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おすはぴ!  作者: 美琴
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不当な対価




「どなたか、お呼びになーりまーしたー?♪」


 森の中の集落に着いて、広場の僕の止まり木に降りる。アーラはいつも、ギルドのてっぺんか、あるいは1階の屋根……ティリノ先生のお部屋の傍辺りに。

 飛んでいる最中にも何度か呼び笛は鳴らされて、それで集落からだと解ったんだけど、誰かしら。


「シス、俺だ」

「あら、ティリノせーんせ♪」


 で、大方予想通り先生が鳴らしたみたい。

 そうだよね。集落からの緊急なら、代表取締役である先生が鳴らすのは当たり前でしょうから。

 窓から僕を手招きする先生に応じて、改めてそちらへ飛び移る。

 その際、後ろから覗き込んできたアーラと先生の視線が合った気がするけど、先生の方がふいっと視線を逸らした。

 ……まだ意識してるのね先生、かーわいー。

 チラっと振り返ると、アーラの方は相変わらず勝ち誇った笑みを浮かべている。

 うん、当然だけど、こっち側からの芽生えを感じない。


「めずらしーでーすね♪ きんきゅー呼び出し、初めてです♪」

「そうだな。…まあ想像ついているとは思うが、面倒な事が起こった」


 それはそうと、窓枠にちょんと座る僕と、先生はその近くに椅子を持ってきて、眉間に深く深く皺を刻んだ表情で腰を下ろす。

 アーラは窓の外だ。基本、視線はその外。

 僕らがこうしてここで話すときは、盗み聞きしている人が居ないか、こうして見ていて貰っている。

 聞かれて困る話が、無いとも限らない。

 特に、ハーピィ優位の筈のこの同盟が、実は僕らの存亡もかかっている、こっちからもお願いした関係性だとかね。

 その辺逆手にとって、何するか分かんない人がいるからやだよね。

 先生が本当に全ての責任者なら、僕別に警戒しないのに。って、そうだったら先生も僕らの味方してくんないか。


「それで、何があったでーすー?♪」

「ああ。先日、シンセからのエルフの難民を、森で受け入れたと言っていただろ」

「はい♪ いじゅー先のみずうみも決まりましたでーすよ♪」

「……それに関して、本国から抗議が来た」

「ぴ?」


 抗議?

 きょとんとして、首を傾げる。

 僕らとカタラクタは同盟を結んでいる。これは言ってしまえば、僕らはカタラクタの属国でもなければ、配下でもないということ。

 あくまでも、同等の関係。いわば利害関係の一致で、妥協できる部分でお互い協力し合っている、という状況。

 で、例えばカタラクタに不満を持ってたり、反乱を起こしたような人間を、僕らが森で匿ったーとかならまあ、抗議や引き渡し要求が来るのは、判る。

 けど、サフィールさん達はシンセから来たエルフさん。そもそもシンセの国民ですらない。外敵に対する協力はしてたけど、エルフに人の縛りは関係ない。

 税金を納めないから、王国の保護も受けない。それに対して、うだうだ言うのは人間の勝手だ。そもそも、生活圏が違う。森は人間のものじゃない。少なくとも、この世界においてはそういう認識だ。森や山は、人間の支配領域じゃない。


「なんで、エルフさんのいじゅーに、人間さんが口出しするでーす?♪」

「本当にな……。…まあとりあえず、内容はこうだ。シンセからのエルフ達が、無断でカタラクタ国内に侵入した。本来、国境を越える時は審査や申請が必要なものだからな」

「人間の国の国民じゃない、エルフさんでもですー?♪」

「シス達は、森に入っても壊さないのであればどうぞ勝手に、という感覚のようだが、エルフが住む森はその森自体が不可侵の物になる事が多い。それを思えば、人間の領域に勝手に入ってきた事のペナルティは発生して当然だろう、という事だ」

「ああー……」


 常識を合わせてしまうと、そういう事になりかねないのか。

 まあ、僕もそこは反論しない。僕もまた、人間達が持ち込んだルールに則って、彼らにこの森での保護を約束しているのだから。

 自然のルールと人間のルール、両方のいいとこどりなんて出来るはずない。

 だからそこは、切り分けて考えている。今回エルフさんを受け入れたのは、まあ自然のルールの方かな。好きに入って、生きるなら好きにどうぞ。

 まあ、僕に利があって関係性を持つべく笛を作ったのは、人間的かなあ……。先生達との同盟程、かっちり決め事作る気もないけど。


「でも、サフィールさんたちは、せんそーで森を追い出された、ひがいしゃです♪ いわばなんみんさんです、にげてきた人たちにつうこうりょうはらえ、はさすがにひどくなーいでーす?♪」

