1-8 三次選考の結果
オーディションがテレビ番組の企画の一部と知らされたメンバー。戸惑いながらも選考会突破を目指す。
「ふっざけやがって、あのトッチャン坊や!」
千鶴はぎりりと奥歯を噛みしめながらカメラマンの横に立ってメンバーの練習を見ている柴田を睨む。
「よりによって、なんで田丸に美味しい仕事回してんのよっ」
心の声が隣に立つベースボールキャップのディレクターに漏れ聞こえそうだ。
「どうかしました?」
「いえ、別に」
千鶴のそっけない返事にディレクターの古目谷伸二は、もの足りなそうに横目で千鶴を眺める。ようやく出来た会話のチャンスを広げたい。
「なかなか、個性的なメンバーが揃いましたね」
古目谷の言葉の途中で千鶴がスタスタ歩き出してしまい、ぼそぼそと語尾を萎ませる。
「こうなったら意地でも結果出してもらうわよ」
千鶴に闘志が宿る。すたすたと歩いて行った先ではダンスコーチの一人が四人相手に指導している。
どうやら身長順に二チームに分けたようだ。今、千鶴の目の前にいるのは平均身長155cmの四人。だいたい似たような背丈をしている。背の高い順に相沢恵子、守島花怜、柏葉美里、玉置唯だ。
見たところ、ダンス経験はなさそうに見える。それでもケイコは持ち前の運動神経の良さと勘の良さで指導についていっている。カレンとミサトは、なんとかといった感じ。ユイに関しては相当苦戦している。
「なるほど、歌は抜群だったけど、ダンスはからっきしね。ユイちゃんは」
顔を赤くして汗をかき、戸惑いながら指導を聞くユイを見ていると少し可哀そうになる。
背も低く童顔のせいもあって、悲壮感がにじみ出て気の毒になる。
「カレンちゃんとミサトちゃんは。ま、普通の素人さんレベルね。伸びしろは・・・あるのかしら?」
良くも悪くもなく、普通。直向きさは買いたいと思える。
「ケイコちゃんは、伸びるわね。すぐうまくなるわ」
なかなか覚えられず、戸惑ってはいるが、動きのひとつひとつのキレが良い。動きを把握してリズムに乗れたら、化ける。
「うーん。まあ。もしも、すぐ審査されたら全員落ちるわね・・・」
続いてもう一組の方へと向かう。
身長順でいくと、知花紬、桐島理子、安倍澪となるが、あまり身長差が無い。ほぼ同じ背丈をしている。三人とも背が高くスタイルも良い。さらには容姿も良い。今すぐこのメンバーでユニットが組めそうだ。
ダンスも上手い。リズム感もキレもある。ツムギの動きには力強さがあり、風を切り裂く音が聞こえてきそうだ。リコは基本に忠実で正確。ミオは日本舞踊のような、しなやかさを纏い、優雅に舞うように踊る。
「あら、これはもう。合格圏内ね、きっと」
千鶴は思わず見とれる。
「ってゆうか、これより上のレベルをキープしてる訳?しかも、あの子に任せてるとかって。あーまた腹立ってきた」
あの子というのは同じ時期に入社した田丸由香里のことだ。柴田が言うには他にも選抜メンバーがいて、そのマネージャーを田丸に任せてるような話をしていた。田丸とは不仲という訳ではないが互いにライバル視しているところがある。何かと鼻につく発言が多く、顔を合わせると、ろくなことが無い。
独り呟く千鶴の側にベースボールキャップのディレクターの古目谷伸二が近づいてくる。
「あのー」
「は?なに?」
想像の斜め上をいく、キツイ返事に思わずのけ反る古目谷。
「ああ、やだ。ごめんなさい」驚いて硬直している古谷に対して千鶴が慌てて謝罪する。
「いえ、いいんですけど、えーと。ちなみにどういった立ち位置になるんでしょうか?」
「え?なにが?」
「いや、そちら様が」
「私?私はとりあえずこの子達のマネージャーみたいなもんですけど」
「あ、マネージャーさん・・・」
「え、なに?なんですか?」
「いや、さっきからですね。カメラにですね。いい位置で入り込むんですよ。なんかこう、まるでコーチみたいな感じで・・・」
「え?あ、まずい?」
「いや、まずいってゆうか。その・・・これ、テレビになるんで、そしたら見てる人が、この人なんだろってなると思うんスよね。それぐらい、凄い、いい位置に映りこんじゃってるんで・・・」
