第617話 リュミエス
「いいぞー、ヘズラトくーん」
「キー」
「うむうむ。その調子じゃ、ヘズラトよ」
「キー」
というわけで、引き続き三人での狩りである。
まぁ実際には三人で狩りと言うよりは、ヘズラト君の奮闘を温かく見守る僕とユグドラシルさんという構図になりつつあるが、なにやら子供の運動会を応援する親御さんのような感覚を覚え、これはこれで楽しめている。
そんな感じでしばらく狩りを続け、ある程度成果も出たところで――
「そろそろ帰りましょうか。そこそこモンスターも狩れて、そこそこお肉も溜まってきました」
「ふむ。そうするか。しかしアレクはよいのか? アレクは狩りをしとらんじゃろ?」
「ああ、僕は大丈夫です。ヘズラト君の頑張っている姿を見られましたし、ユグドラシルさんの戦闘も見られたので、僕としては満足です」
ユグドラシルさんも一戦だけ戦ってくれたんだよね。相変わらず迫力のある格闘術であった。
そして僕の方は一戦もしていないけど、それでも十分楽しめたし、だからもういいかなって――
……でもそう考えると、僕はなんなんだろう。
ここでの移動はヘズラト君の鞍に乗って進んでいたのだが、モンスターを発見すると、僕は鞍から降りて、ヘズラト君がモンスターに向かって突撃。そして戦闘が終わると、僕は再びヘズラト君の鞍に乗って移動を再開……。
となると僕って……お荷物じゃない? もはやお荷物以外の何物でもなくない?
「どうかしたか?」
「……いえ、なんでもありません。では帰りましょう」
……まぁいいや。とりあえず帰ろう。
次に狩りがあったら僕ももう少し頑張ろうかなと一応反省しつつ、三人で帰宅を始めた。
「もうジスレアは教会から戻っておるかのう?」
「あー、そうですね。新たなスカーレットさん情報を聞けるかもしれませんね」
まぁジスレアさんの場合は、僕と違って通話に時間も掛からないだろうから、おそらくもう戻ってきているはずだ。
そして気になるのは通話の内容。前回の通話からそこそこ間も空いたし、何かしらの伝言は送られていると思うんだけど、果たしてどうなのか。
「そういえばユグドラシルさんは、スカーレットさんに会ったことがないんですよね?」
「む? うむ。ないのう」
「やっぱりユグドラシルさんも、人界の勇者様のことは気になりますよね?」
「ふむ。まぁそうじゃな」
「会いたいですよね? 会うのが楽しみだったりしますよね?」
「う、うむ……」
「早く会えるといいですねぇ」
「うむ……」
てな感じでユグドラシルさんに話を振りつつ、スカーレットさんに対しての興味を持たせようと奮闘する僕。
これこそが、できるだけ長くユグドラシルさんに同行してもらえるよう僕が考えた策略――僕の考えたユグドラシルさん足止めテクニックである。
これで少なくとも、スカーレットさんが到着するまではユグドラシルさんも一緒に居てくれることだろう。そうせざるをえないはず。足を止めざるをえないはず……。
「ふふふ……」
「……どうした急に」
「あ、いえ、なんでもありません」
「なんでもないのに突然邪悪な笑みを漏らすとは、それはそれで怖いものがあるのう……」
「邪悪とまで言う……」
そこまでじゃあないだろう……。確かにちょっぴり邪ではあったかもしれないけれど……。
◇
カークおじさん宅へ戻ると、すでにジスレアさんもカークおじさんも帰宅済みであったため、みんなでリビングに集合した。
そして、ジスレアさんからの報告を聞くことになったわけだが――
「教会で、スカーレットからの伝言を聞いてきた」
「ほうほう」
さてさて、どうなったかな? もうスカーレットさんはラフトの町を出発したのかな? そうだとしたら、カーク村への到着はいつになるのか。はたまた、まだ出発していないのか。
「それで、スカーレットさんの状況はどんな感じでしょう?」
「結論から言うと――まだ出発はしていないらしい」
「……なるほど」
そうか、まだなのか……。スカーレットさんの到着が遅れたら、遅れた分だけユグドラシルさんを足止めできるかもしれないけど、出発予定すらまったくの未定というのは問題だな。
さすがにいつまでも未定のままだったら、しびれを切らしたユグドラシルさんが『もう帰るのじゃ』なんてことを言い出しかねない。完璧だと思われたユグドラシルさん足止め作戦に、早くも綻びが……。
それにしても、ちょっと手間取っている感じだねぇ。確かもうすぐ出発みたいな話だと思ったんだけどな。
「まぁスカーレットさんは半年以上ラフトの町を拠点にしていたわけで、そこから出発するとなると、準備にも時間が掛かりますかね」
「うん、そういう理由もあると思う。でも、他にも理由があるみたいで……」
「おや? そうなのですか? 他の理由?」
「その理由というのが――暗黒竜」
「暗黒竜……」
ここでも暗黒竜か……。そういえば、暗黒竜が魔界に帰ってからスカーレットさんもラフトの町を出発するという話だったかな?
