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第62話 東方の梟雄たち


 ゼノンの書状があったので円滑に話が通り、さほど待たされず魔将パルダメイラに面会が叶った。

 目の前には軍服を着た大柄なリザードマン。肌の露出部分が古傷だらけで、いかにも歴戦の古強者という風体だ。

「久しいな、アルトナル」

「ご無沙汰しております、パルダメイラ閣下」

 開口一番久闊を叙す二人。旧知の間柄らしい。

「堅苦しい言葉遣いはよせよせ。俺とお主の仲だろうに」

「貴殿は魔将。私は未だ無位無官の部屋住みですからな」

「それを言うなら、お主らリントヴルム族は我等リザードマン族にとって無条件で畏敬すべき上位種族だ。お主が態度を改めねば、俺はこの場でお主に拝跪するぞ」

 溜息をつくアルトナル。

「分かった。ではお言葉に甘えて友人として対応させてもらう」

「そうしろそうしろ。だいたいあの時、魔将就任の話を受けておればよかったのだ。セルドのような未熟な小童よりも、お主のほうがよっぽど魔将に相応しかろうに」

(へー、ディアーヌさんのお父さん魔将候補だったのか。まぁ狼牙将軍とかこっ恥ずかしい渾名自称してたセルド君より、遥かに強そうではあるよね)

「うちの親父殿が現役宰相だからな。派閥均衡人事とか色々あるのだよ」

「廷臣たちの都合など俺の知ったことか。セルドのガキめ、案の定調子に乗って陛下の不興を買い追放されたではないか。親父のグリードはあろうことか陛下に対し刃傷におよんだというし、とんでもない一族だ。先祖のラジール将軍は創業の元勲かもしれんが、俺はあの餓狼どもがどうにも気に入らん」

 席を勧められ、茶を振る舞われる。クッコロは他の随員たち同様アルトナルの後ろに控えようとしたが、何故かアルトナルより上座に座らされて首を傾げた。

「で、そちらが皇都で評判の怪物娘か。なるほど……メーベルト殿と立ち合って勝利したと風の噂に聞いたが、あながち流言飛語でもなさそうだな。もとより、あれほど愚直に剣を追求した男が、接待試合など肯ずるはずもなし」

 射すくめるような眼光。

(怪物娘って……)

「俺も何度かあの御仁に挑んだが、とうとう勝つことは出来なかった。メーベルト殿が亡くなったと聞き、もはや再戦の機会はないと残念に思っていたところだ。彼に勝利したというこの娘に勝てば、俺はかの【剣聖】を凌駕したことになるな」

「やめておくことだ。貴殿ならば分かるだろう。この方の尋常ならざる力が」

「だからこそ挑みたくなるではないか。俺も武人の端くれだからな。――それにしてもお主ほどの者が遜るか。それほどの者か? この娘は」

「クッコロ・メイプル様は魔皇陛下が唯一無二の友と呼ばれ、御子を託された御方だぞ」

「クッコロ……我等リザードマンの守護神クッコロ・ネイテールと同じ名か」

 首を傾げるアルトナル。

「先ほど番兵からも聞いた。クッコロ・ネイテールという人物は人間の英雄だろう。何故リザードマン族の神に納まっているのだ?」

 クッコロとしても気になるところだ。

「俺も詳細は知らん。昔アレク大森林からシュディール湿原へ移住を決めた当時の族長が占い師でな。神託が下ったらしいのだ。あの湖を創りたもうたクッコロ・ネイテールの慰霊碑を建立して末永く祀れば、将来リザードマン族の開運につながるという内容らしい。爾来三百年、クッコロ・ネイテールを土地神として帰依してきたからな。生来不信心なリザードマンにも、篤信が醸成されようってもんだ」

「なるほど」

「雑談はこれくらいにして仕事の話をしようじゃないか。皇都で何が起こっている。うちからも人を派して探っているが、情報封鎖で捗々しくいかん。そうこうしているうち、ルディート老とカルマリウスの連合軍がガルシアと戦をおっぱじめるしな。尋常でない政変が勃発したのは察しているが」

 アルトナルはごく簡潔に事実を伝えた。

「ガルシアの反乱により、魔皇アルヴァント陛下が崩御あそばされた」

「あの強大無比な陛下が、ガルシア如き豚野郎に弑されるなど未だに信じ難いが……事実なんだな?」

「遺憾ながら事実だ」

「そうか。やはり事実か……実は一昨日ガルシアからも使者が来たのだ。ゼノン宰相とカルマリウス将軍が結託して簒奪を図り、陛下を弑し奉ったと申しておった。ご丁寧にガルシア直筆の檄文を携えていてな。正義の旗の下に馳せ参じ、逆賊ゼノンとカルマリウスを討滅すべしと書いてあったぞ」

