第14話:こういう時は、一緒の方が安心っつぅかぁ……
1507時。航空士官学校に敵ミサイル群着弾。24基のミサイル群のうち、第18小隊の発射した中距離対空ミサイル改地対空ミサイルは12発の命中を得、また同時に発射された航空士官学校の対空ミサイル群も、合計4基の敵ミサイル撃破に成功した。尚ミサイル防空網をすり抜けて到来するミサイルのうち、対空砲が2基までを撃墜することに成功したが、残存6基のミサイルはそのまま航空士官学校に着弾した。
一番不幸な運命に翻弄されたのは、あるいはロシュであったかもしれない。その時ロシュの機体は、第1滑走路を疾走っていた。恐らくロシュは「助かった」と心の内で神に感謝を捧げていたことであろう。離陸速度に達し今まさにピッチアップをしかけたその直後、背後にミサイルが着弾したのである。背後からの強烈な爆風にロシュ機は失速し、そのまま滑走路に叩きつけられて爆発炎上。パイロットは即死であったろう。あと数秒離陸が早ければ、あるいはピッチアップをしていなければ、違う未来が彼女を待ち受けていたかもしれない。しかし遺体は学年1の美人と評されるロシュの、その面影すら留めていなかった。
「いゃぁ~、助けてぇ~」
「誰かぁ~」
次々にミサイルが着弾する中、ディジタル自動応答多チャンネル制御無線の回線制御機能が飽和する。恐怖による悲鳴を上げられるパイロットはまだしも幸せ者であったろう。少なくとも、悲鳴を上げる体力も気力も残っているのだから。B誘導路で離陸の順番を待っていたシャルルは、前に並ぶゲーリュサック編隊長の機体にミサイルが直撃するのを見た。ゲーリュサック機が誘爆しその破片が四散する光景を、奇跡的に傷ひとつつかなかったコクピットに座るシャルルは、まるで美しい花火に魅入られてでもいるかのように言葉一つなく呆然と見やっている。信じられない、あるいは信じたくない光景を目の当たりにした時、人は言葉を失うのであろう。
無論、無線回線を埋め尽くすのは悲鳴だけではない。あちらこちらで、クラスメートの危機を発報する声が響く。
「ガルヴァーニの機体が……!」
「誰か、早くフックさんを……」
「衛生兵はまだ?」
「その前に、消防チームは? 機体の消火を急いでください」
敵ミサイルの着弾による振動を感じたケプラーは、素早く機体の自己診断機能を起動し、機体各部に異常の無いことをその澄んだ瞳で確認した。幸い、第2滑走路東D誘導路に敵ミサイルは着弾しなかったようであり、ケプラー機は無傷であった。尤も第2滑走路上で離陸許可を待っていたヒットルフ機をミサイルが直撃し、至近で待機していた数機が四散したヒットルフ機の破片により損害を受けていた。また更には、その一部が誘爆し被害を拡大しているようである。
「うぅぅ……」
僚機のかすかなうめき声を聞いた気のした水色の編み込みが、背後を振り返る。AMF-75Aのコクピットは後方象限からの射撃からパイロットを防御するために背部が厚い鋼板で覆われており、替わりに後方視界は球面CGディスプレイにより再現されている。幸い、ファーレンハイト機に目立った損傷は無いようだ。
「ファーレンハイトちゃん、大丈夫? ケガはない?」
「うちなら大丈夫っしょ!」
どことなく他人ごとで軽やかな返答を期待していたケプラーは、しかし常の桜色とは異なる響きの微かな返答をスピーカに確認する。慌ててヘルメットを脱ぎ、風防を跳ね上げて目視で後方を確認すると、ぐったりとした様子のファーレンハイトが視界に入った。CGディスプレイでは、そこまでの再現をしてくれないのだ。ケプラーの心臓が急にその鼓動を早める。急いでタラップを降ろすと乗機から飛び降り、ファーレンハイト機に近づく。外部コンソールを操作してタラップを引き出し風防を上げると、ケプラーはコクピットのファーレンハイトに駆け寄った。
「うち、ヘマ……したっしょ……」
風防には1点だけ小さな傷がついており、飛び込んできた何かの破片がファーレンハイトの左胸を貫通しているようだった。急いでファーレンハイトのヘルメットを脱がせてやる。常には華やかでボリュームのある桜色の二つ結びが、今はその主の顔と同じく生気を失いつつあるようにケプラーには見えた。
「誰かぁ~、ファーレンハイトちゃんが! ファーレンハイトちゃんが!」
正気を失いただ叫ぶだけのケプラーを、ファーレンハイトが制する。
「ヘルメット……脱がせてもらって……やっと、静かになったっしょ……うち、騒がしいの……」
