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7話 将棋

「うむ! 素晴らしい合唱だったな!」


 みんなでエイトメロディーズを歌い、途中からはAR鍵盤で拙(つたな)い伴奏を始めたスラカンが、満足そうに感想を述べた。


「誰かさんの演奏がちょっと邪魔だった気がします-」


「ふん、ちょっと演奏が拙いとか、音痴(おんち)だとか、そんなことはどうでも良いじゃないか。自分が歌も演奏もうまいからといって、人をけなすのはどうかと思うぞ」


「うっ! べ、別に音痴の人を責めているわけではないわよ!」


 ミンミの攻撃に、スラカンは効果的な反撃を行った。歌に自信の無かったレッソルに、『音痴』という言葉が発せられるたびに視線が集まっていたので、レッソルは見るからに落ち込んでいる様子がうかがえた。


「まあまあ、この場はみんなが歌を楽しめたんだから、良いとしましょう!」


 ミンミとスラカンの諍(いさか)いが起こると、すかさずレッソルが仲裁に入るようになっていたが、レッソルはまだ『音痴』から立ち直ってはいなかったので、キサリーが仲裁に入った。

 ミンミは芸術家肌の気分屋で、プログラミングの天才のナミーはコミュ障気味の無口系なので、若い女性団員3人の中では常識人のキサリーの気苦労が顕在化してきた。


「ま、まあ、たしかにこの場では問題なかったわね。私の配信時には、歌で参加してもよいけど、演奏はしないでよね!」


「お! わたしもミンミさんの配信で、合唱に参加しても良いですか?」


「もちろん! ゾブソーラさんも都合が合えば合唱や観客として、生配信に生参加して欲しいわ! みんなもよろしくね!」


 ミンミの生配信にみんなで参加するという約束がされ、先ほどまでの緊張がほどけた。さらにうまく会話を続けようと、キサリーはスラカンにも質問することにした。


「ところでスラカンさんとゾブソーラさんがしているAR手袋は、もしかして将棋の対局をしていました?」


「おお、そうだ! ゾブソーラさんは結構強くて、楽しめているよ」


「いやいや、スラカンは私よりも数段強くて、一方的に教えてもらっている立場ですよ」

「へぇー、スラカンさんって将棋がお強かったの?」


 すかさずミンミが挑戦的な口調でスラカンに突っかかる。


「まあそこそこだね。去年の惑星名人トーナメントでは、準決勝で敗れちゃったので、それほどのことではないよ」


「えー! 惑星トーナメントでベスト4ってことは、ものすごく強いんじゃないの?」


 さすがのミンミもスラカンの成績にはびっくりしたようだ。


「いやまあ、たまたま対局者に恵まれただけだよ」


 スラカンも余裕の表情で答える。実際にはスラカンのいた惑星全体でも何百万人もの参加者がいたトーナメントだったので、記念に参加しただけの人達も多くいたが、勝ち進んだ人達のレベルはかなりのものだった。


「へー、でもそこそこ強いってことは、えーと、王手飛車取りだっけ? やったことあります?」


「ふふふ、王手飛車取りは弱い者同士の方が出やすいんだよミンミくん。もちろん俺が弱い頃は何度もやったしやられたよ」


「へー、そうなんだ……」


「じゃあ、スラカンさんのやってみたい手ってなんですか?」


 ミンミの替わりに、気配りの人キサリーがスラカンに質問を出した。


「もちろん憧れの手はある。ゾブソーラさんもありますよね?」


 スラカンは質問には答えず、ゾブソーラに質問を振った。スラカンはもったいぶるのが好きなようだ。


「それはもちろん、『詰めろ逃れの詰めろ』です」


「詰めろ? って何?」


 ゾブソーラの回答に、ミンミは思わずその意味を質問してしまった。隣にいたナミーに……


 ナミーは現在ではプログラミングの魔女と一部では称(しょう)されている存在だが、実は幼少期に銀河中の話題を独占したことがある天才少女だった。ナミーは5歳の時に祖父に地球のチェスに似たボードゲーム(以降は『チェス』と呼称する)を教わり、すぐにのめり込んでどんどん上手になり、6歳の時には惑星のジュニアトーナメントで準優勝し、さらに7歳で銀河のジュニアチャンピオンになってしまったのだった。7歳でのジュニアチャンピオンは従来の記録をぶっちぎっての最年少記録であり、未(いま)だにその記録は破られていない。

