第11話:きっとフレミーの頭の中には、覗いてみたって何も入っていませんから
航空士官学校の寮舎は4人部屋であり、小隊4人でルームシェアするのが慣例である。2段ベッドが2台とデスクが4台。それに造り付けのクローゼットとドロワーが4セットあるだけの小さな部屋が今のところ、候補学生達の我が家である。小隊連帯責任を問われる行為は何も学業時間中に限らない。候補学生はその起居の全て、日常生活のあらゆる面において常に士官たることを義務付けられているのである。起床の時刻にフレミングが遅れれば小隊全員で滑走路ダッシュ、消灯時刻を過ぎてケプラーがお喋りを続けていれば4人でダッシュ、ファーレンハイトがネイルにラインストーンを乗せてはまたダッシュ。近頃では第18小隊のことを「ダッシュ小隊」とか「スプリンター小隊」等と呼ぶ者まで出始める始末であった。
この日の寮舎203号室は、フレミングの空戦実技競技会優勝をお祝いするささやかなパーティー会場と化した。2段ベッドの上下にパジャマ姿のまま、お菓子とジュースで乾杯である。4人の3号学生は法的には飲酒が許可される年齢ではあるが、公的行事の場以外における候補学生の飲酒は、ダッシュでは済まされない-場合によっては退学処分でもおかしくはない-重大な軍紀違反に当たるのである。尤もそこは、ジュースでも酔える3人と、普段から酔っているような1人で構成された小隊のことである……
「では、フレミーの空戦実技競技会優勝を祝して、乾杯!」
「かんぱぁ~い!」
小隊長の音頭に唱和する声が既に酔気を伴っているようである。それだけ「落ちこぼれ」小隊から優勝者が出たことがみな嬉しいのである。
「ホント、凄かったよねぇ~、フレミングちゃん。特にイッセキちゃんとの決勝戦なんて……」
「そうそう、あの機動はヤバかったっしょ。まじフレミングの頭ん中、一度覗いてみたいわぁ~」
「ダメですよファーレンハイト、そんなことを言っては。それに……きっとフレミーの頭の中には、覗いてみたって何も入っていませんから」
「えぇ~、キルヒーまでヒドぉい~。私だって、それなりに……」
「考えてないっしょ?」
桜色の二つ結びが絶妙のタイミングで合いの手を入れ、またしても4人の笑声が室内にこだまする。普段であれば寮監から注意のひとつもされそうな盛り上がり様ではあるが、この日ばかりはお目こぼしであろうか。
「そうそう、キルヒーもファーレンハイトも、決勝進出おめでとう」
「ありがと」
「ありがとう、フレミー」
「でも、ホント凄いよねぇ~。1つの小隊から3人も決勝トーナメントに進出するなんて」
今は編み込みを解いた水色が、自分以外の3人を改めて称える。16人しか参加できない決勝トーナメントには、席次上位の者が進出するのが毎年の通例であった。同小隊から2名の決勝進出者を輩出した例は過去に7度しかなく、3人ともなれば皆無であった。後に「華の42期」とも「天才42」とも、あるいは「眩い暗黒」とも評される航空士官学校42期であるが、それらはみな一様に42期候補学生達のパイロット適性には高い評価を与えている傍証であり、第18小隊の善戦は、42期生の層の厚さを表す何よりの証拠である。
「ましてやうちら、落ちこぼれだし……」
席次72位、すなわち学年最下位の自虐に、既に出来上がっている4人はまたも大爆笑する。隣の部屋はさぞ迷惑だろうなぁ、と小隊長が心の内で謝するのに構わず、赤髪の親友がファーレンハイトの言を借りる。
「そんなら来年から第18小隊は『落ちこぼれ小隊』の名を返上だね。そしたら『ジャックナイフ小隊』とかってどうかな? 普段はこぅ小さくなってるんだけど、いざとなったら航空士官学校を占拠しちゃうの」
「何ソレ、イミフだし。うちらはせいぜい『道化師小隊』ってのががいいとこじゃね?」
