帰る場所
「さ、すぐにここを出るぞ」
ジルは踵を返して小屋から荷物をまとめ始める。エルダーもすぐにそれを手伝った。
「ここにはもういられないだろう。すまなかった」
「私は王宮に仕えた者だよ。へレイアに住む限り、どこでも私の居場所さ」
「安全な場所まで送る」
エルダーは頷いた。
逃げるように山を数日かけて越え、やっと国境線を抜けた。今立っている場所は、既にメドリードだった。空はジルたちを歓迎するように雲一つない。
「ここからは、敵陣だと思ったほうがいい。フィルバートの方は、国民の人望はあっても政治的立場には弱いだろ? お前を護ってくれるやつはいない。今まで以上に攻めてくるぞ」
「分かっています」
アメリアはただ前を見据えている。その顔は、護られるだけの王女ではなかった。
「まさか、アメリア様まで特訓に励まれるとは。私の立場がありませんね」
「人にいつも食って掛かってるから、太刀筋にも容赦がない」
得意げにアメリアは両手を腰に当てている。この数日だけでも、腕を上げていた。
「アメリア様、あれは恐らく嫌味です」
「よく気づいたな」
「私それでもいいんです。自分の身は自分で守れないと」
セシルが「立派です」と言うと、アメリアはさらに胸を張ってみせた。
山の麓の村に降り立ち、はじめに服屋に寄った。メドリードとへレイアは隣国で文化も近いが、服装に差がある。ここでへレイアの服を着ていれば目立ってしまった。
アメリアとセシルはへレイアから着てきた上質なドレスを売り、その金でメドリードの服を買った。ジルは文化の違いも現れない程特徴のない服装をしていたため、不要だった。
「本当に良かったんです?」
「えぇ、だって持ち歩くのも大変ですもの」
メドリードの服は色鮮やかだった。赤いスカートに色とりどりの花が描かれている。ひらりと回ってみるとスカートが広がり、豊かな布が波打っていた。
まだ食料はあるからと、今晩の宿を探していく。その時、エルダーは足を止めた。
「私はここで失礼しようかね。ほとぼりが覚めた頃に、へレイアへ帰りますよ」
「まだ危険だ。一緒にいるほうが危険かもしれないが、それでも近くにいれば守れる」
「恩返しのつもりなら不要だよ。私はもう隠居のみだからね。勝手にやらせてもらうさ」
エルダーは、ジルたちとは別方向に進んでいく。アメリアは遠くなっていく背に礼を叫んだ。軽く手を振り返して答えただけの彼女の足取りに迷いはなかった。
「また会えるといいな」
「そうですね、いつか必ずお礼をしましょう」
アメリアとセシルは頷きあう。ジルはエルダーの背をしばらく眺めていた。




