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第73話 クッコロ魔法工務店


 ブレン・ポルト公国は高原の騎馬民族が興した軍事国家で、その昔フォルド連邦軍の主力を担ったスレイプニル重装騎兵は、今なおリムリア有数の打撃力を誇る精鋭と言われる。反面強大な軍事力を維持するため重税を課し、国民は塗炭の苦しみに喘いでいた。

「山向こうの村じゃ逃散が起きとるようだ」

「無理もねえ。戦時徴発かなんか知らんが、種籾まで根こそぎ持ってかれたら今年の作付けが出来ねえべ」

「くそ。徴税吏の奴ら吊るしてやりてえ」

「リグんとこは去年生まれた赤ん坊が栄養失調で死んじまったらしい。ムーアんとこは口減らしで末っ子を奴隷商に売ったっつうぞ」

「徴兵で男手が取られたでな。狩りや漁の獲物も芳しくねえ」

「このままじゃ飢饉になるぞ」

 鬱積する不満。しかし痩せ衰えた女子供や年寄りばかりで、横暴な役人に盾突くなど思いもよらなかった。

「おら隣村の奴から妙な噂を聞いただ。どうも今回は負け戦だったて言うんだ」

「馬鹿たれ。滅多な事言うでねえ。巡回の兵隊さ聞かれたら事だべ」

「その巡回の兵隊もここんとこ姿を見せねえぞ」

「やっぱ何かあったんと違うか」

 井戸端会議の横を通りかかる老爺。

「とっつぁん、これから漁か。精が出るな」

「兵役に行った倅どもの代わりに家族を養わにゃならんでな。老骨に鞭打って働いとるだよ」


 川に着き、さっそく投網を打つ老爺。

「あん? 何じゃ、どこの軍勢じゃ」

 上流の浅瀬。数多くの人馬が渡渉してくるのが見えた。この川は小さいながらも国境河川で、対岸はゴルト・リーア大公国になる。

「こりゃただ事でねえな。いちおう村長の耳さ入れとくか」

 老爺が身をひるがえし土手を登ろうとしたその時、飛来した矢が首筋に突き立った。



(こんなもんかな)

 ベッドカバーの下にクッションを仕込んで偽装を施すウェルス。テルミンという少年と相部屋だったが、仕切り壁があるので最低限の私的空間は担保されている。

(こないだ部屋抜け出して転移したら変な噂になったしな……)

 テルミンがにこやかに揶揄してきたのを思い出す。

「夜更けに女子と逢瀬か? ほどほどにしときなよ。まぁ君は入寮早々女子寮に潜入した勇者だから、この程度は朝飯前なんだろうけどさ」

(風評被害もいいとこだよ)

 どこでどう脚色されたのか、鉄壁の女子寮に夜這いを仕掛けて叩き出された不埒者との噂もあるらしい。先日など廊下ですれ違いざま、貴族令嬢ぽい女子生徒の一団に汚物を見るような目を向けられてげんなりしたものだ。

(ちゅうか男の子と同室って、よく考えたら問題ありまくりだな。あたしが実は女とか絶対バレたらいけないやつじゃん)

 テルミン本人は平民出と言い張っていたがそこそこ良家の生まれらしく、市井の慣習に疎いと自白してきた。

「そこで経験豊富そうな君に訊きたい。君ら市井の男子は、その、性欲処理はどうしているんだ? やはり娼館とかに行くものなのか? 十五歳になれば入店できると聞いたんだが」

 真摯な顔で問われ、ウェルスはお茶に噎せたものだ。

「経験豊富そうって……買い被り光栄だけれど僕は処――童貞だよ」

(前世のアレはノーカンでオッケーだよね)

「そもそもそういうことは奥ゆかしく自分一人で処理するもんだと思う……」

 未だウェルスの体で好奇心を充たしたことはない。男子の自慰が如何なる感覚なのか興味は尽きなかったが、本来女の自分が立ち入るべき領域ではないとの自制心が拭い去れないのだ。

「ふーん、そういうものか。どうだろう、今度一緒に娼館行ってみないか。これも社会勉強ってやつだ」

 実家の桎梏から外れはっちゃけたいお年頃なのだろう。

「その手の悪友役は僕には荷が重い。悪いけど他をあたってよ」



 そそくさとオータムリヴァ島領主館へ転移したウェルスは、トランスリングの変身を解いてクッコロとなる。これから魔皇国重臣会議に臨むのだ。宰相や魔将のみならず各省の閣僚も勢揃いする最も権威ある会議らしい。素人のクッコロに有意義な建議を期待しているとも思えないので、要は出席者の送迎役を担えとの含みだろう。