やっとディジタル自動応答多チャンネル制御無線の喧噪から解放されたファーレンハイトである。
「うん、うん」
桜色の一言に水色が我を取り戻す。叫んだところで、今はヘルメットを置いてきてしまったので、何処にも、誰にも、その声は届かないのだ。
「うちが……」
「うん?」
「うちが巨乳なら……こんくらいの破片なんか、跳ね返して……」
そんなことはないだろうなと思いながら、ケプラーは思い出す。本当は、ファーレンハイトの方が先に発進準備を完了していたのだ。
「ケプラー、様子はどうよ? うちはもうOKっしょ」
「ファーレンハイトちゃん、準備できたんなら先行ってて。私もすぐ追いかけるから」
「いやいやいやいや、追っかけんのはうちの仕事っしょ。僚機は編隊長の後ろを見守るのが役割だし」
「えぇ~、でも今は緊急時だし……」
「いやいや、緊急時だからこそ落ち着けっつぅ。まぁ、その……こういう時は、一緒の方が安心っつぅかぁ……」
少し照れくさそうに言うファーレンハイトは、彼女なりにケプラーのことを心配してくれているのだろう。
「分かった。ありがとう、ファーレンハイトちゃん。それじゃぁ、あとちょっとだけ待ってて」
「分かったし」
「ごめんね、ファーレンハイトちゃん……私がもっと早く……」
「謝ることなんて……何も……。こういう時、一緒に……いてくれ……あり」
何も言うことができず、ケプラーはただファーレンハイトの顔をぎゅっと抱きしめる。
「まじ……もぅ」
「うん?」
「まじ……巨乳しか……勝たん……わぁ」
「うん」
その時、緊急校内放送のスピーカからパルティル校長の声が響く。
「発 航空士官学校校長パルティル、誘導路上の全ての3号学生に告げる。機体が無事なものは誘爆を避けるため、速やかに乗機を安全な場所に移動せよ。繰り返す。誘導路上の3号学生は、機体が無事なものは誘爆を避けるため、速やかに乗機を安全な場所に移動せよ」
校長閣下からの発令は地上スピーカからも流れていたため、ヘルメットの無いケプラーとファーレンハイトの耳にも入ってはいた。しかしケプラーは、例えそれが校長閣下の厳命であったとしても、今はこの場から去ることができなかった。
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「私達がもっと上手くやっていれば……」
シャトーワインのような深みのある赤髪にも、今はその彩度に陰りが見えるようであった。こちらも少しく輝きを失ったような金髪の親友が、しかし敢えて親友を-そして自らを-励ますように返答する。
「いいぇ、フレミー。ワタクシ達はワタクシ達にできることをやりましたわ。そうでなければ、もっと多くの同期生を……」
「でも、沢山の機体が……ロシュなんて……」
「えぇ、本当に不幸なことですわ……ロシュも、他の多くのパイロットも……」
上空からでも多くの機体が爆発炎上する様子が肉眼で見える。そして、全周戦術情報表示装置に表示される友軍機マークが次々と消去されていく様は、同期生達がその魂を消失していくことと同義なのである。機体の誘爆は今も続いているようであり、肉眼で爆発を確認すると同時に、仮想ディスプレイ上でマークがまたひとつ消えていく。今は何もなせることのない自分に、フレミングでなくとも歯がゆさといら立ちを覚えることであろう。
「ですが、今のワタクシ達がなすべきことはただひとつ。上空待機ですわ」
「うん、分かってるよ、キルヒー。でも、ケプラーとファーレンハイトは大丈夫かなぁ?」
「お2人なら大丈夫ですわ。それに、4人でまたパーティーをやりましょう、って約束したのですから……」
「だからキルヒー、それは言っちゃぁいけないお約束だよ!」
赤髪と金髪は第18小隊にだけ割り当てられたチャンネルを使って会話している。おやっさんがいれば「オーヴァーはどうした?」と怒鳴られるところであろうが、気心の知れた2人だけの会話である。交信終了の意思表示など、2人には不要であった。尤も、2人の機付長は今頃ニヤニヤしながら2人の分隊長の会話を盗み聞きしているのかもしれないが……
「そうなんですの? でも、お2人の友軍機マークは健在のようですから、きっとご無事でしょう」
「そうだね、キルヒー……本当は2人もこのチャンネルを使えればよかったのにね……」
「そうですわね。フレミー。ですが今のワタクシには、フレミーが一緒にいてくれるだけで、どれだけ心強いことか」
