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第54話 目指す道


 定宿併設の食堂で祝杯を挙げるルファートとシルヴィ。ここ一月ばかりの功績が認められ、晴れて(フェルム)級に昇格したのだ。祝杯と言っても二人は冒険者にありがちなサバ読み成人だったので、果実水で乾杯。二人が格別遵法精神に溢れていたわけではなく、業界の先達からの洗礼で心底深酒に懲りていたのだ。

「浮かない顔だな。念願の昇格果たしたってのに」

「ほとんどあんたの功績じゃん。あたしはあんたにくっついて回っただけだし」

 ザファルトの顎の火蛇騒動以来、身体強化のコツを掴んだらしく、目に見えて実力を向上させたルファート。新人の中でも一頭地を抜く存在になりつつあった。ルファートと対等の仲間でありたいと願うシルヴィ的に、素直に喜べる状況ではない。

「メリンズさんやエミリーさんがあんたの事褒めてたわよ。将来かなりのランクまで出世するだろうってさ」

「俺なんかたいしたことないよ」

 火蛇アイトヴァラスを一撃で粉砕した黒覆面少女や、隻腕のメルダリアといった隔絶した実力者の存在を知ってしまった今、少しばかりの賞賛で調子に乗る気にはなれなかった。

「あたしこのままじゃお荷物だ……」

 困惑したルファートが慰めるも、悄気げた様子のシルヴィには届かない。

「うーん、いっそ魔法使いでも目指してみるとか? 折角魔力持ちで素質あるんだからさ。魔道具屋のドワーフ爺さんも勧めてたらしいじゃん」

 苦し紛れに口をついたその提案は、悩めるシルヴィに天啓のように響いた。

「あたしが、魔法使い?」

 シルヴィが関心を示したことに気をよくしてまくし立てる。

「ちなみに今なら魔法学院の学費も払えるし、バカ高いっていう魔操書(ピカトリクス)だって買えるんじゃね?」

 アイトヴァラスを討伐した謎の黒覆面少女が忽然と姿を消し、ザディックのパーティメンバーに生存者もいなかったため、遺棄されたアイトヴァラス素材の所有権がルファートとシルヴィに巡ってきたのだ。やっかみから異議を唱える者もごく少数いたが、(アウル)級のメリンズのパーティが冒険者ギルドに口添えしてくれたので事なきを得た。

「魔法学院の入学目指すとなると、西のリグラト王国行かないといけないよ。ようやくこの街に馴染んできたのに」

「俺たちゃ気儘な冒険者。何処へ行くのも勝手だし、何をするのも自由だ。なんなら俺も入学してみるかな。身体強化の魔法に俄然興味湧いてきたし」

 メルダリアに叩き込まれた闘気も、どうやら魔力と関わりがあるらしい。魔法への理解を深めることは、更なる強さに繋がるという直感があった。

「いきなり門叩いても門前払いされないかな」

「なら一旦リスナルに戻って、魔道具屋のドワーフ爺さんの紹介状もらうか。遠回りでもそっちの方が確実そうだ」

 考え込むシルヴィ。

「ちょっと待って。クリーガー爺ちゃん、今たぶんリグラト王国にいると思う。あたしたちがリスナル出奔する何週間か前、セルメストの蚤の市に行くとかで、お店ほっぽって旅に出てたし」

