第616話 勇者様、進軍中
世界旅行が始まってから、早一ヶ月。
カークおじさん宅での滞在も、二週間が経過した。
この二週間は、とても穏やかな日々であった。相変わらず実家のような安心感を覚えるカークおじさん宅にて、世界樹の剣の制作を進めたり、故郷のみんなへ手紙を書いたり、カークおじさんの美味しい手料理をいただいたり、惰眠を貪ったり、のんびりと穏やかな日々を過ごしていた。
しかしそんな中で、少々問題も発生しており――
「まぁまぁ落ち着いてくださいユグドラシルさん、そう癇癪を起こさずに」
「何故わしが駄々をこねている扱いを受けねばならんのか……」
その問題というのが、ユグドラシルさんだ。
ユグドラシルさんだけは、この穏やかな日々が少々引っかかるようなのだ。
「……わしはただ、このまま何もせずぼんやり過ごすだけでいいのかと疑問に思っているだけなのじゃ」
「うーむ……」
まぁユグドラシルさんだって、のんびりするのが嫌いってわけでもないのだろう。
――とはいえ二週間だ。二週間何もしないという状況は、真面目なユグドラシルさんからすると落ち着かない気分になるらしい。確か前回の旅でも、ユグドラシルさんは二週間で帰国してしまった記憶がある。
「しかしユグドラシルさん、旅自体は順調なのです」
「順調……? 順調なのか……?」
「すでに一ヶ月が経過したわけで、これをあと十一回繰り返せば、エルフの掟も無事達成となります」
「それで達成と認めてよいものか、甚だ疑問なのじゃが……」
む。認めてくれないのはまずい。エルフの神様であるユグドラシルさんに、エルフの掟達成を認めてもらえないのは非常にまずい。
「わかりましたわかりました。そういうことならば――出発しましょう」
「む? 出発? これからラフトの町を目指すということか?」
「いえ、そうではなく、とりあえず家を出発して、軽く狩りでもしてきましょう」
気晴らしに狩りでもしてこよう。毎日だらけるのがいかんと言うのならば、もうちょっと真面目な活動っぽいことをしてこよう。
というわけで狩りです。狩りに付き合うので、どうかお怒りをお収めくださいユグドラシルさん。
「そういうことではないのじゃがのう……。うむ。まぁ行くか……」
微妙に引っかかりつつも、狩りには行ってくれるらしい。
うんうん、それじゃあ良い感じでユグドラシルさんのご機嫌伺いをしつつ、世界旅行も認めてもらい、ついでにユグドラシルさんの同行日数を伸ばすため、楽しい狩りになるよう努力しよう。
「では行きましょう。もう今日はユグドラシルさんが満足するまで狩りに付き合いますよ?」
「うむ。行く。行くが――その顔はやめよ。子供のわがままに付き合って、外へ遊びに連れ出す父親のような顔はやめよ」
◇
というわけで、僕とユグドラシルさんと大シマリスのヘズラト君で狩りに出発した。
ユグドラシルさんは『やめよ』と言っていたが、むしろリアルな具体例を挙げられてしまったため、やはり気分は子供と一緒に公園にやってきた休日のお父さん感覚である。
そんな感じで狩りを始めた僕達だが――
「キー」
「おー」
散策中に発見したイノシシ型のモンスターボアを、ヘズラト君があっさりと屠ってみせた。
爪攻撃や『エアスラッシュ』の遠距離攻撃を用いて、危なげなく完勝である。
「強いなぁヘズラト君」
「そうじゃのう。見事なものじゃ」
「いやはや、このままだと僕もあっさり抜かれてしまいそうですね」
真面目で頑張りやさんのヘズラト君がこの調子で実力を付けていったら、いつかは僕よりも強くなってしまいそうだ。
と言っても、まだまだレベル差はあるし、マスターとしての威厳を保つためにも、僕だってそう簡単に抜かれるつもりはないけれど――
「…………」
「あれ?」
何? なんで何も言ってくれないのユグドラシルさん。
え、抜かれそうなの? あっさり抜かれそうだとユグドラシルさんは予想しているの?
「あー……まぁそうじゃな、お主もヘズラトに負けぬよう頑張らんといかんな」
「はぁ……」
「――ところでアレクよ、今日はカークおじさんも狩りに出ているそうじゃな」
「はぁ、そのようですね……」
気のせいかな? なんかちょっと強引に話題を変えなかった?
「どうせなら、カークおじさんと一緒に狩りをしてもよかったのう」
「えー? でもカークおじさんの場合は、ちゃんとした狩りですよね? 仕事で真面目に狩りをしているんですから、邪魔しちゃ悪いですよ」
「それは……確かに邪魔をするのはよくないと思うが、この狩りはちゃんとしてはおらんのか……?」
まぁ気分転換で気晴らしの狩りですし……。
「まぁまぁ、今日は三人でのんびりと狩りをしていきましょう」
「ふーむ……。ジスレアも別の用事があると言っていたし、今日は暇な三人で狩りか……」
「ジスレアさんは、また村の教会へ行ってくるみたいですね」
「ふむ。教会で通話か」
通話である。この村の教会にも、通話の魔道具が設置してあるのだ。
……というより設置された。前まではなかったはずだが、いつの間にやら設置されていた。
「あの魔道具、あれはスカーレットさんの影響でしょうね」
「人界の勇者がよくこの村に滞在するからか?」
「おそらくは」
よく滞在するし、滞在期間もなかなかに長いし、そんなスカーレットさんと連絡を取るために、わざわざこの村に設置したのだろう。
なんだか妙なところでスカーレットさんの影響力を確認してしまった。さすがは勇者スカーレットさんである。
「まぁわしらからすると、ありがたいことではあるな」
「そうですねぇ」
この魔道具によってカーク村とラフトの町との通話が可能になったため、僕達もちょこちょこ使わせてもらっているのだ。
「一週間ほど前の通話では、スカーレットさんもそろそろラフトの町を出発するとのことでしたし、今頃はカーク村に向けて進軍中かもしれないですね」
なんならもうすぐ着くかもね。ラフトの町からカーク村まで、僕の足でも一週間ほどで到着するから――
……あ、うん、正確には、『僕が乗る人力車を引っ張るヘズラト君の足で一週間』かな? いや、でもそんなには変わらんよ。たぶん変わらん。
「しかし、アレクはどうなのじゃ?」
「はい? 何がですか?」
「お主は教会に行かんのか?」
「教会に? ええまぁ、ジスレアさんが行ってくれるとのことで、お任せしちゃいましたけど――」
「お主は通話が好きじゃろう?」
「…………」
あー、えっと……まぁ確かに僕は通話が好きだ。メイユ村にいるころから、ちょっとの隙も見逃さずに通話してきた。
しかしこの村での通話は……。この村でする通話はどうにも……。
なんというか、試しに一回通話したら――男性の通話係の人が出たんだよね。
もうその時点で通話への興味を失ってしまい……。あと村の教会の人も普通のおじいさんだし……。そうなると、もう別にいいかなって……。
とはいえ、そんな話をユグドラシルさんにするわけにもいかず、どうにか誤魔化そうと――
「通話の相手が男じゃったか?」
「…………」
なんか最近、僕に対するユグドラシルさんの理解度がすごい……。
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