「えぇ?」
千鶴が振り向くと、カメラのレンズが真っすぐに自分を捉えている。
「あ、あー。そうね。あー。失礼しました。邪魔ですよね。はい。よけまーす」
千鶴はすごすごと壁沿いに退避する。柴田がその様子を見て楽しそうに笑いをこらえている。
それが視界に入ってまたもや千鶴に苛立ちが湧き起こって来る。
「よーし、いったん休憩してくれ。15分。水分とって休んで」
柴田が声をかける。
ダンスコーチが一旦その場を離れる。
七人のメンバーもそれぞれ汗を拭き、水分補給をする。
壁にもたれて座り込むケイコとカレン。
「やっば。全然できないわ」
「そんなことないよ、ケイコちゃん、すごい出来てる」
「あ、ケイコでいいよ。あたしもカレンって呼んでいい?」
「あ、うん。もちろん!」
「ってかさー、あっちの高身長チーム。ちらっと見たけど。こっちとはレベルが違うね」
「あー。そうだね。スタイルもいいし」
「スタイルはまあ、置いといてさ。ふつーに上手い。やってたな、ありゃ」
「ああ。そうかも」
「カレンもさ、どっかで習ったことある。いや、ないか」
カレンはダンスの基礎を指導してくれた、社交ダンスをしている町内会の鮫島さんの顔を思い浮かべる。まったく身についていないことを自覚して申し訳なく感じる。
「うーん。少し習ったというか。コツを聞いたというか・・・」
「え、それで?」
「えぇ?」
「え!?あ、ごめんごめん。でもさ、ちょっとうちらのレベルじゃ戦えない気がするね、向こうとは」
二人は高身長の三人が休んでいるほうを見る。
三人は互いに距離をとり、特に会話をするでもなく汗の処理と水分補給をしながら休んでいる。
カレンは周囲を見まわす。自分達と少し離れたところで柏葉美里と玉置唯が並んで座っている。休憩時間が終わりコーチ達が戻って来る。
練習が再開される。コーチによる指導はお昼時間まで続いた。
「じゃ。昼休みを取ってくれ。13時から再開する」
そう言い残して柴田達スタッフがスタジオを出て行く。
「まさか、お昼またぐとはねぇ」
ケイコがカレンに言う。
二人は一緒に食事に向かう。カレンがミサトとユイのところに駆け寄り食事に誘う。
4人でどこかに食べにいくことにした。ツムギ達のことも気にかかったがさすがに七人は大人数になる。
ケイコにも相談してみたが、あちらはあちらで食べに出るだろうということになりスタジオを出た。
ビルを出てすぐのところに小さな軽食店があったのでそこに入ることにした。
各自ランチをオーダーする。
「ってゆうかさ、いきなりテレビに出るってことだよね」
「あ、そうか。そうだよね。わぁー、なんか恥ずかしいな」
「ま、有名になりたくて出て来たんだから、いいかぁ」
「ポジティブだねケイコは」
「え、なんで?どうせテレビに出ることになるでしょ?デビューしたら」
「そりゃぁそうだけど」
「二人って、知り合いなの?」
並んで座るカレンとケイコの正面にミサトとユイが座っている。出会って間もないはずなのに意気投合している二人の会話を見ていたミサトが尋ねる。
カレンとケイコは前回のオーディションからの一連のいきさつを説明する。
「ミサトちゃんも、ミサトって呼んでもいい?」
「いいよ」
「私もユイでいい」
「オッケー、みんな呼び捨てでいこう」
ケイコが仕切る。すかさずミサトとユイに出身地を尋ねてみる。
「私も田舎だよ、福井県」ミサトが答える。
「福井県?九州?」
「ちがうよぉ!」
「それ福岡じゃない?」
ケイコの間違いをカレンが正す。
「え、ちょっとゴメン。私地理苦手なんだよね、福井ってどのへんだっけ?」
「日本海側で四国の反対側ってゆうか」
「四国!四国はさすがにわかる、その反対側って・・・、ごめん、やっぱピンと来ないな。福井って何で有名?」
「えっとねぇ、出雲大社が近くにあるかな」
「出雲大社!! それは流石に聞いたことあるぞ!」
「有名だよね!」
「あと、恐竜とか眼鏡とか」
「へぇ~、それは知らないなぁ・・・」
「だよねぇ~」