 ナミーは『千億人に一人の天才少女』と称されてマスコミの注目の的となり、さらにシニアの銀河チャンピオンとの記念対局でも、相手を良いところまで追い詰めてしまい、銀河チャンピオンに『今まで対局した中でも一番の強敵だった』というリップサービスまでも引き出してしまった。世間の注目とともに、やっかみや謂(い)われのない誹謗中傷まで受けることとなり、天真爛漫な少女は瞬(またた)く間に人見知りの引きこもりになってしまったのだった。それ以降、ナミーはチェスをすることもなく、ひたすらコンピュータに向き合うようになってしまった。


「簡単に言うと、自分の王様がやられそうになっていたところを、自分の一手でそれを解除し、さらに相手の王様を追い詰めること、みたいな意味かしら……」


「そうだ。さすがはナミーだ」


 スラカンはナミーの回答を肯定する。どうやらスラカンはナミーの過去のチェスの件を知っているようだ。いや、ここにいる全員がナミーの過去を知っており、それにはあえて触れないようにしていたのだった。


「へー、ゾブソーラさんはその詰めろ逃れの詰めろはやったことないのですか?」


「わたしはやったことはありません。やられたことはあります(笑)」


 ミンミの質問に、ゾブソーラは堂々と答える。やられたことはあるの件(くだり)に、一同は少しほっこりする。


「俺はやったこともあるぜ!」


「さすがは惑星ベスト4ね。じゃあ、スラカンさんの憧れの手は何なの?」


 今度はミンミがスラカンに憧れの一手をたずねると、


「それはもちろん『成(な)らず』だな!」


「成らず? ってなに? ゾブソーラさん?」


 『成らず』の意味をいったんはスラカンにたずねたミンミだが、得意満面のスラカンはすぐには回答してくれそうにないので、ゾブソーラに聞き直した。


 ゾブソーラは急いで将棋の盤面をARで表示させ、駒を動かして相手の陣地に入り成ることの説明をするが、それはミンミも知っていた。駒をひっくり返して成るのが将棋の最大の特徴であり、その特徴くらいは使節団員に選ばれた者なら当然のように知っている知識だった。


