二の二
彼ら隼人に歓迎され、われらは村(霧島市付近)に招待された。
巨大な円盤を二つ重ねたような形をしている構造物(環濠集落という)に案内された。
内側の円盤には、高床の倉庫を中心にした大きな広場、その脇に村おさの伏屋根の家、井戸や共同の厠などがあり、物見の櫓が二つ両端に建っている。円盤全体の周りに土を盛り板塀と濠を巡らし、吊り橋で出入りする入口がある。
外側の円盤に民達の伏屋根の建物が十数個点在する。そして再び塀と外濠が周囲を囲んでいる。外堀の外側にも伏屋根の家が点在する、中に入りきらない家が外にあるのだろう。
ひと目見て吾は脅威を感じた。これは立派に城砦だと思った。中にざっと百人は住んでいる感じだ。
服装を見るにかなり遅れた民草と思っていたが、これ程の建造物を造る技術の高さはどうだ。そして城砦を造るからには攻めてくる敵がいるはず、それは一体誰なのだ?
…ちなみに九州では弥生時代の環濠集落址が北部を中心にあちこちから発見されている。部族や村同士の争いもさることながら、大陸からやってくる海賊への備えだったかもしれない。『日本建築様式史』美術出版社を参考。…
とにかく隼人達の言葉が解らなかった。村おさが手招きしている。伏屋根の家を三棟空けて、ここに住めという仕草のようだ。喜んで従った。
島の知識を得るためにここに逗留するうちに何人かは次第に言葉が解ってきた。片言ではあるが、宇受売が一番早く話せるようになっていた。
どうやら彼らが怒っていたのは、神の山を無礼に立って眺めていたからだという。高千穂山(霧島山系高千穂の峰)には隼人の守り神が御座なすという。村おさはホデリという者だ。さしずめ火照と文字を宛てておこう。
高千穂山に毎日祈りを奉げれば、収穫や漁獲も安定し、病魔も退散する。山は麓から崇めるもので決して登ったりしてはいけない。不敬なことをすれば火を吹いてお怒りになるという。この地には至る所に火を吹く山があるようじゃ。吾はこの山が蓬莱であるとは思っていない。
また、この城砦化した建造物が何のためなのか聞いて見ると、この辺りには村が五つほど在って時折互いに略奪し合う、自分らも同じことをするという。特に西の海辺の串木野村とは仲が悪い。同じ山神様を崇めているため、麓に住む隼人村が一人占めしていると串木野の衆は非難している。
食料や装飾品、道具の類から女、子供に至るまで略奪の対象となる。それを守るために自然にこのような形式の環豪の建物が編み出されたという。今ではどの村も同じように砦を築いて守りを固めているので、それが為に均衡が保たれ、平和が維持されている。
この辺では稲作も伝わってはいたが、まだまだ面倒で手間のかかる稲作よりも、おもに猪や鳥を飼育し、漁業、芋、木の実などの採集で生計を立てた方がましと思うものが多い。人だけではなく獣害にも悩まされ、広い場所を要する田や畑は外にしかないから、見張りが欠かせない。
…ちなみに、発掘調査の結果から、この地では縄文時代から肉や魚の蒸し焼きや燻製、木の実を粉にして練って焼いたパンなどを食したことが分かっている。食生活は殊のほか多様だったようだ。…
吾は十人ほど連れて串木野村に赴くことにした。残りの者は村の一員と同じように火照に従って分担された野良仕事をせよと命じた。これも修行じゃ。
予想に反し串木野の民草は友好的だった。われらの姿が珍しく、興味津津の態だ。宇受売のお陰かもしれん。この女子にかかると人間は愚か、動物までもが虜にされる。実に不思議な能力じゃ。村おさに招待され、数日泊まることにした。
二日目の夜である、村おさの娘トヨタマ(豊玉)が吾の臥所に忍んできた。嬉しくもあるが、村おさに知れるとまずいと思い、丁重に断ると、豊玉は父の言いつけだという。吾は納得して若い豊玉を抱いた。
