本編
「だから、好きな人ができたら、迷わず婚約破棄してくださいって言っているじゃありませんか!」
「だから、私の愛する人はクロエだけだと言っているだろう!」
さらさらとした美しい金髪に、これ以上ない程整った顔立ち。ザ・王子様といった…実際そうなのだが…と、どう考えても惚気ているとしか考えられない口論を繰り広げながら、私は溜息を吐いた。
…どうしてこうなった。
知らず知らずのうちに、私は今までの経緯を遡っていった。
私、クロエ、ジルベスター公爵令嬢は、悪役令嬢ものの漫画や小説よくある転生令嬢のように、生まれた時から前世である風宮美琴の記憶がある。
ついでに言うならば、腹の立つ中二病の自称天使(仮)とのやり取りも、バッチリ記憶している。
だが、どうやら中二病の自称天使(仮)が行っていたことはどうやら本当のようで、私は現に、‘‘庶出の薔薇に口づけを’’の世界に転生している。
しかし、問題が一つ。
アイツは説明しなかったが、私は悪役令嬢に転生してしまったのだ。
悪役令嬢ものの書籍では、ヒーローはヒロインになびかずに、自身の婚約者を溺愛して予定通りにゴールイン、という展開もしくは婚約破棄された直後にもっと良い相手が現れて、元婚約者と自称ヒロインがざまあされるという展開が始まりそうだが、そんなことが起こる確率があまりにも低すぎるため、齢一歳にしてあきらめた。
そして、婚約者となるはずのゲームのヒーロー、王太子のアンドリューとの婚約を阻止しようとしたが、これに失敗。
そして現在、ゲームが始まる学園入学前に、何としてでも婚約を解消しようと目論んでいるのだが、何故かことごとく失敗している。
しかも、アンドリューはこの時点でもう、街でヒロインと出会っているはずなのだが。
街で会った純粋なヒロインのことが忘れられないアンドリューだったが、聖女としての能力がビミョーに目覚めかけたことを発端に、平民であったにもかかわらず、特例かつ特待生として入学してきたヒロインと、学園にて運命の再会を果たす…
という風にゲームは進んでいくのだが、当のアンドリューがヒロインのことを覚えていないようなのだ。
さりげなく尋ねたところ、
「覚えていない」
と、ばっさりと返された。
いろいろと、不安である。
そこからどんどん話が発展してしまい、今のような事態になっているわけだが。
私と彼の口論は、まだまだ続く。
「どうして、私を信じてくれないのよ!貴方は運命の人がいるって何度も言ったでしょう!」
「何故そう決めつけるんだ!」
「だって、…だって…」
ぽろり。
涙が、一粒。転がり落ちた。
私はどうやら、婚約期間中に、アンドリューに恋をしてしまったようなのだ。
だから。…だから、早くヒロインと仲良くなってもらって、気持ちを封じてしまおうと。そう、思っていたのに。
アンドリューが、私を愛していると言ってくれるから。
あきらめが、つかないじゃない。
そんなことを考えているうちに、涙は溢れてくる。
そんな私を、アンドリューは黙って抱き寄せた。
彼まで、苦しそうな顔をしている。
「悪かった。」
絞り出すようにして、彼から発せられた言葉は、震えていた。
「私は、もう二度と。美琴を、クロエを、失いたくないんだ。」
「え?」
どういう、こと?
「私の前世は知里廻。君に、片想いしていた幼馴染だ。」
「噓、でしょ?」
彼の言葉を信じられない気持ちと、片想いという単語に対する否定を込めて、口にした。
だって。
私の前世である、風宮美琴は。
知里君のことを、ずっと想っていたのだから。
そんな私にかまわず、彼は。
自称前世は知里廻(仮)とりあえず現在はアンドリューは、否定の言葉を口にする。
「いや、噓じゃない。美琴が死んだって聞いた時、本当にショックで…しかもその後、九十年も生きたんだぜ?もちろん、独身だけどな。何にも楽しいことがなかった。」
「知里、くん?」
私の声まで、震えてしまう。
それでも、必死に、自分の気持ちを伝えようとした。
でも、アンドリューは、それを手で制した。
「前世のことはもういい。私は、今世に生まれ変わって初めて君を見たとき、間違いなく美琴だと思った。でもな。私が愛しているのは、美琴じゃない。クロエだ。だから…」
彼が言い終わる前に、私は自分の腕を彼の首へと回す。
驚き、言葉を止めた彼に、こう告げる。
「私も、知里君が好きだったのは、前世の話だから。それで今は…あ、の。その…あ、アンドリューが好きなの!」
彼の抱きしめる力が強まる。
気恥ずかしくて、
「もし、ヒロインと浮気でもしたら、慰謝料と迷惑料ふんだくってやるからね?」
なんて、言ってしまった。
そうしたら、彼はいたずらっぽく笑って。
「言ったな?じゃあ、学園を卒業した直後に籍を入れるからな?覚悟しておけよ?」
なんて、言ったりして。
二人で、笑いあった。
そんな、私たち夫婦が、学園に入学する前の。幸せな、お話の一つ。
ついでに、これは死後判明したことだが、これは転生先で前世の想い人と再会して感動!なシーンを書きたい!と、唐突に思い立った、小説を書くことがマイブームな神様が、ネタが浮かばな過ぎたせいで、実物を見ないと!という取材感覚で仕組んだ出来事だったらしい。(と、死後再び会った中二病の自称天使(仮)から聞かされた。後日、神様は良いネタ貰った!という感じで、100年間天岩戸に引きこもって執筆活動したそうな)
勢いで書きました。
あとがきは…はい。長めの連載小説のみに書きます。(「まあだだよ」は例外)