第758話 魔界、魔王城、魔王様。エルフ界、森と世界樹教会本部、世界樹様。
「――おや?」
自室にて作業中、扉を叩くノックの音が聞こえた。
「はーい、開いてますよー」
というわけで、入室を促すと――
「うむ」
「おぉ、ユグドラシルさん。どうぞどうぞ」
ユグドラシルさんだ。ユグドラシルさんが来てくれた。何が『うむ』なのかはわからんけれど、ユグドラシルさんっぽくて良いと思う。
「む? 何か作業中じゃったか?」
「ええまぁ、でも大丈夫です。少し休憩しようかと思います」
「ふむ。アレクが作業中で、その作業が木工作業ではないというのは少し珍しい気がするのう」
「あー、確かにそうかもしれませんねぇ」
今はちょっと書き物をしていた。木工なら作業したまま会話を続けられるのだけど、書き物となるとそういうわけにもいかなくて――
いや、そもそも作業しながらユグドラシルさんと話すというのも、それはそれで不敬なのかな……?
「それで、何をしていたのじゃ?」
「今は――手紙を書いていました」
「手紙? ……む、であれば見るわけにはいかんな」
「ああ、すみませんユグドラシルさん。気を遣わせてしまいました」
ユグドラシルさんは書きかけの手紙から目を逸らし、僕のプライバシーに配慮してくれた。
……うん、最近何かと話題になっている僕のプライバシーだけど、ちゃんと配慮して尊重してくれるのはユグドラシルさんだけだな。
さすがはユグドラシルさんである。思いやりがあって気遣いができる。こうしてユグドラシルさんと話して、ユグドラシルさんの慈しみの心と触れていると、なんだか僕の心まで洗われるようだ。もっとみんなユグドラシルさんを敬って、ユグドラシルさんを見習って生きるといいよ……。
「さすがは慈愛の女神ユグドラシルさん」
「なんじゃ急に……」
「なんかもうユグドラシルさんって、宗教とか始めたらえらいことになりそうですよね」
「それはもうやっておるが……」
「さておき、それじゃあ手紙は一旦しまっておきましょう」
書きかけの手紙に触れて、アイテムボックスに収納。ついでに書き終えた手紙もすべてアイテムボックスに収納していく。
「おー、やはり便利そうじゃのう」
「そうですねぇ。なんでもすぐに収納することができて――あ、でも今のはダメなんですよね」
「うん? ダメとは?」
「なにせ共用のアイテムボックスなので、こういうプライベートな私物は収納しない決まりなのです」
そこを忘れて、うっかり収納してしまった。しっかりルールは守らないと。
「相手のためにも入れない方がいいですよね。さっきのユグドラシルさんと一緒で、見てはいけない物があるというだけで気を遣わせてしまいます」
「なるほど、難しいものじゃな」
「共有ゆえの難しい部分です」
さて、それじゃあアイテムボックスからマジックバッグに全部移し替えよう。
マジックバッグを用意して、中に手を突っ込んで、手から手紙を出すと同時に、マジックバッグへすべて収納していく。
「あ、これ便利かも」
なんならアイテムボックスを経由した方が、マジックバッグへの収納は楽かもしれない。
アイテムボックスならば手で触れるだけで収納できて、それからマジックバッグへ一気に移し替えることができる。ひとつひとつ手紙を持ってマジックバッグに収納するよりも、ちょっとだけ楽だ。ちょっと便利なアイテムボックス活用術。ちょっとしたライフハック。
「それにしても、手紙とはどういうことじゃ? 手紙ならつい先日わしも大シマリスのモモから受け取ったばかりじゃが、また書いておるのか?」
「ええまぁ、世界旅行中に書いた手紙は、今もモモちゃんが頑張って配達してくれていますが――今書いている物は、送る相手が違うのですよ」
「ふむ? 相手が違う?」
「ふと気が付いたのです。世界旅行中に故郷のみんなへ手紙を送るのもいいけれど――それとは逆に、世界旅行で出会った人達にも手紙を出した方がいいのではないかと」
むしろ何故気が付かなかったのか。普通にその手紙も送るべきだろうに。