この日から吾は豊玉と夫婦の如く親しくなり、簡単な術を授けたりして過ごした。季節を知る術、占卜の法などである。こうして串木野村とは予期せずして深いつながりを持つことになった。
この時、不機嫌そうに吾と豊玉の様子を覗う者が居た。
「これ、カゥハォよ、汝は大それたことをしてしまったぞ」
お婆の日孁である。
「うう・・そうじゃ、頼まれたので抱いてやった、何か悪いのか」
「この阿呆、あの女子が子をなしたら何とするつもりじゃ」
「どうもせんわい、女が望んだから種をくれてやっただけのこと」
「この馬鹿もの」
お婆は喚きながら杖を振るって吾の頭を叩く。
吾は許しを請うた、ひたすら謝った。頭が瘤だらけになって血が出た頃、お婆は叫び叩くのをやめた。
「カゥハォ、子をなすということは子の親となることじゃ、子を育てる義務が生ずるということじゃ。誰がなんと言おうとお前にはその義務が生ずる、放棄することは出来ん」
お婆は一段と声音を上げる。
「もし無視してあえて放棄すれば、必ずやのちの禍となろうぞ」
吾はさんざん説教されて、しな垂れてしまった。他の者が見ていたなら、さぞかし吾に興醒めした事だろう。それほどにこの日孁お婆は吾にとって怖い人だった。吾の師匠であり、祖母なのだ。
吾の父は支那国の大王始皇帝の命で賦役を課されて、重労働の末に死んだ。母もあとを追うように病で死んだ。吾はこのお婆に育てられたのじゃ。お婆は神仙の術者で達人である。最早八十にならんとするのに肌は艶やかで足腰も吾と変わらん。吾の側を離れず、どこにでもついてくる仙人のような女性じゃ。
日孁お婆はこの一件以来、事あるごとに吾に話すことがある。
「吾には見える、いつかきっと汝の子孫がこの隼人の地の王となる事だろう。吾が死んだら、この地の北の御崎に塚を築いて吾を埋めよ。そして吾の御霊の黄泉がえりを信ぜよ。隼人はいつか必ず汝の国に刃向うだろう。吾は生まれ変わってそれを阻止してやろうぞ」
「お婆、やめてくれ、そんな縁起でもない・・」
「カゥハォよ、よいか忘れるでないぞ、吾が死ねばこれより遥か北の御崎に塚を築いて葬るのじゃ」
「分かりました、そう致します」
口を開けば同じことを言う、素直に応じておこう。まだまだ元気なお婆じゃ、きっと吾の戯れを叱ったのだろう。
そういえばお婆は日頃から化粧に気を使っていたが、あの鏡は一体いつからあったものか。大きな鏡で、お婆はいつも大事なものをひとまとめにして布で包んで背負子に付けて背負っている。実は吾も粗末な鏡を一つ持っている。顔を写すためというよりも術を行う道具なのだ。
お婆が時おり出して呪文を唱えながら覗きこんどる時、妙に光って気になったものじゃ。吾の家にはあまりにも場違いで派手な鏡で、触ろうとすると叩かれた。
鏡の裏面に朱雀、清瀧、玄武、白狐という四神が四隅を守る形の図柄を配し、中央に日輪の女神が配されたものじゃ。
…この鏡は四神四獣鏡と呼ばれる。お婆こと日孁貴妃は、秦王政(始皇帝)に滅ぼされたどこかの国の大后もしくは皇女だったのかもしれない。…
ひと月ほどして隼人村に戻ると、火照はわれらが既に殺されたと思っていたらしい。
「串木野の民は皆よき者達であったゆえ吾の友となった。火照よ、汝も吾の友であるな?」
「敵の友は敵だ、友などではない。もうお前らをここへ置いておくわけにはゆかん、出て行け」
宇受売が頼んでも聞き入れようとはしない。
仕方なく砦を出ていくと、入れ違いに漁夫達が血相を変えて走り込んでくる。何が起きたのか気になって、われらは様子を覗うべく外で待っていると、中から火照が五、六人連れて槍を持って出てきた。
戦でも起こるのではないかと不安がよぎる。どうしたのか訊いても応えず、浜辺に向かう。仕方なくわれらも付いて行った。
浜辺では隼人達が砂地にしゃがみ込んで、海に向かって拝んでいる。
いったい何に?
