第64話 温泉探索
魔皇宮殿四季の間――かつてアルヴァントが四季折々の情緒を愛でる茶会を催した優雅な広間に、ガルシア軍幹部の粗野な武将たちが集まっていた。
「やはり魔将のほとんどが敵に回ったか」
「想定の範囲内だ。驚くにはあたらぬ。よいではないか。これで旧時代の遺物どもには、心置きなく歴史の表舞台からご退場いただけるというもの」
「さよう。新時代に奴らの席はないということだ」
リスナルをほぼ掌握して意気軒昂な諸将。そんな中、冷静な意見を述べる者もいた。ガルシアの両腕と目されるオーク族きっての猛者、ダレンファルとグレッサーの両名だった。
「貴様ら、魔将が如何に恐るべき連中か忘れたのか。舐めてかかれば取り返しのつかぬ大敗を喫するぞ」
「お言葉ですがダレンファル殿。魔法顧問リーガント殿の禁断の秘儀によって、我がオーク軍将兵は末端の兵卒に至るまでハイオークへと進化を遂げました。いかな魔将どもの武勇が脅威とはいえ、もはや恐るるに足りますまい」
頭を振るグレッサー。
「進化した俺とダレンファル二人掛かりでも、ルディートやカルマリウスには届くまい。グルファンあたりなら一騎打ちでも勝てるだろうが、あれはあれで厄介な適性を持っておるからな」
「そうだな。奴のいる軍隊は継戦能力が格段に跳ね上がる。裏方で目立たぬが、ある意味最も鬱陶しい魔将かもしれん」
上座のガルシアがダレンファルに目配せ。
「は。――各々がた。過日リーガント殿より献策があり、対魔将用の特務部隊の創設を検討中だ」
「対魔将用の特務部隊とな?」
「うむ。高位の冒険者を招聘し、魔将討伐を依頼するのだ」
「連中は政治との関わりを忌避する傾向があるそうではないか。反権威主義的な凶状持ちも多いと聞く。大丈夫なのか?」
「それに高位冒険者ともなれば富も名声も十二分に得ておりましょう。かなりの褒賞金を積んだところで、食指を動かすとも思えませんが」
「それについては、参考人としてリスナル冒険者ギルドのギルドマスターを招致している。意見を伺おうではないか。ティゴット殿」
指名されたティゴットが起立する。人間のティゴットに対し、明らかな侮蔑の目を向けるオークの諸将。
「太鼓持ちが。でかいツラしおって」
「下郎め……ガルシア様のお側に座るとはどういう料簡か。序列というものをわきまえんのか、市井の人間は」
あてつけがましい呟き。無視して演説をぶつティゴット。
「えー、ご紹介に与りましたリスナル冒険者ギルドのティゴットでございます。皆様御明察の通り、高ランクの冒険者は気紛れな者が多く、なかなか一筋縄ではまいりません。ですが彼らの性向を理解すれば、困難な依頼も可能と考えます」
「それはどういうことか」
「金を積んでも入手できぬ稀少素材や稀覯アイテムを蒐集する変人。強敵と生命の遣り取りに悦楽を覚える戦闘狂。高ランク冒険者には、そうした常人には理解しがたい手合いが多いのです。前者であれば、魔皇国宝物庫の収蔵品いくつかを恩賞として放出すればよろしいかと。後者については、魔将討伐戦それ自体が報酬のようなものです」
「ふぅむ。言っては何だが、魔銅級や霊鉄級程度では魔将どもの相手は荷が重いぞ。死体が増えるだけだ」
「そうなると手駒の候補は聖銀級の三人に絞られるわけだが……【千手拳】は魔将ルディートと昵懇で、色よい返事が期待できん。【幻影双剣】は地下水路探索で重傷を負い、隠遁したという噂を聞いた。残る【水聖】を首尾よく取り込めたとして、さすがに一人で魔将討伐依頼をこなすのは無理だろう」
「なんだ貴公、やけに冒険者界隈の事情に詳しいではないか」
「……実を言うと【幻影双剣】のファンでな。以前、湖畔の森のドラゴン捕獲クエストに、勢子役として俺の部隊が駆り出されたのだ。その時目にしたメルダリアの剣技に惚れ込んでしまった。いやはやお恥ずかしい」
「貴公もか。実は俺もだ。何年か前、エスタリス武神祭に出場した【幻影双剣】を見たことがある。確かにあれはいい女だった」