「益体もない。奴らの立場では当然そう主張するだろう。正当性が確かな方が軍の士気も上がるしな。いかな魔族が実力至上主義とはいえ、わざわざ反逆を喧伝する馬鹿もおるまいよ」

「いつの時代も歴史を作ってきたのは勝者の側だしな。勝てば不都合な事実など闇に葬れるし、記録の改竄も捏造も思いのままだ」

 アルトナルの目が鋭さを増した。

「して、貴殿はどちらに付く?」

「ガルシアと答えたら、隣の怪物娘が暴れだしそうだな。ゼノン殿とカルマリウスの側に付くよ。ルディート老もお主らの陣営に加担したようだしな」

「忝い」


 その後魔将会議の日程などを打ち合わせ、クッコローゼ城を辞去。

「当面俺の裁量で動いていいのか? なんなら援軍を率いてカルマリウスとルディート老の加勢に向かうが。野戦に出張ってきてるオークどもを減らしておけば、後々展開が楽になるぞ。奴ら弱卒だが、数だけは多いからな」

「さぁどうだろう。ギリギリまで旗幟を鮮明にせず、日和見を決め込んでいると思わせたらどうだ。ガルシアが一番嫌がりそうだが」

「ふむ。あの腐れ外道への嫌がらせになるならそうするか」

 出がけにパルダメイラとアルトナルがそんな遣り取りをしていた。



「次はどなたのとこに行きます?」

「そうですな。カルマリウス将軍とルディート将軍には早めに接触したいところですが、お取込み中でしょうからな」

「戦争の真っ最中みたいですもんね」

「クッコロ様が転移しやすい場所からでよろしいかと」

 クッコロは思案した。

「大陸北方は地理不案内なので後回しにしましょう。東部国境でしたらレグリーデ要塞の近くに転移門設置済みですので、すぐ行けます」

「あのような辺境にも足を延ばしておいででしたか。行動範囲の広さ、感服つかまつります」

「いやまぁ商売柄と言いますか。いちおう現役冒険者ですので」

(転移魔法でちょちょいのちょいだもの。移動にかかる時間と労力と経費全部無視できるしね。我ながらチートだわ。おっと、北方に結界玉向かわせとこ)

「レグリーデ要塞にはロゼル将軍とグルファン将軍がおられます。お疲れでなければ、このまま訪問いたしましょう」

「そうですね。先延ばしにしても仕事溜まるだけですし。今日中に案件やっつけましょう」


 レグリーデ要塞近郊に転移した一行。先触れの者が門兵と遣り取りしたところ、すぐに城内へ通された。

(城兵はほとんどホブゴブリンか。確かゴブリンの上位種だっけ。腰布一丁の野良ゴブリンと違って、あまり野蛮な感じしないな。肌の色違うだけで、さほど人間と変わらないんだね)

 怪訝そうなアルトナル。クッコロに耳打ち。

「空気が穏やかでない。何事かあったのかもしれません」

「そういや兵士の動きが慌ただしいですね」


「遠路はるばるご苦労様。話の分かる大物が来てくれて助かるよ、アルトナル殿」

「お久しゅうございますな、グルファン閣下。ロゼル閣下は?」

「間もなく来ると思う。お、来た来た」

 隻脚のハルピュイアが杖を突きつつやってきた。病み上がりなのか血色がよくない。

「遅くなってすまない。こんななりで失礼するよ。身体機能回復訓練が端緒に就いたばかりで、現場復帰はまだなんだ」

「これはロゼル閣下。戦傷を負われたとは伺っておりましたが。さぞご不自由でしょう」

「アルベレス大公との一騎打ちで不覚を取ってね。奴の騎獣のグリフォンに食いちぎられた。まぁ翼をもがれでもしない限り、まだまだ役に立ってみせるさ」

 ロゼル将軍の話には思い当たる節があった。

(もしかしてあの時かな……ミリーナちゃんの隠れ里に向かう途中、上空でグリフォンとハルピュイア戦ってたし)

