43.王弟殿下は事実を受け入れる
「愚かなことを……!」
誰もいなくなった部屋で壁を殴る。
王太子派が、ラウルを陥れようと画策していたのは知っていた。
日増しに国民の反感が強くなっていることも。
「よりによってハーランド王国を巻き込むとはっ」
工作に説得力を持たせる――罪を重くする――ためだろうが。
国王である兄の策でないことは、すぐにわかった。
物心ついた頃から、兄は政治の師でもあったから。
合理性を尊ぶ考え方は、身に染みて知っていた。
「どうして、兄上の考えに従わない!?」
長期戦になればなるほど、王太子派が有利なのはわかりきっているだろうに。
どんな熱意も、高い熱量を保ち続けるのは難しい。
国王に対する不満は残るかもしれないが、王太子が大きくなり、次代を感じられれば、誰も問題視しなくなる。
期待するからだ、次に。
目に見えれば尚更だろう。
王弟派が、その最たる例だった。
彼らは次代のラウルに期待し、裏切られたから怒っているのだ。
ラウルへ権力を与えようとしない国王に。
権力を得ようとしないラウルに。
だからレステーアは行動に出た。
「どうして、オレの考えに従ってくれない……っ」
わかっている、不満だからだ。
王弟派の代表格であるレステーアは、デガーニ侯爵家は、ずっとラウルが国王になるべきだと訴えている。
けれどラウルは、首を横に振っていた。
業を煮やして当然だ。今回の愚行も、ラウルに決断させるためだろう。
「気付いていたのに……」
そうだ、本当は気付いていた。
自分を切り捨てた兄が、何も変わっていないことにも。
今まで自分の進言を聞いてくれていたから、勘違いしていたのだ。
身内として、兄弟として、意見を聞いてくれていると。
繋がる血が尊ばれていると。
何てことはない、単に兄にとって益になる意見だっただけだ。
最初から、邪魔になった道具を、いつまでも手元に置いておく人じゃない。
(さすがに自分の子は違うよな?)
やっと生まれた実子だ。
ラウルにとっては、可愛い甥っ子だった。
愛して欲しいと思う。愛してやってくれと願う。
自分のように、政治の道具にはしないでくれと。
「ただ願いたいだけなのに、どうして邪魔をする!」
王位を争う必要がどこにある。
簒奪する必要がどこにある。
兄が情に厚くないことは、誰よりも知っている。
王弟が切り捨てられるぐらいだ、上級貴族も他人事じゃない。
王弟派を声高に表明している者ほど、危機感を募らせているだろう。
「でも肝心なことに気付いていない」
実の弟を切り捨てられるぐらいだ。
兄は邪魔者を容赦しない。
その反面、有益な者は、派閥に関係なく登用した。
王太子派の感情など、益が勝れば無視する。そういう人なのだ。
「いや、気付いている者もいるか」
ラウルに同行した令息令嬢の家々は、みんな実績がある。
辺境伯など、おいそれと頭をすげ替えられるものじゃない。
逃げ道を確保している者たちだけが、ラウルの傍に集まっていた。
だからラウルも、突っぱねられるのだ。
お前たちの打算に付き合ってやる義理はないと。
「レステーアだけ、毛色が違うのは何でだ」
彼女だけ、体を張っているように感じる。
王太子派が画策していると、情報を持ってきたのは彼女だった。
そのときに監視を付けておくべきだったのだが。
「まさか相手の画策を逆手に取るとは」
レステーアがやったという証拠はない。
王弟派の息がかかった工作員が動いたこと。
船に同乗していた形跡があること。
港町ブレナークで不審な動きがあったあとには、シルヴェスターが演説をおこなったこと。
今しがた寄せられた断片的な情報を元に、ラウルが推察しただけだ。
レステーアなら、ラウルになすりつけられるはずの罪を、相手に突き返すぐらいやりかねないと。
それに彼女だけ明らかに動きが怪しかった。
ハーランド王国へ入国した際も、先に一人王都へ出発していた。
「だけどレステーアも、オレに疑われるとわかっているはずだ」
疑われれば、動きにくくなるだろうに。
証拠を掴ませないところは、さすがと言えても。
「もうあとはないぞ」
ハーランド王国を巻き込んだのはやり過ぎだ。
ラウルとしても看過できない。
この件で、烈火の如く怒るシルヴェスターが容易に想像できた。
自国を、それも王家直轄領を荒らされたのだ。
(これで完全に敵視されただろうな)
元から仮想敵国だとは言われていたけれど。
一緒に笑った時間に、嘘はなかった。
「オレも年貢の納めどきか」
ここまでレステーアが動くと予想できなかった。
派閥の手綱さえ、握れていなかった。
こんな自分に、人の上に立つ資格などない。
「結局は兄上の思い通りだな」
問題は、どうやってレステーアの罪を証明するか。
調査をおこなったハーランド王国が、何か掴んでいる可能性はある。
果たしてシルヴェスターが、すんなり教えてくれるだろうか。
「どう考えても無理だろ」
何かを得るためには対価が必要だ。
王位継承権を放棄するために情報を寄越せといって、誰が頷くというのか。
むしろハーランド王国は、ラウルが王太子と王位を争うことを望んでいるだろうに。
「バカ正直に話す必要はないと言ってもなぁ」
不義理を働いたあとが怖い。
「穏やかに笑ったまま、オレが一番嫌がることをしてくるに決まってる」
自分だけで済めばいいが、絶対にそうはならないだろう。
何故なら国民に害が及ぶことが、最もラウルが忌避したいことだからだ。
罪のない人間を傷付けはしないとしても、国益を損なえば、結果的に損をするのは国民だ。
「八方塞がりじゃないか?」
目の前が真っ暗になりそうだった。
そんなとき、ハーランド王国から、学園を案内する旨の連絡が届いた。




