20.悪役令嬢はリーグ戦に臨む
スタジアム内に入り、ピッチサイドに用意された運営席へ向かう。
ピッチへの出入り口横の壁際に、場所が設けられていた。布製の屋根が日差しを遮ってくれる。
席へ着く前に、ヴァージル、クラウディア、ヘレンは仮面を手に取った。
これは試合結果に貴族は介入しないという意思表示のためで、観戦する貴族には着用が義務づけられている。
(シルの影武者のためでもあるのだけど)
シルヴェスターも一試合目から観戦予定だったが、相変わらず王城から動けずにいた。
最終戦には駆け付けるものの、それまでは影武者が貴賓席に座る。
仮面を着けた貴族は、一観客に過ぎない。という方便で、スタジアムでの社交も禁じてあった。
その代わり、グラスターにある老舗ホテルで社交場が設けられる予定だ。
(社交場への参加は任意だけど、折角ヘレンがタウンゼント伯爵家の養女になったのだから、一度は顔を出しておきたいわね)
今は侍女として同行しているが、ヘレンにもドレスを用意させていた。
顔を上げ、傾斜のある観客席を窺う。
席は、一階と二階が平民用、三階が貴族用となっていた。
ピッチから一階席までは高さがあり、スタジアム全体の高さは四階建てに相当する。
その壁を利用して、商会の広告となる横断幕が垂れ下がっていた。
(ゴール裏の席には、もう人が入っているわね)
河川敷の試合にも活躍した、鼓笛隊が控えている。
これは王家クラブ「黄金の草原」のゴール裏も一緒だった。
クラウディアの視線に気付いたヴァージルが説明する。
「ゴール裏の一団は、応援の見本となってもらうべく用意した」
試合の流れをわかりやすく観客に伝える仕事もあるが、同時に応援の仕方を教える役割も担っていた。
選手たちと同じ色のシャツを身に着け、首にはタオルマフラーをかけている。
ヘレンが隣で頷く。
「なるほど、彼らを真似て応援すればいいんですね」
国主催のリーグ戦は、初の試みである。
フットボールに馴染みはあっても、スタジアムでの観戦に慣れている者はいないに等しい。
(何から何まで、よく行き届いているわ)
本来なら年単位でする事業を、数か月でどうやって成し遂げたのか。
ヴァージルに疑問をぶつけると、照れ笑いが返ってきた。
「実は前々から土台はつくっていたんだ」
いつか国内でリーグ戦ができるよう、運営メンバーである友人たちと、個人でできることをやっていた。
今回の参加クラブのオーナーが彼らなのは、そういうわけだ。
「審判団も身辺調査をおこなった上で任命した。ゾーン伯爵領の者が多いが、その点、人柄や判断の正確さには定評がある者たちだ」
選手に比べ、審判のなり手は少ない。
加えて瑕疵のない者となれば、リーグ戦を任せられる者は限られた。
「リンジー公爵家では、クラブをつくるには至らなかったが、騎士たちに統一ルールを使ったフットボールを普及させていた。領地にはピッチも用意してある」
「まぁ、全く知りませんでしたわ」
「今までは俺の道楽だったからな。こうして正式な形になって嬉しいよ」
趣味と実益を兼ねた事業を任せられたヴァージルは、疲れこそ窺えるものの、気力は全く衰えていなかった。
観客が席につきはじめ、ざわざわと人が集まっている気配を感じる。
試合の一時間前になると、両クラブの選手たちがピッチに現れた。
双方のゴール裏から、太鼓とトランペットが響く。
クラウディアはヘレンと一緒に首を傾げた。
「まだ試合前ですよね?」
「何かしら」
理由はすぐに判明した。
ピッチの半面、各々の陣地内に散らばった選手たちが、柔軟や走り込みをはじめたからだ。
「準備運動をしに来たのね」
爽やかな選手たちのアップを見て、観客席から声がかかる。
名前を呼ばれた選手が手を振って答えると、きゃあっと一部が沸き立った。
「もうスター選手がいるのかしら?」
「身内か、領民の方でしょうか?」
両クラブとも、選手は騎士でもある。
武芸試合の参加者もいるため、別のところで知られていた可能性はあった。
「直接観客の声が聞こえるのって大きいですよね」
「そうね、励みになったらいいわ」
ちなみに罵詈雑言は禁止されている。
これは治安維持の観点からと平民を守るためだ。
内容によっては、クラブオーナーである貴族を貶すことになり、平民の首が飛びかねない。スタジアムを処刑場にするわけにはいかなった。
禁止行為をおこなった観客は、即退場だ。観戦より自分の命を優先させる。
(貴族の存在が抑止力になるか、興ざめさせる結果になるか、見届けないといけませんわね)
感情による衝動は、理性では止められない。落ち着いてから後悔するのが常である。
フットボールを通して、観客は気持ちを共有できる。
良い感情も、悪い感情も。
共鳴によって増幅した衝動は、どこへ向くのか。
(どうか大事にはなりませんように)
ヴァージルも打てる手は打っている。
試合直前におこなう選手の宣誓に、王都からギーク枢機卿を招いたのも、その一手だった。
◆◆◆◆◆◆
準備運動が終わり、試合に出る選手が一列に並ぶ。
中央に審判を置き、正面右側に黄色いシャツの「黄金の草原」が、左側に青いシャツの「紺青のレーヴァン」が整列していた。
クラウディアたちもいるピッチサイドには、修道者よる楽団が控えている。
この場にいる全員が聞き覚えのある厳かな音色と共に、長く伸びた白髪の眉毛が特徴的な老齢の枢機卿が姿を現した。
はじまる前は喧騒に満ちていた観客席も、静まり返る。
枢機卿がいるところは、即、祈りと教えの場となった。
「よく晴れた空の下、多くの信徒たちが一堂に会す奇跡に感謝しましょう。ここにいる者たちが皆、元気であること、そして敬愛を忘れぬことを願います」
枢機卿が選手たちに視線を向け、言葉を続ける。
「彼らが公平さの体現者であることを覚えておいてください」
気まぐれでも、神が目を向けてくださいますよう、とギーク枢機卿は腰を曲げると、指で唇に触れ、その指をピッチに重ねた。
クラウディアも願う。
(気まぐれな神様が、リーグ戦を楽しんでいただけますように)
枢機卿が辞したあとは、選手たちが宣誓する番だった。
王家側「黄金の草原」の選手たちが一歩前へ出る。
「我らは誓います! 豊かさと歴史のはじまりを携えて」
リンジー公爵側「紺青のレーヴァン」の選手たちも同様に、前へ。
「我らは誓います! 知恵と記憶を携えて」
「「気高き公平さと敬愛がここにあることを!」」
照りつける日差しが、彼らの清らかさを証明する。
迷う必要はない。
選手たちこそが体現者であり、応援が後押しになるのだから。
双方のゴール裏が、音色を奏でる。
主審は中央へ向かい、選手たちは陣地に散らばった。
笛の音が響く。
さぁ、リーグ戦のはじまりだ。




