素直な言葉に
パワルフはプァナを残し家を出る。陽射しが美しい森の中の村を彩っている。ツンっと喉を通る冷たい空気は何度味わっても気分の良いものだ。
「パワルフ! おはよう!」
隣人である短い髪のフィルが笑顔で駆け寄ってくる。薪を割っておいてくれたらしくそれを受け取ればにまにまと彼が笑っていることに気づいた。
「なんだ?」
「いやーほんと羨ましいなと思ってるんだよ、ラシュン…すげー可愛いかったから」
そういうフィルに、確かに我が子は可愛らしい。愛し過ぎて、彼女の為ならどんなことだって出来ると馬鹿なことを考えてしまうほどには。
リナル族は全体的に普通と言われる体格と容姿をしている。族長のパワルフも同じく。髪色が緑で、瞳が金なことを除けば人間族の中にいても誰も気にはしない程度の普通さだ。
だが、ラシュンを思い出すと産まれたばかりだと言うのに美しいと不思議と思わせる。緑の髪はまだ少ないが、朝ぐずっていた時に見えた金の瞳はパワルフや他のリナル族のものとは異なって見えた。
朝の空気だけではない、彼女がいるだけで、どこか澄んだ気持ちになれる気さえする。
「俺たちの子だからな」
「……お前の口からそんなセリフが出るなんて思わなかったぞ」
親バカめと吐き捨てられるがそれを甘んじて受ける。
フィルの家は結婚してもう百三十年に届く頃だろう。それでもフィルとその妻であるリアナとの子は産まれていない。
自分が恵まれている…という自覚はあった。何せプァナと結婚してからまだ五年程しか経っていない。
だと言うのに、子が生まれた。プァナも元気で、それもあんなに可愛らしい子で。スピツからの祝福も貰った。
恵まれている、のだ。
本当に。
「親馬鹿で結構…それに俺だけの子だけじゃない」
だからこそ。親馬鹿で何が悪い。愛しい者を愛しいと言って何が悪い。
「パワルフ?」
「あの子はリナル族の子、皆の子、つまりお前の子でもあるんだ」
「………………あー、ほんっとおまえさぁ!」
フィルは前髪をくしゃりと握りしめすぐに顔を上げる。
「そーいう、真っ直ぐに言うのはお前の一族の十八番だよな本当」
「そうか?」
「そうだよ! …ったく、まぁ、そうだよな……みんなの子だ」
少し困ったようにフィルは笑って「これ、リアナが」と懐から可愛らしいスピツの刺繍がされた涎掛けだった。
「ありがとう」
「渡そうか悩んでたんだよ、それ…俺達の子が生まれたらって作ってたヤツだから……俺それ知ってたから…でもリアナは渡してくれって言ってたし、すげー悩んでた」
でもさとフィルは笑顔を浮かべる。愛嬌のあるその笑みは周りの緊張を解くのにいつも助けられているとぼうと考えながら耳を傾ける。
「俺達の子でもあるってその言葉がやっぱり嬉しいよ、きっとリアナもそう思ってる…だから、貰ってくれ」
「もちろんだ」
「んじゃ、俺はまだ薪割りあるから!」
少し耳を赤らめたフィルはそそくさとその場を駆け出していく。それを見送り、受け取った薪と涎掛けに一度視線を落とし、先程出てきた家に戻り、置くことにした。