第74話 魔法実技講師
セルメスト魔法学院の学院長室。応接台を挟んで向かい合う二人の男がいた。
「お前さんの依頼でも負からんぞ」
「がめついのう。たんまり稼いでいるんじゃろう。そこは同期の誼で負けておけ」
「神金級への指名依頼が幾らか知らん訳じゃあるまい。だいたい講師を務めるとなると数年単位で拘束されるんだろう? 友達価格でもせめて逸失利益の半分は貰わにゃ割に合わん」
「講義のない日は別段拘束せん。本業の冒険者と掛け持ちでかまわんよ。お主もいい齢じゃ。ここらで後進の育成に尽力し、母校に恩返ししてはどうかね」
「それが表向きの理由か。お前さんのことだからどうせ裏の理由があるんだろう?」
「さすがに察しがいいな。今年は次期リグラト国王候補が二人在籍しておる」
「そういや今年は選王会議の年か」
「彼らの尚魔の気風は喜ばしいことじゃが、招かれざる客も多くてな。後は分かるじゃろ?」
「俺に用心棒をやれってか。この案件は勤勉な王国騎士団の職分だろう」
「学外の事ならばそれもよかろう。しかし学内の事で王国の干渉を招くことはできん。尊師以来の伝統じゃからの」
「ふむ……俺に声をかけたということは、手に余る奴でもいるのか?」
「要注意人物が一人。敵か味方か判断しかねておるが」
「ほう。どんな奴だ」
「名はウェルス・リセール。偽名やもしれん。一見凡庸そうな青二才だが、儂は絶対にサシでやりたくないと思ったぞ」
「天下の魔法学院長にそこまで言わしめるか。面白い」
「やる気になったか。重畳。報酬は冒険者ギルドのお主の口座に振り込めばよいか?」
「金は要らんから、宝物庫のアイテムを何か一つくれよ」
「……相変わらず抜け目ない奴じゃ。門外不出の品はさすがにダメじゃぞ。それ以外の品ならば、まぁやむを得ん」
スミロドンの脅威を排除した訳だが、流民たちがクッコロに向ける視線に感謝の色はなかった。寧ろより強い警戒と怯え、諦めといった心情がまざまざと伝わってくる。大人たちの背に隠れつつひもじそうにスミロドンの死体を眺める子供たち。
(食料提供するか……)
これまで道すがら狩った大量の魔物肉が空間収納に貯蔵されている。取り出して山積みにすると、子供たちから歓声が上がった。肉磨き未処理だが、解体と血抜き、強化魔法は施し済みだ。
(リスナルの兵糧庫からくすねてきた穀物いっぱいあったな。野菜とか果物も在庫処分しちゃおう)
日頃、オータムリヴァ島のケット・シーたちが家庭菜園で採れた青果物を差し入れと称して領主館に持ってくる。消費しきれない分が空間収納に退蔵されていた。
(スミロドンは仕舞っとこ。この人たちの同胞食い散らかしてたし、さすがに抵抗あるっしょ)
流民たちの多くが着のみ着のままの様子なので、こつこつ買い溜めていた調理器具もあれこれ出してやる。
(気紛れでお節介焼いてしまった……まぁお腹空かした子供たち見ちゃったからね)
クッコロ自身が子供を産んだ訳ではないが、子育てに携わることで母性本能が喚起されているのかもしれない。
「どうお礼を申し上げてよいやら」
流民集団のリーダーらしき男がおっかなびっくり謝礼を述べてきたが、ぞんざいに対応するクッコロ。
「そういうのいいから。子供たちに早く食べさせてあげて」
いつになく棘のある言い方に苦笑い。基本的に流民たちは無辜の民であり、彼らに理不尽な状況を強いているのは東方三国の為政者たちだと分かってはいるのだ。
「西に行くと魔皇国の軍隊が駐留してるから、保護してもらうといいですよ。一筆書いてあげます」
押し付けられた肩書の御利益を期待して、魔法相ノルトヴァール伯爵クッコロ・メイプルと署名しておいた。宮仕えの悲しい性で権威主義から無縁ではいられないらしい。
