最終章 第三十五話 作戦《せんそう》の始まり
デモニルスの軍団。
それを天から静かに見下ろすのは、グリード。
グリードは目を妖しく輝かせつつ、軍団の数を数え、デモニルスの戦力を計る事に専念していた。
「大体、軍団は60人、どれもデモニルスの時代に生きてた連中、総合脅威度は一人頭AからA2相当……デモニルスに至っては神を秒殺できる時点でお察しってとこか。魔王、聞こえてるか?」
グリードが上着のポケットから印章封印札を取り出す。
札の契約主を呼ぶと、凛とした声が響く。
魔王プエルラの声である。
『うむ、聞こえておるわ。A相当とは……どれも魔王の器一体とほぼ同じ戦力ではないか、こっちは数を把握できないぐらいに居るとは言え、それが60人もいるのでは……どうなっているんだあのデモニルスとやら』
「元はお前らの力だ。そっちからも力が引き抜かれている以上、戦力はそっちでも引き算されてるしで、実質60体の損失。初手から厳しいぞ魔王」
『作戦通りに行けば良いのだろう? 何、貴様の案に乗ってやった以上、責任は貴様持ち、失敗すれば貴様を処刑するだけだ」
「それで良い。で、そっちに空けた“空間”の様子はどうだ?」
グリードの通話の先――魔界。
そこでは、僅かな隙間が、宙に浮かんでいた。
紫色に染まった空に空いた、漆黒よりも黒い――虚無の空間、30㎠の入り口が。
時折魔界の地面にある岩盤や石を吸い込んでは、中で消滅させていく隙間は、その場に居る者に、底知れぬ恐怖感を与え続ける。
隙間の中へ、プエルラは手を伸ばし、念じて魔術によって顕現した剣や斧を飛ばす。
吸い込まれていった武具は、悉く粉砕され、跡形もなく消えていく様に、プエルラの額からは汗が流れ始めていた。
「駄目だ……グリードよ、力の効果を薄める事はできんのか!」
プエルラの肩に置かれた印章封印札から、グリードの声が返る。
『これが限界だ。これでも耐える連中がわんさかいるんだ、少しは耐えろ」
「ええい……無茶苦茶な注文をしよるわ! “快が帰ってこられるように消滅する前に行って帰ってこられる速度で打ち出す”等……! 大体そんなものに捕まれば、快の体とて衝撃で無事ではすまんだろうに!」
『あの空間では常識が通用しないし、重力も無いから大丈夫だ。衝撃波もどんなに速いものでも本来なら発生しない。さて、快はどうだ?」
プエルラが一旦手を止め、正面から左に顔を逸らすと、そこにはユンガと快の姿があった。
快は、ユンガの手から放たれる稲妻を、何度も受けては回避し、あるいは網目状に広がる電撃をかいくぐっている。
快が全力で走り、拳を構えてユンガの元へ打撃を加えようとする――が、ユンガは瞬時に後ろへ下がり、避けた。
「なるほど、失った力は大きいか。指示を待っている間について何も言われてなかったし、失った力、できることを確認させてもらった。快、今までの戦いのおかげかセンスは磨かれてるが、身体能力がはっきり言って並みの現代人レベルになっている。これじゃ、なおさらあの指輪を使わない限りあいつには到底――」
ユンガの冷静な分析に、快は切れかかった息で返す。
ふらふらと、もたつく足で大地を踏みしめ、火傷の痕が残る腕に煙をまといながら。
「だからどうした、さっさとあいつを倒して、ジェネルズが復活したらしたでまた倒す。僕は半端な覚悟で言ったつもりはない、約束だから……それが、僕にとっての恩人への礼であり、僕にしか務められない義務だ……ユンガ、プエルラさんとグリードの時間が許す限り、もう少しだけ付き合ってくれ」
その様子に、かつての自分を重ねたように――ユンガは微笑み、自分の全身に紫電を送る。
グリードが、仲間だと認めたのも――納得したかのように。
「なるほど、その意思の強さ……不気味な、あいつが肩入れするのもわかるかもしれないな……人外たらしが」




