最終章 第三十四話 強欲への死《はなむけ》
グリードの発した言葉。
それは、聞いた者らにとっては更なる疑問を与えかねないもの。
ユンガは実直に、浮かんだ疑問に対し、更なる質問で返す。
「世界を守りながら、自分を打倒す者を探しているだと……? 矛盾にも程があるぞ」
「矛盾しちゃいないね、矛盾や嘘は半端なその場凌ぎの言葉から生まれるものだろう? 俺はこの生涯で、嘘はともかく矛盾した行動はしちゃいない」
「じゃあ説明しろ」
睨み合う両者に、快は辛抱たまらない様子で駆け寄り、割入る。
おろおろとユンガとグリードを交互に見つめ、眉を下げながら。
「ちょ、二人……でいいのか? 二人とも落ち着いて」
快の声に、ユンガは即答する。
「落ち着いていられないな、こんな何から何まで胡散臭い奴の隠し事なんて、厄介な事に決まっているだろうからな」
「そうだそうだ落ち着け、あんたは話を聞けっつの。というか快、俺は最初から落ち着いてるぜ」
一貫した、他人事であるかのようなグリードの態度に、ユンガはより怒りを感じているようだった。
一言を発する度に寄る口許と目先のしわ、鋭く尖る目がそれを如実に表していると、両者の間で――閃光が迸る。
閃光を回避すべく、ユンガはグリードから数㎝離れると、グリードはすぐさま閃光を拳で掴む。
閃光の正体は、グリードがいち早く察知しているかのようだった。
グリードの掴んだ物は、一振りの大剣。
銀に近い色彩で輝くそれは、その場に居る者全てに既視感を覚えさせる。
プエルラが発した剣であろうことは明らかだった。
「いい加減にせよユンガ・テネブリス、グリード・タタルカ。ここは余の領土だ、故にこの場において発言権を司るのは余――まずはグリード・タタルカよ、今はお前の奇妙な行動全てに目を瞑ろう。お前の目的を話せ」
プエルラの、全てを見下ろし、影を作る巨躯と広がる暗黒の外套。
そこから放たれる紅と灰色の眼孔、溢れ出す異様な――荘厳さとおぞましさ、美しさとが織り交ざった気配。
自身の存在が、如何に矮小なものであるかを知らせるように放たれる魔王のオーラは、あらゆる喧騒ごと吹き飛ばす。
ユンガと快は沈黙し、グリードだけを見据えていて。
グリードは軽く――演技臭くも感じさせる礼をして語った。
まるで、一つの劇を見せる演者のような声で。
「では語りましょうか魔王様。俺の目的を。俺はずっと昔から、あらゆる世界を巡ってきたのです。それはそれは長い、永い旅路でしたよ、自分が生まれた意味も解らず、赤子のように泣き、眠れぬ凍夜を震えながら過ごした事もありました。道化のように、娼婦
のように自らを売った事もございましたよ。愚直にも筆を信じ、詩人や文豪の真似もし、賢しい発明家や学者にも憧れました。しかし結局、それらは猿真似でしかなく、そこに自分の執着する――価値を見出せずに居ました。しかし、ようやっと気づいたのです、価値あるものを見つけたのです」
グリードが唾を飲み、瞼を閉じると、語りはやがて――演者の語りから、真に迫ったものへと変わっていく。
皆は、それをただ黙って聞いていた。
「俺は好きでした、自分に優しく――寄り添ってくれた人達が。だから――俺は、このどうしようもなく、身に余るような力を使って、俺と同じような、自分に寄り添ってくれた人達が好きな、だが、弱くてどうしようもできない奴らの事を守ってやりたい。そう思って旅をしてきた。けれど、できたのは――ただの独善的な暴力と言い方を変えた侵略。都合の良い連中の謀略、反吐が出た。嫌になった。だから何度か――世界を滅ぼしてしまった」
プエルラが、冷静に構えて返す。
「なるほど、禁忌が世界を滅ぼすという神話が魔族ら伝てに各世界に伝わったのは概ねお前の仕業だったという訳だ」
「だから、決めているんだ。俺は二度と侵略をしない。世界の同じ生物同士の争いに首を突っ込まない、ただし、逆に世界の侵略者――地上界から魔界に攻め込んできたとしても、天界の奴らが地上界に攻め込んできたとしても全て討つと。お互い、知性のある異種同士が争ったって何が有るって言うんだ。そして、俺と同じ禁忌の連中は――そもそも生まれちゃいけない存在だ。同種の慈悲として、その行動目的によっては滅ぼす。だけどな、俺は同時に、委ねてみたいんだ。俺のような永遠を生きる奴じゃなく、限りある命に、世界を守るこの役割を」