桜色の再びの自虐を窘めるように水色が口を挟む。
「えぇ~、どうせカードなら『ハートのエース小隊』がいいなぁ、可愛くて……」
「ハートってやっぱケプラー、胸かぁ~?胸なのかぁ?」
赤髪のいやらしい手つきに桜色が同調する。
「くぅ~もぉ~、まじ巨乳しか勝たんわぁ~」
3人のじゃれ合い(?)に見ない振りをするゆるふわ金髪がさらりと言ってのける。
「ワタクシ達の後輩がフレミーの機動を見たら、きっと『奇術女王』と評するに違いありませんわね」
「『奇術の女王小隊』かぁ~、何か恰好いいね」
フレミングのつぶやきに小隊メンバー全員が同意する。
「『奇術の女王小隊』に乾杯!!」
「そしたらこの203号室も伝説の部屋になっちゃうかもね?」
調子に乗ったフレミングが更に突拍子もないことを言いだす。
「『栄光への扉』とか……?」
「『選ばれし者の隠れ家』なんてのもアリじゃね?」
フレミングの暴走にファーレンハイトが追従する。今日はネーミング大会にでもなってしまったのだろうか……とケプラーが困惑を覚えていると
「でも、この4人でこうしてこの部屋で過ごすのも、あともう少しですわねぇ」
キルヒホッフが少し寂し気に呟く。
「あと4か月で卒業かぁ。あっという間だったなぁ~」
親友の赤髪が同意するのに水色も肯くところ、桜色がさりげなく指摘する。
「ってか、10月からは部隊研修があるっしょ!」
候補学生は卒業前の1か月半、実際に赴任予定の部隊に仮配属され実地研修を行うことになっている。丁度普通の学生が就職前に様々な企業で就業実習活動を行うのと同様であるが、通常の学生の就業実習と異なるのは、派遣先が赴任予定部隊であることと……
「部隊研修かぁ……実質的には最終試験なんだよねぇ~。正直、自身無いなぁ~」
ケプラーの言う通り、最終試験を兼ねた研修であることである。つまり、赴任予定地の上官が試験官となり、特に軍人としての適性を最終判定することになっている。換言すれば、この試験にパスできなければ即退学を意味しているのだ。これまでの苦労が水の泡となる緊張の瞬間でもある。
「みんなには撃墜マークがあるからいいけどぉ~、私なんて、何もないから……」
「でもさ、ケプラーは逆に、何でもできるじゃん。私なんて、難しい理論はさっぱりだし……」
しんみりとするケプラーを慌ててフレミングがフォローする。「何でも無難にこなし何でもできるが何も秀でることもない」。席次36位-つまり同期の真ん中-のケプラーの自己認識は、そのまま周囲の客観評価でもあるが、それはケプラーの欠点を表すと同時に、長所を示す言葉でもあるのだ。ファーレンハイトが努めて明るく声を挙げる。
「それにその巨乳なら、どこ行っても誇れるっしょ」
元気づけてくれようとする僚機の気持ちが分かるだけに、ケプラーは大人しく肯く。
「ケプラー、お気持ちは分かりますけど、それでも貴女がこの2年半頑張ってきたことは、ワタクシ達が一番良く知っていますわ」
ゆるふわ金髪の小隊長がやさしく励ます声音は他の3人にも染みわたる。
「じゃぁ、もう1回乾杯しようか!」
「よろしいですけど、何に乾杯しますの?」
フレミングの提案に、キルヒホッフが問う。
「4人の友情、とか?」
ケプラーの瞳の裏にある秘めたる決意に感じるものがあるファーレンハイトが、常の彼女には珍しく率先して音頭をとる。
「第18小隊の永遠の友情に!」
「永遠の友情に!」
「離れ離れになっても、手紙ちょうだいね」
などと早くもおセンチになっているケプラーに、ファーレンハイトが突っ込みを入れる。
「いやいや、まだ2カ月も先のことだし……」
「えぇ~、そうだけどぉ~、ファーレンハイトちゃんは手紙くれないのぉ~?」
「いや、送るけど、そりゃ……」
ファーレンハイトが珍しくケプラーの応対に困っている様子がおかしい。