「お主ら横道に逸れるのもほどほどに致せ。御前会議の最中ぞ」
咳払いするティゴット。
「御指摘にありました高ランク冒険者の人材不足ですが、御懸念には及ばぬかと。現在西方や北方の大物冒険者が複数我が国に入国しておるとの情報が入っております」
「ほう、西方と北方の高位冒険者か」
「はい。冒険者ギルドで把握している範囲では、【狂槍】、【魂喰らい】、【殲滅人形】の三名が宿場町ラドラスを拠点にアレク大森林を探索中です。またロンバール王国の【血鎖】、【重操】、【呪印斧】の三名がゼディーク高地に分け入ったとのことです。ガルシア閣下のご要望とあれば、彼らに接触を図ってみますが?」
「【殲滅人形】と【重操】はよく聞く二つ名だな」
「どちらも神金級で、かなりの実力者と言われております」
「ロンバール辺りの冒険者が、何故ゼディーク高地をうろついておるのか」
「何らかの指名依頼と思われますが、詳細は分かりかねます。関連は不明ですが少し前、ゼディーク高地に生息する竜の一体が龍に進化した可能性があるという情報が入りました。その調査ではないかと当リスナルギルドでは推測しております」
ガルシアが言った。
「そちに一任する。その冒険者どもに繋ぎをつけよ。金が入用と言うなら糸目は付けぬ。言い値で報酬を支払ってやるがいい。宝物庫の財宝が欲しいというならくれてやれ。魔将どもの首と引き換えなら安いものだ」
「御意」
中原にオーク族の国家を建国するという野望に燃えるガルシアにとって、その程度の出費などさしたる痛手ではない。今回の動乱で敵対した魔皇国貴族たちはいずれ全て取り潰し、領地も財産も没収する腹積もりだ。ゆくゆくは種族純化をも目論んでいるので、オーク以外の種族は等しく奴隷に落とし、海外に売り払ってしまえばよい。金など無限に湧いてくる。
「その方らに申し渡しておく。今後の戦において、魔将以上に警戒すべき相手が一人いる」
「魔将以上の脅威と申しますと……宰相ゼノン・ドレイクでしょうか?」
「違う。ノルトヴァール伯爵クッコロ・メイプルだ。アルヴァントの友人を僭称するあの得体の知れぬ小娘……あれは危険だ。最優先で排除せねばならん。――ティゴット、特務部隊の冒険者たちにもそのように申し伝えるのだ」
「やれやれ、裏取引が必要になりますな。表向き我々冒険者ギルドは、殺しを請け負わないことになっておりますので」
激昂するオーク諸将。
「おのれ賢しらに! ガルシア様の命令に口答え致すなど慮外千万。貴様は言われたことに唯々諾々と従っておればよいのだ」
ガルシアが配下の者たちを宥める。
「そうがなり立てるな。こやつも冒険者ギルドの看板を背負っておるのだ。商売敵のアサシンギルドのお株を奪うわけにもいかんのであろう」
「まぁ私もリグラトの総本部に目を付けられて、粛清されるのは御免こうむりたいですから」
「大義名分があればよいのだろう? 例えば国家の所属を離れた魔族は、討伐しても国際法上差し支えあるまい。私の建てる国から追放予定の魔将たちは、無国籍の野良魔族ということになる」
「諸外国がガルシア閣下の国を承認するかは微妙なところです」
「外国の承認などいらぬ。どの道奴らは趨勢が決まるまで静観するであろうしな。当面冒険者ギルドを道義的に黙らせる事が先決だ」
「魔将対策はそれでよしとしましょう。しかしノルトヴァール伯は人間であると伺っております。そうなりますと、冒険者ギルド的にはちと手を出しづらいですな」
「あの怪物娘を脆弱な人間と見做すのは無理があるような気もするが。そこはそちの尽力で何とか致せ。これまで色々と便宜を図ってやった恩義を忘れたわけではあるまい。そちが総本部のグランドマスターを目指すのならば、今後とも私の後ろ盾は必要であろう?」
苦笑いのティゴット。
「それを指摘されると、私といたしましても教条主義を引っ込めざるを得ませんな。分かりました。融通をきかせましょう」
