第5話「軍の判断」
軍の会議室は、いつも同じ匂いがしていた。
金属と空調と、乾いたコーヒーの匂い。
人の気配はあるのに、人間味だけが削ぎ落とされている空間。
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巨大な戦術ホログラムが中央に浮かんでいる。
そこには、彼女の戦闘データが表示されていた。
動きの軌跡。
敵殲滅率。
戦場再現ログ。
すべてが数値化されている。
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「結論から言う」
一人の将校が口を開く。
「彼女は“再現可能”だ」
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空気がわずかに揺れる。
だが誰も驚かない。
むしろ当然の結論として受け止めている。
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「戦術パターンは固定化されている」
「意思決定は演算モデルに依存」
「個体の感情は誤差範囲」
言葉は冷静だった。
感情を排除した結果としての正確さ。
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「ならば、データ化すべきだ」
別の声が続く。
「個体依存はリスクになる」
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ホログラムが切り替わる。
彼女の動きが分解されていく。
フレーム単位で解析された戦闘。
そこには“人間”の痕跡はほとんど残っていなかった。
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誰も悪意を持っていない。
むしろ合理的だった。
それが一番厄介だった。
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「彼女は英雄ではない」
誰かが言う。
「戦力資源だ」
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その言葉は、会議室に静かに落ちた。
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主人公はその場にいた。
末席。
発言権はない。
ただ記録要員として同席しているだけ。
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だがその言葉だけは、
妙に耳に残った。
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——戦力資源。
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彼女は、人ではなくなるのか。
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その疑問すら、
ここでは意味を持たない。
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会議は続く。
次は量産化計画。
データ抽出方法。
戦術最適化アルゴリズム。
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彼女はすでに“現象”として扱われていた。
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主人公は拳を握る。
だが、何も言えない。
言えば壊れると分かっているからではない。
言っても意味がないと知っているからだ。
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会議の最後。
議長が静かに言う。
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「戦力として最大効率で扱う」
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それが決定だった。
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誰も反対しない。
誰も疑問を持たない。
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それが一番恐ろしかった。
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会議が終わる。
椅子が引かれ、資料が閉じられる。
いつもの日常に戻るように。
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主人公は最後に一度だけ、
ホログラムを見上げる。
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そこに映っている彼女は、
もう“彼女”ではなかった。
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ただの戦術構造。
ただの最適解。
ただの資源。
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(あいつは……これでいいのか?)
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答えはない。
ここには、答えを出す機構が存在しない。
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彼は部屋を出る。
廊下は静かだった。
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だがその静けさは、
平和ではなかった。
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何かが決定された後の静けさだった。




