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救星の魔法考古学者  作者: 村崎リラ
第四章 扉を開く日
125/125

125 意地の張り合い

 地下を目指す人の波を遡るように、クルセイロは上の階を目指し階段を上がっていた。

 その足取りに迷いはなく、やるべきことが決まっているかのように真っ直ぐと歩みを進めていた。


 階段の終点は、屋上だ。

 扉は当たり前だが封鎖されているが、閉まっていてもなお風の音は強く響いていた。

 クルセイロはためらうことなくその扉を押し開く。


 オルビットでしばしば発生する台風は、毎年のように過去最大などと言われているため、近年の人々の反応は「またか」というようなものであった。

 環境変異の影響下、気象が荒れることに慣れきってしまったオルビットの人々にとってはよくある自然災害の一つに過ぎない。


 しかし、天気のないエカルラートからすればそれは災禍そのものだ。


 立っているだけでもやっとの暴風を前に、彼女は澄んだ橙の瞳で空に渦巻く暗雲を”視て”いた。


「うん、やっぱりね」


 暴風の中、本人にも聞こえるか聞こえないかくらいの声量で彼女は呟く。

 暗闇の魔物クロノスが目覚めかけた際に、天を暗闇が覆っていたが、この空はそれと同等のもののようにクルセイロには視えているのだ。

 この空の渦は、マナでできている。


「……っ、だめか」


 渦の中心をじっと見つめ霧散できないかと試すが、すぐに目を覆う。

 一人で霧散させるにはあまりにもマナが濃すぎる。

 それでもなんとかしなければと、彼女が再び顔をあげたところで何者かの気配を感じ、咄嗟に振り返る。


「あなたは──」

「すごい風だ。君はこれに立ち向かおうというのか」


 立っていたのは、教士長アディザだ。

 吹き荒れる風、叩きつける雨。

 それらをものともせず、マナの揺らぎも一切なく、まるでどこかから転移してきたかのように、彼はいつの間にかその場に佇んでいた。


 まるで親の仇でもあるかのように、クルセイロは彼をきつく睨む。


「何をしに来た」

「勿論、これを止めに。だが君がやるというのならば手は出さん」


 至って冷静に、淡々と言葉を連ねていくアディザ。

 その態度が余計に彼女を苛立たせる。


 空は依然として渦を巻き、もともと強かった雨風は更に勢いを増している。

 ここで口論を繰り広げる時間が無いことはクルセイロにも分かっていた。


 そんな時、白い何かが一直線にこちらへ向かってくるのが見えた。


「クルセイロ、受け止めて!」


 それは風に乗って、否、風に流されながら回転も加えてクルセイロの元へ突っ込んでくる。

 かろうじて聞こえたその声に従ってクルセイロは間一髪でそれを受け止めた。

 その衝撃でふわりと白い何かが舞うが、すぐに台風の風に乗ってどこかへ浮き上がり、飛んでいってしまった。


 クルセイロが腕で受け止めたものに目を落とせば、何とも居心地が悪そうにばさばさと羽を広げる白鳥の姿がそこにはあった。


「君は、あの白鳥かい?」

「ええ、デネブの分体・シグナスよ。アディザ、あなたもここにいたのね。探す手間が省けたわ」


 シグナスはクルセイロとアディザ、二人を交互に見て黄色いくちばしを開く。


「この台風──いいえ、マナの渦を止めるための魔法書が蒼い森にあるのよ」

「蒼い森? ファーミアナさんの家があるところだよね」

「そう。アディザ、あなたがそれを取りに行って。クルセイロは私とここに残って、魔法を使うためのマナを杖に集めてほしい」


 白鳥の説明に、先に口を開いたのはクルセイロだ。


「マナを集めるのも私がやるし、蒼い森へ魔法書を取りに行くのも私がやる」


 アディザを信用していないクルセイロからしてみれば、彼を一人野放しにする訳にはいかないのだ。

 対して、アディザはというとクルセイロの言葉には何も言わないものの、シグナスに対しては強く言葉をぶつけていく。


「どうして君の言葉に従わねばならない? 今、あの森にカンナとエンジュもいるのは知っている。またもあの二人を巻き込む気か」


 行方知れずだったカンナとエンジュの所在が、意外なところから判明しクルセイロは信じるべきかどうか頭を悩ませる。


 そんな彼女に抱えられたまま、シグナスも羽をばさばさと広げて言い返す。


「だからこそよ。アディザ、あなたならあの森に何があるのか分かっているでしょう。あの子達を巻き込まないのは無理よ」

「シグナス……いいやデネブ。結局すべて君の思惑通りになったのだな」

「そんなことは言っていないじゃない! ああ、もう面倒くさい。こうなってしまったからには大人しく受け入れなさい」


 まるで旧知の仲であるかのように、ああ言えばこう言う二人をぽかんと見つめるクルセイロ。

 思慮深く、冷静に、常に物事を俯瞰して見ている”教士長アディザ”の姿からは想像もつかない程に、その言い合いは子供のようだった。


 シグナスはクルセイロの腕の中から身を乗り出して、くちばして勢いよくアディザをつつく。


「意地を張らないでさっさと行って。あなたも星を救いたいのでしょう?」

「……仕方がない」


 観念したかのように、踵を返すアディザ。


 二人のやり取りに唖然としていたクルセイロだが、今目の前にいる人物を信用していないことを思い出し彼の背に向かって言葉をぶつける。


「本当に魔法書を取りに行くだけなんだよね」

「そうだ、と言っても君は信用しないだろう」


 その声は、クルセイロの知っているいつものアディザに戻っていた。


「シグナスの言う通り、私の目的も星を救う事だ。それだけ知っていてもらえれば、あとは何を言おうと構わない」


 それだけ言い残して、この暴風雨の中アディザは屋上から飛び降りた。


 驚きのあまり身を乗り出すクルセイロだが、何の魔法を使ったのか彼は宙をその足で踏みしめ駆け抜けて行ってしまった。


 残されたのは雨で濡れた白鳥と、風で髪がぐしゃぐしゃになったクルセイロのみだ。

 シグナスはクルセイロの腕のなかからひょいと抜け出して、どこから取り出したのか一本の杖を差し出した。


 その杖は蒼くきらめく宝石がはめ込まれているが、デザイン自体はシンプルなものだ。


「魔法において杖は魔法書とマナを結ぶ媒体でしかないけれど、あまりに高濃度なマナだとそんじょそこらの杖じゃ耐えられないのよ」

「わざわざ渡してくるっていうことは、この杖は高濃度なマナにも耐えうる代物ってことかい」

「ご明察。アディザが魔法書を持って戻るまで、この杖にマナを集めてちょうだい。これはあなたにしかできないことよ」


 幸いにも、空を見上げればマナは溢れる程に存在している。

 クルセイロの眼を使って霧散させることは不可能でも、マナを少しずつ集めていくことはできるだろう。


 手段が他にない以上、やるしかないのだ。

 クルセイロはその澄んだ瞳を空に向け、マナをかき集めていく。

 それに合わせて杖は青白く発光し始めた。


「あとは魔法書ね。頼んだわよ、アディザ……それに、ファーミアナ」


 シグナスのその言葉は、暴風に乗って消えていった。

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