第38話 シャロンへの相談
「侍女たちが、嫌がらせを?」
シャロンが驚いたように目を見開いた。
私たちは、私の部屋で二人きりで話していた。
「ええ。わざとではないふりをしているけれど、明らかに故意なの」
「それは……申し訳ございません」
シャロンが申し訳なさそうに頭を下げる。
「あなたが謝ることではないわ。それよりも、シャロン」
私はシャロンの手を取った。
「私、ただ耐えているだけじゃなくて、何か行動を起こしたいの」
「行動、ですか?」
「ええ。シアバターと蒸留酒なんだけれど、さっそく試作してみようかと思って」
シアバターと蒸留酒と聞いて、シャロンの水色の瞳が輝く。
うん、分かってた。
「とても良いことだと思いますけれど……それで侍女たちの嫌がらせが止まるでしょうか」
多分、旅の間のように、ずっとシャロンについていてもらえれば安心なのだろう。
でもそれだと、私はずっとビクビクしていないといけなくなる。シリウスに対処してもらっても、遺恨は残る。
だったら、私がこの国に必要な人だと思ってもらえればいいのだ。
女性陣にはシアバターで艶々のお肌を。
男性陣……というかお酒好きな竜人すべてに、蒸留酒を。
「まずはシアバターから作りましょう。シャロン、リジュの実を手に入れることはできる? できるだけたくさん」
「リジュの実ですか? ええ、ええ。もちろんです。この時期なら市場にたくさん出回っていますもの」
シャロンはすぐに頷いてくれた。
「早速、手配いたしますね」
翌日、シャロンが大きな籠いっぱいのリジュの実を持ってきてくれた。
「市場で新鮮なものを選んできました」
「ありがとう、シャロン」
私たちは早速、作業を始めた。
まず、リジュの実の皮をむいて果肉を取り除く。甘く熟した果肉は、そのまま食べても美味しい。
そして種を割って、中の白いクリーム状の物質を取り出す。
「この白い部分がクリームになるのですわね」
シャロンが興味深そうに見つめる。
「旅の途中で、クリスティアナ様がこれを見つけた時は驚きましたわ。よく思いつかれましたわね」
まさか前世の記憶から思いついたなんていうことは言えないので、苦笑する。
「ちゃんと使えるかどうか不安だったけど、成功して良かったわ」
手で触れると、体温で少しずつ柔らかくなっていく。
「これを集めて……」
私は丁寧に種の中身をすくい取っていった。シャロンも隣で同じ作業をしている。
そして集めたクリームを、清潔な容器に入れるが、このままでは少し青臭い香りがする。
「やはり香りづけが必要ですわね」
シャロンが鼻を寄せて確認する。
「ええ。旅の途中では簡単な香りづけしかできなかったけれど、ここなら調香師に頼めそう」
「それでしたら、すぐに呼びましょう」
シャロンはすぐに調香師を呼んでくれた。
年配の女性の調香師は、私の説明を聞くと、いくつかのエッセンスを持ってきてくれた。
「こちらは月光花のエッセンス。甘く優雅な香りです。こちらは水仙の香りで、清涼感がございます。そして、こちらは薔薇。定番ですが、やはり人気がございますわね」
私は一つ一つ香りを確かめた。
どれも素晴らしい香りだけれど――。
「月光花と薔薇を混ぜることはできますか?」
「もちろんです」
調香師が絶妙な配合で混ぜてくれたエッセンスは、甘く優雅で、それでいて重すぎない香りだった。
「完璧よ」
シャロンにも感想を求めると、とても良い香りだとほめてもらった。
一応まだ商品化前のクリームは秘密にしたいので、調香師には退出してもらった。
シャロンと二人だけで、エッセンスをリジュのクリームに混ぜ込んでいき、滑らかに仕上げる。
完成品は、まさに前世で見たシアバターそのものだ。
「まあ、まあ。旅の途中で作った時よりも、ずっと良い仕上がりですね」
シャロンが嬉しそうに言った。
「調香師さんのおかげだわ」
そして、小さな陶器の容器に詰めていく。
「できました」
シャロンが満足そうに言った。
手のひらに乗る小さな容器。蓋を開けると、優雅な香りが広がった。
「素敵な香りですね」
「シャロン、試してみる?」
私が勧めると、シャロンは少量を手に取って、腕に塗ってみた。
すると――。
「やはり素晴らしいですわ!」
シャロンの目が喜びに輝いた。
「旅の途中で試した時も良かったですけれど、こちらの方が香りも質感も上ですね」
彼女は何度も自分の腕を撫でて、その感触を確かめている。
私も手にクリームを塗ってみた。
うん。いい感じ。
「シャロン、これを侍女たちに配ってもらえないかしら」
「もちろんですわ」
シャロンは嬉しそうに頷いた。
翌日、侍女たちにクリームを配ると、最初は警戒していた彼女たちも、実際に使ってみると表情が変わった。
「これは……肌がとてもしっとりしますわ」
「香りも良いですし」
「番様が、こんなものを作れるなんて」
侍女たちの間で、少しずつ噂が広がっていった。
そして、数日後――。
「番様、もう少しクリームをいただけませんでしょうか」
一人の侍女が、恥ずかしそうに尋ねてきた。
「もちろんよ。たくさん作ったからどうぞ」
私が微笑んで答えると、侍女は嬉しそうにクリームを受け取る。
その次に来た侍女にも、同じようにクリームを渡す。
それからは、少しずつだけれど、侍女たちの態度が変わってきた。
私に合うドレスを用意してくれるようになったし、紅茶の温度もちょうどいい。
まだ完全に心を開いてくれたわけではないだろうけど、以前のような露骨な嫌がらせはなくなった。
「やっぱり、女性の美への追求は、どこの世界でも、どんな種族でも変わらないのね」
ある日、シャロンと話しながら、私はそう呟いた。
「その通りですわ」
シャロンが楽しそうに笑う。
「竜族は皆美しいですけれど、それでもより美しくなりたいという気持ちは変わりませんもの」
「そうね」
私も微笑んだ。
とりあえず、シアバターならぬリジュクリームは成功した。




