第15話:我らオリエントの地に再びの安寧と栄光を取り戻さんことを
同日2230時。全候補学生および全教官は、パルティル校長の命により講堂に集合させられた。パルティル校長から何らかの訓令があるのであろう。分隊整備士他、航空士官学校隷下の残りの下士官兵軍属は総員直を命ぜられ、それぞれの部署においてパルティル校長の放送を聞くよう厳命される。フレミングは金髪の親友とともにD-12格納庫を出て、講堂に向かう。途中、ケプラーとファーレンハイトのD-11格納庫を覗く。2人のAMF-75Aは健在であったが、そのパイロットは不在のようであった。
講堂に続々と候補学生と教員が集合している。総勢300名程度であろうか。1号学生は専攻決定前-2学年次後期より大型機過程と電子戦過程はコーラルに移動する-であるから人数が多いのは当然であろうが、それにしても3号学生は、その半分も居ないようである。講堂に充満する不快で息苦しい空気は、朝からの蒸し暑さのせいばかりではあるまい。
「42期生の数が少ないね……」
講堂の後ろの方の席に座りながらつぶやく赤髪の親友に、ゆるふわ金髪も小さくうなずく。
「そうですわね……もうロシュや……他のみなさんには、お会いできませんものね……」
「ケプラーとファーレンハイトはどこにいるんだろう。見当たらないけど……」
必死に探そうとするフレミングをキルヒホッフが制する。
「お2人とも機体は無事のようでしたから、きっとこの講堂のどこかにいますわ。それよりも、校長閣下の訓令が始まりますわよ」
講堂に集まった300人と、モニター越しに放送を見守る全将兵軍属に緊張がはしる。
「起立!」
ウェーバー教頭-航空宇宙軍大佐-の号令により一同は起立し、直立不動の姿勢をとる。混乱と困惑のタッグに支配されていた候補学生達に、ウェーバー教頭の力強い号令が秩序を回復させたようだ。このような時であっても、人は体に刷り込まれた動きを反射的にしてしまうのであろう。
「敬礼!」
300人が一斉に、右手の指先を揃えて伸ばし、掌を校長閣下に向けながら指先を額につける。パルティル校長が同じ姿勢を取り講堂中を見廻した後右手を降ろすや、ウェーバー教頭が号令する。
「直れ!」
着席の号令とともに全員が着席する。「一糸の乱れなく」と表現できないことは教育の不徹底であろうか、あるいはただいま現在の状況によるものであろうか。「どちらにせよ多難ではあるな」と内心では憂いつつ、パルティル校長は口を開いた。
「突然の事態勃発と現下情勢の情報の少なさに、貴官らも大変困惑していると思う」
「かく言う私も正直困惑している。貴官ら、特に候補学生のひよっこらに今般の状況を逐一説明することは、あるいは逆効果ではないかと思わないでもないが、情報統制により秩序維持と状況の好転を図ることは尚これ難ありと考え、今より分かっている限りの情報を貴官らに開示することとする」
講堂を見渡しながら一呼吸の間を入れる。今のところは、号令が強いた緊張が優勢を保っているようである。
「さて、本日、2078年8月10日1430時、西方のパラティア教国が我がバーラタ共和国に宣戦布告をしてきた。ここまでは先に貴官らに伝えた通りである」
パラティア教国はオリエント大陸の西部にある大国であり、バーラタ共和国からは地続きでいくつかの国を経た先にある。また半島国家であるバーラタとは、ヴェスターバーラトオーシャンを介して接している。パラティアの地にはおよそ5,000年前から高度な文明が栄えていたことが考古学調査により確認されており、バーラタとの間には数千年におよぶ交易と……そして、戦争の歴史がある。
「同時にパラティア教国は航空母艦2、ミサイル巡洋艦2を中心とする空母機動艦隊4個艦隊を、これはパラティア海軍のほぼ全軍に相当すると想定されるが、ヴェスターバーラトオーシャンに展開。巡航ミサイル多数を発射すると同時に、搭載機およそ800超を発艦させた」
