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‐禁忌の召喚者‐ ~The Toboo summoner~  作者: ろーぐ・うぃず・でびる
最終章 The Toboo summoner
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最終章 第四十一話 折れた剣の持ち主は


「やぁ、久しぶりじゃあないか憎たらしい人外共。仲良く人間ごっこの珍道中というわけだな」


 凛とした声。

 それを発するのは、焦げた軍服のようなものを着た人間――。

 杖を突きながら、マントを羽織ったその姿は三者の見覚えがあるものだった。


(れい)・ハガード……生きていたのか? てっきり俺は雑魚相手に殉職なさったものかと」


「相変わらず鼻につく言い方ね。隣、失礼するぞ。確かに私は死んだ筈よ、けれども……見なさい、この頭を」


 麓がグリードの隣に堂々と座り、自分の前髪を上げる。

 段々と露わになって行く、額――その前髪との生え際にあったのは、驚くべきものだった。

 額にあったのは、以前姿を見せた時には無かった痣。

 まるで一度、頭蓋(ずがい)の形が崩れたかのように、青あざを越え、皮膚を破り、生死に関わるような凄惨な怪我を負ったであろう痕。

 惨劇を物語る、その痕跡は、素肌とほぼ同化した色身から、さも長い年月が過ぎたような印象を与えていた。


「私はこの通り、生きている。それも何故か、以前より身体能力が高くなっているし、妙な能力が使えるようになった」


「妙な能力……? 身体能力の向上?」


 グリードが小首を傾げると、麓は白手袋を外し、指の関節を鳴らす。

 陽に照らされた、白く細長い指が輝くと――麓は握り拳を作った。

 握り締めた拳を、また開くと、麓の手の平から、円錐状の物体が出現する。

 

 円錐状の、金属質な物体。


 麓は、それをつまみ上げると、二者に見せつけた。


「9㎜の弾丸。中身はどうなっているか弾倉に詰めて確認したが、ちゃんと弾丸として機能していた。この能力の正体が何なのか、君達は存じている筈だろう」


「魔術。召喚か? それとも、“錬成”……?」


「違う、そういう事をこいつは言ってるのではない。“何故能力が使えるようになった”のかを聞いているのだ」


 ジェネルズがそう言うと、グリードは黙る。

 

 一方で麓は、頷いて続けた。

 視線の先は、ジェネルズを捉えて。


「大方、お前達の仕業だろう? また、部下を引き連れ――いや、その様子では信者を引き連れる為に妙計を巡らせたか?」


「ほぉ? 死者を受肉させる奇跡を見せつけ、信者を増やすと? それもまた面白い。だが、生憎とワシの意図したものじゃない。死者を蘇らせる等、ワシのできる芸当ではないし、教会はワシを勝手に崇める者達の集いであってワシの作った組織ではない」


 ジェネルズと麓が話し合っている最中、眠たげな声が混ざる。

 眼を擦り、その声の主はゆっくりと背もたれから起き上がりながら。


「んむ……寝すぎた。さっさと起きてでないと……って!」


「おはよう快君」


 快は、目の前の人物を見て、再び眼を擦る。

 瞼が若干赤くなるほどこすると、今度は椅子にもたれかかり、再び眼を閉じた。

 しかし一度目覚めた以上、睡魔が都合よく瞼を押してくれるはずもなく、体感1分が過ぎてから、快は恐る恐る目を開ける。

 目の前には、胸元のポケットから取り出した、煙草を吸い始める麓の姿が映っていた。


「僕の罪悪感で見てる幻覚とかじゃないよね……?」


 快の、珍しく見せる青ざめた表情。

 その顔を見て、グリードは悪戯な笑みを浮かべて返す。


「あぁ、お前が寝てる間にコンクリに潰されてお前は死んだんだ。地獄行きってわけだ。で、俺はさっきアイネスやデモニルスと会ったとこだぞ? ギルバルトも居たし、あのシスターも居た」


