07 憂さ晴らし
「助太刀します」
騎士と見られる男を庇い、魔族の放った魔術を防いだ俺は、後ろを見ずに宣言した。
「――済まない、助かる」
後ろからは一瞬、戸惑った空気が流れたものの。直ぐに了承の返答がくる。
なかなかに判断が早い。
「ぬ……新手か。悉く気に食わんな」
魔族の魔術と俺の障壁。それらが衝突した余波から生じていた霧が散り、その向こうから俺の姿を見た魔族が忌々し気に呟いた。
魔族が更に魔力を練ろうとしてきたので、出の速い初級魔術『ファイアーボール』を無詠唱で放ち邪魔をする。
魔族は先程と同じく中級魔術を放とうとしていたのだろう。奴の中級魔術より俺の初級魔術の方が早く撃てるようだ。慌てて魔力錬成を止め、回避行動を取る魔族。そのままファイアーボールを連打するが、全て躱される。
当てるためには何か手がいるな。
「魔術師殿。私が前に出て奴の相手をしよう」
先程庇った騎士が横に並んだ。
前衛が時間を稼ぎ、後ろから魔術師が強烈な魔術を叩き込む。魔術師がいるパーティでの一般的な戦い方だ。
その前衛の役割をすると、騎士が提案してきていた。
「お願いします。距離を詰めるまでは俺が援護します」
「うむ。頼む」
特に断る理由も無いので頷く。そして、身体強化の魔術を騎士へとかける。当然、ファイアーボールでの牽制は続けたままである。
俺の固有スキル『重複化』による、同時詠唱。通常の魔術師には不可能な芸当に、騎士は驚いた表情を見せるが、直ぐに顔を引き締めた。
「――参る!」
騎士が魔族へと駆ける。
同時に、騎士への誤射を防ぐため、俺はファイアーボールの軌道を変えた。直線的ではなく、放物線を描くように。その切り替えの瞬間。若干の猶予が生まれた間に魔族は体勢を整えていた。自身も風の初級魔術を放ち、俺のファイアーボールを相殺していく。だが、ファイアーボールに手を取られ、騎士を迎撃することはできなかった。
騎士が魔族の懐に飛び込む寸前。騎士に当たらないように、ファイアーボールによる援護をやめる。
その瞬間に騎士が狙われないか心配したが、無事魔族に取りついた。
「ちぃっ。煩わしい!」
騎士の振るう剣を、魔族が腕で受ける。鈍い金属音。腕を硬化させているのか?
魔族が反対の腕を振るい騎士を貫こうとするが、それを騎士は盾で受ける。互角の戦いが繰り広げられる。
どうやらこいつには前戦った魔族の、反転の魔術みたいな反則技は無いようだ。それに魔術の技量もそこまで高くは無い。それを確認した後、俺は詠唱の準備を始めた。
そう言えば、俺が上級魔術を使うのなんて久しぶりだな。
勇者パーティに居た時は基本、上級魔術の詠唱が速いミレーユに任せていたからな。
――ミレーユのように強力な魔術を使う訳でも無く、地味な強化魔術しか使わない。
勇者の言葉を思い出す。収まっていた苛立ちが復活する。
ミレーユとは役割分担していたが、それ以上に俺が上級魔術を使わなかった理由は、前衛であるルノアール達が馬鹿みたいに脇を抜かれていたからだ。
詠唱をしている魔術師は無防備だ。前衛が敵を食い止められないと、詠唱に時間がかかるような強力な魔術を使うことはできない。魔術の扱いに長けた魔族ならいざ知らず、人間が無詠唱で放てるのも精々、中級魔術が限界であり、それでは威力が物足りない。
だから、ルノアールやライデンが抜かれた場合、俺がフォローに回るしか無かった。
ごく一般的な魔術師であるミレーユには無理だが、師匠に鍛えられ、Aランクになるまでソロで戦ってきた俺は前でもそれなりに戦える。
ミレーユが魔術で止めを刺すことができていたのは、俺のフォローがあってこそだったのだ。それなのに、ルノアールはそのことを全く理解していなかった。自分の無能さを棚に上げて俺を責めやがって。
あぁ、ムカつく。この苛立ちは目の前に魔族にぶつけてやろう。お前に恨みは無いが、まあ許せ。
俺は詠唱を完了させると、二つの上級魔術を同時に発動させた。
固有スキルがあるからこそできる荒業。
「『バインドフォレスト』、『ジャッジメントレイ』!」
瞬間、地面から木の根が何本も生え、魔族と魔物を一匹残らず拘束した。根は一本一本が太く、膂力の強いレッドグリズリーですらちぎれない。