「無論、我が参謀本部においては数週間前から観測されていたこのパラティア海軍の異様な行動、特に艦隊集結については注視しており、外交ルートでは何度も抗議を入れていたところではあるが、残念ながら今次攻撃を予見、抑止し、あるいはこれによる被害の最小化を企図することはできなかった。結果として、パラティア教国による奇襲攻撃は、完全にこれに成功したと評価し得るであろう」
「さて、パラティア教国の攻撃目標は首都防衛航空軍団ファーリダーバト基地、西方防衛航空軍団アムダーヴァト基地および同シンハガール基地、北方防衛航空軍団アンベルプール基地および同ラックノウ基地、ならびにここ、航空士官学校であったと推測される。また同時に、地上レーダーサイト群も攻撃対象に含まれていたものと思われる」
「結果、首都、西方、北方の全5基地は壊滅状態にあり、現時点では復旧の見通しは立っていない。また全6基地から総数800機超の我が空軍機が迎撃に上がったが、パラティア空軍の長距離空対空ミサイルによるアウトレンジ作戦によりその多数を消失。現在のところ帰還率は10%程度と推測されている」
あまりの被害の多さに候補学生達の脳は、恐怖や混乱を通り越して思考停止を起こしてしまっているようだ。尤も、今の時点ではその方がまだよいであろう。この機を逃さぬよう、パルティル校長は続ける。
「さて、貴官らも感じている疑問について、私から次の2点を公開する」
「一点目は、何故パラティアが今次攻撃を行ったのか。二点目は、なぜその攻撃目標が航空宇宙軍に限定されており、陸海両軍はその対象外とされているのか。これらの疑問は全て、彼らの宣戦布告にその理由が示されている。私としては思うところもなくはないが、今は論評を控えよう。幸い、あまり長い文書でもない故、ここで貴官らにもこれを周知する」
そう言ってパルティル校長は、パラティア教国の宣戦布告文書を読み上げ始めた。
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「偉大なる神の統べるパラティア教国より、怯懦にして厚顔、無知蒙昧かつ破廉恥極まりないバーラタの民および政府へ告げる
有史以来8,000年、オリエントは常に人類社会の中心であり希望であり続けてきた。
農業も科学も、技術も交易も、産業も文化も、そはみなこの地にて揺籃され、世界各地に拡がった。
これらの知識、智慧、経験を、我らオリエントの民は惜しげなく、あまねく人類に平等に分け与えてきた。
何故か-それは、我らオリエントの民が、隣人を愛し隣人との交易を尊重するが故である。
何故か-それは、文明社会の発展と人類の繁栄こそが、我らオリエントの民に繁栄をもたらすと知るが故である」
「この間、彼らオチデントの民は、自ら耕し、自ら創り、自ら整え、自らを助ける努力を怠ってきた。
彼らオチデントの民は、我らの無償の愛を搾取した。
彼らオチデントの民は、我らの同胞を殺し、我らの社会を壊し、我らの財を奪うことに努めた。
彼らオチデントの民は、創ることによる興隆を求めず、奪うことによる繁栄を求めた。
彼らオチデントの民は、隣人に分け与えることを好まず、隣人から盗むことを好んだ」
「今我々はここに断言する。
彼らオチデントの民は、彼ら自身の誇る古代リメル人が評した『野蛮人』の末裔にすぎぬ、と。
今日にあって彼らオチデントの民は、その我らから盗み奪った富の多寡を以って、我らオリエントの民を蔑視する。
これを破廉恥と言わずして、何と呼ぶべきか」
パルティル校長の読み上げるパラティアの宣戦布告文書に、ある者は怒りに顔を紅潮させ、またある者はただ項垂れている。「あぁ、何か分かるなぁ~、それ」とぼんやりと考えるフレミングに、右隣に座る金髪の親友が小声でささやく。
「まるで、市長の仰ることと瓜二つですわね」
キルヒホッフの言う『市長』とは、航空士官学校のある地、ここベンガヴァル市の前の市長のことである。かつてはラプラス計画の主任研究者であったガンガー前市長は、その後思うところがあって政治家に転身した。市長としては善政を敷き市経済の更なる発展に貢献したが、ある事件により失脚し、今は他国に亡命しているという。