「え、えええええ?! あ、や、まって、死因が唐突すぎるしアイネスは消滅したはずだ! 周りもよく見たら寝てた喫茶店だし!」


「お、流石に引っかからんだか、おはよう。俺の分の食事を食べた代金としてはいい反応だったぜ」


「なんなんだこの餓鬼同士」


 ジェネルズが二者のやりとりに、ため息を吐きながら呆れていると快がテーブルをくぐりぬけ、グリードの肩を何度も殴る。

 周囲の知らぬ間に注文していた、ワインボトルを片手にグリードは、殴られながら豪快に笑っていた。

 ジェネルズの隣には、既に灰皿に2本の吸い殻を溜め、新しい煙草にまた火を点けようとしている麓。

 カチカチと、何度もジッポライターを点けようとするが、オイルが切れたのかつかない麓を見て、ジェネルズはそっと、指先から光を放つ。

 光を麓の咥えた煙草に近づけると、煙草の先端が燃え出し、煙が上がっていく。

 麓がジェネルズに会釈し、吐く煙を他の三者に当たらないように一気に吐き出す。


 完全に、互いの緊張が解けきっている様子が、そこにはあった。 


 ――時間にして2時間程度滞在し、食事と休憩を終え、ジェネルズ、麓、グリード、快は喫茶店を抜ける。

 快の目線の先は、麓にあった。


「あの、これからどうするんですか?」


 当然のように、快に麓は答える。

 服の襟を正しながら。


「どうするも何も、これからFencerの活動を再開させる。もし隊員達が盗んだりしていなければ資金は金庫にあるし、私が死んでも装備もマニュアルも配備してあるし、大丈夫でしょう」


 麓が言うと、グリードが返す。


「それが、Fencerは壊滅した。基地は大崩壊、基地のヘリも車両も一つも残ってないし、資料も研究室の棚にあった物以外マニュアルも例に漏れず焼失。隊員達はほぼ全滅」


「なんだと……? 私が死んでからどれぐらい経っている!?」


「麓さん、携帯、トランシーバー、なんでもいいから通信できるものは?」


 その言葉を聞き、麓は唇を噛み締める。

 唇からは、血が次第に滲みだし、踏みしめる足は震えて。

 全身が――震えだしていた。


「私の今使える持ち物は、溶けかかった拳銃一丁だけ。レシーバーは潰れていたし、携帯は探していたが、真っ二つになっていた」


 麓は歯を食いしばっている内、グリードは緑に瞳を輝かせる。

 それを見て何かを察したように、ジェネルズはそっぽを向き、腕を組んだ。

 一方、快はじっと、グリードの方に視線を変える。


「お前は良くやっていると思う。だが質問させてくれ。何故、お前はマニュアルのコピーを配布しなかった? 内容が薄くともコピーして警察に渡せば、状況はある程度良くなった事件があった筈。この40年、お前は何をしていた?」


「警察には我々の出動まで人外の出没地の封鎖しておくようにと伝えている。警察は……」


 麓が黙りだすと、続ける。


「公的な機関だから、この人外の存在に対処できうると考える自分達以外の組織……つまり、警察の大元、警視庁に魔の存在、そして自分達の存在を言いふらす可能性がある。だから政府直属の名を借り、その場を封鎖。天護の存在は、あくまでも無かった事を守護すると。快から聞いたが、存在が無かったことにしておかなければこの県は滅ぶと」


「なんでもお見通しという訳か。気持ちが悪い」


「じゃあ、何故お前は……リーダーを自分以外に作っておかなかった? 上の存在がたった一人なら、補佐役が少なくとも必要だろうに。それすら居ないようだったが」


「私以外誰が務まる?」


「基地を見てきたが、研究開発部門、実働部門、資料発掘部門、商品販売部門……見事な統率力、資金繰りだ。だが、組織を動かすにも、お前はいつだって前線に居すぎた。だからお前の居ない間を狙われたんだ。せめてその場を任せる相手を作っておくべきだったな」


