06 王都への道すがら
王都へ向けて出発してから、二日目の朝。俺はまだ出発した街からそれ程離れていない街道にいた。
別に歩くのが遅い訳では無い。いや、もちろん身長が低くなったことで歩幅は狭くなっているのだが。そうではなく、あまり距離を稼げていないのは、自分の状態を確認しながら歩いていたからである。
何せ、今の自分は反転の魔術で少女になってしまっているのだ。魔術や体術が元の体と同じように扱えるとは思えない。年相応、性別相応の状態になっていて当然のはずだ。
いざ必要になった時に、自分の想定しているものと差があると、命取りになりかねない。
だからこそ今のうちに、自分の実力を確認しておきたかったのだ。
とりわけ、体が小さくなってしまった俺にとって、魔術は以前よりも重要となりうる。
なので、扱える魔術の種類や魔力量の確認から、真っ先に行った。
魔力の消耗度合いを測りながら、初級魔術、中級魔術、上級魔術と様々な魔術を使っていく。
色々試した結果、魔術を扱う技量や、扱える魔術の種類に変化は無かったが、保有する魔力量は減ってしまっていた。
この違いは、おそらく俺自身の経験によるものか、肉体的素養によるものか、が関係しているのだと思う。
魔術の扱い等は実際に俺が経験して得たものだ。経験して得たことは体が若返ろうと忘れることは無いのだろう。
一方、魔力量は一般的に、年齢が低い時は少なく、成長するにつれて多くなると言われている。俺の体は今、十代前半程度の年齢になっているので、過去、自分がその年齢だった頃と同程度の魔力しか保持できないのだろう。俺は人より多く魔力を保有しているが、それでも魔力量が少なくなったことは注意しないといけない。
魔力量が少ないということは息切れが早いということだ。魔力を使い切ると、体力が切れたときと同様に、体を動かすことすら困難になる。これからは、前よりも魔力の残量に気をつけなければ。
魔術についての考察を終えた後は、体術について知る必要があった。少女の体でどこまで動けるのかが全く想像もつかないため、こちらも重要である。俺は魔術師だが、師匠の教育方針のもと体術も鍛えていた。そのおかげで、ソロの冒険者として活動ができていたのだが、今の体だとどうだろう。魔術と同じだと考えると経験はあるはずだから、それなりに動けるとは思うが。
手頃な魔物相手に色々と試したい。
そう思い、練習相手を探しながら移動していたのが昨日の夕方。自然と歩みは遅くなり、全くと言っていいほど距離が稼げなかった。
晩飯も何かを狩ればいいかと考えていたのだが、ゆっくりと動いていたため見つからず。結局、昨日はご飯無しとなってしまった。
水は魔術で生み出せるので、水分補給には困らないが、これは不味い。
ひもじい思いをしながら起きた今朝。方針転換し、道中を急ぐことにする。途中で何か見つけたら、そいつ相手に色々試そう。
身体強化の魔術を自身にかけ、成人男性の倍のペースで歩く。休憩を挟みつつ、ペースを保つことで昼前には完全に遅れを取り戻せていた。
――おかしい。ここまで全く生き物を見なかったぞ。
普通なら、これだけ歩けば何かしらの動物が見つかるはずだ。
いや、安全なのは良いことなのだが。
王都へと続く街道は定期的に王国騎士団が見回りを行っているため、比較的安全だ。それでも、それなりには魔物や小動物には遭遇するものだ。なのに、見つからない。このままでは今日もご飯が食べられない。
少々焦りながら街道を急いでいると、少し先で魔力の反応を感じた。
誰かが戦っている。
どうしようかと考える。
冒険者が魔物を相手に戦っている場合、横から割って入るのはマナー違反に当たる。そういったトラブルは後々面倒くさいことになることが多いので、できるだけ関わりたくない。
しかし、劣勢になっていた場合は当然助太刀をすることは有りな訳で。恩を売れれば、もしかしたらご飯にありつけるかもしれない。
暫く迷ったあと、空腹が勝った俺は戦いの場へと駆け出した。
☆
「悉く俺様は運が良い」
茶色の肌に、頭の左右から角を生やした男が呟く。どこからどう見ても人間には見えないそれは、目の前の光景にほくそ笑んでいた。