「うん……お母さん、今どうしてるのかな? それにラプちゃんも……」
ガンガー前市長はフレミングの実の母親であり、5年前の高校1年生時、赤髪の少女は初めて自身の出生の秘密を知った。その経緯を知るキルヒホッフだけに、心どこかここにあらずと見える親友に寄り添いながら言葉をかける。
「市長も、オリエントのことを本当に大切に思っていらしたから……」
2人の候補学生がしばし想いにふける間も、パルティル校長による宣戦布告文書の朗読は続いている。
「しかるに汝らバーラタの民および政府は、
彼ら野蛮なるオチデントの民が成したる不当な搾取と略奪の歴史に目を閉じ、
彼ら無法なるオチデントの民が設けたる利己的な法と制度に従い、
彼ら無情なるオチデントの民が偽りたる独善的な自由と博愛を信じ、
彼ら欺瞞なるオチデントの民が奨めたる矯飾な友好と交易を進める」
「あまつさえ、彼ら好戦的なるオチデントの先兵たる無分別のリベラリオンと
醜穢なる軍事同盟を結び我らオリエントの地を不法に占拠するに任せ、
その非道なる武力を我儘に展開するに当たり、
不見識にもこれを是とし、我らオリエントの地の平和と安定を乱した」
「ここに我ら、偉大なる神の統べるパラティアは、神の御名において汝らバーラタの民および政府に宣言する。
汝バーラタは驕慢なるオチデントの民と交わした恥ずべき盟を直ちに破棄すべし。
然らざれば、我らパラティアは汝バーラタとの戦争状態に入ることをも厭わず。
されど、我らパラティアは汝バーラタを征旅することを好まざれば、
先に汝の空軍を滅することにより汝の盲を啓かんことを欲する」
「願わくば汝懸命なるバーラタよ、
賢明にもその理に目覚め、我らオリエントの地に再びの安寧と栄光を取り戻さんことを」
「2078年8月10日 汝バーラタの良き隣人 パラティア教国より 親愛とともに」
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「以上がパラティア教国の宣戦布告文である。本宣戦布告を受け本日1350時、我がバーラタ共和国政府はパラティア教国への宣戦を布告した。同布告は本日開催された臨時共和国国民会議において承認され、以降我が国とパラティアは正式に戦争状態に突入した。尚、バーラタ共和国政府は爾後パラティア教国を敵国と認め、今次戦争を『対パラティア防衛戦争』と呼称することに決定した」
「野蛮なのはどっちよ!」
「何が良き隣人ですって?」
「どんな理由があったって、ロシュやラマンはもう……」
講堂のあちらこちらから怒りと悲しみの声が拡がる。そう、パラティアには戦う理由があるのだろう。しかし仮にその理由が正しくとも、そのことが友人を殺したことを正当化することはあり得ない。ひとしきり候補学生達に鬱憤を晴らさせた後、講堂内が再び静まるのを待ってパルティル校長が口を開く。
「さて、今後の方針について簡単に説明する」
「今のところ政府あるいは参謀本部から航空士官学校に対しては、具体的な指示命令の類は発令されていない。しかし今般の情勢を鑑みるに、早晩ここが最前線基地になることは想像に難くない」
現状が極めて緊迫した状況にあることを候補学生に理解させるに当り、「最前線」という言葉は最適であったろう。一同の面持ちが一気に引き締まる。
「従ってまず、1号学生、2号学生には航空士官学校からの速やかなる撤収を命ずる。残念ながら航空士官学校は今や、学校ではいられまい。貴官らの寮舎ですら、今後は官舎として扱われることになろう」
発令しておきながら忸怩たるものを感じるパルティル校長である。私はこんなことを若者達に教えるためにここにいる訳ではない……しかし、現実はそのようなパルティル校長の言い訳を赦さないのだ。
