第75話 試練の塔
「さて、手始めに試練の塔に入ってもらおうかな」
戸惑いが広がる。
「先生。試練の塔は五年生が卒業試験で挑むと聞いておりますが……」
「別に一年坊主が挑んでも何ら問題はねえぞ。つうか俺らの頃は普通に一年が出入りしていたが」
「そんな無茶な」
「魔法が封じられたこの状態でか」
「ガタガタ抜かすな。なにも十階層全て攻略しろとは言わん。そうさな、第一階層で手を打ってやろう。課題は第一階層全員クリア、期限は一週間だ。言うなれば新入生同士同じ釜のメシを食って親睦を深める懇親会だな。せいぜい楽しんでこい」
頭を抱える生徒たち。
「一週間と申されましても……水や食料はどうすればいいのでしょう?」
「甘ったれるな。んなもん現地調達に決まってるだろうが。こいつは野営訓練だ。お貴族様の物見遊山じゃねえぞ。他に質問はあるか?」
「負傷者が出た場合はどうすれば?」
「臨機応変に対処しろ。ちなみに脱落者が出た場合、全員クリアの課題は未達と判断する」
(初っ端からなかなかハードル高いな)
伝統ある魔法使い養成機関のこと。綿密に練られた教育課程なのだろうか。
(けどあの先生、なんか腹に一物ありそうなんだよね……あたしの方ちらちら見てくるし)
ホーエンの圧に押されるように試練の塔へと足を踏み入れる一年生たち。内部は石造りの殺風景な広間となっており、床に謎の魔法陣が明滅していた。
(どこかで見たような記述……ちゅうか転移門だコレ)
「なんて横暴な教師だ」
「横紙破りにもほどがある」
貴族出の生徒たちが憤慨している。
「文句を言っていても埒が明かないわ。攻略に取り掛かりましょう」
女子の一人が率先して声を上げた。
(彼女はどこぞの伯爵令嬢だっけ。シャーリィさんとも仲いいみたいだし、所謂スクールカースト上位ってやつだね。ウェルス君は……まぁ最底辺だろうなぁ)
「マリエッタ嬢の意見ごもっともだ。ここで雁首揃えていても仕方ないし、クラスごとに分かれて行動するか」
一年生は凡そ二百人ほどで六クラスに編制されている。特に成績順ということもなく便宜的なものだった。専攻開始となる三年次からは更に学級編制が細分化されるらしい。
「それか、冒険者の顰に倣って少人数パーティに分かれるか」
「いいんじゃないか。あいつら一応ダンジョン攻略の専門家だし、少人数パーティにも何か合理的な意味があるのかもしれん」
(少人数パーティだとウェルス君ぼっち確定じゃん……いや、むしろ好都合か)
マリエッタが難色を示す。
「それは悪手のような気がするわ。全員クリアって条件が曲者よね。シャーリィはどう思う?」
「わたくしも纏まって行動するのがよいと思います。脱落者が出た場合、連帯責任になるようですし」
「ふむ、シャーリィ嬢やマリエッタ嬢がそう仰るなら全員で行動するとしましょう。――おい平民ども、僕たちの足を引っ張るんじゃないぞ」
マリエッタが渋い表情で忠告した。
「オルディス君。身分云々している場合ではないわ。そういう軽率な発言も考査の対象かもしれないわよ」
「大丈夫ですよ。あのムカつく教師は塔の外ですし」
「ここは当代魔法使いの総本山。どこに魔法の耳目があるのか知れたものじゃないわ。お気を付けあそばせ」
指摘されて鼻白むオルディス。
「と、ともかく進んでみるか。この魔法陣に入ればいいのかな。――おい、そこの平民。お前入ってみろ」
小柄で気弱そうな少年がオルディスに睨まれ涙目になった。進み出るウェルス。
「僕が入ってみますよ」
「ほう、先行偵察を買って出るとは殊勝な心がけじゃないか。よしお前、中を見てこい」
「先行するのは構わないんですけど、この転移門一方通行みたいですよ。一度入ったら報告に戻れないです」
オルディスがウェルスに胡乱げな目を向ける。
「何故そんなことが分かる」
「いや、魔法陣に記述してありますやん」
「でたらめ言うな! こんな難解な魔法陣、貴様如きに解読できるはずがないだろ」
「えぇ……」
男子の一人がとりなすように言った。
「まぁまぁ。どうせ全員入るんだ。順番なんてどうでもいいだろ。所詮学生の訓練用ダンジョンだ。そんな悪辣なトラップはないんじゃないかな」
「あまり舐めてかからないほういいぞ。先輩から聞いたけど、昔は死者も出たらしいよ」
「杞憂だと思うぞ。このダンジョンは入塔者の魔力量を検知して、難易度に補正がかかる仕組みらしい。魔法使い見習いの俺たちの魔力なんてたかが知れてるしな」
「詳しいな君」
「俺ん家は高祖父から五代続けて魔法学院生なんだ」
何やら聞き捨てならない情報があった。
(入った人の魔力量で難易度補正って……ヤバないコレ?)
