最終章 最終話 The taboo summoner
今まで、ありがとうございました。
宙に浮かぶ愛魅の体。
愛魅が後ろを向くと、そこには呆れかえっている様子のジェネルズの姿。
愛魅は離せと言わんばかりにつまみ上げられながら暴れるが、ジェネルズは微動だにしていなかった。
「小娘、もう止せ。仇討ち等何に役に立つ」
ジェネルズが首を横に振りながら、語ると愛魅は短剣を振りつつ反論する。
振っている短剣は、全くジェネルズに当たる様子は無かった。
「役に立つじゃない! とにかく離せ! こいつを殺さなきゃ……!」
「ほぉ、お前の信仰していた主が、今まさにお前の首元を掴んでいるとしてもか?」
ジェネルズの言葉に、愛魅のばたつかせていた四肢が動きを止める。
それを見てジェネルズは頃合いかと言うように、そっと下ろし始めた。
地に足が着いたのを感じると、愛魅は後ろに振り返ってその姿を見つめる。
銀の長髪に、痩躯。
瞳は緑色に輝いており、肌は白紙のように白い。
愛魅の、知った姿と酷似していた――が、決定的に違うと断言できうる姿だった。
あまりにも痩せ細り、縮んだその姿は、ジェネルズの発言力を弱めているに違いなく。
愛魅は、鋭く睨んで返す。
「お前が、主――ジェネルズ様だというのなら、証拠を見せろ。私はただでさえアイツが居なくなって……もう何も信じられないんだよ」
「信じられんと言うのならそのシスター服を脱ぎ捨てれば良い物を……貸せ、その短剣」
ジェネルズがそういうと、愛魅から短剣を奪い取り、自分の胸に深々と突き刺す。
人間で言えば、心臓が収められているであろう、肋骨に覆われたその胸を堂々と見せつけるように下ろしていくと――ジェネルズは笑う。
真っ二つに、肉体に仕舞われた内臓を見せると一気にそれを再生させる。
そして、胸元のシャツのボタンを引きちぎり、胸の傷を見せた。
胸には、一振りの大剣に切り裂かれたであろう傷跡が深々と残っている。
間違いなく、それは教会に伝えられている、ジェネルズの姿と合致するものだった。
「あ……まさか……本当に、いらっしゃるなんて……」
「今は弱体化したが、まごう事なくワシはお前達の崇めている存在だ。ならば、ワシの命令が絶対だろう」
当然のように言うジェネルズを見て、グリードはやれやれとでも言うように微かに笑みをたたえて首を横に振る。
対して快は、小首を傾げて――状況が掴めずにいた。
困惑に身を任せていると、快はある事を思いつく。
愛魅の背後に回り、ジェネルズの方へ、隠れるように向かうと快はそっと、ジェネルズの背中をつつく。
ジェネルズはそれに気づき、中腰になるとそっと耳打ちで快が語り掛ける。
「そうだ、これから静かに教会で過ごしてみない?」
「何を思ってそうワシに言う?」
「教会の中でなら、目立った事をしない限り穏やかに暮らせるし、グリード程じゃないだろうけど、自由に過ごせる。それに信者たちって、外国にもいて色んな魔法関係の事をしてるだし、きっと復活の方法、世界の境界を直す方法もわかるかもしれない」
快がひそひそと語り続けると、ジェネルズは頷く。
邪悪にも見える笑みをたたえ、ジェネルズが返した。
「完全に力を取り戻した暁には、逆に更なる混沌、世界の崩壊を呼ぶかもしれんぞ?」
快は、それに対しジェネルズの耳をつまみながら答える。
「やってみろ、その時僕は必ずお前を倒して教会を解体させる」
耳を離し、快はジェネルズから5㎝程度離れた。
ジェネルズが少し思考を巡らせていると――黙って快を睨む愛魅に話しかける。
「ふむ、娘。お前の願い、目的はなんだ? お前が信者であるのなら、ワシが叶えてやろう」
「あいつに、また会いたい……」
愛魅がそう呟いていると――愛魅の隣に、魔法陣が現れる。
魔法陣は紫と紅に輝いており、愛魅はそれを見てすぐさま指輪と短剣を胸から取り出し、構えた。
快もまた、どうように拳を握って迎え撃つ体制に入る。
一方でグリードは、その魔法陣の正体が何なのか――すぐ解ったように平然としていた。
五芒の魔法陣の中心に、次第に現れていく三角形。
三角形の中心に現れたのは――。
