第12話 丘の上に立つ一軒家
件の商人に連れられて歩くこと40分くらいだったか。
そのうちの半分くらいは急な坂を上っていく。
「見晴らしものすごく良い場所にあるのですが、この坂はいただけませんね。
ですが、坂の上には各国のお屋敷もあり、実に良い街並みがありますから」
商店主のヨハンさんがこれから向かう家をほめているのかディすっているのかよくわからない話をしてきた。
確かに、丘の上という場所は山手と言ったはずで、俺のいた日本でも高級住宅地で有名な場所だ。
それに、教会やら女子大やらがある、散歩するには申し分ない観光地だが、山手に行くのが大変なのは今も昔も変わらない。
アメリカ山公園はアメリカの公使館跡地だったと記憶しているからこれから向かう山手にはたくさんの領事館などがあるのだろうか。
令和の日本ではエスカレーターでアメリカ山まで連れて行ってもらえるから、俺でも行く気にはなれるが、流石に関内からアメリカ山公園、今の時代では公使館の場所までは歩きたくは無いぞ。
運動不足とは言わないが、それでもきついことには変わりがない。
まあ、そう言った重要な建物がある場所なので、道だけはきちんと整備されているので、正直助かる。
俺は勝手にアメリカ山と決めていたが、どうもそこでは無い場所にあったようで、公使館など近くに無いが、見通しの良い場所に広い庭を持つ元診療所の一軒が見えてきた。
近くには昨年までイタリアの政府機関もあったようなのだが、どこぞに移転したとか言っていた。
俺たちは、商店主のヨハンさんに連れられて、診療所跡の屋敷の中に入る。
屋敷は、主がここを離れてからさほど時間もたっていなかったので、ほとんど傷んでいない。
これならばすぐにでも活動できそうだ。
何より庭が広いのも良い。
庭に研究のための小屋を建てても良いが、現状レンガつくりの倉庫があるだけだ。
ヨハンさんが言うには前の医者は祖国オランダから色々とこの地に持ち込んできており、薬などは屋敷で保管していたようなのだが、それ以外の諸々のものは倉庫にしまってあるとか、後で倉庫の中も見せて貰えることになっている。
肝心の屋敷はというと割といい感じの作りの二階建てで、主に二階部分が居住スペースに使っていたようだ。
一階の普通ならば応接スペースにあたる場所に、診療室を置いていたようで、明るいその部屋の端には薬棚があったが、薬って光を当てたらダメなものも多いと聞くから、これってまずかないだろうか。
この診療スペースの続き部屋には窓が無く、そこには薬棚がびっしりとあったが、薬は無かった。
他の部屋も見せて貰ったが、何より俺が気に入ったのが、風呂があることだ。
もっともこの風呂は洋風バスタブの作りで、俺の使いたいようにはなっていない。
まあ、後で改造でもしてもらえばそれでもいいかな。
それに何より気に入ったのが、ここには電球が天井から吊り下がっていた。
そう、この家には電気が通っていた。
俺は心の中で、この家の購入を決めていた。
一通り見せて貰った後に玄関横にある応接室で、商談に入った。
「ここに残っている家具類も含めますので、それでの契約でいかがでしょうか」
「かまわないがいくらになるのかな」
「はい、第二国立銀行様からのご紹介ですから私としましてもできる限り価格は押さえたいとは思っておりますが……」
「それでも高額になると」
「はい、やはり場所柄どうしても高額にならざるを得ません」
「で、いくらになりますの。
実際に金額がわからなければ商談にはならないので」
俺たちの会話を横で聞いていた明日香さんがヨハンさんに詰め寄る。
いい加減俺もじれてきたので、面倒な商談に付き合うつもりもない。
「実際にいくらなら、ここ売るつもりがあるのだ」
「はい……千五百円……になります。
これ以上価格を下げることは……
ですけど、ここになるものすべては置いておきますので、それでいかがでしょうか。
もし、要らなければそれらを私どもが引き取りますが」
「その分、価格を下げてもらえるのか」
「いえ、それは……」
「ああ、わかったよ。
それで手を打とう。
で、この後どうすればいいのだ。
銀行にでも行って、口座にお金を移せばいいのか」
「はい、契約は店で承りますが、支払いはどのように」
「現金で支払うが、どうするね」
「でしたら、現金が用意できましたら店の方に」
「なら、明日現金を持ってこよう」
俺たちは、ここで商店主のフランさんと別れて、明日香さんと一緒に山手を散策しながら関内に戻っていった。
教会はあったが、俺の良く知る港の見える丘公園は無かったし、当然その前にある港の見える丘公園前派出所も無かった。
少し残念に思いながら、これまた急な坂を下りていく。
丘を降りさらすぐに関内に入る。
ここからならばほとんど通り道沿いに先ほどいた第二国立銀行があるので、浜中さんに会って、屋敷の買い取りについて報告しておこうと思った。
俺たちは、関内に入りすぐに第二国立銀行に着いたので、そのまま中に入ると、今度は俺たちを見つけた行員によって、先ほどまでいた応接室まで連れていかれた。
そこで、俺たちを待っていたのは支配人と浜中さんの二人だ。
お二方もお忙しいはずだろうにと思ったのだが、俺はすぐに先ほどの屋敷の買い取りについて切り出した。
「金田様。
お屋敷の件ですが、気に入りましたか」
「ええ、浜中さん。
いい場所にありますし、私の希望にも十分に沿ったものでした。
ただ……」
「価格ですか。
お幾らを提示されましたか」
支配人が俺に聞いてきた。
俺は、場所と広さや、居ぬきだったことを伝えてから金額を伝えた。
「ええ、千五百円と言われましたね」
「う~ん、ぼった金額でもないでしょうが、少々高めですかね。
いかがしますか。
今日入金されたお金から引き出しますか。
それとも他をあたりますか」
「いえ、完全に足元を見た金額でないようなので、現金で支払おうかと考えております」
「え?
まだ現金をお持ちなのですか」
「ええ、親からかなりまとまった金額を持たされておりますから、それくらいまでは用意できます。
尤もそれを支払ったら、後は国債くらいでしょうか」
「国債もお持ちなのですか」
「ええ、国債の方がかさばらないと言われて、国債も持たされました。
これは、実際に商売を始めるときにでもと考えております」
「そうですか。
その際、うちはできる限りの協力は惜しみませんので、ひと声かけてください」
支配人から、営業を掛けられたのだが、浜中さんの方は屋敷の購入について声を掛けられた。
「現金はいつご用意できますか」
「明日にでもと考えております」
「でしたら、明日当行にお越しください。
先方にはこちらから連絡を入れておきますので、ここで契約を済ませましょう」
「そうしていただけるのでしたら、助かります。
では、今日と同じ時間にお伺いいたします」
「では、明日お待ちしております」
明冶に来てから四日目に拠点の目星がついた。
正確には明日の契約をもって俺も一城の主になるのだな。
まだ、時間もあるので館内で少し買い物をしてからホテルに戻るつもりで、関内のおすすめの店などを聞いてから銀行を離れた。




