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【書籍化・コミカライズ連載中】婚約破棄からの溺愛生活  作者: 彩戸ゆめ
竜帝国の新生活は試練がいっぱい

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第53話 神力

 翌日、シリウスの許可を得た私はクロスの研究室を訪れた。

 そして護衛として、アダムとシャロンも同行してくれることになった。


 研究室は、宮殿の奥深くにあった。

 古い石造りの建物で、扉を開けると、本と羊皮紙の匂いが鼻をついた。

 部屋中に、本棚が並んでいる。


 そして、テーブルの上には、様々な道具や古い遺物が散乱していた。


「番様、ようこそ! お待ちしておりました!」


 クロスが、興奮した様子で迎えてくれた。

 その目は、昨日と変わらず輝いている。


「こちらへどうぞ。まず、アキテーヌの遺物について説明させてください」


 クロスが、テーブルの前に私を案内する。

 そこには、いくつかの古い品が置かれていた。


 壊れた杯、欠けた皿、色褪せた布――。

 どれも、古代のものに見えた。


「これらは、すべてアキテーヌの遺物です」


 クロスが誇らしげに言う。


「ドラゴラム帝国には、アキテーヌの遺物が多く残っているんです。古代、アキテーヌ王国と竜人の帝国は、友好的な関係にありました。だから、多くの交易品や贈り物が、この地に残されているのです」

「でも、これらの遺物は……壊れているのね」


 私が言うと、クロスは頷いた。


「ええ。時の流れには逆らえません。それでも以前は微かに神力が残っていたそうです。記録によれば、この杯は、かつて水を浄化する力を持っていました。この皿は、乗せた食べ物を温める力がありました」


 クロスが、一つ一つの遺物を愛おしそうに撫でる。


「でも、今は動きません。残っていた神力を使い果たしたのでしょう。ですから番様に神力を注いでいただければ、復活するのではないかと私は考えています」

「神力を注ぐって言われても、どうすればいいのか分からないわ」


 クロスの目が、さらに輝いた。


「その指輪」

「え?」


 クロスは左手のアキテーヌの星を見る。


「番様の指輪は、間違いなく神力を持っています。それも、かなり強力な。昨日、あれほどの結界を張れるということは、相当な力が込められているはずです」


 クロスの目には、学者としての好奇心と、畏敬の念が混ざり合っていた。

 クロスは続けて言った。


「その指輪はアキテーヌの女王の資格を持たない者が持つと色が変わると聞きました。お借りして拝見させていただけますか?」


 私はどうしたらいいか、アダムとシャロンを見た。二人が頷くので、指輪をはずしてクロスに預ける。


 アキテーヌの星が、赤から青へ変わった。

 クロスは、青く変わった指輪をしばらく見つめていた。その目には、深い感動が浮かんでいる。


「素晴らしい……本当に、色が変わった。これは、紛れもなく本物です」


 クロスが、感嘆の声を上げる。


「アキテーヌの星は、王家の血を引く者、そして女王としての資格を持つ者だけが身につけられる。それ以外の者が手にすれば、このように色を変えて警告する。なんという精緻な魔法でしょう」


 クロスの声は、興奮に震えていた。学者としての好奇心が抑えきれないようで、指輪を光にかざして、様々な角度から観察している。


「この輝き……まるで生きているかのようです。神力が、確かに宿っている。それも、途方もなく強力な」


 クロスは、名残惜しそうに指輪を私に返してくれた。


「お返しします、番様。貴重なものをお見せいただき、ありがとうございました」


 私は、指輪を受け取って、再び左手の薬指にはめた。

 指輪は、まるで私の元に戻って安心したかのように赤い輝きを取り戻す。


 クロスは、その様子を見て、満足そうに頷いた。


「やはり、番様には強大な神力がある。この指輪がその証です」


 そして、クロスは少し考えるような表情を浮かべた。


「番様、もし差し支えなければ、お聞きしたいことがあります」

「何かしら?」

「この指輪以外に、アキテーヌの遺物をお持ちではありませんか?」

「いえ、これだけよ。他には何も」


 そもそも母の遺品は異母妹のニーナに奪われて、この指輪しか残っていない。もしかしたら他にもアキテーヌの遺物が伝えられていたのかもしれないけれど、今となっては何も分からない。


