第41話 獣王来訪
ドラゴラム帝国の首都イグドラシルへ向かう街道を、一台の馬車が疾走していた。
いや、馬車というよりも、巨大な獣が引く戦車と呼ぶべきか。
六頭の黒豹が引く車は、まるで風のように速く、道行く人々を驚かせながら進んでいた。
街道沿いの木々が後方へ流れていき、馬車の中には獣特有の匂いと革の香りが満ちている。
車の中には、二人の人物が座っていた。
一人は、獣人国の王ザック。
ライオンの獣人である彼は、豊かなたてがみのような金髪を持ち、琥珀色の瞳には常に獲物を狙う獣の光が宿っている。そして鍛え上げられた筋肉質な体躯は、一目で戦士だと分かる迫力を持っていた。
もう一人は、その側近であるリーラ。
ハイエナの獣人である彼女は、短く刈り上げた灰色の髪と、鋭い黄色の瞳を持っている。細身だが引き締まった体つきで、その目には常に何かを企んでいるような狡猾な光が浮かんでいた。
「なあ、リーラ」
ザックが窓の外を見ながら、退屈そうに言った。
外の景色は、獣人国の荒々しい大地とは違って、整然とした農地が広がっている。
「あの竜人の皇太子、本当に強いと思うか?」
「強いに決まってるだろう」
リーラは呆れたように肩をすくめた。
「あんた、あの舞踏会で見たじゃないか。あの動きの速さ、あの威圧感。間違いなく強いよ」
「だから戦ってみたいんだ。強い奴と戦うのが好きじゃなければ、獣王にはなれないからな」
ザックの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。
「はいはい、分かってるよ」
リーラは面倒くさそうに手を振った。
「でもさ、普通は自分よりはるかに強い相手とは戦いたくないもんだけどね」
「竜化しなければ勝てる見込みはゼロじゃないさ。第一、戦ってみないとお互いの強さなんて分からないだろう。それに、約束したしな。手合わせをするって」
ザックの目が、戦いへの期待で輝いた。
「ああ、あの時ね」
リーラはクスクスと笑った。
「あんたらしいよ。勝手に約束して、勝手に楽しみにして」
「それに、あのアキテーヌの女王にも会える」
ザックが付け加えると、リーラの目が細められた。
「あんた、まだ諦めてないの?」
「見るのは自由だろう?」
ザックは肩をすくめた。
馬車が小さな揺れを繰り返す中、二人はしばらく黙っていた。
やがて、ザックがふと思い出したように聞いた。
「そういえば、あの王子たちはどうなった?」
「ああ、あの馬鹿どもね」
リーラの顔に、愉快そうな笑みが浮かんだ。
「どっちのことを聞いてるんだい?」
「まずは筋肉馬鹿のほうだ。ガレンスとかいったか」
「ああ、あいつね」
リーラは楽しそうに身を乗り出した。
「今はあたしの護衛たちに預けて、鍛えてるよ」
「鍛えてる?」
「そうさ。あいつ、見かけは筋肉質だけど、実際はそんなに強くない」
「確かにな」
ザックも一目見て興味を失ったほどだ。人族の戦士が弱いのか、それともあのガレンスという男がこけおどしだったのか。
リーラが指で髪を弄びながら続ける。
「だから、まずは本物の強さってやつを教えてやってる。基礎体力をつけるところからね」
「で、そのうち閨のほうも教えるんだろう?」
ザックが面白そうに聞くと、リーラの目が獣のように光った。
「もちろんさ。あたしの護衛たちは、そっちの教育も得意なんだよ。今のところはまだ弱すぎて話にならないから、ちゃんと鍛えてからきっちり仕込んでやるさ。そのうち女でも男でもいけるようになるだろうよ」
「お前も相変わらず、趣味が悪いな」
ザックが呆れたように言うと、リーラはケラケラと笑った。
「はっ。あんたに言われたくないね」
それから、ザックは少し興味深そうに聞いた。
「じゃあ、デイモンドってやつは? あの金髪の王子」
「あの、鼻っ柱が強いのを気に入ってる」
リーラの笑みが、さらに深くなった。
「鼻っ柱が強い?」
「そうさ。王子様気取りで、プライドが高くて、それでいて実力は大したことない。最高の獲物じゃないか」
リーラは満足そうに腕を組んだ。
「だから、今はそのままにしてるんだよ。あいつの反抗を楽しんでる」
「で、いずれは?」
「そりゃ、いずれは飽きるだろうね」
リーラの目が、危険な光を宿した。
「その時は、あたしが直々に調教してやるさ。反抗するやつを屈服させるのが、一番楽しいからね」
「怖いねえ」
ザックは肩をすくめた。だが、その目も同じように笑っている。
獣人国の王と側近は、同じ種類の獣だった。獲物を追い詰め、弄ぶことを楽しむ、残酷な獣。
馬車の窓から見える景色が変わり始めた。遠くに、三方を山に囲まれた盆地が見えてくる。
「それにしても、ドラゴラム帝国か。初めて来るけど、楽しみだね」
リーラが窓の外を見て目を細める。
「ああ」
ザックも頷いた。彼の琥珀色の瞳が、期待で輝いている。
「あの竜人との手合わせも楽しみだし、アキテーヌの女王にも会える」
馬車が山間の道へと入っていく。冷たく澄んだ空気が、車内に流れ込んできた。
「あんた、また何か企んでるね」
リーラが鋭く指摘する。
「さあ、どうかな」
ザックは答えなかった。
ただ、その口元には、何か企みがあることが明らかな笑みが浮かんでいる。
馬車は、イグドラシルへと向かって疾走を続けた。
やがて視界が開け、白亜の都が姿を現す。
三方の山々に守られるように佇む帝都は、まるで天上の楽園のように美しかった。
獣王の到着は、皇太子の人族の番の騒ぎも収まらないうちに、帝都に新たな波乱をもたらすことになるだろう。
それを予感させるかのように、黒豹たちの咆哮が、街道に響き渡った。