「ああ。ハッキリ言えば、一応シンセとのそういった条約もある。住処を失い国を離れる人々を、一時的に受け入れるような約束はしているし、その場合は最低限の審査で済むし、通行料などもかからない」

「なら、今回それじゃなーいですか♪」

「それも、『カタラクタで受け入れる場合』だ。彼らは、この国にとどまらず、通り抜けて森に入っただろう」

「……。…ぴい」


 成程。

 シンセとこの森は、高い山を挟んで隣り合ってはいる。

 でも、森に住む彼らが、しかも女性や子供ばかりの団体が、オーガもうろつくっていう険しい山を越える事は出来なかったんだろう。

 だから、カタラクタを通ってこの森までたどり着いた。

 それは領域侵犯という事になる。エルフだって、勝手に森に入ってこられたら怒るそうだから、お互い様って事だ。

 で、サフィールさん達は故郷を追われてきた訳だから、事情としては難民判定をされていいと思う。

 そのままカタラクタ内のエルフの森にでも行けば、許されたんだろうけど、それをしなかったわけだから、それは勿論シンセと約束した『難民受け入れ』には該当しない。

 単に、勝手に国境を越えて、不当に人間の領域を通過した、犯罪者ってわけ。


「本国の言い分としてはこうだ。難民として森を捨てざるを得なかった事情については同情するが、不当に我が国を横断した事は事実である。故に、通行税を払う事を求める、今回に限り事後である事も認める。あるいは、我が国に正式に難民として身を寄せるのであれば、シンセとの約定の通り保護を約束する」


 要するに、領域侵犯はされたけど、一応同情の余地のある事情はあるんだし、あとからでもいいからちゃんと申請してお金払いなさい。

 じゃなきゃ、こっちの国で難民申請しなさい。悪いようにはしないから。

 ……ってことなのは解るけど、なんだこれ??

 そっちの気持ちは解るから、譲歩したるけど決まりは守れよ、みたいな? なんだろう、国の決まり的にはそうなるんだろうけど……


「ねえ、せーんせ♪ じっさい、こーゆー事情のトキも、そんな多少じょーほしてやってやるからちゃんと金はらえ、みたいなチもナミダもないかんじでーす?♪」

「……いや。国の法律やシンセとの条約に照らし合わせればこれで正しいが、ここまで応用の利かない対応をするのは、正直おかしい」


 なんか、前の世界でのお役所仕事みたいだよ!!

 決まってるからダメなモンはダメ、ってまあ、そりゃあそうなのかもだけど、ルールってのは守るから守られる、って言うのが本質でしょ?

 なのに、辛い思いしてきた人達を、やっと安住の地が見つかったってのにそこから引きずり出すのって、情ってものはありませんの?

 そういうものなの? って先生に聞いてみたら、冒頭からの眉間の皺はそのままに、腕を組んで不服の様子。


「国に所属する人間ならともかく、エルフは本来どの国にも属さない。領域侵犯と言えばその通りだが、エルフとて人間が村を焼け出されて逃げ込んだ先だったとしたら、手荒く追い返すような真似はしないだろう」

「そう、ですよーね♪ よほどの人間キライさんでもなければー…♪」

「特に彼らは、シンセで魔族の侵攻を食い止めてくれている一族の者と聞いた。むしろ恩があるくらいで、既に自ら次の住処も見つけている。であれば、静かに不問とするか、せめて金額を二桁減らすか……」

「え、つーこーりょー、おいくらでーす?♪」

「一人頭、4000アウル


 ……えっ。

 えーと、確か1Aで100円くらい、っぽかったはずだから。

 0をみっつ足して……40万。え、一人につき? 大人も子供も?

 サフィールさん達、確か20人くらいいたはず。……えっ、800万?!


「尚、不正入国と、事後申請もなかったペナルティも含まれる、だそうだ。……本来はこの10分の1以下だ。横暴以外のなんでもない」

「そこでペナルティも入れちゃうあたり、ホントにじょーほはしてないでーす、よねー…♪」

「カタラクタに難民として入らない以上、単に領域侵犯の犯罪者という事だな」


 なんて融通の利かない!!