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「ところでさぁ、キルヒー」
「何ですの?」
「この後、一体どうなるんだろうね?」
上空退避から2時間、既に炎上した機体の消火作業は全て完了していた。地上にある機体も全て格納庫内に移動し、今は滑走路の復旧作業が開始されているところである。第1、第2滑走路にはそれぞれ2発、第1滑走路北辺のB誘導路と、第2滑走路西辺のC誘導路に各1発の、合計6発のミサイルが航空士官学校には着弾していた。幸い、管制棟やレーダ施設、弾薬庫、燃料庫への被弾はなく、客観的に見ればこれでも被害は少ない方であったと言える。
「まだ着陸許可なんか出ないよねぇ?」
どうやら地上では、第2滑走路の復旧を優先したようである。恐らくはこちらの方がより早く復旧すると算段しているのであろう。それでもまだ数時間はかかると見込まれる。
「そうですわね。事前のネル隊長の目算ですと、滑走路復旧に7,8時間はかかる、と」
「おやっさんも同じこと言ってた!」
「フレミーは燃料、大丈夫ですわよね?」
極限まで軽くするよう、機銃弾まで降ろしたとおやっさんは言っていた。離陸時にアフターバーナーを使わなかったことも、燃料消費の節約に一役かっていることであろう。
「うん、もちろん。でもこの希薄燃焼モードって凄いよね。燃料計の針が全然動かないんだもん」
AMF-75Aが搭載するDW-175Vエンジンには、希薄燃焼モードが採用されている。大推力を必要としない場合には空燃比やバイパス比、燃料の噴射方法等を変えることによって、燃料消費効率を大幅に向上させることが可能である。
「そうですわね、我がドラヴィタ重工の最新鋭エンジンですから。尤も、ネル隊長とチャンドール准尉の腕も確かなものですわ。きっと、指定した高度での最適燃費を得るように調整されているのですわ」
2人の秘匿通話を盗み聞き(?)しているネルクマール准尉が、「うちの姫様は分かってくれている」と感涙にむせびそうになりつつ隣の同僚を見やると、そこには「うちのお嬢はどうせ何も分かってやしねぇ」と言いたげなふくれっ面が見えた。まぁ、このままもう少し黙っていよう。2人のひよっこには、今は気が済むまでお喋りをさせてやればいい。
「でも、まだあと何時間も飛んでなきゃいけないのって、結構大変だね。それにこの8の字にも飽きたし……どうせなら、縦方向エイトの方がいいのになぁ……」
「分かってるとは思いますが、フレミー。そんなことやったら、すぐに燃料が無くなりますわ」
おやっさんはすんでのところで「馬鹿やろぉ~」と叫ぶのを留まった。隣のネル隊長を見ると、何やら含み笑いをしている。「うちの姫様の勝ち!」などとでも思っているのであろうか。
「そうだよねぇ~、さすがに今は無理かぁ~」
「えぇ、自重してくださいね、フレミー。それにしても、そんなに長時間のフライトで、お手洗い等はどうすればよろしいのかしら?」
「おやっさんは『その場でしろっ!』って言ってたよ」
フレミングがことも無げに言うのを聞いたキルヒホッフは、顔面を真っ赤にしながら俯く。
「その場……ですか? それは、その……」
「それができれば一人前のパイロットなんだって!」
勝ち誇ったような赤髪の分隊長の返答に、その機付長も勝ち誇ったような表情を同僚に見せる。ネル隊長は右手を顔に当てながら、力なく首を振っていた。
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「緊急、緊急、こちらラマン。燃料がもう保ちそうにない。緊急着陸の許可を求む」
上空退避から3時間半が経過していた。増槽を積んでいない機体は、そろそろ燃料が尽きる頃であろう。しかし、未だ滑走路の修復作業は終了していない。おやっさんの言っていた通りであろうか、ラマンの機付長は自分の分隊長に片道切符を持たせてしまったようである。管制からの返答はしかし、パイロットの要求に応えるものではなかった。
「こちら管制。ラマン候補学生、貴官は速やかに乗機を放棄の上、緊急脱出手順に入れ。繰り返す。貴官は速やかに乗機を放棄の上、緊急脱出手順に入れ。以上」
管制からの指示に、しかしラマンは再度許可を求める。
「管制、こちらラマン。緊急着陸の許可を求む」
管制からの返答は尚つれない。