見ると沖の方で大きな水飛沫が上がり、海鳥達が群れている。あれは鯨の群れじゃ、大きな体で水面に飛びあがっている。隼人達は鯨を知らんのだろうか。大海からこの狭い入り江の中に迷い込んだものであろう。
「火照よ、鯨などを拝んで、一体どうしたというのじゃ」
「海牛だ、海牛が来ると漁にならん、不吉な魚だ。だから早く去って欲しくて拝んでいる。居座るようなら戦うしかない、犠牲者がたくさん出る・・・」
火照は悲嘆にくれて、溜息を吐いた。
「ははは、それはおかしいぞ、鯨は良き魚じゃ、魚をたくさん連れて来てくれる。よし、吾に任せよ、小舟を五艘貸してくれんか、あの海牛なるものを一頭退治してやろう。さすれば群れも去るだろうよ」
火照達には何が何だか分からないようだ。彼らは海牛を、巨大な化け物か悪霊の類とでも思っているらしい。吾は家臣らと供に槍を携え、浜に乗り上げてある船に三人ずつ乗り込み、鯨に向かって漕ぎだした。
鯨の群れを四方から囲み、配置した。合図をすると皆が櫂や槍で舟の縁を叩いて音を上げ、次第に鯨に近づく。
鯨は耳がいい、良すぎる。ゆえに音が四方から聞こえると混乱して訳が分からなくなる。一頭を除いて沖側に僅かに空けた隙から逃がしてやり、狙いの一頭を浜に追い込む。
狙いどおり鯨は浜辺の浅瀬で身動きがとれなくなった。そこを槍で一斉に突き殺す。
「迷い込んだ鯨は悪霊などではなく、天の恵みじゃ、これを獲って食わねば何としようぞ」
火照達は茫然と見つめるだけであった。
われらは既に鯨を浜に引き上げ、解体に掛かった。吾は鯨の背びれの後の部位に刃を突き入れ、拳大の肉を取り上げ、手掴みのまま一口頬張った。美味い、絶品じゃ、久しく忘れていた味じゃ。
吾はそのかじりかけの肉を火照に持っていって、差し出した。半信半疑でぼーっとしている火照は、吾に勧められるまま一口がぶっとかじった。思わず口元が綻ぶ。
「旨い、これは旨い!」
むしゃぶりついて残りを全部食べてしまった。
背びれから尾にかけた霜降りの肉で(尾の身という)、鯨肉の中で最も美味とされる肉である。蕪骨という頭の上(上顎)にある軟骨の肉も焼いて食うと旨い。
とにかく鯨という魚は捨てる所が無い、これ以上ない天の恵みなのじゃ。
やがて捌いた鯨の肉を浜辺で焼いて、皆で酒盛りとなった。火照はわれらを見る目をがらりと変え、再び友となった。また村に招待されて長逗留となる。
吾は鯨の獲り方や料理法などを教えてやった。村同士の仲違いを何とかしようとしたが、こればかりはどうも上手くはいかなかった。漁場の争いがあるのかもしれない。
吾の名はカゥハォなのだが、隼人の者達にはハゥアリと聞こえるようで、火遠理とここでは称している。そして吾は火照と兄弟の契りを交わした。
…古事記では海幸彦は火照で、山幸彦は火遠理という。二人の父は天孫降臨神話の主役である爾爾芸命に当たる。火遠理の孫が隼人族の王になると言われる。父が豊玉姫の子で母は豊玉姫の妹玉依姫である。名前は同じカゥハォ(火遠理)と呼ばれ、隼人族の国、曾国の祖となる。…
梅雨も上がった頃、吾は隼人達に別れを告げて北に向かった。人の住む所とてない山並が続く。山賤ぐらい住んでいてもよさそうなものだが、居るのは野山に住む獣ぐらい。山を避け海沿いに向かって三日も歩いたころ、一隻の船が見えた。われらの部隊が入り江に着けて待っていたのだ。残りの九隻は先に進んだという。