整地と縄張り、基礎工事を数日かけて行った。城郭全域を砂礫地に変えては目立つので、城壁予定地内側の植生には手を付けず放置した。開発の邪魔であれば後にゴブリン工兵隊がなんとかするだろう。縄張りに関してはオータムリヴァ島同様適当にやるつもりだったが、ダークエルフの農学者リンテリス女史が三角測量に通暁していると聞きつけ、オータムリヴァ島から拉致してきて丸投げした。
(転圧はミスったな)
如何に怪物じみた身体強化をかけようと、クッコロ一人の作業能率には限度がある。そこで巨大な結界板による転圧を試みたのだが、加減を間違えたのか地震を引き起こしてしまった。
(焦ったよ……活断層に変な力かかったんだろな。この惑星にも地殻活動あるぽいし)
近隣の人々が被災していなければいいが。
(要は土中の空気を抜いて締め固めるのが転圧だよね。しからば転移魔法の得意分野じゃありませんか)
色々試行錯誤してみる。魔力波走査と結界魔法と転移魔法を併用することで、期待の効果が得られることが判明。魔法万歳だ。
(さてと、気分が乗ってきたところだけど……今日は魔法学院の行事あったな。いきなりさぼるのも心証悪いし、この辺で切り上げとくか)
講堂に整列する一年生。正面の壇上では職位の高そうな教師が、退屈な講話でそこかしこに睡魔を降臨させていた。
「――であるからして、魔法が座学に偏重することを憂えた当学院の開祖ジルターク尊師は、試練の塔を建立されたのである。学生諸君においては尊師の意を酌み、実践的な修練の場に身を置き切磋琢磨してもらいたい」
ウェルスもまた御多分に漏れず欠伸をかみ殺して目に涙を溜めていた。
「それでは今年諸君らの魔法実技を担当する講師の方を紹介する。ホーエン・ラーヴィル先生、ご登壇を」
学者というよりは歴戦の武人といった風貌の男が壇上に立った。関心の薄そうな表情で一年生たちを見渡していたが、ウェルスに目を留めしばし凝視。
(なんかあたしにガン飛ばしてない? 目付けられる要素あったっけ? あかん、目逸らしとこ)
ウェルスは縮こまって前列の生徒の陰に隠れた。
「ホーエン・ラーヴィル先生の経歴を簡単に紹介する。先生は当学院を卒業された諸君の先輩であり、当代学院長の御学友であると伺っている。冒険者として顕著な業績を残され、現在はロンバール王国を拠点に活動されておられるそうだ。それではラーヴィル先生よりご挨拶を賜る」
ウェルスの近くにいたシルヴィが驚いている。彼女は冒険者を休業して魔法学院に入学したと聞いた。
(火の魔晶石探しに火山ダンジョン行った時、この子いなかったっけ)
あの邂逅の際はクッコロだったし封魔の頭巾を被っていたので、ウェルスの正体を覚られることはあるまい。
「もしかして【氷統】ホーエン・ラーヴィル? うそ、本物?」
シルヴィが呟いた。業界の有名人なのだろうか。
(二つ名ある時点でお察しか。中学二年生が喜びそうな二つ名だよね。つうか、あたしも【氷統】って聞いたことあるな)
以前アルヴァントが【氷統】なる高ランク冒険者から魔晶石を貰ったとか語っていたような気がする。
「シルヴィさん、あの先生をご存知ですの?」
隣の令嬢が訊いている。
「まぁ名前だけ一方的に。神金級は冒険者ギルドの金看板ですからね」
「【氷統】――氷を統べるとはまた勇壮で詩的な渾名ですこと。氷を滑るにならなければよいのですが。ほほほほ」
「しーっ、こっち睨んでますよ」
「紹介にあった通り、ここの学院長エドガーとは同期の腐れ縁でな。俺とエドガーとあと一人ドワーフのクリーガーという奴がいたんだが、三人で馬鹿をやっては営倉に放り込まれていたもんだ。エドガーは今でこそ学院長室でふんぞり返っているが、奴さんあれでなかなか好色な男でな。在学中はよく女子のケツを追っかけまわしてとっちめられていたぞ。最近の学生はすっかりお行儀よくなっちまったと聞いたが、今年は古き良き伝統を復活させた野郎がいるらしいな。なかなか見所があると言っておく」
破天荒な挨拶。そこかしこで漏れる窃笑。若干名ウェルスを盗み見る者がいた。教師の列からは頻りに咳払いが聞こえてくる。
「ゴホン! ラーヴィル先生。昔語りはその辺で……」