「次に3号学生に告げる。貴官らは准尉待遇であるとは言え今は未だ、厳密には任官前のひよっこ学生に過ぎない。任官拒否の自由は尚、貴官らの手の内にある。同期生の多くが犠牲になるのを目の当たりにした今、貴官らの入学時の決意が揺らいだとしても、私にはそのことを責める気は微塵もない。もし任官拒否を希望する者がいる場合には、明11日2400時までに各クラスの担任教官まで申し出ること。申し出無き場合、以後は軍人として私の命令に従ってもらう」
3号学生の間に揺らぎが見えたようであった。始めて見る戦場の光景と同期生の死は、3号学生に大きな衝撃を与えたことであろう。尤もパルティル校長自身、実戦は初めてであった。何しろバーラタ共和国が最後に戦争に参加したのは「宣戦布告無き1週間」と呼ばれたサイノ帝国との国境紛争であり、それは実に52年前のことなのである。
「最後に、我が航空士官学校の被害状況について報告する」
「今次奇襲において航空士官学校は、3号学生に戦死11、重軽傷22の人的被害を受けた。また滑走路4箇所、誘導路2箇所を損傷し、AMF-75A 56機を消失した」
3号学生72人中約半数の33人が死傷というあまりにも大きな犠牲に、みな言葉も出ない。しかし、最も心を痛めているのは他ならぬパルティル校長自身であったろう。もし仮に3号学生に上空退避を命じていなければ、そのまま格納庫に留まるよう指示していれば、あるいは犠牲は出なかったかもしれないのだ。何より、格納庫への被弾はただの一つもないのだから。無論パルティル校長にも、それが結果論に過ぎないことは充分分かっている。そして、仮に格納庫が被弾していた場合の、現在とは比べ物にならぬ想定被害の大きさも……それでも、指揮官はその命令の結果に対して責任を負う必要があるのだ。
「戦死した11名の3号学生には、航空士官学校校長バーラタ共和国航空宇宙軍中将の権限により中尉昇進の栄誉を与えるものとし、これよりその辞令を交付する」
「起立!」
ウェーバー教頭の号令に、一同は再び直立不動の姿勢を取る。
「黙祷!」
みな静かに目をつぶり、今は故人となった候補学生達をそれぞれに偲ぶ。戦死者の発表をこのような形式で行うことはウェーバー教頭の具申によるものであった。身近な者の戦死という現実が誘う恐慌からひよっこ達を救うためには、これはよい配慮であったろう。パルティル校長は改めてウェーバー教頭に感謝しつつ、ゆっくりと、厳かに、11人の辞令を読み上げていく。
「バーラタ航空宇宙軍航空士官学校3号学生 ロシュ。貴官の功績大なるを以ってバーラタ航空宇宙軍中尉に任ずる。2078年8月10日。バーラタ航空宇宙軍中将 バーラタ航空宇宙軍航空士官学校校長 パルティル」
「バーラタ航空宇宙軍航空士官学校3号学生 フック。貴官の功績大なるを以ってバーラタ航空宇宙軍中尉に任ずる。2078年8月10日。バーラタ航空宇宙軍中将 バーラタ航空宇宙軍航空士官学校校長 パルティル」
「バーラタ航空宇宙軍航空士官学校3号学生 ゲーリュサック。貴官の功績大なるを以ってバーラタ航空宇宙軍中尉に任ずる。2078年8月10日。バーラタ航空宇宙軍中将 バーラタ航空宇宙軍航空士官学校校長 パルティル」
以下、戦死した同期生に次々と辞令が交付されていく。「以下、同文」と省略せずに全文を読み上げるのは、パルティル校長から戦死者へのせめてもの手向けであったろう。名前が読み上げられる度に、講堂のそこかしこから嗚咽が漏れる。閉じた瞼から涙が溢れ出るのを止められないキルヒホッフが「こういう時はどうしたらよいのかしら?」と俯きながら隣のフレミングの顔を覗き込むと、そこには顔をくしゃくしゃにした赤髪の姿があった。「フレミーは優しい子だから……」キルヒホッフがフレミングを思いやりながら再び目を閉じると、最後の辞令が交付された。
「バーラタ航空宇宙軍航空士官学校3号学生 ファーレンハイト。貴官の功績大なるを以ってバーラタ航空宇宙軍中尉に任ずる。2078年8月10日。バーラタ航空宇宙軍中将 バーラタ航空宇宙軍航空士官学校校長 パルティル」
その時、隣に立つ赤髪の親友が崩れ落ちる音を、キルヒホッフは左耳で聞いた。




