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‐禁忌の召喚者‐ ~The Toboo summoner~  作者: ろーぐ・うぃず・でびる
終焉の続き
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第二章 第十七話 狼煙

  炎を背にして、佇む隻腕の少年(かい)


 その爛々として輝き、瞳に映る惨状に、歓喜の表情を浮かべていた。


 足元で、転がる華弥子の体を前に、一歩ずつ、歩みを進めて。


「……なに、してるの? みんな、あなたを探していたのよ?」


 涙を浮かべ、火傷だらけの体をよじらせながら、華弥子が言う。


 すると、運転席に座っていたギルバルトが華弥子の体を持ち上げる。


「オーナーさん!」


 春斗が叫ぶと、ギルバルトは一瞬春斗とちはの方を向く。


 ギルバルトが頷くと、再び快の方へと向き直し、姿勢を低くして睨んだ。


 快の前で、抱きしめた華弥子の体を覆うようにして――。


「なぁ、何のつもりなんだよ……?」


 低く出た、怒りの声は堪えるのに必死の様子だった。


 ギルバルトの問いに対して、快は、歯をむき出して笑いだす。


 けたたましく、喉が張り裂けんばかりに。


 聞く者にとって、それは絶叫に等しいものだった。


「ギャハハッハハハハハ!!!! 何のつもりだって? さぁね?! 意味なんてないよ! この体の主に聞きなよ!」


 狂乱の声は、もはや怪物と呼ぶにふさわしく。


 ギルバルトは、瞬時に自身の周りを見渡す。


 その瞳は、噴き出す炎、その最も緩く、空いた空間を探っていた。


 そして、眼はある一点を捉える。


(……畜生、ここでも“トロッコ問題”ってのか。グリード……俺はあんたを心底憎むぜ)


 探し当てた空間は、丁度出火地点から逸れており、パトカーの車体が突き出ておらずバスの胴体部分が――裂けていた。


 裂け目は、ギルバルトから見て足元にあり、縦に五十cm、横に三十cmの大きさ。


 誰の目から見ても、大人が入れるような大きさではなかった。


「……快、お前に何があったかは知らない。けれど、こんな事しちゃいけないことぐらいは、わかるよな?」


 ギルバルトが手を伸ばし、そっと後退していくと快は――。


 ギルバルトの手に向かって、触れる。


 その瞬間。


 ギルバルトの腕が、音もなく崩壊していった。


「ハハハ!! さぁどうした! 奥さん持ってちゃ抵抗も出来ないねぇ!」


 快が歪に嗤っていた時。


「この馬鹿!!」


 横から飛んできた、一本の松葉杖が、快の側頭部に当たった。


 命中した勢いで、快が転倒すると、ギルバルトの元へとちはが、もう一本の松葉杖に寄りかかるようにして歩み寄る。


「オーナーさん……! 早く逃げようよ!」


 ギルバルトがちはの声を聞くと、ギルバルトは首を横に振った。


「後で必ず、脱出する……だからあの裂け目あるだろ? あそこに入ってくれ! 春斗を引きずってやって、早く!」


「……けど、けど火が! 快が!」


 ちはの焦りだす声に、ギルバルトは怒鳴る。


「煩い!! ごちゃごちゃ言ってないで俺の言う通りにしろ!! 春斗! お前もシートベルトを外せ!」


 ギルバルトの大声に、ちはは怖気付き、松葉杖を握りしめ、春斗の座席近くへと戻って行く。


 春斗の座席へ向かうと、春斗はシートベルトを既に外していた。


 ちはが春斗の顔を見ると、曇り切った眼鏡の下に、雫が付いているのが見えている。


 ――それは、互いに感じているものは一緒と言わんばかりだった。


「いくよ、春斗。痛いかもしれないけど我慢して!」


「僕は理性的なので、痛いとは思わないのです! さっさと引きずるのですちは!」


 ちはは春斗の手を思いきり引っ張り、座席から引きずり下ろす――。


「仰せの通りにぃっ!」


 勢いよく引きずり下ろした後、松葉杖に、二人分の全体重を乗せ、進んでいった。


 その場で倒れる、快の体と、座っているギルバルトを置いて裂け目へと。


 すくむ足と、重い体、熱く苦しく――喉の奥が焼かれていく感覚。


 火照った体を、()やす様に目と鼻だけが、潤っていく。


 バスの崩壊と共に訪れた日常。


 ちはは、その全てを足に込め――裂け目へと進んだ。


 裂け目へ着くと、ちはは松葉杖と春斗の手を離し、一気に倒れこむ。


(這って行けば、出られるかな)


 ちはが春斗と目を見合わせると、ちはは春斗の背中を押し、伏せさせた。


「先、春斗行って! 眼鏡は割れると危ないから一旦置いて」


「解ったのです、ちは、預かってほしいです」


 春斗が眼鏡を外すと、ちはは受け取り頭にかける。


 それを見届けると、春斗はゆっくり身をよじらせ、裂け目へ体を入れていく。


 ちはが一瞬、裂け目を覗くと、春斗が着地するであろう箇所には炎が無く、段差も約十数cm程度のものだった。


(硝子が散らばっているけど、文句は言えないよね)