「俺はこの通り現場一筋の荒事屋。正直人様を教え導くなんざ柄じゃねえが、エドガーたっての希望でな。貴様らひよっこ共が卒業早々おっ死ぬ事がねえよう、甘ったれた性根を叩き直してやる。まぁこれも俺たちなりの親心ってやつだ。んじゃま、早速だが今から三十分後、各自運動服に着替えて試練の塔前広場に集合しろ」
文句を垂れ流す一年生たち。
「何ですの、あの粗暴な男は」
「いつからここは冒険者養成所になったのです。わたくしは栄えある宮廷魔法士団に入るため、魔法学院の門を叩いたというのに」
「いくら学院長の朋友だからって、僕たち貴族に対してあの横柄な口の利き方は何なんだ。実家に言って学院に圧力をかけてやろうか」
「かと言って、あの先生の不興を買うのは得策じゃありませんわ。魔法実技の落第は確実に卒業に響きますもの」
公爵令嬢シャーリィ・サルークの一声で不満を引っ込める生徒たち。
「シャーリィ様のお言葉一理ありますわね」
「そうですね。忌々しいが今は面従腹背で行くか」
試練の塔前広場。仲良しグループごとてんでんばらばらに屯する一年生たち。空気は弛緩し、それぞれ雑談に興じている。渋面で腕組みするホーエンがドスの利いた声で言った。
「さっさと整列しろやクソガキども。とうに三十分過ぎてるぞ」
広場の気温が下がった。気のせいなどではなく、ホーエンを中心に冷気が漂っている。
「貴様ら無知な若造はとかく時間に無頓着だが、この世で最も貴重なものは時間だ。まぁいずれその事を痛感することになるだろうが。こう考えたことはあるか――ごく一般的な人間に与えられる時間は十五億秒ほど。長生きしてもせいぜい二十億秒だろう」
(二十億秒て……まぁ秒換算だと、この世界の人の寿命なんてそんなもんか)
「こうしている間にも時間は無慈悲に経過していく。この摂理には誰も抗えん。貴族だろうが平民だろうが平等だ。肝に銘じておけ。時間を無駄にするな」
(時間に厳しい人か。現場主義の人ってこんな感じかもね)
或いは一年生たちの甘ったれた意識を矯正するための方便かもしれないが。
「それでは全員このアイテムを装着しろ」
配られたのは五つ一組のリングで、それぞれを首と左右の手首足首に装着する。おそらくは何らかの魔法具だろう。
「全員着けたか。それは魔力循環の矯正に使われる魔法具だ」
五つのリングに均質均等に魔力を流さないと魔法発動が阻害される仕組みらしい。
「貴様らはこれから一年間、そのリングを着けて生活しろ。完璧な魔力循環が出来れば外れるように設定してある。一年間で外れなかった者は進級させん」
ざわめく生徒たち。
「くそ、魔法が使えなくなってる……」
「外れないぞ、このリング」
「こんなの聞いてない……兄が三年に在籍しているんだが、こんなアイテム使ったなんて話は聞いたことないぞ」
愚痴が聞こえたのか、ホーエンが冷徹に言い放った。
「アホか。指導方法は講師に一任されている。グダグダ言ってる暇があったら魔力循環を物にしろ」
(魔力循環か。確か観星ギルドのローエル執事長も重視してたな)
やまぬ不満の声に舌打ちするホーエン。
「魔力循環の大切さも理解できんひよっこどもが舐めた口を叩くな! ――まぁ鞭ばかりではやる気も起きんだろう。ガキには飴玉が必要だな。魔力循環の技術を磨けば磨くほど、寿命が飛躍的に伸びるという副次的効果がある。歴史上高名な魔法使いたちが長命なのはこれに起因する。さっき人生二十億秒と話したが、これが何倍にもなるわけだ。魔力循環を極めれば何百年と若さを保つことも夢じゃないらしいぞ」
興味を惹かれたのか、耳を傾ける生徒が出始めた。
「論より証拠だ。お前ら、俺が何歳に見える?」
ぱっと見四十歳前後といったところだが、高齢と噂の魔法学院長や魔法具屋クリーガー老人と同期ならかなり年を食っていることになる。
「百と二歳だ。分かったか。分かったらとっとと修練に励め、クソガキども」