「ユイは?どこ?どこ出身?」
「埼玉」
「埼玉は流石になんとなくわかるわ、関東だよね。正確な場所はピンとこないけど」
「来ないんかい!」
「えー、じゃあカレン書ける?地図とか書ける?」
「いや、それはちょっと、書けないかもだけど、東京の隣だよね?」
「うん」
「それぐらい私だってわかるし」
「ハハハ」ミサトがカレンとケイコのやり取りをみて笑う。
「埼玉って何があるんだっけ」
「何にもない」
「え、まさかぁ」
「何も無い事で有名」
「えーそうなの?流石にあるでしょ、秋田ならキリタンポ、青森は林檎。みたいにさ」
「うーん。サッカーチームとか、国民的アニメとか」
「国民的アニメ?」
「パステルちんちゃん」
「あー!あれそうなの?」
「主人公家族が住んでる」
「へーぇ!」
「あとは埼玉スーパーアリーナ」
「あー、コンサートとかするとこね」
「うん」
「ってゆーかさ、ユイ、めっちゃ歌うまいよね」
「それ!」
「私もおもったぁ」
ケイコの発言にカレンとミサトも同意する。
「はっきり言って、歌だけで一人選ぶとしたら、ユイで決まりだね」
「そんなことない」
「いや、ある。と思う。ちょっと私達と次元が違った」
「うん。悔しいけど」
ケイコ、カレン、ミサトが順にユイの歌唱力を称賛する。
「でも、あたし、ダンスとかできないし」
「あー、それはそうね」
「ちょっとケイコ」
「いや、ってゆうかさ、選考課題にダンスとか無いわけじゃん、それで急にダンスの腕前見せろっつったってさ、できないっつーのよ」
「でもケイコ、出来そうな感じしてたよ」
ミサトが言う。
カレンとミオも深く頷く。
「あそう?ま、運動神経いいからね」
「否定しないんだ」
「そこはまぁ、取柄みたいなとこだからね」
「それにしても、なんなんだろうね、この選考会。いきなりテレビ番組にするとか、私達七人だけで選考会とかって。私、未だに理解が追い付いてない」
ミサトが不安げな表情で言う。
「それなんだけどさ、私達、そのテレビの企画に選ばれてる時点で合格してるってことじゃない?」
「合格?してるの?」
「だってさ、その番組の主人公に選ばれたんでしょ私達。だったらある意味もう合格してるよね」
ケイコが持論を展開し、重ねてカレンの疑問に答える。
「でも全員合格もあるし不合格もあるって」
ユイがぽそりと言う。
「そんなのハッタリよね。緊張感、煽ってさ、ウチらを焦らせてさ。番組を面白くする為の演出じゃない?だって今のままいったら、私達ダンスで落ちるよ間違いなく。」
「他にも何人か集めて同じことやってたりして」
ミサトの発言に皆静まりかえる。
そこにそれぞれがオーダーしたランチが運ばれてくる。
ひとまず四人は食事をはじめた。
「さっきのミサトの説だけどさ、なんかありそうで怖いね。他にも何組か同じことしててさ、そこで選考会してて勝ち残った人間でグループ作るとか」
「ありそう」
ケイコの考えにカレンが答えて皆が頷く。
カレンのその想像は、概ね真を捉えていた。
「つーことは、油断してちゃアカンってことか」
「あくまで仮説だけどね」
「どちらにしても、真面目に努力しないと残れないってことよね」
ケイコ、ミサト、カレンが言い、ユイが頷く。
四人は口数が減ったまま食事を進める。
最初の明るさは消えていた。
午後の開始時間になりメンバー、スタッフが揃って再会する。
1時間程して動きがあった。
高身長の三人はある程度動きをマスターしたので自主練習に入り、スタッフ二名体勢でカレン達四人を見ることになった。カレンとケイコ。ミサトとユイに分かれて指導する。
やはりケイコは吸収が早い、かなり動きを理解して様になってくる。
カレンはなんとかついていく、ケイコもカレンにアドバイスしたり、ペースを合わせてくれるのでカレンはありがたかった。
やはり、苦労しているのは玉置唯だ。抜群の歌唱力を持ちながらダンスのリズム感はからっきしだ。かといってミサトも余裕が無い。
さらに1時間が経過する。
「さーて。一度全員でやってみようか」
柴田が皆を集める。ダンスの腕前に比例するように疲労度合いの違いが見て取れる。
