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【書籍化・コミカライズ連載中】婚約破棄からの溺愛生活  作者: 彩戸ゆめ
竜帝国の新生活は試練がいっぱい

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第44話 天才で変人な学者

 訓練場を埋め尽くしていた歓声が、ようやく静まり始めた。

 私は、まだドキドキしている胸に手を当てる。


 凄かった。

 本当に、凄かった。


 シリウスとザックの戦いは、まるで物語の中の英雄たちの戦いのようだった。


 あんな速さで動く人間を、私は見たことがない。いや、人間ではないのだけれど。


 一瞬も目を離せなかった。

 拳がぶつかり合うたびに響く轟音。砂が舞い上がり、衝撃波が観客席まで届く。


 シリウスが傷つくのではないかと、何度も心臓が止まりそうになった。

 でも、シリウスは圧倒的に強く、獣王であるザックを最後まで圧倒していた。

 あれが、竜化できるほどの力を持つ竜人の強さなのだろうか。


 人の姿であんなに強いなら、竜になったらどれほどの強さになるのだろうか。

 私は、改めてシリウスの強さを実感した。


 そして、少しだけ不安になった。


 こんなに強いシリウスの隣に、私は立っていていいのだろうか。私は、何の力も持たない人族なのに。


 訓練場の中央で、シリウスとザックが握手を交わしているのが見えた。

 シリウスの横顔には、満足そうな笑みが浮かんでいる。

 その笑顔を見て、胸の不安が少しだけ和らいだ。


 大丈夫。

 シリウスは、私を選んでくれた。

 それに私はアキテーヌの女王。

 卑下することなんてなにもない。


「凄い戦いでしたわね」


 シャロンが、興奮した様子で言った。


「ええ。でも、ザック様は大丈夫かしら」


 私は心配になって、壁に激突したザックを見た。

 彼は立ち上がって歩いているけれど、さっきの衝撃は相当なものだったはずだ。


「帝国の傷薬はよく効くから大丈夫ですわ。それに、獣人は回復力も高いと聞きますし」


 シャロンが安心させるように言った。


「そうね」


 確かに、見たところ出血はしていない。ザックも笑顔で歩いているし、大丈夫なのだろう。


 それでも、少し心配だったけれど。


「さあ、そろそろ戻りましょうか」


 シャロンが立ち上がる。

 私も立ち上がって、訓練場を出ようとした。


 けれども、突然後ろから大声で声をかけられる。


「ああっ、あなたが! あなたがアキテーヌの女王様ですね!」


 驚いて振り向くと、そこには一人の竜人が立っていた。


 オレンジ色の髪を一つに結んだ、鮮やかな緑の瞳。若い男性で、その目は異様なほど輝いている。


 彼は、まるで宝物でも見つけたかのような表情で、私を見つめていた。


「あ、あの……」


 私が戸惑っていると、彼は一歩、また一歩と近づいてきた。


「初めまして! 僕はクロスと申します! アキテーヌの研究をしている者です!」


 クロス、と名乗った男性は、興奮で顔を紅潮させていた。


「ああ、なんという幸運でしょう! まさか、こうして直接アキテーヌの女王様にお会いできるなんて!」

「え、ええと……」


 私はどう反応していいか分からなかった。彼の興奮ぶりが、あまりにも激しすぎる。


「アキテーヌの星を実際に見せていただけませんか! あの伝説の指輪を、この目で確かめたいのです! それから、アキテーヌの神力についても色々とお聞きしたいことが! 例えば、神力の発動条件や、魔力との違い、それから――」


 クロスは早口で、まくし立てるように話し続けた。その目は、まるで狂信者のように輝いている。


 ちょっと、怖い。

 私は思わず一歩後ずさった。


「あ、あの、今はちょっと……」

「ああ、失礼しました! でも、ぜひともお時間をいただきたいのです! アキテーヌについて、私には聞きたいことが山ほどあるのです! 例えば、古代アキテーヌの神殿の構造や、神力を増幅させる遺物の存在、それから――」


 クロスは、私の返事も待たずに話し続ける。その勢いに、私は完全に圧倒されてしまった。


 ドン引き、という言葉が、前世の記憶から浮かんできた。

 まさに、今の私の気持ちだ。


「はいはい、クロス」


 シャロンが、私とクロスの間に割って入った。


「クリスティアナ様はお疲れなの。研究の話は、また後日にしてくださいな」

「し、しかし!」

「後日です」


 シャロンがきっぱりと言うと、クロスは残念そうに肩を落とした。


「……分かりました。では、ぜひとも後日、お時間をいただけますでしょうか」

「ええ、また今度」


 私は曖昧に答えた。

 できれば、あまり関わりたくないというのが本音だったけれど……。


 クロスは、何度も何度も頭を下げながら去っていった。

 その後ろ姿を見送ってから、私は大きくため息をついた。


「疲れたわ……」

「あらあら。クロスは天才なんですけど、変わり者なのですよね。アキテーヌの研究に関しては、誰よりも詳しいんですけど」


 シャロンが苦笑した。


 アキテーヌの研究者かぁ。それはこれからも突撃してきそう。

 いえ、絶対来るわね。


「そう、なのね……」


 私は、もう一度ため息をついた。


 天才で変わり者。

 前世でも、そういう人はいた。研究に没頭しすぎて、周りが見えなくなるタイプ。


 きっと、クロスもそうなのだろう。


 悪い人ではないのかもしれないけれど――。

 できれば、あまり近づきたくないというのが、正直な気持ちだった。

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イラスト・小田すずか先生

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