「これとかこれが相手の陣地に入っても、成らずに攻めるのは珍しくないですよね?」


 ミンミは香車や桂馬を指さしてゾブソーラに質問する。質問というよりかは、確認行為であった。


「もちろん、香車や桂馬、銀などは、成ると今まで動けたところに動けなくなってしまうこともあるので、成らないという手はしょっちゅうあります」


「で、それのどこが憧れなの?」


 再びミンミはスラカンに質問をする。


「ふふふ、歩や角、飛車は成っても動けたところに動けなくなるデメリットは存在しないのだ!」


 ちなみにスラカンの『ふふふ、歩や』の件(くだり)は、日本語で会話していないのでギャグで言ったのではない。念のため……


「もしかして、歩や角、飛車が成れるのに成らない手があるのですか?」


 今度はナミーがスラカンに質問をする。ナミーが将棋に興味を持つのをスラカンは待っていたようで、思わず笑みがこぼれる。


「そうだ! 一見何のメリットもないように見える角の成らずが、実は合理的な理由で実戦で指されたことがあるのだ!」


「時間に追われて駒をひっくり返すのを惜しんだとか?」


「まあ早指しだとそうゆうこともあったかもしれないが……」


 ミンミの突っ込みに、スラカンも苦笑して答えた。


「もしかして、打(う)ち歩詰(ふづ)めが関係しています?」


「そうだ!」


 ナミーは最後にスラカンに質問をすると、考え込むようにしながらその場を立ち去っていった。


「ふふふ、滝川会長の『角不成(かくならず)』をまずは調べたまえ!」


 遠ざかるナミーの背中に向けて、スラカンの最後のアドバイスが発せられた。



「あら、ナミーには優しいのね?」


 ミンミがここぞとばかりにスラカンにツッコミを入れる。


「まあな。これで後(のち)の日本将棋界に、ナミーが宇宙人棋士として旋風を起こしてくれれば、俺も骨を折った甲斐があったというものだ!」


「骨を折ったと言うほどの努力もしてないでしょ……」


 スラカンの尊大な物言いにあきれた感じのミンミだが、ナミーは実際この後に日本将棋界に旋風を巻き起こし、さらに地球外出身者として初の地球記録を様々に打ち立てることになるのであった。その最初の切っ掛けは、まさに『角不成(かくならず)』である。



「あら、みんなで集まって将棋しているの?」


 公園に使節船船長のキャドリがやってきた。副船長のソベリドゥも一緒だ。キャドリは42歳のニュゼン人で、バリバリのキャリアウーマンという感じだが、ユーモアも持っている。


「どうせ将棋をするなら、使節団の付属設備を使いなさいよ!」


「そうだ! 実際は我が団の付属設備なんだから、誰にも遠慮せずに使って良い物のはずだ!」


 副船長のソベリドゥもその意見に気楽に賛同する。


 実はこの使節船にはリアルな将棋盤と駒が用意されている。名目は団員のレクレーション設備として準備されているのだが、その盤駒は実はとんでもない代物(しろもの)だった。

 将棋は地球発見以降、瞬(またた)く間に銀河中に愛好者が広がり、すぐに銀河で一番の指し手を決めるトーナメントが開催されるようになった。その名も『銀河名人戦』だ。『銀河戦』という棋戦が日本では行われており、名前が一部かぶっているとの指摘もあったのだが、これ以外に適切な名前がないとの理由で『銀河名人戦』の名称のまま続いている。

 そのタイトル戦は五番勝負で行われているのだが、その1局目はこの地球使節団の使節船『シリウス』に付属する小型宇宙船『カノープス』内にて対局することが慣例となっており、カノープスの大きな窓から地球を眺めながらの対局となる。その対局に使われる盤駒が、たまたま使節船の団員達のレクレーションのために準備されていた物を使用するという名目で、使節団の付属設備が用いられるのだが、実態はそんなことはない。

 『銀河名人戦』に使われる盤駒は、樹齢数万年の森が広がる惑星から、さらに選りすぐりの木を切り倒し、一番木目が美しい部分を切り出して作られる将棋盤と、超一流の職人が手作業で仕上げた漆(うるし)の盛り上げ駒をわざわざ準備し、使節団の設備という名目で仕込んでいるものであった。実際に購入しようとすれば、団員の年収の数倍を支払う必要がある、非常に高価な代物であった。


「いやー、あれは実際にはそんな気楽に使える物ではないと思いますが……」


 いつもは尊大で自信満々なスラカンでさえ、ちょっと尻込みする提案であった。


「実は、本当に団員用の付属設備なのかという疑問がぶつけられることもあって、実際の団員の使用実績が欲しいところなのよね…… というわけで、みんなで楽しい将棋大会を急遽開きますので、このままシリウスに集合ね!」


 その後、将棋大会という名のアリバイ撮影会が開催され、参加者全員が緊張しながらの将棋対局が繰り広げられることになった。もちろん優勝はスラカンであったが、その記念撮影では疲れ果てた顔をしており、銀河中の将棋愛好家の同情を誘ったのだった。




この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・某○川九段とは一切関係ありません!

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