巨大な、怪物のシルエット。
その像が一瞬にして人型になると――愛魅の目には、涙が流れ出す。
「ばか……ばかやろ……」
涙を流し、その場で崩れる愛魅を、魔法陣から現れた青年が抱きしめる。
頭を撫で、青年もまた涙を流し、肩に顔を埋めながら。
「私もびっくりだよ。突然、意識が無くなったと思ったら今度は魂ごと元に戻るんだもの」
突然姿を現した青年の悪魔――ローに驚いていると、快は思わず叫ぶ。
「え、ええええ!? どうやって蘇った?」
驚く快に、グリードは笑みを浮かべながら快の肩に手を置いて語る。
「なるほど、全部仕組みが分かった。ジェネルズの激しすぎる弱体化も納得だ。お前の人格としての意識があったかどうかは知らんが、お前がデモニルスとの戦いの降らせた雨。アレは過去視ノ魔術で見させてもらったが――お前の禁忌権、“サタン”と命名していたか? デモニルスの魔力がこもっていたダーカーズデビルノコンを使い、そいつを発動。神々の力と接続したときの膨大な魔力と、散り散りになっていたジェネルズの魂の残骸が降り注がせて、傷ついた魂の欠片さえも修復させたんだ」
「という事は、あの麓さんもそれで……?」
グリードは無言で頷いた。
泣きながら抱き合う、ローと愛魅を邪魔しないように――愛魅の腰のチェーンに繋がれた携帯電話をそっと引き抜くと、グリードは画面を起動する。
起動した画面に、すぐにカメラアプリを押し、グリードは二者を撮影した。
いたずらに、少し笑っていると、横からの快の冷ややかな視線に気づき、すぐにホームボタンを押して別のアプリを開く。
開いたアプリは、通話のためのもの。
すかさずすぐに電話番号を入力し、グリードはそれを耳に当てる。
すると――側に居た快にとって信じられない声が響く。
『はい、こちらグループホーム“びおれ”です……」
「よ、元気か? ギルバルト。相棒が迷子になってな。面倒見てくれるか? それと、ちはは里親が見つかったんでな。そっちで元気にやってるよ」
『グリードてめぇ……はぁ、かしこまりました。ったく訳が分からねぇな。死んだと思った子供達は生き返って、施設はあんなに燃えてたってのに……』
「さぁ? 替わるぜ電話」
そっと、通話を繋げたままにグリードは携帯電話を快に渡す。
快は、唾を飲み込んで、話しかけた。
――次第に、言葉に喉を詰まらせ、その眼は赤く腫れていって。
「ごめんなさい……迷惑かけて……巻き込んで……あんな酷い事をしてしまった。そんな僕が、居て良い筈がない、ですよね……? 虫が、良すぎるよね……?」
快の言葉に、ギルバルトは笑って返す。
「何、子供に酷い目に逢わされるのにゃなれてる! ちはなんか、ちっこい頃おしめを取り換えてる途中で小便を顔にかけられたし、春斗の車いすに何回足の指をへし折られた事だか! 大司の融通利かない性格に、外出先でてんてこ舞いにされた事もあったっけなぁ――悪いと思ってるなら、さっさと帰ってこい、熱々のシチューで迎えてやるから!」
ギルバルトの言葉に、更に涙を流す。
もはや、視界の全てが崩れるように。
全身の緊張が、涙と共に消えていく。
次第に快は、顔中の雫全てを赤色に染めながら啜りつつ、しわ寄せていった。
『待ってるわね』
途中で変わったであろう、優し気な華弥子の声を最後に――通話を切る。
しばらく、快の目には涙がつきまとってやまなかった。
そうしていると、快の肩に――小さな手が置かれる。
「快らしくないぞっ、それでも僕の認めた男か? なんて」
快が後ろを向くと――そこにもまた、消えたに違いない者の姿。
快は一瞬距離を置き、まじまじとその姿を見つめる。
白髪に、左右で違う色の瞳を持つ美少年。
まさか。と疑っていると――その白髪の少年は、手を口に押え、かつて見せなかった年相応の笑みを浮かべた。
「ふふ、かーいっ! ボクだよボク! 瞬間移動魔術で追っかけてきたんだ。 アイネス・ヴァイス・シュメタリング……ジェネルズに呪われた、お仲間」
満面の笑みで、快に正面を向かせ、快の手を両手で握る。
その手には確かな温もりがあった。