青の月のライセルト・リューリンから念話が入った。待ちに待った霊薬エリクシルが完成したという。すぐさま転移して受け取りに向かう。
「素材が高品質だったので、けっこうな分量作れたよ。半分ギルドの宝物殿に収めてもいいかい?」
「もちろんです」
「リュストガルトの常温だと劣化するみたいだから、空間収納で保存するといいよ。それなら何万年か品質保持できるよ」
「いや、べつにそんなにもたなくても……」
ライセルトから人差し指ほどの小瓶を渡された。不安になって訊ねる。
「随分容量少ないみたいですけど……これで間に合うんでしょうか?」
薬と言うからには最適な用法用量があるに違いない。
「一滴でどんな重傷重病も本復するから心配ご無用。コップ一杯の純水で希釈して服用させるといいよ」
「おお、素晴らしい。霊薬と冠するだけのことはありますね」
「両手両足が千切れようが、全身が焼け爛れようが、猛毒の病原菌に体内を蝕まれようが、即死でさえなければ回復するみたい。ミューズもまた、暇に飽かせて愉快な薬を開発したものだよ」
「愉快とかそういうレベルじゃないような……」
「一つだけ。急激な回復は体への負担もそれなりに大きいから、この薬は漸進的に回復する仕様になってるみたい。その点だけ誤解しないようにね。服用者には気長に養生させるといいよ」
「なるほど。分かりました」
禁書庫を辞したクッコロは、その足でディアーヌが臥せる部屋へ転移した。床頭台の上に吸い飲みがあったので、大気から抽出した純水で洗浄し、エリクシルの準備をした。
「これを飲ませてあげてください」
居合わせたディアーヌの母ルシアーヌに託す。
「クッコロ様、もしやこれは……」
「はい。霊薬エリクシルです」
跪き震える手で吸い飲みを押し戴くルシアーヌ。常温で品質劣化すること、回復は漸進的であることなどライセルト受け売りの注意点を伝え、部屋を後にした。
自室のソファーでだらけていると、この日の当直だったらしいミリーナがお茶を淹れてくれた。
「お疲れの御様子ですね、クッコロ様」
肉体的な疲労はほとんど感じないが、激動の日々で精神的にはかなり堪えているかもしれない。
「やぁミリーナちゃん。なんか久しぶりだね。ケット・シーの皆さんはもうこの島に慣れたのかな?」
「はい。新天地の開拓や新しく割り振られた仕事に張り切っております。みんな生き生きとしておりますよ。すべてクッコロ様のおかげです」
ノルトヴァール伯爵家最古参となるミリーナは今やメイド長的なポジションで、多数の猫耳メイドたちを差配しているらしい。
(温泉でも入ってゆっくりしたいな。やっぱこういう時は温泉だよね。どこかにないかな、温泉)
「ねぇミリーナちゃん。どこかにいい温泉てある?」
「温泉、ですか? さぁ……ケット・シー族は、これまであまり温浴の習慣がなかったもので。あ、この島に来てからは各部族挙げて入浴を推奨してますよ。クッコロ様肝煎りの公衆浴場がいくつも建設されましたし」
乾燥地帯の高原で暮らしていたこれまでと違い、オータムリヴァ島は高温多湿だ。風呂嫌いのケット・シー族の意識改革も順調に進んでいる様子だった。
「そういえば……以前里の仲間と冒険者活動をしていた頃、竜骨山脈の方のザファルティアという街に湯治場があって、仲間の傷を癒す目的で滞在したことがあります」
「なるほどザファルティアか。火山の近くだもんね。源泉けっこう湧いてそうだな」
(そういやノルトヴァール諸島にもいくつか火山島あったよね。噴煙上がってるの結界玉で見かけたし……ひょっとして温泉あるんじゃない? 自噴してないとしても、帯水層ボーリングしたら湧きそうだな)
掘削の機材も技術もないが、転移魔法と結界魔法ならある。あれこれ算盤を弾きだすクッコロ。
(ふむ。和風の温泉宿建てて郷愁に浸るのも、いい気分転換なりそう。観光客誘致する資源にもなりそうだし。ヤバい、テンション上がってきた! おし、いっちょ探してみますか、温泉)