特に玉置唯は顔が真っ赤で全身汗だく。髪も雨に打たれたようにずぶ濡れだ。
「とりあえず休憩だな。15分後。全員の動きを見る。休憩開始」
カレン、ケイコ、ミサトが玉置唯に駆け寄る。
「ユイ、大丈夫?」
「うん。しんどい」
三人は心配そうに声をかける。
「ドリンクは?買って来るよ」ケイコが言う。
「いや、そんな」
「どれ?切れてんじゃん。休んでな。待ってて」
ユイの返事を待たずにケイコが飛び出す。ミサトも後を追う。
カレンはユイの側についてタオルで汗を拭く。
「もう、ビシャビシャで役にたたないな・・・」
そこに千鶴が現れてバスタオルを差し出す。
「良かったら使って。練習生用にクリーニングしてあるの。今、全員ぶん取りに行かせてるわ」
「ありがとうございます」
カレンが受け取り、ユイに頭から被せる。
「大丈夫?」
「はい・・・」
千鶴の問いにユイは力なく答える。
そこにダンスコーチ達がタオルを持って現れる。千鶴は3枚受け取って残りを離れた場所で休む高身長の3人に渡すように指示する。
「はい。あなたたちのぶん」
「ありがとうございます。」
カレンが受けとるが、自分のぶんを躊躇なくユイの身体を拭くのに使う。
そこにケイコ達が現れる。
「水とスポーツドリング、どっちがいい?」
ユイは差し出されたうちから水を受け取る。
「ゴメン」
「いいよ、これも置いとくから、飲みな」そう言ってスポーツドリンクをユイの隣へ、もう一本をカレンに渡す。
「え、いいの?」
「いいよ。」
「ありがとう」
そんなやりとりを見ながら千鶴は黙ってその場を離れる。
離れて様子を伺う柴田の隣に並び立つ。
「あの子達。今日が初対面よね」
「その筈だが。」
「もうお互いを気遣ってるわ。自分が落ちるかもしれないってのに。お互いがライバルってこと、わかってるのかしら」
「さあな」
「ホントに今日の結果で決めるの?」
「ああ。」
「そう・・・」
千鶴は静かに腕組みをして全体の様子を観察する。
「ところでもう一組のメンバーだけど」
「ああ、昨日、同じことをした」
「あそう」
「一組とは言ってないがな」
「は?!」
「七組。準備してる」
「な、なな?!」
「そこから一人づつ選抜して7人組のユニットを作る。それがテレビ局からの企画提案だ」
「・・・・」
「名付けて“セブンスターズプロジェクト”だそうだ」
「ヤニ臭っ」
「なんか言ったか?」
「いや別に」
「構成作家とお偉いさんが考えた企画だ。文句は言えないさ」
「それ、あの子達に伝えないの?」
「まあ、そのうちな」
「そのうちね・・・」
ちっ。千鶴は軽く舌打ちする。柴田の耳に届いたかもしれなかいが、どうでも良い。
腕組みして人差し指でトントンと二の腕を叩くように動かす。
自分でも不思議なくらいイラついてくる。
15分が経過してメンバーが一列に並ぶ。
立ち位置を柴田が指示する。
左から知花紬、相沢恵子、守島花怜、センターに桐島理子が位置する。そこから右に玉置唯、柏葉美里、安倍澪の順に並ぶ。
左右とセンターに背が高く、ダンスレッスンで優秀な動きを見せた三人を配置。
そこに身長が低めの4人が2人づつ挟まれた形だ。
柴田の合図で曲が流れ始める。
各自の振付に精いっぱいで周りとの位置取りが不完全だ。
途中ぶつかりそうになりながら、曲は進行する。
それでもセンターの桐島理子と右の安倍澪は巧みに立ち位置を調整し、
危なげない動きを見せる。
高身長の三人はそれなり。ケイコとカレンはなんとかこなした。ミサトとミオはかなりたどたどしい。
特にミオは酷かった。練習不足の学芸会レベルだ。
「さて、残り時間、君たち7人で協力して歌とダンスを仕上げてくれ。17時になったら審査を始める。もちろん早めに申告してもらってもいいぞ。やり方もタイミングも任せる。じゃあ、始めてくれ」
そう言い残して柴田はカメラクルーの隣に下がる。
七人のメンバーは戸惑い、互いに顔を見合わせる。
ダンスコーチがラジカセを二つ持ってきて床に置く。
「使い方は?わかるよね?」