 指摘に次ぐ指摘。

 それは鋭い言葉の刃となって麓に降りかかる。

 刃は鋭く、柔い心の肉を抉り、貫く。

 芯の通らぬものの存在を赦さぬように。

 弾き返せぬ、芯なき物は、貫かれたままに――穴を開ける。


 グリードの言葉は、どこかで麓自身が思っていた物。

 快もまた薄々感じている事。

 それに堂々と触れるグリードに、快はどこかで、危機感を感じざるを得なかった。

 空気感の平和を、言葉の雨で濡らし、湿らせ、心の大地を踏みにじり抜く。

 まさしくそれは、快にとって皮肉にも――グリードの嫌悪しているであろう、“侵略者”の図に見えてならなかった。


 それをジェネルズは、ただ冷徹な目で黙って見つめる。

 お前はいつだってそういう奴だ。とでも言うように。

 自由を守る。

 それは、自分の発言も、在り方も含めての自由。

 自由というものには、責任が伴い、ささやかなこの場においても――グリードは常々意識している。

 

 その言葉は、“自分がその立場ならば”と思考した末に出たものであろうことは、ジェネルズには見えていた。

 

 ――幾度の犠牲とその末路を見た魔人の言葉は、重く麓にのしかかっていく。


「あの、誰だって間違いはあるし、それにほら、リーダーが前線に立つと皆のやる気も段違いだろうし、命令も出しやすいじゃんか?」


 快が空気を和ませるべく、麓とグリードの前で一言を絞りだす。

 出た一言は――両者の沈黙を生むものだった。

 沈黙が何を意味しているかについては、快は考えるのを止める事にした。


「前線に立ちたきゃ、後ろ盾を構えろ狙われるぞ。後ろに居るべき立場なら現場でのリーダーを育てろ、席が空くぞ。的確で具体的な采配を下せ。紙切れじゃなく、お前自身がマニュアルだ。でなきゃお前は上層に居るべき立場じゃあない」


 グリードの言葉に、背を向ける麓。

 振り返って、麓は――去り際に呟く。


「あなたは、どうせ長く生きているだけなのでしょうね。実戦に身を投じたことがないから、想像力だけが逞しくなってそんな事が言えるんでしょう」


 麓が背を向け、再び歩み出そうとした時。


 麓のうなじに、一筋の光が当てがわられた。

 ジェネルズの、光をまとった手刀である。

 手刀を構えるジェネルズの表情は、湧き立っているであろう憤怒を隠せていなかった。


「浅はかな! お前は知らんだろうな、こいつがどんなに……どんなにかつて苦しんだのかを、貴様の言葉、そっくりそのまま返そうか?!」


「お前は好きなのだな、自分の計画を邪魔する敵が。だからひいき目に見てしまうのだろう」


 虚ろに返す麓。

 対して、ジェネルズはうなじにあてがった手刀を――今にも振り下ろさんとしていた。


 その後ろで、快はジェネルズの方へと向かっていった。

 こけかけながら、快は駆け寄ってジェネルズの方へ体当たり気味に近づき、体が当たるとジェネルズの腰に抱きかかる。


「待て! お前が、グリードにどんな感情を向けているかは知らないが……何もそんなに怒ることないじゃないか! 殺したりなんかしたら、僕は許さんぞ」


 快の言葉に、ジェネルズは渋々――手刀からの光を消していく。

 ジェネルズがうなじから徐々に手を離していくのを、麓は黙って見届けてから、歩みを進めて行った。

 完全に、三人の視界から麓の姿が陽炎に消えかけていくと――快は叫んだ。


「解った、これから僕はあなたの意思を継ぐ! だから、どうか待っていて! 僕だって、この街も、この世界を守りたいんだ!」


 叫びが、麓の耳に届いたのかは誰も知らず。

 

 最後に振り向き、見せた麓の瞳は一瞬――快を、映していた。

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