「そうですか……」


 クロスが、少し残念そうに呟いた。


「アキテーヌが滅んだ時、多くの遺物が散逸したと聞いています。もしかしたら、どこかの王家の宝物庫に、今もひっそりと眠っているかもしれませんね」


 クロスが言葉の余韻を残すように呟く。

 私は自然と指輪に触れ、左手を見下ろした。


 アキテーヌ――神々の血を引いた神族の国。

 偽王の簒奪という背信が、神の怒りを招き、その栄華はわずか一夜にして終焉を迎えた。


 生き残った者たちは神性を失い、竜人、獣人、人族へと姿を変えたのだという。

 それでも、彼らの血の中には微かに神の名残が残っていた。


 そしてそれを最も色濃く宿していたのが、ここ、竜人のドラゴラム帝国だ。


「だったら、アキテーヌの遺物がいちばん多く残っているのは……この帝国、かもしれないわね」


 私は、そっとクロスが集めた遺物たちに視線を落とす。

 それらはどれも、語らずとも遥かな時の重さを宿していた。


 私の言葉に、クロスがぱっと顔を輝かせた。


「さすが番様! その通りです。実は……この帝国には、いまだ動いているアキテーヌの遺物があるんです」

「動いてる……?」


 私は聞き返し、少し身を乗り出す。


 クロスは興奮を抑えきれないように笑みを浮かべると、研究室の奥の窓へと歩み寄り、外を指さした。

 その指の先に――空に浮かぶ、あの浮島が見えた。


「……あれって、まさか……」


 私は思わず声を漏らした。


 遥かな高みに、まるで空の神殿のように静かに浮かぶその島。


 いつかシリウスと一緒に行きたいと願っている島が、まさかアキテーヌの遺物だなんて。


「ええ。あれは古代アキテーヌの遺跡というか……神殿、と言ったほうがいいかもしれませんね。今は廃墟ですが、あの浮島を支えているのは、王宮の塔の頂に設置された、アキテーヌの遺物なんですよ」


 私は目を見開いた。

 まさか、そのような神聖なものが、こんなにも身近に存在していたなんて。


「塔の最上階には、古代の魔法陣が今も残されています。その中心に、アキテーヌの水晶が安置されているのです。それが、今なお、浮島を浮かべ続けている原動力です」


 クロスの声は、いつになく神妙だった。


「その水晶は、淡く、絶えず光を放ち続けています。でも、年々その輝きは弱まっている。三代前の皇帝が竜化していた頃は、もっと力強く、煌々と輝いていたと記録に残っています。おそらく、皇帝の膨大な魔力が、神力の代わりに水晶の力を補っていたのでしょう」


 クロスの目が、遠くを見つめる。


「でも今は、現皇帝陛下も竜化できません。シリウス殿下だけが、竜化できるほどの強大な魔力を持っておられる。そして、あの遺物の光も弱まり続けている。もし、あのまま光が消えてしまえば……あの浮島は落ちてしまうかもしれません」


 その言葉に、私は息を呑んだ。

 もしもあの巨大な島が落ちてきたら、首都は壊滅的な被害を受けるだろう。


「それは……大変なことですね」

「ええ。だから私は、神力を復活させる方法を研究しているんです。あの遺物の神力を完全に復活させることができれば、浮島は永遠に浮き続けるはずなんです。古代の記録によれば、あの島は神力だけで浮いていて、何の補助も必要なかったと記されていますから」


 クロスの目には、真摯な光が宿っていた。


「でも、時の流れと共に、その神力は弱まってしまった。もし、その神力を復活させることができれば……帝国を救えるかもしれない。それが、私の研究の目的の一つでもあります」


 その言葉に、私は感銘を受けた。

 クロスは、ただ単に興味だけで研究しているのではない。帝国のため、人々のために、研究しているのだ。


 マッドサイエンティストっぽい人かと思って、誤解していたわ。


「それで私の持つ神力を研究したいということなのですね?」


 私が尋ねると、クロスは頷く。


「分かりました。できる限り協力します」


 私がそう言うと、クロスは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます、番様。では、早速実験を始めましょう」


 こうして、私の研究協力が始まった。


 クロスは、様々な実験を行った。指輪に魔力を当ててみたり、古代の呪文を唱えてみたり、特殊な道具で測定してみたり。


 私はただ座って指輪をつけたままでいるだけだった。


 でも、その過程で少しずつ分かってきたことがあった。

 指輪は私の感情に反応しているらしい。特に、恐怖や危機感を感じた時に強く光るのだ。


「なるほど……番様の意志と、指輪が連動しているんですね。これは、非常に興味深い」


 クロスが、メモを取りながら呟く。


「そうだ。研究のために髪の毛を一本だけでいいのでいただけませんか?」

「それくらいならどうぞ」


 そう言って赤い髪を一本だけ渡す。


 研究はまだ始まったばかりだったが、私は期待を込めて、この研究に協力し続けようと思った。


 私の持つ神力が浮島の墜落を防げるのであれば……シリウスの役に立つのであれば、私がアキテーヌの女王であるということが意味を持つ。


 きっと私が前世の記憶を取り戻したのも、このためではないだろうか。


 うん。がんばろう。






 けれど、そんな私の覚悟とは裏腹に、イグドラシルでは私に対するとんでもない噂が広がっていた。

 それは、私が魔女で、シリウスを邪眼で番だと思わせて惑わせているのではないかという、ひどいものだった。


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イラスト・小田すずか先生

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