第2話:Fランクの鑑定士と、折れた魔剣の乙女
「……ふあぁ。よく寝た」
安宿の硬いベッドの上で、俺は大きく伸びをした。
昨夜は久しぶりに、ゼクスたちの装備のメンテナンスをせずに眠ることができた。おかげで目覚めは最高だ。
これまでは深夜まで五人分の全装備に神級付与を重ね掛けし、早朝には彼らの朝食を用意しなければならなかった。今思えば、あれは冒険者ギルドの規定すら無視した過酷な労働環境だったな。
「さて、まずは当面の生活費を稼がないとな」
俺は身なりを整え、王都の隅にある『下町の冒険者ギルド』へと向かった。
中央の豪華なギルドと違い、ここは古びているが活気がある。Fランクに落とされた俺には、これくらいが丁度いい。
ギルドの扉を開けると、酒と汗の臭いが鼻をついた。
掲示板に群がる冒険者たちを横目に、俺は手頃な依頼を探す。
「『薬草採取』……『下水掃除』……。まあ、Fランクならこんなものか」
その時だった。
「――頼む! この剣を、なんとか修理してくれないか!」
ギルドの隅にある受付カウンターで、悲痛な叫びが上がった。
見れば、銀色の髪をポニーテールにした少女が、カウンター越しに職員に詰め寄っていた。
背中には立派な甲冑。だが、彼女の手元にある鞘からは、無残にも半ばで折れた剣が覗いている。
「お嬢ちゃん、無理だって。それは『魔銀』で作られた特注品だろ? 王都一番の鍛冶師でも、打ち直すには一ヶ月はかかるし、金貨百枚は下らないぞ」
「そんな……。今日中にこの剣を直さないと、故郷の村を襲っている魔物を倒しに行けないんです……!」
少女――フィリアと名乗った彼女の瞳には、絶望の色が浮かんでいた。
彼女の装備を、俺の『鑑定』……いや、『神の理』で覗いてみる。
【鑑定結果】
・名称:魔銀の長剣(破損)
・状態:核となる魔力回路が断裂。通常の鍛冶では修復不可。
・備考:持ち主の強い意志に反応する特性がある。
「……なるほどな」
回路が切れているだけなら、俺の付与術で繋ぎ直せる。
それに、彼女の必死な姿を見ていると、昔の自分を思い出して放っておけなかった。
「あの、もしよければ、俺がその剣を見てみようか?」
「え……?」
フィリアが驚いたように振り返る。
彼女の視線が、俺の胸元にある『Fランク』のプレートに止まった。
「……あ、あの。お気持ちは嬉しいのですが……。これは専門の鑑定士でも匙を投げた代物で……」
「まあ、見るだけならタダだよ。俺、これでも鑑定とメンテナンスが専門なんだ」
俺は努めて明るく笑ってみせた。
彼女は少し迷った様子だったが、わらにもすがる思いだったのだろう。震える手で折れた剣を俺に差し出した。
「……お願いします。どうか、少しだけでも……」
俺は剣を受け取ると、人目に付かない隅のテーブルへと彼女を案内した。
「(さて……『神の理』起動。構造を再構築、強度は……まあ、元の百倍くらいでいいか。ついでに『自動研磨』と『重力軽減』も付けておこう)」
俺の手が剣をなぞる。
微かな銀色の光が走ったが、俺の技術があまりに高すぎて、素人目には「汚れを拭いている」ようにしか見えなかったはずだ。
「よし、できたよ」
「……はい?」
フィリアが呆然とした声を出す。時間はわずか一分足らずだ。
「あの、今、何をしたんですか? 布で拭いただけにしか……」
「いいから、抜いてみてくれ」
彼女は半信半疑のまま、柄を握り、ゆっくりと引き抜いた。
――キィィィィン!
澄んだ金属音がギルド内に響き渡った。
抜かれた刀身は、折れる前よりも鋭く、そして神々しいまでの光沢を放っていた。
繋ぎ目などどこにもない。それどころか、剣そのものが意思を持っているかのような、圧倒的な魔力を帯びている。
「な……っ!? 直って……いえ、これ、元の剣より凄いことに……!?」
フィリアは目を見開き、プルプルと手を震わせている。
「ついでに切れ味も良くしておいたから。これなら大抵の魔物には負けないと思うよ」
「ついでって……。これ、伝説の聖遺物並の気配がしますけど……!?」
その時、ギルドの喧騒がピシャリと止まった。
他の冒険者たちも、フィリアの持つ剣が放つ尋常じゃないオーラに気づき、全員が硬直している。
「おい、あの剣……なんだよ。見てるだけで肌がピリピリするぞ」
「Fランクのガキが、なでただけで直したのか!?」
ざわざわと周囲が騒ぎ出す。
まずい、ちょっとやりすぎたか。俺は「あくまで応急処置だよ」と誤魔化して、その場を立ち去ろうとした。
「ま、待ってください! あなたの名前は……!?」
「俺? レイル。しがないFランクの鑑定士だよ。じゃあ、依頼頑張ってな」
俺は足早にギルドを後にした。
背後で「レイル様! ありがとうございます!」と叫ぶ彼女の声が聞こえたが、振り返らずに手を振った。
一方その頃――王都付近のダンジョン
「――クソッ! なぜだ、なぜ倒せない!?」
勇者ゼクスは、いつもなら一撃で屠れるはずの雑魚モンスター、オークを相手に苦戦を強いられていた。
「ゼクス、危ないわ! ――『火炎球』!」
魔導士ミレーヌが放った魔法は、杖がボロボロなせいで威力が半分以下に落ち、オークの皮膚を少し焦がしただけで霧散した。
「ぐああああっ!」
重戦士ガストンの大盾は、オークの棍棒をまともに受けて、紙屑のようにひしゃげた。
「ひ、治癒魔法が……届かない!? 聖印が壊れているせいで、魔力が通らないわ!」
聖女エルナが悲鳴を上げる。
これまでは、レイルが「神級付与」で装備の性能を極限まで引き上げていたからこそ、彼らは適当に戦っても勝てていたのだ。
その「バフ」が切れた今、彼らの実力はBランク程度まで暴落していた。
「あいつだ……あのゴミ鑑定士、レイルの仕業だ! あいつが何か呪いをかけていったに違いない!」
ゼクスはボロボロになった聖剣を握りしめ、憎しみを込めて吐き捨てた。
自分たちの傲慢さが招いた結果だとは、微塵も思わずに。
「探せ! 何としてもレイルを見つけ出し、呪いを解かせろ! 従わないなら、力ずくでも連れ戻すんだ!」
落ちぶれたSランクパーティの叫びが、薄暗いダンジョンに虚しく響いた。
第2話:完
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