「ところで、みんなはどこの部隊に行きたいとかってある?」
室内がこのまま辛気臭くなるのを嫌ったフレミングが、さり気なく話題を変える。
「うちはやっぱ、故郷に近い方がいっかな? 何つーか、ベンガヴァルは水が違うと言うか……」
「ファーレンハイトちゃんの故郷って、バーダリープトラだっけ?」
「そ……うち、ばぁちゃんっ子だから……やっぱ、河の神様の近くがいいわ」
10歳の時に母と死別し、以降は母方の祖母に育てられたファーレンハイトである。桃色の意外な側面を見た思いのする3人を代表して、キルヒホッフが声をかける。
「それならば、東方防衛航空軍団の第17防衛航空軍配属になれるといいわね。あの部隊は確かバーダリープトラに駐留だし、部隊の愛称も……」
「ガンガー、河の神様っしょ」
嬉しそうに揺れる桜色の二つ結びに珍しいものを見るような思いのしたフレミングは、ケプラーの希望も聞いてみた。
「ケプラーはどう?どっか、行きたい部隊とかあるの?」
少し困ったような表情を浮かべたケプラーは、水色の今は解かれた編み込みのある辺りを右手で弄りながら答える。
「私は……優しい上官のいる部隊がいいなぁ……」
「あぁケプラー、その柔らかい……」
「あぁお姉さま、私……」
寸劇を始める2人を無視して、ゆるふわ金髪がケプラーに同意する。
「そうね、やはり尊敬できる上官の下であれば、勤務地などどこでも構わないですものね」
「そうなの。それでフレミングちゃんはやっぱり、曲芸飛行チームとかが希望なの?」
「やっぱフレミングの腕なら、曲芸飛行チームもウェルカムっしょ」
ケプラーの指摘にファーレンハイトも激しく同意する。
「あんだけの機動できんのは、航空宇宙軍見渡してもそうはいないって」
褒められた気になってニヤニヤしているフレミングに、親友が水を差す。
「でもね、ファーレンハイト。仮に貴女が曲芸飛行チームのメンバーだとして、翼同士が触れ合いそうな距離感でフレミングを僚機にして飛びたいと思います?」
問われたファーレンハイトは間髪いれずに桜色の二つ結びを激しく横に振る。
「いやいやいやいや、うちはまじ無理、ゼッタイやだ!」
「確かに、フレミングちゃんの感覚に付いていくのは難しいよねぇ~」
2人の反応を見てキルヒホッフが宣言する。
「曲芸飛行チームって一見自由に飛んでいるように見えますけれど、あれこそ計算され尽くした機動を寸分違わず再現しなければなりませんの。フレミーにはそれができて?」
赤髪が俯きながら横に揺れる。
「なら、戦技研究部隊ならアリっしょ? 新技の研究とか、試作機の試験飛行とか?」
「そうですわね……フレミーなら操縦はこなせるとは思いますが、重要なのはそれを理論的に表現して技術者にフィードバックすることですから……」
キルヒホッフの指摘する通り、テストパイロットに要求される能力は大別して2つ。ひとつはどのような機体でも乗りこなす天性の感覚であり、もうひとつはその感覚を理論的かつ計数的に技術者に伝える表現力である。
「そこは……フレミングちゃんにはちょっと……」
納得する3人に何となくムっとするものを覚えたフレミングは、矛先を親友に向けることにした。
「そんなこと言うなら、キルヒーはどうしたいのっ!?」
「ワタクシは……」
珍しく言い淀むキルヒホッフが、しばしの間を空けてからゆっくりと話し始める。
「ワタクシは、今すぐどの部隊に、というのはありませんけれど、将来的には……」
「将来的には……?」
他の3人がオウム返しで後を促す。
「将来的には、ここ航空士官学校に戻って、未来の可愛い後輩達のお手伝いをしたいと思いますわ」
「そっかぁ~、航空士官学校かぁ~」
思いやりに溢れた優しい夢に、キルヒホッフにはお似合いだろうなぁ、と感じる3人であった。