というより、旅先から故郷に戻って、それから遅れて手紙が到着している現状を鑑みれば、むしろ旅先への手紙を優先するべきだったのかと思わなくもない。
「それで今、旅先のいろんな人を思い出しながら、いろんな想いや感謝を手紙にしたためている最中なのです」
「なるほど、良いのではないか? 喜んでくれるといいのう」
「そうですねぇ。そうだといいですねぇ」
そんな感じで手紙を書いていて――うん、まぁそれはいいんだ。手紙を書くこと自体に問題はない。
だがしかし、ひとつだけ気になっていることがあって――
「ところで、その手紙について悩んでいることがありまして……相談させてもらってもいいですか?」
「む? なんじゃ?」
「手紙の――宛先ってどうしたらいいんですかね」
宛先だ。そこでちょっと困っている。宛先がよくわからん人達がいるのだ。
この辺りが、故郷のメイユ村やルクミーヌ村の人達へ手紙を送るのとは少し違う点だね。
「例えばカークおじさんなら、『人界、カーク村、カークおじさん宅』で届くじゃないですか」
「そうじゃな。その宛先で届く……いや、『カークおじさん宅』で届くのか?」
「はい? ええまぁ、それは普通に届きますよね」
「……そうか」
話の前提部分で疑問を持たれても困る。住所も氏名も合っているのだから、それは当然届くとも。
ラフトの町で出会った人達も大丈夫だと思う。『人界、ラフトの町』と書いて、あとは泊まっている宿の名前とか教会とか書いておけばいいのだ。それでクリスティーナさんやエルザちゃんの元まで手紙が届くはず。
「しかし、そこで気になるのが――リュミエスさんです」
魔王リュミエスさん。リュミエスさんの宛先がよくわからない。
まぁ今はラフトの町にいるはずなので、それならば問題はないのだけれど――いかんせん手紙はいつ届くかわからないため、もしも魔界に帰っていた場合に備えて、魔界へも手紙を出しておきたいのだ。
「僕は魔界の事情に詳しくないもので……そもそもエルフ界から手紙を出して、魔界までちゃんと届くものなのでしょうか?」
「そこは問題ない。しっかり届くはずじゃ」
「お、そうなのですね」
そうかそうか。じゃああとは宛先だ。宛先さえ合っていれば届くはず。
「んー、では例えばですけど……『魔界、魔王城、魔王様』これで届くのでしょうか?」
「ふむ。届くと思うぞ?」
「届くのですか?」
「おそらく」
そうなのか。自分で言っていて、なんかもうすごい宛先になってしまった気がしたけれど、これで大丈夫なのか。
……というか、魔王様に手紙が届く時点ですごいよね。遠く離れた地に住む一介のエルフが、おもむろに魔界の魔王様に手紙を出して普通に届くとか、前世の感覚が抜けきらない僕からすると違和感がすごい。
「ふーむ……。例えばですけど、ユグドラシルさんの場合はどうなのでしょう? 確かユグドラシルさんのお住まいは、教会本部でしたよね」
「うむ。そうじゃな」
「だとすると――『エルフ界、森と世界樹教会本部、世界樹様』これで届きますか?」
「届くはずじゃ」
「届くのですか」
「おそらく」
……なるほど、まぁさっきのリュミエスさんの宛先に比べたら、多少はもっともらしい宛先に思えなくもないか。
どうにも魔王城という宛先がファンタジー過ぎるからな。魔王城と比べたらまだ現実味がある。
「ありがとうございますユグドラシルさん。これで安心して手紙を書けそうです」
「うむ。安心して、わしへの手紙を書くとよい」
「え?」
うん? ユグドラシルさんにも? いやでも、ユグドラシルさんへの手紙は、もうすでに届いたはずで……。今回は旅先で出会った人達に手紙を出そうというコンセプトでやっているわけで……。
「問題なく届くはずじゃ。書くとよい」
「はぁ」
いや、まぁいいんだけどさ。
どうやらユグドラシルさんは僕の手紙を待ち望んでくれているようで、手紙が届いたら喜んでくれそうで、それなら僕も喜んで書くけれども。
next chapter:遅々として