「管制よりラマン。滑走路は現在復旧作業中であり、現在はいかなる機体の離着陸もこれを許可していない。貴官は速やかに乗機を放棄の上、緊急脱出手順に入られたし」
確かに第2滑走路は復旧作業のため多数の重機が往来しており、着陸の余地はなさそうである。一方の第1滑走路は、航空士官学校の復旧資源を全て第2滑走路に集中したせいであろうか、全く復旧作業が進められていなかった。その第1滑走路は、2箇所が被弾している。1箇所はあの学年1の美人と言われたロシュが被弾した場所であり、滑走路中央部付近。もう1箇所は滑走路東端から500m地点である。つまり3,500m級の滑走路を誇る航空士官学校では例え滑走路上に2箇所被弾したとしても、尚まだ2,000m近い滑走距離を残しているのである。700mもあれば充分余裕をもって降着・制動できるAMF-75Aであれば、第1滑走路の西辺を使えば着陸できそうなものである。
「ラマンより管制。当機はこれより、26滑走路西辺を使った緊急着陸手順に入る」
ラマンは宣言するや否や26滑走路への進入コース-第1滑走路への東からのアプローチ-に乗る。パルティル校長が「ラマン、止めなさい」と中将閣下の言葉遣いとは思えぬ表現で制止するが、ラマンは無視して着陸を強行する。
「降着装置展開」
最終アプローチに入ったラマンは、計器を見ながら慎重に着陸態勢に入る。
「早いっ!」
ラマンの着陸を見守るパルティル校長が思わず叫ぶ。滑走路の中央部から先に着陸しなければならないラマンはいつも通りの-計器指示に従った-進入角度で着陸してはいけないのである。着陸用の計器諸元は機付長が設定しており、候補学生の乗機のそれは通常、安全が最優先された設定になっている。すなわち、緩い制動で安全に停止できるよう、長い着陸距離を使って滑走路中央付近に着陸するのである。丁度、現在は被弾箇所になっている辺りを滑走するように……
気づいたラマンは一瞬早くスティックを手前に軽く引き、姿勢を若干乱したとは言え、滑走路西辺に無事降着することができた。ホっと胸をなでおろす管制とパルティル校長はしかし次の瞬間、驚愕の光景を目にすることになった。ラマンの強行着陸に意を強くしたローゼンが、ラマンに引き続いて第1滑走路への着陸を試みたのである。恐らくローゼン機も燃料が残り少ないのであろう。ローゼンも計器指示に従いいつもの着陸コースに進入し、降着装置を降ろす。そしてラマンのように着陸直前でその進入角度を変更しようとしたローゼンは、しかしスティックの操作を誤ってしまう。突然の敵ミサイル攻撃と同期生の死、更には燃料不足による動揺と焦りがローゼンの操縦を大きく狂わせたのであろう。両翼が失速しかけ、気づいたローゼンが今度は慌ててスティックを戻すと、前につんのめった形のAMF-75Aはそのまま制御を失い、2度3度地上でバウンドした後、今や滑走路から誘導路に移動しようとしていたラマン機に衝突。2機とも大破炎上してしまった。
「何てことっ!」
唇を噛みしめたパルティル校長は、それでも部下を叱責することよりも救助と復旧を優先させるべく、手早く指示を行う。
「消火チームは速やかに現着の上作業に入れ。衛生チームは2人の救助を!」
命令を徹底しなかったばかりに発生した事故であり、その責任は司令官たる自分にあることをパルティル校長は強く認識していた。一瞬の動揺から立ち直ったパルティル校長は、改めて上空退避中の3号学生に令する。
「発 航空士官学校校長パルティル。上空退避中の3号学生に告げる。許可なき滑走路への着陸は理由の如何を問わずこれを厳禁とする。破った者は抗命罪により拘禁の上、軍法会議にかけるものとする。燃料が尽きた場合には機体を放棄の上、緊急脱出手順に従い脱出せよ。繰り返す。許可なき滑走路への着陸は理由の如何を問わずこれを厳禁とする」
「抗命罪で軍法会議だって……怖いねぇキルヒー」
「ネル隊長とチャンドール准尉のお陰で、ワタクシ達にはその心配はありませんわね」
のんびりと構える第18小隊の2人であるが、その後18人の同期生が愛機を放棄することになった。着弾から6時間以上が経過した2120時。ようやく第2滑走路の復旧作業が完了し、今や14機にまで減少してしまったAMF-75Aが順次着陸を開始した。42期生にとっては初の夜間着陸練習になったが、その安全性を最優先したパルティル校長は、ひよっこ達のために昼間と変わらない照度を滑走路上に確保するよう取り計らってくれていた。




