったとも、また夫の忘れ形見の鏡にちなんで鏡山とも言われるようになった。――
…『肥前国風土記・弟日姫子』より、改編。…
タケルの見た夢と松浦佐用姫の話とは似ているようだが、係わりある筈はない。ここでは、この御山が実に神秘的な山であるとだけ申しておこう。
タケルと三太夫は松浦の地に留まり、こののち一年ほど西国で過ごした。
陸地を塞いだような山(多良岳)の海に落ち込む稜線を通って、南の半島にある村、後世の長崎付近にある漁村に立ち寄り貢納させた。ぐるっと湖(大村湾)を一周して再び別の漁村(伊万里)に来た時、西の海に浮かぶ知訶島という群島に土蜘蛛が居ると聞いた。大知訶島に小知訶島などからなる群島(五島列島)である。
大船のある松浦邑に戻って、海路使者を派遣すると、大知訶島の福江の長者は、
――これから毎年アワビの干物を帝に送りましょう
と言ってきた。タケルへの土産のアワビも添えてあり、料理人まで来て食べ方を教えてくれた。そこでタケルは今回頂いたアワビの干物の返礼に玉を一個贈って、福江の長者を首に任命した。のちに知訶島(五島)のアワビは味の良さで世界的に有名になったほどである。
…なお、伊万里地方は戦国時代以降、唐津焼や有田焼、鍋島焼などの陶磁器の積み出し港として有名となるが、当時はまだ土器の時代である。支那国ですらまだ未開発の分野であった。…
火山の噴火と日照りに悩まされ、雨乞いをする民、そうかと思うと台風が来て根こそぎさらわれて、何もかも失くしてしまう民。この地で生きる民は皆忍耐力がなければならない。たえず自然に痛めつけられているせいか、気性が荒々しくなるようだ。
阿蘇をはじめとして、飢饉や災害で苦しむ民の救済をしたり、新しく倭に加わった者達に纏向へ貢納させたりと、この一年はタケルにとって繁忙を極めた。
この二年余の西征の旅も、折り返しである。タケルにとって長く充実した日々であった。様々なことを学び、経験し、成長した。恋も知り、身近な者の死も経験した。
家来であり師匠である三太夫はそんなタケルに以前とは違う頼もしさを感じ、時おり思い出してはにんまりするのであった。