船部隊は既に伏屋根の建物をたくさん作り、広場の端に倉も建てて住み着いていた。大きな川の南側の台地上にあり、四、五十人ばかりの村である。隼人村と違い、濠などはない。川は熊川(球磨川)と名付けたらしい。沖には小さな島がたくさん浮かび、良い漁場となるであろう。北東に煙を上げる山(阿蘇山)が見える、蓬莱山に似ているように思ったのであろうか。
夜、再会を祝い広場の中央に篝火を焚き、円陣を組んで酒宴を催した。皆が囃し、踊り出す、宇受売も踊り出した。何人かは棒切れで丸木を叩いて楽を付ける。この地に来て一年余、この島の暑さは踊り明かし、飲み明かして忘れるに限る。
すると傍らですわって串焼きの魚を食べていた日孁お婆が急に咳き込んだ。
「お婆、大丈夫か。ゆっくり食べないと骨を喉に引っ掛けるぞ」
「いらぬお世話じゃ、年寄り扱いするでない」
と、お婆は吾を睨んだ。しかし、どことなく顔色が優れぬ気がする。
お婆は地酒で喉を潤すと、前に置いた背負子の中身を探り始めた。何をしているのか?
「カゥハォよ、汝にこの大事な鏡をやろう」
と言って、布袋から鏡を取り出した。
「なんと、お婆、いいのか? 大事な鏡ではなかったのか」
「だからやるのじゃ、家宝と思って大事に扱うのじゃ、決して手放すでないぞ、よいな」
吾は喜んだ、しかしこんな大事な鏡をお婆が手放すとは一体?
翌朝、お婆は起きなかった。眠るように死んでいた。きっと死期を悟り形見として鏡をくれたのだろう。お婆から教わった秘伝を行なう道具じゃ。
吾はお婆の言った通り、御崎であるこの地に塚を築くことにした。
「お婆よ、長い間吾を諭し、導いてくれた、礼を申す。この御崎から旅立っておくれ、そして再び相まみえたいものじゃ」
皆が持っている貴重な翡翠を集めさせて、お婆を飾り付け、生まれ変わりを願った。
この村(現在の八代市)を築いた舟おさ大熊に、吾が今まで使っていた鏡を授け、お婆の塚守を命じて守らせることにした。――
長い話にいったん幕が下りた。
小碓はとりわけ日孁とかいうお婆の言った隼人族の王の話が気になった。実に意味ありげな言霊であった。それにしてもこのカウハォ様とは一体どういう人なのか、この時の小碓には雲を掴むような話であった。
大熊の見守る塚山を社と言い、のちに大熊自身が社様とか社の長者などと呼ばれ、その地位を子孫に継承した。また、大熊の治める地域として熊という国名が残ったのである。そして、実に神社という語源の社という言葉は、この時に始めて出来上がった言葉なのである。九州三大祭りの妙見祭で有名な八代神社との係わりは良く分からない。
当時の鏡は現在の用い方と全く異なる。初めは鏡とは信仰上の儀式の道具であって、お日様、太陽を表していた。日孁一族のように占いなどの術を用いることにも使われた。そして次第に権力の象徴となっていったのである。
死者を水で清め、化粧を施して翡翠で飾るのは、肉体を守る魔除けのためである。黄泉の国に住むという魑魅魍魎が死者の肉体を食い散らかすと言われるが、魑魅魍魎は輝くものを嫌い、近づくことが出来ないとされている。
これから向かう熊曾という国にどんな運命が待っているのか、二人の若者は奮い立つ心を押さえながら神宮を辞去した。
(乙女・・そしてカゥハォ・・隼人族の治める国か・・・)
何か狐につままれた気分で立ち去る小碓と三太夫であった。