「で、隣のお嬢さんはどちら様?」

 アルトナルが大まかな紹介をしてくれたので、簡単に名乗って挨拶した。

「クッコロ・メイプルです。よろしくお願いします」

「ほう、君が巷で噂のクッコロさんか。見かけによらずとんでもない強さなんだってねぇ」

(どんな噂やら……)


 アルトナルが来訪の趣旨と現在の情勢を説明した。

(さて、この世界の情報伝播はどんなもんかね)

 現代地球のように通信衛星や光ファイバーケーブル網はないだろうが、魔法がある。

(前世のあたしが生きてた頃と、さほど文明の進展度合い変わってないようにも思うけど。アルちゃんから貰った感応の指輪みたいな便利アイテムもあるから侮れないんだよね)

「陛下が……」

 絶句して頭を抱えるロゼル。グルファンも沈痛な面持ち。

(まだアルちゃんの訃報届いてなかったか。さすがに皇都から距離あるもんね)

「陛下を偲ぶのは後にしよう、ロゼル将軍。俺たちは陛下から軍権を委ねられた魔将だ。兵や民に責任がある」

「……そうか。そうだな。悲嘆にくれている暇などない。我が国の内訌を嗅ぎつければ、東方諸国は必ず軍事行動を起こすだろう」

「もしかして……バルシャークやブレン・ポルトの斥候が最近やたら活発なのは、この関係なのかね」

「あまり想像したくないが、あり得る。奴らの地獄耳には定評があるからな」

「やれやれ、戦略の練り直しが必要だな。リスナルがこのありさまじゃ兵站の維持は困難だ。最悪レグリーデ要塞は破却して放棄しなきゃいけないかもな」

「しかし……そうなると東方諸国の軍勢が中原に雪崩れ込むぞ」

「いっそ東方勢を皇都まで誘導して、ガルシアのアホにぶつけてやるか。兵站が伸びきって攻勢限界点に達したら、如何様にも料理できる。まぁやるのは戦下手な俺じゃないだろうけど」

 ロゼルが渋い顔をした。

「それを効果的に行うためには焦土作戦を併用せざるを得まい。国内がかなり荒廃することになるぞ」

「兎にも角にも他の魔将たちと要相談だね。――アルトナル殿、魔将会議の日取りはどうなっているの?」

「まだ魔将の方々全てと面談できておりませぬ。皆様の承諾を得られ次第改めてお知らせいたします」

「まぁ転移魔法使いのクッコロさんが送迎してくれるみたいだし、近日中に開催できそうだね」

「あの~、なんでしたらあたし、軍需物資の輸送お手伝いしましょうか?」

 提案してみるクッコロ。ひいてはアーベルトとメルヴァントの利益に繋がることだし、出し惜しみはしないと決めた。

「奇特な申し出だけど、この要塞には三万人以上の将兵が駐屯している。この大所帯を養う物資の量は膨大だよ。噂の転移魔法は確かに凄そうだけど、兵站を補うのは難しいんじゃないかな」

「はぁ、そうですか」

(そっか。この将軍さんたち空間収納のことは知らないか。ちゅうか実際のところ収納量の上限ってどのくらいなんだろう……執事長のローエルさんは、収納量が魔力量に比例するとか前に言ってたけど)

 気になってこっそり空間収納の内部に魔力波を放ってみた。

(全く反応なし……魔力波で反響定位可能な広さじゃないってことだよね。ぶっちゃけリュストガルト(この星)まるごと収納できそうな気がするな)

 地表の生物にどんな影響があるのか謎なので、興味本位のお馬鹿実験はやらないが。



 カルムリッテ平原のとある古城において、二人の国主が秘密裏に会談していた。ゴルト・リーア大公アルベレスと共に東方三梟雄に数えられる、ブレン・ポルト公シルヴァネスとバルシャーク侯メルジックだった。

「ククク――笑いが止まらん。あの目障りな魔皇がついにくたばりおった」

「これで我等の中原進出を阻む者はいなくなった」

「しかも、お誂え向きにゴルト・リーアも軍師ドルティーバを喪い、主戦力が大打撃を受けた。軍備再建に数年はかかろう」

「まさに余と貴公に追い風が吹いておるな。魔皇国の領土を余と貴公で分割し、併合してやろうではないか」

「ククク――アルベレスの吠え面が目に浮かぶようだ」

 シルヴァネスとメルジックが固い握手を交わす。

「支配権は切り取り次第ということでよろしいかな?」

「異存はない。皇都リスナルは我が国がいただくぞ」


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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