近くにいたミサトとミオが頷く。
「がんばって」
そう言い残してダンスコーチもその場を離れる。
「えっと、とりあえず、もっかい、やってみる?」
ケイコが提案する。
カレン、ミサト、ユイが頷く。
「OK」
「いいわよ」
ツムギとミオが返事をする。
リコは軽く頷いて同意する。
通して数回試してみる。
当然だが、一回目よりは二回目、二回目よりは三回目のほうが出来が良い。
しかし各自の腕前には越えられない壁がある。
4回目、曲を流そうとした時。
「私、向こうで動きの確認したいんだけどいいかしら」
桐島理子が言った。
「どうぞ、ご自由に」安倍澪が答える。
「うちも、自主練したい」
知花紬も希望を言う。
「ラジカセは二つしかないわよ」
ミオが言う。
「いいよ、ヘッドフォンでやるから」
そう言ってその場を離れる。
「私もヘッドフォン使うから、それはいらない」
リコも言い残して別方向へと歩いていく。
カレンとケイコは顔を見合わせる。
カレンがミオに向けて切り出す。
「あの、ミオさんも、もし個人練習したければ・・・」
「なに?私、じゃま?」
「いやいやいや、そんなこと無い。無いです」
「ぶっちゃけ、ウチラとじゃ、練習ならないと思うし、迷惑かけたくないから」
ケイコが言う。
安倍澪はクールな目でカレン達を見る。
「これって、一人だけ上手くてもダメなテストだと思うのよ。だから、残るわ。一緒に練習する」
「え、それってどうゆう・・・」
ミサトが弱々しく尋ねる。
「バランスと協調性じゃない?見てるのって。ダンス旨い子欲しいなら最初から審査で落とせば良いじゃない。歌声は審査済みでしょ。皆で仕上げることに意味があるのよ、きっと」
ミオの言葉を聞いてカレンがリコとツムギの方を見ながら言う。
「じゃ、じゃあ、あの二人にも戻ってもらったほうが・・・」
「でも、それは私の持論だから。そうと決まった訳じゃないわ。まずは私達だけでも動きを合わせましょ」
「そ、そうだね。そうするか」
ケイコが腰に手をやり、同意する。他の三人も首を縦にふる。
ミオが中心になって合同練習が始まった。その様子を横目に見ながら、リコとツムギはマイペースに練習を続ける。
ミオとケイコの二人と、カレン、ミサト、ミオの三人が向かい合う形でダンスする。
通しで、互いの動きを見ながら踊ってみる。、次からは随時ミオとケイコが自分の動きを止めて、上手く踊れないメンバーをアシストする。隣に並んで手本を見せたりしながら、こまめにアドバイスして進めていく。
曲を止めて苦手な部分を早送りして、動きをチェックする。少しづつ、難しい部分、苦手な部分を克服していく。
「へぇ・・・。今までのチームには無かったですね、こういうの」
ベースボールキャップの古目谷伸二が横で見ている柴田に言う。
「そうですね」
柴田が答える。
その古目谷と柴田のやりとりを腕組み姿の千鶴が横目に見る。
ダンスだけではない、歌も合わせなくてはならない。カレン達は曲の歌詞も確認しながら練習を行う。
「歌詞もダンスも覚えなきゃって、キッツーイ」
小休止を取りながらケイコがぼやく。
「でも、これで人生決まるかもだよ」
カレンが答える。
「人生って。大げさだけど、一理ある」
「私にひとつ考えがあるわ」
ミオが切り出す。
「今からダンスも歌も完璧に仕上げるのは無理があるわ。ダンスが苦手な三人は歌に特化するの」
「え?」
「賭けだけどね。どちらも中途半端になるよりは良くない?」
「でも・・・、そんなことできる?」カレンがミオに尋ねる。
「動きを抑えるのよ、少し簡素化して」
「今から?そんなの無理じゃない?」
ミサトとユイは不安そうだ。
「なら、せめて歌に集中したらどうかしら」
「ごちゃごちゃ考えてる時間無いと思うよ。」ケイコが言う。
「そう。まあ。まかせるわ」
「とにかく、もう1時間切ったし、あの二人も読んで練習したほうが・・・」
「そうね」
カレンの提案に皆が合意する。カレンはリコを、ケイコがツムギを呼びに行く。
二人が合流する。
何度か全員で歌とダンスを合わせて期限の17時を迎えた。
