目覚め ー1ー
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私の名前は高橋奈々、28歳。
食品メーカーの会社に勤めていて、休日などはゲームやアニメなどに明け暮れるただの一般人、だった。
あの日、私は仕事でちょっとしたミスをしていつもより遅い帰宅となった。
でも、どうしても見逃せないアニメがあって、電車に乗り遅れないように階段を駆け下りていたら、段差を踏み外して転落。
どう考えても人様に迷惑をかけるような事故を起こしたので、朦朧とした意識の中、ただただ心の中で謝罪をしながら視界がブラックアウトした。
と、いったことを同じく階段に転げ落ちたことで思い出した。
今の私は、ミラ・スカーレットレイク。
生前の私がやっていた”The sound of the bell”というRPG型の恋愛シミュレーションゲームの世界の悪役令嬢になっていた。
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サウンドオブザベルって名前、直訳すると鐘の音なんだよね。
いつも思っていたけどダサすぎる。
「いやいやそうじゃなくて、私階段から落ちたんだった……」
けれど今回の私は、前世みたいにドジで階段から落ちたのではない。
落とされたのだ。記憶を取り戻した衝撃か、それとも階段から落ちたショックか、なんだか記憶が混合しているけどとりあえず――。
ここは身分の高い貴族が通う魔法学園アメシティオーズ。今の私“ミラ”はこの学園の生徒で、今は二年生だ。
ミラはこの学園の嫌われ者で、つい先ほど階段の踊り場に呼び出されて、嫌がらせがてら突き落とされたのだった。
突き落としてきやがった奴はゲームキャラとして紹介されることもないモブ令嬢だ。
おっと、少し乱暴な口調になった。しかし、あまりの衝撃のせいで記憶が混合して、公爵令嬢としてではなく前世の高橋奈々という性分が強めに出てしまうのだ。
「あの……大丈夫ですか?何かお困りのようですが……」
床に座った状態のままあれこれ考えていたら、突然誰かから話しかけられた。驚いて振り返ると、そこには天使のような女の人が立っていた。
うわぁ、綺麗……そして可愛い……。
柔らかな日差しを思い浮かべるような色をしたきれいな瞳に、キラキラと光を反射して輝く銀髪……もしかしてお迎えが来たのだろうか……。
「意識が朦朧としているようだわ。誰か呼ばないと」
「アッ、いえ、平気です!少し階段から落ちただけです!」
「か、階段から?!全く平気ではありません!早く保健室へまいりましょう!立ち上がれますか?」
「ほんとに!全然平気です!これくらい、たいしたことじゃ……」
あれ?なんだか急に視界がぐらぐらする……頭も痛くなってきたような……。
目の前の女性が悲鳴を上げる。あれ?これってデジャヴ?
『…………………ハァ…』
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目が覚めると保健室と思われるような部屋の中にいた。
清潔なベットの上でぐっすりと寝たせいか、少しだけ頭がすっきりした。
何か夢のようなものを見ていた気もするけど、全然思い出せないくらいには爆睡した。
階段から落ちたとき、窓の向こう側は青空だったのに、この部屋にある窓ガラスは夕焼けのオレンジ色に染まっている。どうやら、時間が結構過ぎたみたい。
「あぁ、起きたかい?ちょっと開けるよ」
うーんと唸っていたら、ベット横に設置されていた仕切りカーテンが、軽快な音とともに開けられた。
そこに立っていたのは、白衣を着た年配の男性だった。多分、ここは保健室で、この男性は保健室の先生なのだろう。とっても優しそうなおじいちゃん先生だ。
保健室の先生は、私の様子を目で観察しながら体調を聞いてきた。
まだ少し頭が痛いが、身体は何ともなかったのですぐさま退散しようと思って「大丈夫です」と答えた。
「それならよかった。あとでカルティエ嬢にお礼に言うんだよ」
「カルティエ……?」
「顔面蒼白で……君が倒れたってここまで私を呼びに行ってくれたんだよ。私が担架を運ぶまでの間、彼女は君にずっと回復魔法を唱えてくれていたんだよ」
「回復魔法……」
「カルティエ嬢は白魔法が使えるからね。素晴らしい腕前だったよ」
「そ、そうなんですね……では、お礼に……」
「あはは、今日の君は随分と素直だね?まぁ元気がありそうでよかった。今日はもう寮へ戻る時間になるから、カルティエ嬢には明日お礼を言ったらいいよ」
心情を素直に伝えると、保健室の先生は少し笑いながらそう言った。どうやら、彼にとって今の私の態度は予想外のものだったらしい。
でも、いつもの私ってどうしていたんだっけ?
少しスッキリした頭で思い出そうとする。自分の記憶をこうして思い起こすのって、なんだか不思議な気分。いろいろ考えてみたが、前世の高橋奈々としての記憶と今のミラ・スカーレットレイクとの記憶がごちゃ混ぜになって、落ち着ける場所でないと記憶の整理がつきそうにもない。
保健室の先生にはお礼を告げて、私は足速に保健室から出ていった。