――瞳にも、光が灯っておりそれは、生命の証明に他ならなかった。
快は、俯いて――返す。
「アイネス……あの時、君を守れなくてごめんよ……僕がもっと早く行動できていれば……」
「へぇ、まだ悪いと思ってるんだ……だったら……」
アイネスは、しばらく間を置き、快の髪を一瞬掴む。
快は、それを感じ取った瞬間、瞼を全力で閉じる――。
「ていっ!」
アイネスが声を上げた瞬間、ぺちという音が、快の額になった。
おそるおそる、快は瞼を開けると――そこには笑っているアイネスが居る。
白く、整った歯を剥き出し、顔を薄い桜色にして。
「これからも、友達でいてくれる?」
快の返事は、眉をひそめつつ、一言で答える。
「もちろんだよ」
快とアイネスが頷き、笑っているとグリードも笑う。
「すっごく表情豊かになったなアイネス……見た目が良いだけに、成長したら小悪魔的にモテるかもな。なんて」
「お前には聞いてないソロム」
快の前とは比較にならない程に、態度を豹変させる。
豹変した態度を見て尚、グリードはただ笑って頭を抑え――爆笑していた。
「あぁ、それがね。本名はグリードって言うんだ。覚えてやって」
「へぇ、まどうでもいいけど。恐いし」
快は、アイネスの変化ぶりに驚き、一瞬こけかけた。
対してアイネスは、首を傾げ――何がおかしいのか理解できずにいた――。
「ね、快。君はこれからグループホームに入るんだろう?」
「そのつもり」
「……そっか。じゃあ、ボクもこれから、親も元に戻った事だし、国に帰らなきゃいけない。これでしばらくはお別れだね」
「折角、体を手に入れたのに、遊べないのは残念だな」
快が残念そうに俯くと、アイネスは笑って返す。
「勉強もこれから一層厳しくなると思うけど……いざとなったら、瞬間移動魔術ですぐ君に会いに行くから。むしろ、これからだよ遊べるのは!」
「全く、抜け目ないなお前は」
無邪気な笑みで、アイネスは指を鳴らし、頭上に魔法陣を展開する。
自分の身が、魔法陣に包まれていって尚、笑みをそのままに――快の前から、消えていった。
それを手を振って見届け、快は後ろへ振り向く。
グリードを見上げて。
その瞳は、強く決意に満ちている様子だった。
「びおれへ連れて行って、グリード」
「あぁ、いいぜ。けどなぁ快。これからお前はどうする? 普通に暮らすにしても、俺の手が全部が全部回って守ってやれる訳でもない。なんなら、“あの約束”も果たせるかどうか怪しいってのに」
それは、“かつて”のあの日ように。
試すようにグリードは笑みながら快を片手で持って言う。
グリードがあらゆるものを踏み抜き、跳躍する度、視界から通りすがりざまに去っていくのは、数々の――戦いの後。
破壊された筈の街は、悉く、元の営みを取り戻いているようだった。
それを見下ろし、笑って言う。
「妖怪や怪物、英雄の事なんて僕は知らない、この世界の事情もよくわからない。けど……僕はこれからも、生き続けるし戦い続けるよ。いつか、昔の僕と同じような人達に、勇気を与えられるように。そして、安心して毎日を過ごせるように」
誰もが目覚めていく、都内を包む光。
天護県、天護町。
そこではかつて、白いベッドで、ただ死を待つばかりの少年が一人点滴を受け、天井を見ていた。
少年の余命、それは夏の終わりと共に告げられるという。
医者の宣告では、二か月。
夏の終わりとともに、“かげろう”の様に堕ちていく筈だった命。
その足が、今や――たくましく、未来への一歩を踏み出し始める。
摩天楼の隙間からは太陽が昇り始めていた。
次なる朝日が見せるのは、希望か絶望か。
未知の明日に、生命は進んでいく。
死という永劫の呪縛に抗い、生という限りある自由を享受して。
白昼に激しさを感じるだろう、陽光を浴び、欠伸をかきながら生を謳歌し。
闇夜の恐怖を抱えながら、穏やかな月光の下、次の日を待つ。
巡り、廻る。
終わりと始まりを繰り返し、必ずめぐる。
これから快は、生に何を見出すのか。
それは、何もかもが巡る、この世界の中で彼自身が決めていくのだろう――。
その背に、虹を背負って。
完。