「よし。集合。ではこれから三次審査を行う。そこに並んでくれ。立ち位置はまかせる」
柴田が皆に向かって言う。立ち位置を任せると言われたところで、先ほどのとおりに並ぶしかない。
「ではいくぞ」
曲が流れて七人は歌とダンスを披露する。
一度目よりは格段に良い。全員歌詞も覚えて歌い上げた。
学園祭の出し物レベルには仕上がっている。
「よし。お疲れ様。15分後、結果を発表する。その間皆は着替えをして帰り支度をして集まってくれ」
そう言って柴田はスタッフ達と話合いを始める。
メンバーはロッカー室へと移動する。
「シャワーぐらい浴びさせて欲しいわね」
ツムギが不満げに言う。
「ホントだよ。うわ、汗くさっ」
ケイコも同調して不満を漏らす。
「やれるだけのことはやったし、ね、お茶して帰る?」
カレンが提案する。
「お、いいねー」
ケイコがそれに乗っかる。
「もう、会えないかもしれないしね」
ミサトが言う。
皆がしんとしてしまい、ミサトが申し訳なさそうにして慌てる。
「だね。カラオケでも行って連絡先交換しよっか」
「えー、もう歌はいいかな」
ケイコの提案にカレンが気乗りしない発言をする。
「んー、確かに。適当に甘いモノ食べて帰るか」
「甘いモノいいね。疲れたし」
ミサトの言葉に皆頷く。
「私はシャワー浴びたいから帰るわ」
「私も」
とミオとツムギ。発言はしないがリコもそんな雰囲気だ。
帰り支度を済ませてもう一度スタジオに集まる。
大人たちが横並びに待ち構えているので、皆は荷物を壁際においてその前に一列に横に並ぶ。
「では。結果を発表する。」
スタジオに緊張が走り、空気が張り詰める。
千鶴は静かに目をつむり軽く天井を見上げる仕草をして顔を戻す。
誰も気づかないことだが、その表情には悔しさが浮かんでいる。
柴田は皆の顔を見回し、集まったメンバーに結果を通達する。
「合格者は二名。桐島理子さん。安倍澪さん。以上だ。」
カメラがせわしなくメンバーの表情を捉えようと動き回る。
メンバーは硬直してその場に立ったまま動かない。
否。動けない。全員の息が止まっているかのようだ。
千鶴がチッと舌打ちをする。隣に立つ古目谷伸二がチラリと千鶴を見る。
「だが。もう一度チャンスをやる。明日もう一度だけ審査をする。」
「え?」
「は?」
古目谷と千鶴が思わず驚きの声を出す。
「ちょっちょっちょっ、明日はDチームの審査が・・・」
古目谷が柴田の隣に行き、コソコソと意見を言う。
「この上にも小さいがスタジオがある。そこを解放する。9時から18時まで空いている。自由に使っていい。18時になったら、ここでもう一度審査する」
桐島理子がすっと手を上げる。柴田がどうぞと発言を促す。
「合格した私とミオさんは参加する必要ありますか?」
一歩前に出てリコが尋ねる。
「まかせる。どちらにしても君たちは合格だ」
「どういうつもり?」
耐えられず、千鶴が口を挟む。
「どっちにしても、一人に絞るんでしょ?」
「え?」
皆が千鶴と柴田の顔を交互に見る。
「最初に言ったはずだ。合格者はゼロかもしれないし、全員かもしれない」
柴田が発言する。
「いや、ちょっちょっと、待って。セブンスターズプロジェクトとしては・・・」
番組ディレクターの古目谷が慌てる。
「もちろん。そっちはそっちで、進めますよ。それとは別案件です」
「え?は?え?」
「どういうこと?ちゃんと説明してよ。この子達で遊ばないでよ」
千鶴が柴田に歩み寄る。
「遊ぶ?」カレン達全員がそう呟きそうになる。ツムギは実際に口に出した。
「遊びじゃない。気が変わっただけだ。もう少し見てみたい。別案件として、こいつは俺の独断で預かる。俺単独の仕事だ」
「はーあ?なんなのそれ、意味わかんないんだけど」
千鶴が遠慮なく柴田に抗議する。
メンバーは意味が解らず成す術無く立っている。
古目谷は、焦っておろおろしている。
カメラマンと音声は少し興奮気味に、今目の前で起きていることを、余すところなく捕らえようと必死に動きまわっている。
次回
1-9 与えられたチャンス