 当初資格がないからと出席を遠慮したクッコロだったが、急遽魔法省なるものをでっちあげられ魔法相なる肩書を押し付けられた。

(この頃どんどん肩書が増えてくな。しゃあない。ご期待に副おうじゃないの。全てはあの子たちのため)

 中原各地の大臣や魔将たちを招集するべく転移門で東奔西走した。


 カリューグ平野の会戦後、無傷の魔皇国軍は東進してレグリーデ要塞を奪還していた。要塞を占拠していたバルシャーク侯国虎の子の魔法軍団は、防戦困難と見て主要防衛施設を破却し、本国へ撤退したらしい。

「魔法で徹底的にぶっ壊されてたな。城門も城壁も瓦礫の山だよ。ありゃあ一朝一夕に再建できんだろうね」

 城将の一人だったグルファン将軍がぼやいている。

「そういやオータムリヴァ島の城壁は堅牢で見事だけど、どこの職人衆が手掛けたんだい?」

「あたしが一人で造りましたけど」

「……そうなんだ。てっきり先皇陛下が皇都の石工たちに命じて極秘裏に建設したのかと」

 呆れるカルマリウス。

「あの大城壁一人で拵えたっての? 暇人ねぇ」

「いや~近海に海賊とか海棲の大型魔獣いるって聞いたし、街の西側に謎ダンジョン見つかってスタンピードに備えなきゃって思いまして」

「工事何年くらいかかったの?」

「諸々の工程含めて二ヶ月くらいかなぁ」

「あなたが非常識なのは今更だけれど……それにしたって尋常じゃないわ。普通は何十万人も人足動員して、何十年か下手すると百年もかかる普請でしょうに」

「まぁそこは魔法でちょちょいのちょいって感じで」

 考え込むグルファン。

「クッコロさん。東方国境に同じ規模の城造ってほしいんだけど、可能かな?」

「資材さえあれば」

「工期はどれくらいになりそう?」

「うーん、一度造って要領が分かりましたから、たぶん一ヶ月もかからないと思いますけど」

 ゼノン宰相はじめ魔将たちが卓上の地図を覗き込み、侃々諤々の議論を始めた。

「地理的な要衝はこことここ。あとはこの辺りかの」

「ここは水の手が乏しい。築城するならばここが適地ではないか」

 リザードマンのパルダメイラ将軍が言った。

「ブレン・ポルト公国のリオール回廊地帯を打通して、ここに築城できんだろうか」

「かなり東方に分け入ることになるわね。三国が嫌がりそうで面白そうだけど」

「天眼通情報だとゴルト・リーアがブレン・ポルトに攻め入ったそうじゃの。今や東方は混乱の坩堝じゃな。パルダメイラの築城策は有効だと思う」

 カルマリウスが諸将を見渡す。

「この際だから逆侵攻をかけて一気呵成に東方を平定してしまわない? 今ならかなり成算があると思うけど」

「リスナルは放置かい?」

「奴らもカリューグ平野の結末くらい把握しているでしょ。あれを見聞きしたら狡猾なガルシアのこと、ちょっかい出すのは控えると思うわ」

「あいつけっこう馬鹿だぞ」

「まぁ儂とマルヴァースが皇都の南北から睨みを利かせておれば、そうそう迂闊な真似もせんじゃろうが」

「労せずして勝ちを拾ったようなもんだからねぇ。軍資金も軍需物資も潤沢。兵の損耗もなく士気も高い。なんだかいけそうな気がしてきたな」

 ゼノンはやや慎重な意見だった。

「後顧の憂いを断てばガルシアとの対決に注力できるのだが……大陸東方の広域を占領するとなると、飢えた数百万の民を懐に抱えることとなる」

 内相の何某が相槌を打つ。

「既に国境一帯にはかなりの流民が入り込んでおります。いくら街道を封鎖しても、森林や山岳から侵入して来ますからな」

「城塞都市の建設は難民対策にも有効じゃないかな」

「ふむ。魔法相は如何お考えか」

 ゼノンが閣僚の誰やらに振った。しばしの沈黙。

「あ、そっか、魔法相ってあたしか。――造れと言われれば造りますよ。邪魔なら空間収納に仕舞えば一瞬で撤去できますし」

「城を収納ですか……さすがは魔法相ですな。先だって敵軍を殲滅せしめた大魔法もさることながら、伝説的な時空魔法を自在に操る。まさに魔法の申し子。在りし日の先皇陛下を彷彿とさせられます」

 畏怖のこもった眼差しを向けられた。

「いいでしょう、調査に予備費から予算を付けましょう」

(悠長に調査してるうちに完成しそうだな)