 春斗が裂け目から、背中を打ち地面へと落ちていくのを見ると、ちはもそれに続いて進んでいく。


 裂け目へと抜け、ちはは隣で座っている春斗に眼鏡をかけると、自分の周りの硝子を手で払う。


「待って、硝子が危ないから!」


 そういいながら、硝子を払い退け、道を作っていくちは。


 春斗の眼鏡は、ちはの、次第に赤く染まっていく手を捉えていた。


「もう十分です!」


 春斗が叫んでやっと、手を止めて、ちはは這って進んでいく。


 進む先は、びおれ。


「車いすがびおれに何台かあったから、そこまで這って行くよ。それから考えよ――」


 ちはが言った時。


 頭上に、影が横切るのが見えた。


「……へ?」


 ちはが遠くにそびえる、びおれの屋根を見ると、そこは何かが投げ込まれたように――レンガの屋根に穴が空いていた。


「嘘……急ごう!」


 ちはと春斗の二人は、びおれへと急ぐ。


 這い進み、いつしかその肘と腕は真っ赤になりながら。


 ちはは、重い体を壁伝いになりながら、びおれの玄関扉を開けると、受付に倒れこむ。


 その後をつけていた、春斗は唇を嚙んで見守っていた。


「あたた……足が治ってないのに、無理するもんじゃないね」


 ちはが、笑って言うと――春斗は俯く。


「……もし、僕らが健康なら、最初からこんな事にはなってなかったのかな」


 その春斗の声は、震えて。


 今にも、泣きだしそうなものだということが、ちはに――痛々しいまでに伝わっていた。


「春斗……そんなことないよ」


 ちはは受付に倒れていた上半身を、春斗の方へと向け、春斗の黒くなった手を握る。


「今日は運が、うんと悪かっただけ……だから。一緒に、避難して……通報して、火事を消火してもらわないと。その前に車いす探そ」


 ちはが笑むと――春斗の背後に映ったものに、気が付く。


「……そうだね?」


 目の前に、戦慄すべき、声の主が立っていた。


 快が、春斗の髪の毛を掴み持ち上げると、春斗の体、足が浮かんでいく。


 ちはの、目の前で。


「うがっ……いっ……いたい! いたい……痛い痛いいたい!!」


「春斗! 離せよ!!」


 ちはが叫ぶと、快は嗤う。


 ふと自分の額から滴る血液が、口許に流れると――それを見せつける様に舐めて。


「離すのです! この化け物……!」


 春斗が言うと、快は手を離す。


 春斗の体を、台所へと投げ飛ばして。


 台所の、ガスコンロ部分へ春斗の顔面が激突すると、居間が爆風に包まれていった。


「あああああああああ!!!」


 ちはの視界全部が、再び火炎へと変わる。


 それからの記憶は――ノイズがかかったかのように。


 ただ、断片的な映像しか、流れてこなかった――。



 魔術を発動させていたグリードの瞳は、眼を深く閉じると再び開く。


(これは、思った以上に深刻な事態だな)


 記憶を、映像として見終わった頃には、ちはの表情は、鬱屈なものになっていた。


「なに、今度はお前の番って……これ以上、あたしに何をしろっていうの……」


 ちはのか細い声に、グリードは――にこやかな笑みで返す。


「なぁ、あいつ……ポグロムアが憎いか? 皆を取り戻したいとは思わないか?」


 グリードの声が、段々と落ち着いたものに変わっていくと、ちはが、叫ぶ。


「取り戻せたらとっくにやってるよ! でも、もうどうしようもない……理想でしかないの! 空想でしかないの……」


 グリードはそれを聞くと、頷いて笑い、手を――ちはの足にかざした。


 すると、ちはの足は、段々と痙攣する。


 痙攣が終わると、グリードは歯を輝かせ、ちはの手を握り持ち上げた。


「ひゃっ!?」


 グリードの体に、一瞬持たれかかるが、グリードがそれを軽く払いのけると――。


 その足は、二本で、自分の体重を支えていた。


「え、嘘……?! これ進行性の病気だって……脳が、動けなくするって……」


 混乱するちはに、グリードは語った。


「嘘じゃない。俺の魔力を少し分け、再生力を高めて一時的に治したんだ」


 ちはがこけかけると、グリードは背中を持ち、再び立ち上がらせる。


「いいかよく聞け、理想無くして行動はありえない。空想無くして、力は宿らない……だから、一緒に快を――いや、お前の言う“皆”を救いに行こうぜ」


 静かなる、森林の暗闇にて――残酷に焦がされた者に、灯は宿る。


 狼煙は、今まさに上がらんとしていた。

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