もしかして、それで揉めている感じだったりする? 暗黒竜が帰りたくないと駄々をこねていたり……?
「そのあたりの詳しい説明はなくて、どういうやり取りがあったのかは定かじゃないけれど、スカーレットからの伝言によると――暗黒竜も一緒に来るらしい」
「うん?」
暗黒竜も一緒に? んん? えっと、それはつまり――
「暗黒竜も、スカーレットさんと一緒にカーク村へ来るということですか!?」
「そういうことらしい」
「なんと……」
そうなのか、それは予想していなかった。そんな展開がありえるのか……。
……じゃあ、会えるのか。僕も暗黒竜さんにお目にかかることができるのか。
「暗黒竜がこの村に……? いや、勇者様のご友人とのことだし、問題は起こらないとは思うけど……」
むむ。何やらカークおじさんが心配そうな顔をしている。
そういえばカークおじさんも暗黒竜が美女だと予想していて、でも美女じゃなかったらどうしようと心配している同志だったな。
「まぁまぁカークおじさん、気持ちはわかりますが、こうして来訪が決まった以上じたばたしても仕方がありません。むしろようやくこの目で確認できることを楽しみにしましょうよ」
「おぉ……。そうか、アレクは勇気があるなぁ……」
「ふふ、これでも森の勇者の息子ですからね」
「あぁ、そうだったな。お父さんの名に恥じぬ勇気だ。立派だなアレク」
「ありがとうございます」
なんか褒められた。
「ふーむ……。暗黒竜のう……」
「おや?」
僕とカークおじさんがまだ見ぬ暗黒竜に対して期待と不安を胸に抱いていると、唸りながら考え込んでいるユグドラシルさんが目に入った。
「どうかしましたかユグドラシルさん」
「うむ。ちと気になったことがあってのう」
「暗黒竜について気になることですか?」
なんだろう。さすがにユグドラシルさんも暗黒竜が美女かどうかを気にしているわけではないと思うけど……。
「その暗黒竜とやら――わしも知っているかもしれん」
「え?」
え、そうなの? そんなことがあるの?
もしかして、結構有名なのかな? 結構な有名人だったり――有名竜だったりするのかな?
「名前はわからんのか?」
「名前? あー、名前ですか。僕も暗黒竜としか聞いてないですね。――ジスレアさんはわかりますか?」
ジスレアさんに話を振ってみるが――ジスレアさんもふるふると首を横に振るのみである。わからんらしい。
……というか、名前か。しっかり個人の名前とかもあるんだね。
「……ちなみにですが、ユグドラシルさんが知っている暗黒竜さんは、なんというお名前なのでしょう」
「リュミエスという名じゃ」
「リュミエス……?」
リュミエス……。リュミエスとな?
「え、リュミエスさんですか?」
「そうじゃな」
「え、リュミエスさんですか?」
「何度聞くのじゃ……。そうじゃ、リュミエスという名じゃ」
リュミエスさん……。
リュミエスさんってことは…………え、じゃあもう美女じゃん。
その名前の響き――もう美女でしかなくない!? これはもう美女でしょ! 美女で確定だ! 美女以外はありえない!
もし美女じゃないのにリュミエスなんて名乗っているのだとしたら、そんなやつは僕が許さない! たとえユグドラシルさんが許しても――たとえ神が許したとしても、この僕が許さない!
「はー、リュミエスさんですか。そうですかそうですか、なるほどなるほど、それはそれは」
「……何やら急に元気になったな」
「いえ、そんなことはないですけどね?」
などと口では答えたものの、どうやったって喜びを隠せていない僕がいた。
ただの妄想でしかなかった暗黒竜美女説が、まさかの真実で、まさかの確定事項。しかももうすぐ会えるってんだから、そりゃあ僕だって浮かれてしまう。
「まぁその暗黒竜が、わしの知っているリュミエスかどうかは、まだわからんがな」
「あー、そうですね、それは確かに……」
……んー、でもさ、この流れで別人ってことは、さすがにないんじゃない?
この流れで別人ってこともないし、この流れで美女じゃないってこともないし、この流れでただの竜でしたってこともないはず。
これで美女に変化なんてできないただの竜でしたとか……それはない。さすがにない。ないよね?
「もしもリュミエスだとしたら、わしも会うのは久々じゃのう」
「え? あ、そうなんですね、ユグドラシルさんはリュミエスさんと会ってお喋りしたことがあるんですね」
「お喋り? いや、お喋りと言われても――――リュミエスは喋らんがな」
「…………」
……うん?
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