どこぞの並行宇宙丸ごと魔力タンクにしているらしいクッコロの魔力量は、実質無尽蔵だとライセルトが分析していた気がする。
(とんでもない難易度のダンジョンなってたりして。ははは、まさかね……)
順次転移門を起動させ、試練の塔第一階層へと進入する生徒たち。転移先には見渡す限りの砂の海が広がっていた。
(まさかの砂漠。ゲームだとこういうのよくあったけど。幻術か、リュストガルトの何処かに転移したのか。塔の中に亜空間展開してる可能性もあるな。まぁここ造ったの例のとこのギルメンだっていうし。あの人たち神様に片足突っ込んでるしね)
ちゃっかり自分の事は棚上げする。
(いちおう現在地確認しとくか。あれ?)
偵察用の結界玉を生成しようとしたが、上手く魔法が発動しない。
(このリングのせいか。五つ均等に魔力循環させないと魔法発動阻害されるんだっけ)
「暑い――ちゅうか熱い! なんだここ」
「屋内……だよね?」
照りつける陽射しが容赦なく肌を焦がし、熱風はじわじわと体力を奪っていくかのよう。
「水持ってないぞ。どうすんだこれ」
「魔法使えないし。まずいですわね」
「全員いる? とりあえず点呼しよう」
各クラスには束ね役としてクラス役員がいる。入試の成績優秀者や家柄のいい者を抽出して学院が指名するようだ。そのクラス役員たちが集まり、何やら協議する。
「皆さんの中で魔法阻害リング外せた方はいらっしゃるかしら?」
シャーリィが全員に問う。ウェルスは瞑想して魔力循環を試みた。
(外れないな。ちゅうかトランスリングに魔力取られて循環が不安定だわ)
クッコロに戻ればいけそうな気もする。というかクッコロが本気で魔力を流せば、魔法具の魔力許容量をあっさり超えて破損する予感があった。
「……いないようですわね。この過酷な環境下、魔法なしの攻略は覚束ないですわ。まず魔法阻害リングの解除を目指すべきと考えますが如何でしょうか」
「確かに少人数でも魔法が解放されれば展望が開けますね」
「この炎天下で瞑想するのか。苦行過ぎる……」
「せめて砂丘の日陰に移動しませんか。直射日光はきつい」
「喉が渇いた……」
「くそ、魔法が使えりゃ水なんていくらでも出せるのに」
「愚痴ってないで瞑想に集中しなさいよ」
砂丘の日陰で一年生二百人が身を寄せ合い、体感で一時間ほど瞑想に取り組んでみたが、魔法阻害リングの解除に成功した者はいなかった。
「こりゃあ一朝一夕にはいかなそうね」
シャーリィが考え込み、言った。
「この中に冒険者登録されてる方はいらっしゃる? 現状に助言が欲しいのですが」
腹の探り合いのような沈黙を経て十人ほどが名乗り出る。ウェルスも目立たぬよう挙手。
「僕の場合、身分証がてら冒険者証取得したんですが、冒険者としての活動実績はないです」
「俺も同じく。何回か友人の薬草採取を手伝ったくらいですね」
「五組のシルヴィさんがけっこう本格的に冒険者活動していたと聞きました、シャーリィ様」
皆の視線がシルヴィに集まる。
「あたしも木級の駆け出しなので、大した知識は持ち合わせてないんですが……」
「あなたの見解でかまいませんわ。今後どのように行動すべきと考えますか」
「そうですね……まずは飲み水の確保でしょうか」
オルディスが難癖をつけた。
「どこに水場があるって言うんだ。一面砂だらけじゃないか!」
「ええと、冒険者教本の受け売りなんですが、砂漠の地下にも水が流れているそうです。遠くの山岳で降った雨や雪が大地に沁み込んで湧きだすことがあるそうです。まぁここが地上の何処かというのが大前提ですけど」
