最終章 三十三話 倒す者
プエルラは見下ろす。
岩陰に隠れた少年、快と、警戒している様子の魔人――グリードを。
「何をしている、こんなところで。お前の居るべき世界はここではなかろうに」
グリードが掴んでいた快の裾を離すと、快は岩陰から飛び出す。
歩み寄った先は、魔王プエルラの足元。
「魔王プエルラ……あなたこそなんで」
「しっ、何。今日はたまの休暇なのだ。何、警護も形式状ではあるが連れてきておる。ユンガよ!」
プエルラが後ろを向き、名を呼ぶ。
すると、奥からプエルラとどこか似たシルエットの悪魔属が現れる。
銀髪に、黒い雄牛のそれを思わせる角を生やした、赤い瞳に紫色のマントをまとった悪魔属――ユンガ・テネブリスであった。
ユンガはため息交じりに、プエルラに向かい愚痴のように言う。
「姉上、お願いですからそうやって自ら怪しい物に向かって率先して向かうのはお止めください。暗殺を計る暴徒だったらどうするというのですか……まぁ返り討ちにできるからそうするっていうんでしょうが」」
「当たり前だ、ついでに見せしめにするまで。力とは奮いようだ。して、何やらかぐわしい話をしている様子であったが?」
プエルラが快を見下ろすとユンガもまたその後ろで快を覗く。
ユンガは、その光景をただ黙って見つめるのみだった。
「今、地上界で大変な事が起きているらしくてえっと……デモニルスは、僕の力の源で、でもデモニルスは、神の力を復讐に利用しようとしていてそれから……」
快が焦りながら、状況を説明しようとした時。
グリードが代わりと言わんばかりに語る。
「簡潔に伝えようか。デモニルスが肉体を付けて蘇った。神話に伝えられる聖人、救世主みたいな面をしてな。しかも死者を率いてこれから魔界、天界に乗り込んで神々を滅ぼそうとしてる。神々の力を使う、快に埋め込んだ契約魔術を使ってな」
グリードが言うと、黙っていたユンガがプエルラの後ろから語る。
その緑の瞳を、睨み、潰すように輝かせて歩み寄りながら。
「待て、それをいつ知った? 何故、その目的を知っている? ……それに、お前はずっと快と共に行動をしていたろう? 予感はしなかったのか、いつ快の力に気付いた?」
「禁呪“過去視の魔術”、“測定解析眼”を同時発動させてこっそり見て知った。それを通じてデモニルスの思惑も知っていたが――」
グリードが次の言葉を放とうとした刹那。
衝撃波と共に、グリードとユンガの姿が、プエルラと快の前から消える。
快がその行方を追うべく、周囲を見渡すが一見してそこには誰も居らず。
プエルラだけが、そこの行く末を知っていた。
プエルラが快に後ろを向くように片手で持ち上げ、後ろへ回すと、そこにはグリードを岩盤に叩きつけ、首を片手で締めあげるユンガの姿。
ユンガの表情は、しわが寄り――激情に染まっている事は明らかであった。
対して、グリードは平然としてユンガの顔を無機質に見下ろす。
高所に上げられている事さえ、気にも止めないように。
「貴様……それを快に伝えたのか?」
「伝えなかった、だって“楽しみ”が減るしな」
「楽しみ……楽しみだと? お前」
ユンガはより、グリードの首を強く締め上げるが――他人事であるかのようにグリードは無表情を貫いていた。
いよいよ両手で、グリードの喉を握り潰すように全力で締め上げるが、何事も無い様子でただ――骨の砕ける音だけを響かせる。
それがグリードの物であることは明白だった。
快は急いでユンガの元へ行くが、プエルラが快の正面を足で塞ぎ、叫ぶ。
「止せ! ユンガ! 貴様では敵わん!」
「グリード、お前は一体何が目的だ。白状しなければ僕はこの身を粉にしてでも貴様を葬る」
態度は依然変わらず、グリードは答える。
「俺の目的は、二つだよ。“世界のバランスを保ち守る事”そして――“俺を打倒す者を、探す”事だ」




