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第9章 幼すぎた証人

 ダイが空を見上げた時には、既に事が終わっていた。鈍い貫通音がした方を振り向くと、ダイの背中をかばうように仁王立ちするビャクがいた。

 その小さな腹部に、ダイの“梵矢(クシティ)”よりも巨大で、ジロウの身長までも遥かに超える蒼い銃槍を無残に突き刺したままの状態で。


「―か、は…!」


「な―、ビャク!?」

「ビャク殿!!」


 その光景を間近で見ていたジロウがビャクのもとへ真っ先に駆けつけ、自身よりも大きな銃槍をビャクの腹部から引き抜こうと試みる。ビャクこそ驚異の精神力で蒼い血を吐きながらその場に踏みとどまってはいたものの、その蒼い銃槍はジロウの剛腕の力をもってしても引き抜かれることはなかった。


「ぬぅ…!この熱量は半端なものではないぞ…!?」

「ジ、ジロウのおっさんでも、どうにもならないのか!?」


 ダイはその事実に驚きながら、それでも彼の背中を守り続けるビャクをただ見守ることしかできずにいた。

 誰の仕業なのか、とダイが再びジハトの方へ振り向くと、いつの間にかジハトを後ろから抱きしめるような格好で立つ見慣れない女性の姿があった。


「―あたしの“梵槍(アカシャ)”はー、そう簡単には抜けないよー!」


 この状況に似つかわない間の抜けた口調の女性は、紫の長髪を携え、赤いドレスを纏い、その上から白銀に輝く防具のようなモノを体中に装着している。

 ジハトを魔法使いとするならば、その容姿は騎士と呼ぶべきだろうか。しかし華奢に見える本体とそれを覆う重厚な鎧、そして状況を選ばぬ陽気な振る舞いから生じるギャップは、ダイ達に恐怖を覚えさせる程強烈なものであった。


(―コイツがビャクを…!?)


 ダイが息を飲んで凝視している先では、ジハトと謎の女性が姉弟のように振る舞っていた。ジハトは先ほどまでの緊張感に包まれた表情ではなくなっており、まるで本当の姉が助けに現れたかのように安堵と甘えの顔をしている。


「…少し遅かったね、イナバ姉さん。」

「えー?これでも早く"溜めた"方だよー!」

「当てたヒトは違うけどね。」

「そんなの聞いてないよー!」

「じゃあ、その溜まった力を見せてよ。」


 何やら不可解な話をしているようだが、ダイにとってはどうでも良かった。

 ダイはその鋭い眼をイナバと呼ばれた女性に向けて言う。


「…これはアンタの仕業なんだろ?さっさと外せよ…!」


 口調こそ冷静ではあるが、そう言うや否や血を垂れ流しそうな程強く歯を噛みしめるダイ。そんな激しい怒りの表情のダイに怯むこともなく、その女性は陽気に答えた。


「いいよー!…でも、後悔しないでねー?」


 そう言いながら、女性はその場で右手を高々と上げ、指を1回パチンと鳴らした。


 ―ドォォォォォォォォォン!!!


 その瞬間、ビャクの身体とその周囲が轟音と共に眩い光に包まれた。



 ビャクは自分の手先すら見えないような暗闇の中にいた。―いや、むしろ最初からその場には自分の身体すらなかったのかもしれない。とにかく今の彼女に見えていたのは、その身を燈色に輝かせた2人の男性が自分の前後に立ちつくしながら、共通する見えない何かを睨み付けている光景のみであった。


(…ダイにーやんと、ジロウのおじじ…?) 


 ―ではなかった。1人は眼鏡をかけた好青年といった印象で、ジロウのような力強い雰囲気ではあるものの、体格はどちらかというとダイにもっと肉をつけたような感じであった。もう1人は―"1人"と呼んで良いのだろうか―ビャクを何十人集めたらこの物体と同じ質量を得ることができるのかと思う程、縦にも横にも巨大な…一応男性であった。

 すると、ダイ似の青年が依然として視線を変えないまま、もう1人の男性に向かって叫んだ。


「―あいつ等はもう行ったか!?」


 そして声をかけられた方の男性も、はっきりとその声を受け止め、言葉を返す。


「…大丈夫だ!あとはここでケリをつけて、彼女達を追いかけるだけだ!」

「そうか、じゃあ始めるか!!」


 そんなやりとりをしながら、2人はそれぞれの身から発する燈色の輝きを強める。するとダイ似の青年が見えない何かに向かって突進していく。


「―うらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「…遅い。」


 闇の向こう側で別の声が響いた。それはとてもヒトのそれではなかった。女性の声のようではあったが美しさも鋭さもなく、代わりに聞くだけで背筋を凍りつかせる禍々しさがあった。まるで恐怖や不安といった感情そのものが声を出しているかのように。


(にゃ…あ…!)


 その声を聞いたビャクは、存在しない身体を震わせながらも、何とか今の状況を理解した―というより、思い出した。


(なんでアタイ…、またこの夢を見てるのダ?)