「そういやメルダリアさんも義手誂えるとかで、魔道具屋の爺さん探しにリグラト行くっつってたな。よし、行ってみっか。リグラトの王都セルメストとやらに」

「ルファート、ありがとね」

 久々に見せる屈託のない笑顔。ルファートは照れ臭そうに視線を逸らした。



 ベッドの上で上半身を起こした身分高そうな男が、家臣の報告に耳を傾けていた。顔は窶れ果て、時折はげしく咳き込む。心配そうに背中をさすろうとした家臣を手で制す。

「よい。報告を続けよ」

「襲撃者の死体を精査したところ、アサシンギルド所属の者と見て間違いないかと」

「ならば依頼元は闇の中だな。心当たりが多すぎて絞れぬわ」

「やはり選王会議絡みでしょうか」

「そう考えるのが妥当であろうな」

 リグラト当代国王の任期満了まであと二年を切っており、来年には次期国王を決める選王会議が開かれる。既に虚々実々の暗闘がそこかしこで展開されていた。

「シャーリィを救ったという介入者の行方は掴めたか?」

「申し訳ございません。杳として……」

「シャーリィの話によると、かなりの剛の者だったそうだな」

「は。一切の躊躇なく、一撃で刺客を屠っております。技量もさることながら、騎士教育を受けた者の仕業のように思えます」

 古来リムリア大陸の騎士たちには、命の遣り取りをした相手を苦痛なく死に至らしめることを美徳として尊び、相手への礼節と捉える風潮があった。

「どこぞの騎士か……しかし書生のような人相風体であったと、シャーリィが申していたようだが」

「魔法学院の留学生に身を窶していたのやもしれませんね。或いは非番であったどこぞの駐在武官か。引き続き捜索いたします」

 ベッドの男がまた咳き込み、喀血した。

「ラドリック様!」

「私はもう長くあるまい。来年の選王会議にサルーク公爵家当主として出席するのはシャーリィとなろう。娘の補佐、しかと頼むぞ。バルナード」

「……御意」



 その日は生憎の篠突く雨。ルゼット、リファルガン、マティスタら殉職した護衛騎士たちの葬儀がしめやかに執り行われていた。

 遺族たちが拝跪して見送る中、神殿の車寄せに喪服姿のシャーリィが現れる。病臥する父サルーク公ラドリックの名代として弔問に訪れたのだ。横で傘をさしかけるのは侍女のトルメーラ。

 故人たちの両親や婚約者や遺児といった人々の前でかけるべき言葉が見つからず、終始無言のシャーリィ。誰も彼もが陰鬱な表情。方々から聞こえてくる啜り泣き。

「姫様」

 トルメーラに促され、シャーリィは馬車に乗り込んだ。


 父に万一のことがあれば、リグラト王国選王十二公の一席がシャーリィに回ってくるだろう。家督を相続する予定だった兄が夭折したため、思いがけず次期当主の座が巡ってきたのだ。臣下たちの忠誠と献身を双肩に背負って、荊棘の道を歩んでいかなければならない。孤独な重圧。蝶よ花よと育てられ、のほほんと生きてきた自分に、果たしてその覚悟があるのだろうか。何度も繰り返された自問自答。

(あの時の書生さん、今頃どこでどうしてるのかしら)

 脈絡もなく、悲劇に見舞われたあの日を思い出す。信頼のおける側近たちを幾人も喪ったあの日、颯爽と現れてシャーリィを救った謎の少年。

(いやだわ……わたくしってばこのような時に)

 現実逃避の心理か。はたまた無意識に寄る辺を求めているのか。

 シャーリィは前を見据え、決然と唇を引き結んだ。



 最近アルヴァントから茶席の誘いが多い。アルヴァント曰く、クッコロは気兼ねなく雑談できる貴重な相手らしい。彼女のような偉人にしてさえ、やはり初産は不安を掻き立てられるのだろうか。おまけに千五百歳だか千六百歳だかの高齢出産(?)とくる。

「けっこうお腹の膨らみ目立ってきたね」

「魔力波走査した侍医によると、どうやら双子らしい」

「へぇ」

 双子と聞いて、ふと日本にいる双子の従弟妹たちの事を思い出した。桜井大和と桜井瑞穂――彼らは元気にしているだろうか。

「悪阻とか大丈夫だった?」

「人間とは違うからの。今のところ体調は頗るよい。強いて言えば、飲酒出来ぬのが辛いところじゃな。侍医どもが飲むなとうるさくてな」

「アルちゃんお酒嗜むもんね。まぁ赤ちゃん生まれるまでの辛抱じゃない。あ、でも授乳にも飲酒の影響ってあるのか。それなら暫くお酒控えないとだね。――つうか、アルちゃんのお子さんってことは皇子様か皇女様だから、やっぱ乳母さんとか置くの?」

 前世のゼラール帝国の貴族たちには、そうした文化があったはずだ。

「どうであろ。何分前例がないのでな。都合よくヴァンパイア族の妊婦がおればよいのじゃが。妾としては、己の母乳で育てても一向に構わん。酒精程度、魔法で無害化できるから問題にはならぬしな。むしろ、授乳の際に魔力も吸われる故、並みの者では干からびてしまう。そちらの方が問題じゃ」

「うひぃ、そりゃあ確かに問題だ……暗中模索でたいへんだねぇ」

「そうじゃ、そなた乳母をやらぬか? クッコロの魔力ならば乳児たちにも御馳走であろ」

「いやいやいや、あたし母乳出ませんから!」

 冗談だったのか愉快そうに笑うアルヴァント。

「悪阻こそなかったが、ヴァンパイアの場合むしろこれからが難所ではないか。胎児たちが、妾の魔力をどんどん吸収するであろうからの」

「そういや、アルちゃんの魔力、目に見えて減ったね。まぁ今でもありえないくらい膨大だけどさ」

「そなたに言われとうないわ」


「夕食もとってゆくであろ?」

「新婚家庭の団欒にお邪魔じゃない? ご夫婦水入らずの時間でしょう?」

「忖度は無用じゃ。メーベルトは基本寡黙な男での。会話も弾みようがないわ。そもそもあ奴は今不在じゃ。妾の名代としてエスタリスに下向しておる。ダルシャール海商同盟の使節団が来ておってな。今頃は歓迎晩餐会で、ダルシャールの美女相手に鼻の下を伸ばしておるのではないかな」