「なっ。く、何のこれしき」
ましてや、魔族には完全に為す術が無かった。口だけを元気に動かして……いや、手に魔力を集中させている。
どうやら魔術で根を切り裂こうとしているようだが、もう遅い。
同時に発動させていた、もう一つの魔術の溜めが今、終わった。
俺の遥か上空で、大気が歪む。魔術によって創造された黒い球体が太陽の光を吸収し、大きな影を落とす。
「……バカな!? なぜ、上級魔術を同時に……」
突如生じた不自然な影に気づき、魔族が上を見上げ。絶句した。その視線につられ、騎士達も上空を見上げ、動きが固まる。
「裁きの光に呑まれて消えろ!」
球体から幾本もの光の柱が降り注ぐ。それら全てが魔物、そして魔族を呑み込み。
一撃の元に全てを粉砕した。
やがて、光が消える。キラキラと光の粒子が散っていく様を見ながら、誰もが言葉を失っていた。
後には魔物と魔族の死体が残るだけであった。
前戦った魔族はミレーユの上級魔術でも倒しきれなかったが、今回のは問題なく倒せたようだ。
その結果に満足して、俺は頷いた。けして、ストレスを発散できたことに満足したのではない。
それにしても、この魔術は相変わらず強力だな。その分、溜めも大きいから使い所が難しいけど。
ん? 何だ?
騎士が、魔族の死体を確認しているのを眺めていると。
ふと視線を感じ、振り返った。
しかし騎士は皆、魔物に撃ち漏らしが無いか調べたり、怪我人の手当、被害状況の確認をするために駆け回っており、俺のことは気にしていない。
気のせいか?
「魔術師殿。協力を感謝する、貴方のおかげで助かった」
訝しんでいると、声をかけられた。そちらを見ると先程魔族の死体を調べていた騎士だった。
「いえ、たまたま通りがかっただけなので」
「それでも、我々が助けられたことに違いは無い」
そう言うと、騎士が兜を外し腰に抱えた。三十歳ぐらいだろうか。厳つい顔のおっさんだ。
「改めて。私は王国騎士団一番隊隊長、カリスト・ストラードだ。魔術師殿は相当、名のある方とお見受けするが……」
「あー。えーと、カノンです。ただの名も無い魔術師ですよ……どうしました?」
わざわざ兜を外して顔を見せた状態で挨拶してきたので、こちらも顔を見せないと失礼かと思い、フードを下ろす。
言い慣れていない名前を口にしながら軽く頭を下げつつ挨拶をした後、顔を上げるとそこには驚いた顔のカリスト隊長がいた。
「あぁ、いや。……失礼ながら、カノン嬢はかなりお若いのだな」
「あー、と。そう、ですね。今年で十一歳になります」
カリスト隊長の言葉にどもる。
咄嗟に元々の自分の、半分の年齢を伝えると更に驚かれた。
「十一歳……。それであれだけの魔術を使えるとは……カノン嬢は稀代の術師だな」
「い、いえ。おれ……わ、私なんかまだまだです」
「しかしいくら優れていても、十一歳と言えばまだ子供ではないか。なぜ一人でここに? 親はいないのか?」
実際の年齢はその倍なので、カリスト隊長の賞賛に申し訳無さが増す。
更に続けられた質問にもうまく答えられず微妙に気まずい空気が流れ、もうこの場を離れようかと考えた時であった。
お腹が鳴った。それはもう盛大に。
騎士との間に沈黙が訪れた。
恥ずかしさに俯く。頬が熱い。
「ははっ。いや、すまない。カノン嬢はお腹が空いているようだな。良ければ、お礼に食料を分けよう」
「あ、ありがとうございます。すみません、気を遣わ――」
「――あなたが私達を助けてくれたんですか?」
カリスト隊長が笑ってくれたおかげで、少し気持ちが落ち着く。食料を分けてくれると言うので、お礼を言おうとしたところに、女性の声がした。
この場に女は居なかったはずだが。
そう思い振り返ると、女性が馬車から降りてきた所であった。そして、その表情は俺を見て驚いていた。
あ、これ同じやり取りを繰り返すやつだ。
これからの光景が目に浮かび、俺は小さくため息を吐いた。
本日、複数話更新予定です。
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