最終章 第二十八話中編 整えられた冒涜劇《Grand Guignol》
「天護県が用済み? どういう事だ?」
快は狼狽えながら、愛魅に問う。
愛魅の方はただ、冷静に答える。
まるで、他人事であるかのように。
「もうすぐでここは要らなくなるらしい。本部からの連絡があった。隠し領土の存在は、隠されてこそ意味を持つの。隠し領土を持つ条件は四つ、一つは他の土地とは隔離されているものであること。二つは他国の介入が無い事。三つ目は――“自国民に、存在が知られない事”」
「四つ目は?」
快が、唾を飲みながら問いかけ続けると、愛魅は冷淡に言い放つ。
「“機能している市町村があるか”……さて、この戦いで君はいくら機能していた市町村を破壊してきたのだろう。そして、人外共も同様に」
快はそれを聞いて、足を震わせる。
これからの、自身の居場所の消滅を――漠然とした、自分の居場所が、無くなってしまうのではないかという妄想からの焦燥に囚われて。
快が、恐れて質問をせずに居ると、加虐的な微笑をたたえ、愛魅は顔を近づける。
「要らなくなった領土は、“元々無かった事”にされてるんだから、これから黙認されてた他の県への交通手段は無くなるし、経済は悪化。もうここは今日からゴーストタウンになるだろうね。人口も見る分にはかなり減ったらしいし」
「そう、か……だったら、僕が食い止める」
段々と、快の中で怒りが湧く、
不条理にも感じる、上位存在への――憤怒に。
愛魅は怒りに歪ませている様子の快を、嘲笑うように冷ややかな目線で答えた。
「でもよかったじゃない。すぐという訳じゃないし、もともとここは閉鎖的な空間なんだし、直訴でもする? でも伝える手段がないじゃない。隠し領土の存在を国々にばらすにも、何を今更という話。国民に知られたら、大反感を得るだろうけどね」
「そうか、わかった。もういい、ありがとう。船に行くんだろ、行きなよ」
冷ややかに、快が返すと愛魅は静かに背を向ける。
「じゃあね。今のうちにその痩せっぽちの体に詰め込んでおきなよ。どうせもう食べられなくなるんだから」
愛魅の去り際、愛魅が魔法陣を展開し、移動しようとした刹那。
快が、呟く。
「性根から、偽物の聖職者というわけだな」
まるで、何者かが憑依したかのような口ぶりに、愛魅は魔術の行使を中断し、快に近づく。
手に持っているのは、一本の大ぶりの短剣。
愛魅は、快の首筋にそれをあてがい、茶色い毛髪を握り上へ向かせると声を低くし、言う。
「もう一度、言ってみろ」
「何度でも言ってやる、贋作。変な情報とエゴで耳が詰まってて遠いみたいだな、パチモン。寛大聖教は、宗教だろう? だったら僕の一人でも救うべきだろう偽善者が」
「手前ェ、ローを殺しただけに飽き足らず、今度は何を望んでる?」
静かに、両者は睨みあう。
片や、上から見下ろすように。
片や、下から見上げるように。
無言の間に、互いを接続させる水面下の殺意。
愛魅の短剣はいよいよ、快の薄い首筋の皮膚に血を滴らせていた。
一方で、胸倉を掴んでいた快の腕は愛魅の首へと移動し、緩やかに締めている。
「ここじゃあ人の目が付く。話しかけた時が10分だったか? 今じゃ大体4分はある。少し話し合おうか? 港でな」
「いいよ坊主」
愛魅と快が、魔法陣に包まれていく。
しばらくすると、二人の視界には海が広がる
港の波止場に着くと、二人は一気に勝負をつけようとする。
快が愛魅の首に手をかけて。
愛魅が力一杯に短剣を首にかける。
短剣が頸動脈を霞める寸前、快は魔術を行使した。
(時を止め――雷よ!)
自分の体を帯電させ、距離を取ると時間停止から解放させ、愛魅の背中を蹴る。
雷をまとった一撃は重く、愛魅の背中を波止場から突き飛ばす。
海に落ちかけると、愛魅はすぐさま片手で戻り、指輪に念じる。
光った指輪の宝石は、青色――氷のラピスラズリだった。
氷のラピスラズリを見て、快は瞬時に念じる。
「お前が氷なら、僕は炎で焼き尽くしてやる」
快が念じ、力を宿す先。
(炎の巨人“スルト” 炎の神 “カグツチ”)
北欧神話の、終焉をもたらす巨人。
そして、日本の炎の神。
「仇討ちでつかみ取った生だろ? なら私もしていいよなぁ!?」
両者の衝突は、まだ終わらない。