 クッコロはメーベルトを擁護した。

「皇配殿下はアルちゃん一筋でしょう」

「どうかの。妾も当初あれは禁欲的な求道者かと思っておったが、奴め、あれでなかなか好色な男ぞ。そのなんだ、あちらの方も、剣技に勝るとも劣らぬ手練れでの」

「えぇ……反応に困るんですけど」

 顔を見合わせ笑い合う。

「なんか普通で微笑ましいな。大陸中に名前を轟かす魔皇ご夫妻ちゅうても、その辺の庶民の若夫婦と一緒だね。もてる旦那さんの帰りをやきもきしながら待つ嫉妬深い奥さんって感じで。お惚気ごちそうさま」

「誰が嫉妬深いじゃと? まったくもう、そなたにはかなわんな」


 アルヴァントを外食に誘ってみた。

「そういや、出張先で料理美味しいお店教えてもらってさ。今度行ってみない?」

「ほう。何処じゃ?」

「ラドラスっていう宿場町。アレク大森林の南側の街道沿いかな」

 脳裏で地図を再現している様子。

「あそこか。皇都から馬車で二日といったところか。そなたならば一瞬であろうが……よし、今から行くか」

「え? お城の厨房でもう今夜の食事準備してるんじゃない? 料理人さんたちに悪いよ」

「なに、皇城には何千もの臣民が働いておる。食材が無駄になることはあるまい。誰かの賄いがほんの少し豪勢になるだけじゃ」


 例によって擬装用の冒険者装備、即ち水丘高校女子制服に着替え、ラドラスの街へ転移。

「ここだよ。肝っ玉食堂」

「繁盛しておるようじゃな。これは期待できそうじゃ」

 壁に掲げられた木札のメニューを見てほくそ笑むアルヴァント。

「酒の肴によさそうな品が多いの。楽しみじゃ」

「まぁ冒険者御用達の食事処みたいだからねぇ。てかアルちゃんや、お酒は注文しないでよ」

 クッコロが釘をさすと悲哀に満ちた顔をされた。苦渋の返答。

「……分かった」


 クッコロが空席のテーブルに移動しようとしたところ、先客が食事中のテーブルに近付くアルヴァント。

「相席してもよいか」

 どういうつもりだろうと様子を覗う。先客たちは傭兵風の三人連れで、みな美しい女性だった。

「そちらのテーブルが空いているでしょ。向こうへ行きなさいよ」

 果たして警戒まじりの拒絶にあう。

「まぁそう申すな」

 食事を中断してアルヴァントの顔をまじまじと見た三人が、一様に噎せた。

「え? うそ! なんで?」

「陛――」

 陛下と口走りそうになった者が、アルヴァントの目配せで慌てて押し黙る。

(なんだ、アルちゃんの知り合いか。あの様子からして臣下の人かな)

 アルヴァントに手招きされて席に着くクッコロ。

「今は微行の最中だ。私の事はアル・チャンと呼ぶように」

「分かりました、アル・チャン様」

 傭兵風の三人は状況判断力に優れているようだ。色々と察した様子で、態度をこちらの設定に合わせてきた。

「思いがけないところで会うの。この店にはよく来るのか?」

「はい。贔屓にしております」

「食通のそなたが贔屓にするほどならば、間違いあるまい。そうそう、東方の件はご苦労だった。見事な手並みだったぞ、カルマリウス」

「光栄ですわ」

(この人、例のサキュバスの魔将さんか。そういや何回か遠目に見たことあるな)

 クッコロを鋭く睨むカルマリウス。

「それで、この者は?」

 会釈するクッコロ。

「初めまして。クッコロ・メイプルです。不束者ですがよろしくお願いします」

「そなたら初対面だったかの。クッコロを召し抱えたのはカルマリウスの遠征後であったか。ちょうど入れ違いになったのじゃな」

「セルドと手合わせした際は居合わせましたが。――あなた、あの程度の未熟者を捻ったからと言って増長しないことね。あれを魔将の物差しと見做されるのはちと業腹だわ」

「クッコロはメーベルトも下しておるぞ」

 アルヴァントが余計な情報を投下。好戦的な笑みを浮かべるカルマリウス。

「面白い。クッコロ・メイプル、日を改めて私とも手合わせしてちょうだい。魔将の力を教えてあげる」


 念話でアルヴァントにぼやく。

『この赤髪のおねえさん、やたらあたしに攻撃的じゃない? あたし何かやらかしたっけ?』

『新参のそなたが妾の信認を得ておるのが気に食わんのであろ。こういう時は、とりあえず戦って白黒つける。魔族はこうでなくてはな』

『あたし人間なんですけど……』


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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