最終章 第二十九話 肥大化した誇大妄想
宙に浮かぶ体。
それは重力を切り裂き、抗い、どんどんと快の目の前の全てから遠ざかっていく。
「おいおいおい……忘れ物置き場なら、冥界でどうぞって話だろうに……デモニルス!」
快が後ろを見ると、そこにはグリードの姿が在った。
自身の進む方向とは後ろ向きに首を向け、グリードが呟く。
いつになく、険しくしわを寄せた表情に見える顔は、デモニルスに向けて。
デモニルスは、声に反応し上空を見つめる事で――グリードと目が合う。
デモニルスの視界に入った、緑の双眸と漆黒の流星。
グリードが見下ろす、黄色と赤の瞳、黄金の褪せた佇まい。
互いに、その眼に宿したのは“脅威”と見なす眼差しに違いなく。
禁忌と呼ばれる怪物。
人間の身で、神をその身に宿した怪物。
「炸裂真空刃!」
先制攻撃をしたのは、デモニルスの方だった。
デモニルスが魔術の名を唱えると、デモニルスの正面に緑色の刃が飛び出す。
刃は超速で放たれていき、それは快を持つグリードの腕に向かって伸びていった。
「風の魔術、しかも軽く呪文を練って唱えるなんて、相当殺意があるよう……でっ!」
空いた片手で、グリードは指の隙間から漆黒の弾丸を放つ。
弾丸は刃を砕き、音を置き去りにして瞬時にデモニルスの前に当てられていく
デモニルスの前に命中した弾丸は、透明な壁によって消滅していき、消えていった。
「まずは腕試しといこう、神々に復讐する前に――死者の軍団を築き上げる前にな!」
「墓場でお勉強会でも開いてろっての……快、一旦逃げるぞ」
グリードが呟くと、空間が揺らぐ。
快が一瞬目を閉じていると同時に、周囲の景色は一変した。
そこは、荒涼たる場所。
漆黒と紫の岩石が飛び出し、空には赤い月が出ている。
快は、その場所について見覚えがあった。
かつて、ユンガと共に訪れた――。
「――快、魔界は初めてじゃなさそうだな。ここがそうだよ。人外の一種族、魔族――魔獣に悪魔、吸血鬼に亜人、妖精や亜竜の棲む領域。人ならざる者が跋扈する世界だ」