 思い出したくない夢と現実を同時に認識したビャクは、逃げられない空間の中でただ先行きを見守ることしかできなかった。そうしている中で、暗闇では金属が擦れあう音や衝突音が鳴り響き、謎の戦闘が激化していることをビャクに知らしめていた。


(もしかして…アタイ、もう死んじゃったのかにゃ…?)


 ビャクが先ほどの戦闘の状況を思い出し、死の恐怖が彼女の精神を支配していく。彼女が叫びそうになるのを必死に堪えていたその時。


 ―ドサッ!


 ダイ似の青年が突然ビャクの眼の前に倒れてきた。その身体中から蒼い血を大量に流しながら。


(ひ…!?)


 そのひび割れた眼鏡の奥にある両眼は完全に絶望していた。燈色の輝きはいつの間にか途絶え、完全に戦意を喪失しているようであった。ただ、唯一の救いと言えばまだ呼吸をしているということだ。


「だ、大丈夫なのダ…?」


 ビャクは恐怖心を抑え、届くかさえもわからない自分の声をその青年にかける。


「…そこに…誰かいるのか…?」


 すると青年は首と視線をビャクの方に向け、その場に寝そべったままそこにいるはずのないビャクの存在に気づいた。


「に、にーやんは…どうしてあんな怖いモノと戦っているのダ…?」

「…俺の妹分に、本当の世界を見せてやりたかったんだ…。雪と氷とあんな化け物しかない世界の真実を…。だが、今の俺等では勝ちとれるモノじゃなかった。それだけだ…。」


(雪…氷…?どこかで見たような…?)


「しかし…その口調、心なしか懐かしい感じがするな…?」


 青年は床に突っ伏したまま、血まみれの顔を反射的に上げる。

 すると、自身の姿すら見えていないビャクとその両眼が合い、その全貌を認識したのかさらに驚愕の表情を見せる。


「…お前だったのか…!!」 

「あ、アタイはにーやんのこと、全然知らないのダ!」

「知らない…?お前は”自分自身のこと”すら忘れてしまったというのか…?」

「!?」


 その言葉を理解できないままでいるビャクを余所に、青年はさらに驚愕した表情を浮かべながら言葉を続ける。


「…思い出してしまった…!!でも、もう後の祭りだ…!こうなったら、もうこうするしか手はない…。」


 青年は意味深な言葉を吐きながら、その血まみれの右手をビャクの方に差し出す。


「"これ"をお前に託す。俺の考えが少しでも当たっていれば、お前も”これ”が使えるはずだ。ただ、かなりハイリスクな賭けだがな。」

「…ど、どういうことなのダ…!?」


 混乱するビャクを余所に、青年は急かすように言葉を続ける。


「お前はまだ戦えるはずだ。だから―。」


 そう言いながら、青年は右手を蒼く光らせる。


「―”お前は誰よりも先にいけ”!」



 轟音が辺り一面に鳴り響いた後、その場は蒼い粉塵で覆われていた。近くにいたダイとジロウは反動で吹っ飛ばされ、砂の山に身体を埋める形になってしまっていた。


「ビ、ビャク殿!!」


 砂に埋もれて身動きできないまま必死に叫ぶジロウ。その後に続けて叫ぼうとしたダイが蒼い粉塵の隙間から見えた光景を見て一瞬息を飲んだ。


「ジ、ジロウのおっさん…!あ、あれは…!?」


 そこにいたのは、先ほどの状況からは想像し難い姿のビャクが立っていた。

 貫かれていたはずのビャクの腹部からは蒼い煙が立ち上り、その手前には爆発の元と思われる“梵槍(アカシャ)”の残骸が転がっていた。


「ビャク殿!?無事…なのか?それよりも―。」


 あの爆発の中で平然と立っているビャクの姿にも驚いたが、ダイとジロウが驚いたのはそれだけではなかった。


「その右手にあるモノは…何なのだ!?」


 ジロウが指摘したビャクの右手には、蒼く輝く巨大な剣が握られていた―というより押さえられていた。


「な、なんで無事なのー!?“梵槍(アカシャ)”の零距離放射は避けられるモノじゃないよー!?」

「こ、これは…このヒトの能力の産物ではない!まさかこれは…!!」


 一部始終を見ていたジハトとイナバも、驚きを隠せない様子でいた。

 この状況を半分受け入れ、半分は信じがたいと思う者が1人いた。


(…このバカデカい刀身と、圧倒的な防御性能。そして何よりもこの形状は…間違いない、ぼくはこの剣を見たことがある!ただ、これもあの本の伝説じゃないのか…?)


 ダイはこの大剣に見覚えがあった。そして何の確証もなかったが、その名を言わずにはいられなかった。その名と存在を認めることが、今のこの世界の均衡の崩壊につながるとも知らずに―。


「―“梵剣(スタマプラ)”だ…!!」

続きます。

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