 しかも、普段人間の街で暮らさない彼らが、人間のお金持ってるとも思えない。

 これ、暗にカタラクタにとっとと来いって言ってるのと同じじゃない?!


「なんで、そんなゆーずーきかないですか……♪」

「……本国は、…いや、たぶん首謀者はあの馬鹿大臣なんだが」

「ぴ? センセをここにけりだしたヒトでーす?♪」

「ああ。去年の夏、馬鹿が魔道具生産管理に任命されたって話をしたのを、覚えているか?」

「はい♪ なつでこれからあついのに、エルフさんたちにじゅーろーどーを、させないかってお話ー……♪」


 あっ。察した。

 そうか。つまり、やっちゃったのか。それを。

 目先の欲かはたまた隣国の危機への盲目的な正義感か、無理をさせた国内のエルフさん達がバタバタ倒れて、魔道具生産の数が落ち込み、慌てた大臣さん。

 そんな折、無断で国を横断してったエルフ達がいる。

 これは丁度良いと、難民保護を名目に、新しいエルフ達を補充する……

 ……え、なんなの馬鹿なの??

 そんな場当たり的な対処で、その場をしのぐ以外の何が出来るの??


「あれでなー……各エルフの森から、厳重抗議が来て。当たり前なんだがな、出向してきてくれていたエルフの術師、その7割が倒れ、後遺症まで残る者が数人いた訳だから……」

「うーわー……」

「体調を崩したものも、無事なものも、揃って森に帰った。勿論それとは関係なく街に居るエルフも居るし、人間の術者もいるんだが、生産効率落ちる落ちる」

「でしょーうねー…♪」

「このまま行けば、エルフの森との国交断絶も見えてくる。当然あの馬鹿が責任とって首が飛ぶのも時間の問題。そんな時に、森に所属しないエルフ達の一団」

「とりあえず、そのエルフさんたちにおしごとさせて、ばをもたせてー。なんとか森と仲直りしよー、ってしてるですね♪」

「そういう事だな」

「バカなの?」

「馬鹿だろ」


 自業自得もいいとこじゃないか。無理させられた、エルフさん達可哀そう。

 サフィールさんが知ったら、益々人間キライになりそうだなあ。伏せとこ。

 ていうか、もう首切っちゃっていいんじゃないかなって。あ、役職的な意味で。もしかしたら、国の大事な産業を壊しかねない事したんだから、物理的に切られるのかもしれないけど。

 しかも、悪あがきが猶更ひどい。

 ねえ、それ誰か止める人いないの?? その大臣さん、独断でやってんの??

 もしもエルフさん達に種族間仲間意識があるとしたら、今怒ってるカタラクタのエルフの森の皆様、激おこぷんぷん丸になって同盟にトドメ刺しちゃわない??