「話にならん。ここは塔の中。魔法で創られた亜空間に決まっているだろう」
マリエッタが窘める。
「先入観はよくないわ。視野が狭くなるもの。――シルヴィさん、その湧水の見つけ方はご存知?」
「分かりません。あたしも砂漠地帯での活動経験はありませんので。エルフの冒険者なら水場を嗅ぎ付けるのが得意らしいですが」
「今年の一年生にエルフ族はいませんわ」
物思いに沈むウェルス。
(ほんと何処だろうねここ。ぱっと思いつくのはドーラ砂漠だけど。南のラーヴェント大陸とか東の魔大陸はよく知らないしな)
いずれ結界玉を放って余所の大陸の実情を探るのも面白いかもしれない。
(魔大陸にゃ冥王とかいうヤバそうなのいるらしいし。最果て遺跡ってのも前世の頃から気にってたんだよね)
「日が高いうちは体力の消耗が激しそうね。かと言って夜に見知らぬ土地を探索するのも危険そう。夕方になって涼しくなってから周辺の探索してみる?」
「そうですわね。夕方までは瞑想しながら体力を温存しましょう」
(どうやらシャーリィさんとマリエッタさんがこの学年のリーダー格ぽいね。オルディス君、彼はダメだな)
一年生を試練の塔に放り込んだホーエンは思案する。
(後は一年坊主どものお手並み拝見だ。さて、一週間の余暇を拵えちまった。せっかくセルメストまで来たし総本部に顔出しとくかね。めんどくせえがエドガーに一言断り入れなきゃだな。後々うるせえからなアイツ)
学院長室に赴き秘書に取次ぎを頼むと来客中だという。扉の向こうから声がかかった。
「その声はホーエンか。入ってくれ」
「別にたいした用じゃねえよ。来客中なら日を改めるが」
そう言いつつも入室すると客の男を紹介された。
「こちらリグラト王国宮廷魔法士団長グレゴリー殿じゃ」
「初めまして、【氷統】ホーエン・ラーヴィル殿。ご雷名はかねがね」
片眼鏡の男が立ち上がり一礼。
「これはこれは。リグラト王国の双璧がお揃いで何の密談かね」
着席を勧められ茶を出される。
「中原で大きな戦があった話は聞いているか?」
「ああ。魔皇国と東方二国連合だろ」
「その戦場――カリューグ平野と言うらしいが、そこで大魔法が行使された。ブレン・ポルト公国とバルシャーク侯国の連合軍三十万余を、一撃で覆滅せしめたらしい」
「まるで吟遊詩人の吹く与太話だな」
「魔法で現地を精査させたのじゃが、あながち与太話とも言い切れん。反物質の痕跡を検出した」
「反物質? 理論上存在が予想される物質だったか。俺もそっちは門外漢でな。詳細は知らんが、その反物質とやらの痕跡が見つかったからどうしたってんだ」
「古文書によると、反物質をも意のままに操る魔法は十次元の魔導以上に分類されるのじゃ」
グレゴリーが結論を述べる。
「即ち、カリューグ平野で大魔法を行使した術者は、魔導司以上の存在ということです」
「……」
「事の深刻さを理解したか」
「魔皇国にゃそんなやべーのがいるのか。魔導司つったら、伝説のジルターク尊師と同格じゃねえか」
グレゴリーが言った。
「可能性としてありそうなのは、落命したと言われていた魔皇アルヴァントが実は存命で、開闢したという線です」
「それが真相なら、まさに魔皇の称号に値するな。暇になったらリスナル地下水路迷宮の深層に挑もうと考えてたんだが、とうぶん魔皇国にゃ近寄らねえほうが無難か」