男の眼前には一台の馬車と、馬車を背にして周りを囲う鎧を着た集団。その集団を更に取り囲む熊に似た赤い魔物の群があった。
馬車を守る鎧の集団とそれを攻める魔物の群。という構図だ。
鎧の集団について男は知っていた。銀を基調としたお揃いの鎧。手に持つ武器の悉くは、両刃の両手剣。間違いなく、この国の騎士団である。
騎士団が集団で守る馬車。その中に乗っているのが重要人物であることは明白であった。しかも、この集団には魔術師がいない。厄介な連携を組まれることも無いのだ。
「護衛共は殺せ。馬車の中の人間を引きずり出せ」
そう言って、男は魔物達をけしかけた。
レッドグリズリーと呼ばれる熊型の魔物は魔力こそほとんど持たないものの、膂力に優れる。そして、騎士団もまた魔術の扱いは苦手であり、剣による戦闘を得意とする。ゆえに戦いは近接戦がメインとなった。
「……ふん。この程度の敵すらやれんとは。所詮は雑魚か」
暫しの間、傍観していた男が悪態をつく。
力だけなら圧倒的に有利な魔物であったが、騎士団を相手にすると一筋縄ではいかなかった。
騎士団は必ず二人以上で魔物と相対し、一人が狙われたら狙われた方が防御に徹し、もう一人が隙を突く。そうやってお互いに、カバーし合って戦うことで隙を無くしていた。
一方、魔物側はあくまで個による戦いしかしない。複数の魔物で襲いかかったとしても、動きがバラバラなのだ。個の集団と、統率の取れた集団。どちらが有利かは明白であり、魔物側にはそれを覆すだけの強さが足りなかった。
「悉く気に食わんな。俺様直々に手を出さねばならんとは」
男はそう言うと、魔力を右手に溜め、無造作にそれを揮った。無詠唱で放たれたそれは、中級魔術であった。
男の前に生じた風が真空の刃を生み出し、鎌鼬となって前方に突き進む。そのまま魔物ごと騎士団の数名を引き裂いた。
「こいつ、味方まで巻き込んで魔術をっ!?」
「くそっ。魔族と思われる奴が魔術を行使したぞ! 皆、気をつけろ!」
「ふん、役に立たん雑魚など死んでも構わん。むしろ、俺様の魔術の錆となれることに悉く感謝するが良い」
そう言って、魔術を連発する魔族。魔物にも被害が出るが、それ以上に騎士団への被害が甚大であった。魔族の魔術は風を媒体としているため、目に見えない。狙われた騎士に避ける術はなかった。
いつしか騎士団側が劣勢となる。
「……ここまでか。皆聞け! 俺が奴を抑える。その間に、お前らは全力で退路を切り開け。姫様を絶対に逃がすんだ!」
と、騎士団の中でも先頭に立つ男が、仲間へと話しかけた。余裕のない状況での発言のためか、怒鳴り声に近い。
「な! 隊長を見捨てるようなことなど出来ません」
「それで全滅する気か! 目的を履き違えるなよ」
部下と思われる騎士が反発するが、すぐさま隊長と呼ばれた男が切り返す。部下の騎士はその返しに言葉を詰まらせる。
「しかし……」
「撤退した後はショーン、お前が代わりに指揮をしろ」
そう言うと、話は終わったとばかりに隊長は一歩前に出た。そして腕を組み、佇む魔族へと剣を向けた。
「全く、こんな所で魔族と鉢合わせるなんてな」
「何、貴様らは運が無かっただけさ。そして俺様が貴様らを見逃すなどあり得ん」
言うと、魔族が手を掲げた。その手に魔力が再び集中していく。
魔術を打たせまいと隊長が詰めよろうとするも、魔族が魔術を放つ方が速い。
「仲間ごと吹き飛ぶがよい。『ウィンドエッジ』」
再び、真空の刃が生まれる。
不可視の魔術を躱す術は隊長には無かった。しかし、魔族の腕の動きから、魔術を放つタイミングは読める。ゆえに、隊長はあえて受ける構えを取った。
(一撃、一撃耐えれば奴に届く!)
それは決死の覚悟。
捨て身の隊長に真空の刃が届く寸前、隊長の前に影が躍り出た。
「ミスティックウォール!」
高い声が聞こえた瞬間、前方に霧が発生し、真空の刃を受け止めた。
衝突音が発生し、霧が散る。真空の刃も同時に消え去り、その場には先程の影だけが残る。
目の前で生じた光景に目を丸くしつつ、隊長は影を見た。
それはフードを被った、小柄な人間だった。
「助太刀します」
その人間はこの場にそぐわない可愛らしい声で、そう宣言した。