快は、それを聞き自分の手を握る。
僅かに感じる、体温に――今ある意識を重ねながら。
今までの記憶、これまでの経緯に――快はグリードに、どこか自然と、労いと敬意を感じたに違いなく、その眼はただ、グリードを見つめていた。
「俺にしかできない事だって事は、もうわかり切ってるし、この戦いの呪縛からは逃れられない。俺だってそもそも、居てはいけない、生まれてはいけない存在だって事は解ってる。だけど、この永遠の罪滅ぼしのついでに俺の役割を継ぎながら、俺を倒してくれる存在を探していたんだ」
「お前は、それを僕に期待していたのか」
快が言うと、グリードが黙って頷く。
それは、快の今までに、見たことの無い神妙な面持ちだった。
まるで、否定も、肯定もする事ができないとでも言わんばかりの表情。
黙っていた末に、グリードが出た一息は言葉と共に消えていった。
「期待してなかった、けど、お前に期待してしまったんだ。デモニルスの目的とは真逆の、純粋なお前に。でも、お前が背負うには、もう重すぎるものだし、もういいよ。ただの死にたがりの乱暴者、何者にもなれない無法者と笑ってくれ」
そう言うとすぐに、グリードの顔は、快の前で良く見せる――人懐っこさと妖しさの同居した笑顔に変わる。
快の目にとっては、それに――憂いと諦観が加わっているような気がしてならなかった。
快はグリードの認識が一変した。
時に、傍若無人、Soloなる悪の敵。
それが、今や――儚き消滅に憧れを抱く、Greedなる零番。
快は、グリードに歩み寄った。
「グリード、お前は……一体、どうありたいんだよ」
快の問いに、グリードはその場で座り、即答する。
「常に、侵略者の敵、自由の味方。正義はもはや名乗らん。名乗る位ならRougue上等。不気味だと言いたければ言っていろ、気持ち悪いと罵倒したければしろ、それが俺の守る自由でもあるしな」
「じゃあ、お前は……僕に殺されても良いって言うのか? こんな、言うのも悪いけど10年そこらしか生きていない、何も知らない限りある命の人間に殺されたとしても!」
快が怒鳴る。
グリードはただ、碧の瞳に濁りを宿しながら笑って返した。
「あぁ、最高だね。限りあるっていうのが良い。何も知らないっていうのも、逆に言えば雑念が無いって事だ、俺の葬儀にはお前が理想だ。けど、今のお前には力が無いし、有ったとしても俺も力を最期に試させて欲しい。だから、きっと戦ってる最中にお前が死んでしまうかもしれない。そうなれば俺は心の底から絶望するだろう」
「うむ……ではあいわかった、では余がその望みを叶え――」
プエルラが宣言しようとした刹那。
プエルラの背後の岩盤が、消滅する。
「魔王様、お前にはお前の役割があるだろう。お前には常々魔界を贔屓していてくれ、でなきゃ俺はお前を本気で消し去る」
「ぐっ、ええい面倒な性格よなお前は。余は冥界も地上界も守護するべきだと考えて――」
「そうかそうか、で? 地上界の事を本当に知っているのか? どれほど? 天界はどうだ? お前の精神は、具体性の無い曖昧な、理想論だけの……はっきり言ってしまえば幼女も良いとこなんだよ」
「グリード、止めてったら!」
快はグリードの裾を全力で引っ張る。
が、快の予想通り、グリードは微動だにしていなかった。
ならば、という代わりに、快は言葉を発する。
「僕が力を取り戻せばいいんだろ? 取り戻して、お前を万全の状態で倒せばいいんだろう?」
その発言に、グリードの耳が動く。
「ほぉ? どうやって?」
「わからない! けど、絶対に取り返して、お前もジェネルズと一緒に――いや、お前の力でいう所の消滅させてやるから! 僕がいいんだろう? 世界を守りたいっていうのは、僕も力を自覚した時思った。だから、絶対に約束するから!」
グリードは、快の瞳を覗くように目を動かし、見る。
その瞳は、輝かしく――決意に満ちていた。
その時――グリードは、牙を覗かせ、笑みをたたえる。
微かな、望みをたたえているであろう微笑だった。
「ハハハハ、おだて上手だな。好きだぞそういうの……よし分かった、作戦を思いついた。俺は偵察に行く、その前に――」
「その前に……?」
快がおうむ返しに問うと、グリードはじっとどこかを見据える。
その瞳はプエルラとユンガに向いていた。
「もし、世界をどうこう考えてるなら巻き込まれてくれ、魔王とその弟」