 僕なら、違う森だとしても同じハーピィにひどい事してたって知ったら、少なくとも絶対仲良くしようと思わないけどな……


「ヘタに、言い分だけはほーりつどーりなのが、はらたちますねー……♪」

「馬鹿と悪知恵が効くことは、関連性がないからな」

「うーん。…でもこれつまり、つーこーりょーをちゃんとはらえば、もうサフィールさんたちはむざいほーめんってコトでもありますよね?♪」

「ああ……。ただ、払えそうなのか?」


 先生としても、あまりに横暴だしそもそも自分を危険に晒した大臣さんの言いなりになんてなるつもりは無い。

 だから、そういった部分の裏まで僕に教えてくれるけど、しかし実際どうしたもんか。

 ……大臣さん的には、お金の価値も解らないハーピィやエルフに巨額の通行料を吹っかけて、これが正当なものだと言い切って欲しかったんだろうなあ。

 する訳ないじゃん。貴方、自分が何したか、してるか理解してるの。

 ……してたら、やらないか。やだもう。


「んー……お金、ではなくて♪ そうおうのカチのあるもの、でもいいでーすか?♪」

「構わんだろう、国で使う金を持っていない場合、現物で支払われる場合もある」

「では、エルフさんたちがじりきでそちらがしめしたきんがくと、見合うものを用意しおわたしすれば、それでいいってことですよーね?♪」


 払えないと思っているから、巨額の通行料を示して、これを払え、じゃなきゃこちらへエルフを引き渡せ……いやこっちに身柄を移せ、って名目だから。

 じゃあ、要するに払えればいいわけだ。

 勿論大臣さんは、欲しいのはお金や物ではなくエルフの人手だから、払われたって嬉しくないのだろうけれど。

 自分からハッキリそう言ってきたのだから、払って文句言われる筋合いはない。


「そういう事になるが……この森の恵みでも、すぐに用意出来る物でもないだろう。エルフ達に、大量の鉱脈を探し出し掘らせるのは酷だ、若い者ばかりなんだろ?」

「ええ♪ そうでしょーね♪」


 たぶん、エルフさん達が自分達の為に拵える魔道具は、湖や川から採取した魔石で作ってるんだろう。

 まさか、山を地道に掘らせる訳にもいかないし、そんな事してたら時間がかかりすぎる。

 今彼らが使っている道具も必要なものだろうしね。

 僕らの対価に渡そうと思えるくらいの余裕はあるんだろうけど、今回提示された金額に見合うとは思えない。…まあ、見合ってるならそれでもいいけど、後で聞こう。


「きっとボクらが手伝っても、ナンクセつけてきまーすし♪ 先生たちが手伝ったら、それこそめんどーごとになっちゃいます♪」

「……そうだろうな。本気で、うちの国の馬鹿が申し訳ない、という気持ちでいっぱいだが」

「うふふ♪ でも、ちょっとだけお手伝いをおねがいしたいのでーす、センセ♪」

「うん?」


 僕らが狩れるものを足して払ったとしても、今度は領域侵犯をした者たちの肩を持つのか、なんて面倒な言いがかりつけられても、困る。

 だから、お手伝いは直接ではなく、間接的に。

 あくまでも、彼ら自身にお支払いして頂きましょう。

 きっと不服だろうけど、それで安寧が手に入るというのなら、やってくれると思う。

 そんな無理難題を提案する訳じゃあないからね。


「……可能なのか、そんなこと」

「ええ、きっと♪ いちお、これからそーだんしますが♪」

「解った。用意が可能ならば、入れ物の準備と……それから、あの馬鹿の締め上げは俺が責任持って引き受けよう。丁度、そろそろ直接引導渡してやりたいと思ってたところだ」


 現物でお支払いって言っても、僕らは森から出ませんからね。

 運搬役の方々の荷物に紛れさせなきゃだし、抗議が来たことへの返事もしなきゃ。

 その辺の役目は、ティリノ先生に任せる。

 先生も、よっぽど色々腹に据えかねているのか、とっても悪い笑顔でその辺りの交渉事を引き受けてくれた。

 ほんと、何もかも悪いお国じゃないんだろうけど、権力のある馬鹿がいると、ホントこまるよね!!

 むしろ、なんで権力持っちゃったんだろ。…お家の力?


「それじゃー、エルフさんたちにもお話しーてきまーす♪」

「ああ」


 ひょいっと窓枠から降りて、ぱたぱたと先生に向かって右翼を振る。

 先生も手を振って見送ってくれて、アーラを連れて空へと舞い上がる。

 ほーんと面倒事ばっかりだけど、仕方ないね。他の種族や国と交流を始めると、何かが起こらない事の方がおかしいんだから。

 ただ、エルフさんを引き渡すつもりはないよ?

 サフィールさん達、いいひとだし。

 僕、まだぜーんぜんお話聞けてないし。おうち作りもみてないし!

 新たな僕の知恵袋を奪おうなんて、させません。

 ……結果、一つ手札を切る事になるけれど、相応の価値はあるでしょ。


『アーラ、たしかしょっぱいお山、また見つけたってクラベル言ってたよね?』

『え? ええ、数日前にそんな事を』

『ナイスタイミーング♪ あとでほめてあげなきゃね』


 ま、このタイミングでホント良かった。

 ほくそえみつつ、エルフさん達の湖に向かって飛んでいく。

 目に物見せてあげますよ、悪い大臣さん。うふふのふ。







 どうして無能な上司というものは存在するのか(世界の謎)


 そんなわけで、お国絡みの面倒事。

 お役所仕事極まりない。その上に横暴。だめだ早くなんとかしないと。

 一応言っておきますが、そこまでダメ国ではない。(ティリノ視点で言うと、心底ダメ国なんでしょうが……)





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