第47話 獣王ザックの登場
「おお、やってるやってる! 遅れてすまねぇ」
そう決意を固めていると、大きな声が、会場に響いた。
振り向くと、そこにはリーラを従えて、満面の笑みで会場に入ってくるザックがいた。
その姿を見て、私は少しだけほっとした。怪我はしてないみたい。ただの遅刻だったのね。
ザックの登場で、会場の雰囲気が、少しだけ和らいだ気がした。
「おう、祝いにきてやったぜ」
竜人たちをかきわけて、ザックが気さくに声をかけてくる。
獣王とはいえ、皇太子に対してあまりにも砕けた態度に、会場の竜人たちがざわめいた。その後ろにはハイエナ獣人のリーラもいる。
でも、シリウスは特に気にした様子もなく、軽く頷く。
「獣王の祝い、確かに受け取った。楽しんでいってくれ」
「もちろんだ。……そういや小耳にはさんだんだが、いい酒があるんだって?」
「耳が早いな」
「そりゃ、獣人だからな」
ニヤリと笑ったザックは自分の耳を指す。確かに獣人は耳が良さそう。
「だが残念ながら、まだ一般には流通していない」
「国賓だろ。飲ませろよ」
ザックがシリウスに詰め寄る。
その琥珀色の瞳には、挑戦的な光が宿っていたけれど、シリウスは眉一つ動かさない。
「お前に飲ませたら、樽ごと空にされそうだ」
「失礼な。俺だってちゃんと味わうさ」
「前回の会合で、用意した酒をすべて空けたのは誰だったかな」
「あれは美味かったから当然だろ」
ザックが口元をニヤリと歪める。
話の内容から、ザックが飲みたいのは私が作った蒸留酒だと分かった。
……いい機会だから、獣人が飲んだ時の感想を聞きたいわ。
「あの……それなら、少しだけ用意できます」
私が口を挟むと、ザックの視線が私に向いた。琥珀色の瞳が、興味深そうに輝く。
「本当か、お姫様。話が分かるじゃないか」
「へえ、意外と気前がいいね」
リーラが面白そうに言った。その黄色い瞳には、好奇心が浮かんでいる。
「クリスティアナ。こいつに飲ませるのはもったいない」
けれどシリウスは冷たく否定する。
「なんだ、随分とけちだな、皇太子」
ザックが挑発するように言う。
シリウスは表情を変えないまま答えた。
「お前は味わうより量を飲むからな」
「今日は違う」
ザックが断言するのに、シリウスは疑わしそうな表情のままだ。
「せっかくお祝いに来てくれたのですもの。少しくらいならいいのではない?」
私が取りなすと、シリウスは渋々頷く。
そんなにお酒を飲ませるのが嫌なのかしら。
「君がそう言うなら仕方がないが、君の作ったものをザックに飲ませるのはおもしろくない」
えっと、つまりそれは、やきもち……?
思わぬ攻撃に、顔が赤くなってしまう。
シリウスって時々こんな風に可愛くなってしまうのよね。
絶世の美貌で男らしくてカッコいいのにたまに可愛いとか、最強じゃない?
私は赤くなった顔をごまかすように、シャロンに指示した。
「では、少しだけお持ちしますね。シャロン、お願いできる?」
「かしこまりました」
シャロンが素早く動いて、奥へと消えていく。
しばらくして、彼女は小さなグラスに注がれた蒸留酒を持ってきた。
透明な液体が、燭台の光を受けてきらきらと輝いている。
「これが……」
ザックがグラスを受け取り、まず香りを嗅いだ。
すると、彼の目が驚きに見開かれた。
「……ほう」
「どれどれ。……へえ、これは確かにいい香りだ」
リーラも横から香りを嗅いで、感心したように唸った。
そして、一口含む。ザックの表情が、驚きから感嘆へと変わっていった。
どうかしら……。獣人の口に合うかしら……。
蒸留酒をしばらく味わったザックは、唸るように口を開いた。
「うまい。こんな酒は初めてだ」
その声には、率直な賞賛が込められていた。
良かった。気に入ってくれたみたい。
「喉にくるほど酒精が強いのに、この香り。後味もまろやかで、つい杯を重ねるな、これは。一体どうやってこんな凄い酒を作ったんだ」
彼は、グラスを見つめながら、もう一口、また一口と、ゆっくりと味わっている。
本当に、ちゃんと味わって飲んでいる。
「あたしにも一口くれよ」
リーラがザックに手を伸ばすと、ザックは素早くグラスを遠ざけた。
「駄目だ。これは俺のだ」
「けち」
リーラが不満そうに言う。
「お姫様、この酒は本当にうまい。量産できるようになったら、獣人国に輸入したい。金ならいくらでも出すぜ」
ザックが真剣な顔で言った。
「本当に?」
「ああ。俺が保証する。獣人たちも竜人に負けないくらい酒好きだ。これなら間違いなく売れる」
「ふうん。酒好きのザックがそう言うんなら本物だろうね」
リーラも頷いた。
二人の言葉に、私は嬉しくなった。自分が作ったものが、こんなに評価されるのは凄く嬉しい。
「ありがとうございます、ザック様、リーラ様」
「礼を言うのはこっちだ。こんな美味い酒を飲ませてもらったんだからな」
ザックが飲み終わったグラスを名残惜しそうに見つめる。
ごめんなさい。まだ量産していないから、それだけしかないのよ。
「量産できるようになるまで、まだ時間がかかりますけれど、できるだけ早く進められるように頑張りますわ」
「期待してる。できたら、真っ先に知らせてくれ」
「お前、もしかしてそれが目的で通うつもりじゃないだろうな」
呆れたようなシリウスに、ザックが堂々と答える。
「悪いか? これほどの酒があるなら、通う価値はある」
シリウスは小さくため息をついた。
「仕方ない。ただし、節度は守れ」
「分かってるって」
ザックが短く答える。
その会話を聞いて、蒸留酒が、私とドラゴラム帝国だけじゃなく、世界をも繋ぐ架け橋になってくれるかもしれないと思った。
それは私がアキテーヌの女王だとか、シリウスの番だとか、そんなことには関係なくて、ただ、クリスティアナ・アキテーヌとしての私の存在が認められたようで、嬉しかった。