「建築資材もほとんど自前で調達できるので、そんなにお金かからないんじゃないかなぁ。まぁあたしが造るのは街を囲う城壁と掘割と上下水道網だから、都市開発に資金投入してもらえればより早く形になると思いますけど」



 そんな訳でカルムリッテ平原の更に東に城を築くことになった。グルファンが工兵隊の供出を申し出てきたが丁重に断る。魔法による土木工事の現場で工兵たちにウロチョロされては正直邪魔でしかない。彼らの矜持を傷付けぬよう、新都市への道普請を依頼した。

(子育てに学業に土木工事。我ながら勤勉だわ。手回らなくて冒険者活動お休み中だし、そういやオータムリヴァ商会も開業届出したまま放置してたな)

 折角だからこの事業をオータムリヴァ商会の請負にして実績を積ませてもらおうかと考える。ゼノンに頼めば適当に処理してくれるだろう。

(んで、下請けは一人親方のクッコロ魔法工務店と)


 予定の合間を縫って建材調達のためノルトヴァール諸島のロック島へとやってきたクッコロ。オータムリヴァの城壁建築の際にも石材を切り出した場所だ。

「石材採りに来たのに食材がやたら獲れるとはこれ如何に」

 巨大な鳥の魔物ロック鳥が何度も飛来して襲いかかってきたので、その都度魔石核を抜いて討伐している。

(空間収納に入れとけば腐らないし、まぁいいけど。血抜きと内臓の洗浄だけしとこ)

 ふと思い出す。

(前にコカトリスのお肉、強化魔法かけて焼いたらめちゃくちゃ美味しかったな。何でだろ、謎だわ)

 熟成が促進され旨味成分が増えるのかもしれない。魔物肉は臭い固い不味いの三拍子が揃い市場の評価も低いと聞くが、血抜きと強化魔法で適切に処理すれば極上の食材になり得るのではないだろうか。

(うまい具合に産業化できれば冒険者も商人も潤うんだけどな。ランタースさんとウェンティちゃんに相談してみるか)

 物思いに耽っているとまたしても数羽のロック鳥が上空で旋回し、威嚇の声をあげている。

(繁殖期で攻撃的になってるのかね? もしかして近くに雛か卵あったりする?)

 禁書庫の番人ライセルトの言によれば、魔物の多くは魔創神(ヘカテー)ネイテル氏がそこら中に穿った次元の穴から湧いてきた異世界起源の謎生命体らしい。この世界(リュストガルト)に適応するうち有性生殖するようになったのだろうか。

(そう考えるとなんだか狩りづらくなるな……あたしも子育て中の身だし)



 大量の石材を切り出したクッコロは、次いでブレン・ポルト公国領リオール回廊地帯へと移動。

(このへんかな)

 上空の結界玉観測で草原に転移扉を開き、着地する。近隣に転移門を設置しながら、魔力波を放って築城予定地の地質調査を行うのだ。

(敵地だし、多めに結界玉展開しとくか)


 魔力波走査した感じ地盤は強固そうだ。

(何回も試行錯誤したから地盤の良し悪しなんとなく分かるようになっちゃったな……現役JK的にどうなのよコレ)

 分厚く高い城壁はかなりの重量となるだろう。

(支持杭と摩擦杭、気持ち多めに打っとくか。不等沈下したら恐いしね。土砂は堀の掘削で賄うとして、砕石の調達どうしようかなぁ)

 その時哨戒中の結界玉に反応があった。すぐさま五感を同調させる。

(敵さんかな? むむ、流民か)

 襤褸をまとった老若男女千人ほどの集団が、獣の群れに追われ逃げていた。

(虎っぽいけどあれ魔獣だよね。確かスミロドンとかいうやつだ)

 逃げ遅れた人々が次々に貪り食われる。断末魔の絶叫に骨を砕く咀嚼音。幼子を抱いた女が足を縺れさせて転倒。スミロドンの一頭が跳躍する。あれこれ思案する前に体が動いた。転移してスミロドンの巨体を殴りつけるクッコロ。原形をとどめぬ肉片となって爆散するスミロドン。

 食事中のスミロドンどもが一斉に首を擡げる。鮮血滴る牙を剥き唸りを発した。

(討伐するか追い散らすか。さてどうしよ)

 近隣一帯には東方の争乱から逃れてきた流民が溢れていると聞くし、魔皇国のゴブリン工兵隊も活動しているはずだ。

(事故あってもなんだし駆除しとくか)

 細身で徒手空拳のクッコロを弱敵と侮ったか、数頭が鋭い爪を立てて襲いかかってくる。クッコロの足元に転がるいくつもの魔石核。泡を噴いて斃れるスミロドンの群れ。クッコロが黙祷を捧げる。

(せめて素材は有効に使わせてもらうよ)


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