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第55話 蠢く者


 リカントロープ族の聴覚は嗅覚に次いで鋭敏だ。大概は雑音として聞き流すが、自分の名前ともなるとさすがに意識の網に引っ掛かる。同名の客でもいるのだろうかと厨房からホールを覗き、すかさず物陰に身を隠す。セルドのかつての主君と同僚がそこにいた。庶民に扮しているが見間違えようもない。

(他人の空似か? いや、どう見てもアルヴァント陛下とカルマリウス将軍に間違いない。なんだってまたあの二人がこんなところに……)

 竈で鉄鍋を振っていた女将のトルアが言った。

「あたしゃ手が離せない。あんたお客さんの注文訊いとくれ」

 尻込みしていると雷が落ちた。

「ちゃきちゃき動きな、木偶の坊! メシ抜きにするよ!」

「はい!」

 雇用主で師匠たるトルアの叱咤に、考えるより先に体が動く。ここしばらくの修行生活で条件反射になっているようだ。

(ええいままよ。陛下もカルマリウス殿も人化した俺の姿は知らないはず)


「その鬱陶しい覆面取りなさいよ。アル・チャン様の御前で失礼じゃない」

 クッコロは頷いて、素直に封魔の頭巾を外した。どの道食事の際には邪魔だし、深く考えてのことではなかった。途端、カルマリウスの副官と紹介された二人が緊張した面持ちで身構える。

「かわいい顔してとんでもない魔力ね……メーベルト殿を下したというのも、あながち虚偽じゃないってことか」

 魔力の隠蔽もだいぶ練達してきたつもりだったが、サキュバスの三人は歴戦の武人だけあってか、魔力感知に秀でているようだ。アルヴァントが笑った。

「マルセラスもリューゼルもそう身構えるでない。クッコロの強さを察知できるだけでもたいしたものじゃ。さすがはカルマリウスの側近よ」

 長身でやたら筋肉質なウエイターが来た。体躯に似つかわしくない裏返ったような声。おまけに何故か挙動不審である。

「い、いらっしゃい。ご、ご注文は?」

 お勧めの一品料理を何皿か注文。アルヴァントがさり気なくエールを頼もうとしたので制止する。ウエイターが下がったところで苦言を呈した。

「固いのぅ。エールなど酒のうちに入らぬであろ。水の如きものじゃぞ」

「やめなさいって。この人はもう油断も隙もありゃしないんだから」

「分かった分かった」

 ぼやきつつもクッコロの直言が嬉しいらしく、ニヤニヤを禁じ得ないアルヴァント。

 カルマリウスの額に青筋が浮く。今にも抜剣しかねまじき剣幕で言った。

「貴様……アル・チャン様に対し奉り、先ほどから無礼な言動の数々、許せぬ」

 なにかと噛みついてくるカルマリウスに鬱憤を溜めていたクッコロも、ちくりと反撃。

「いやだってアルちゃん身重ですし。飲酒はお諫めするべきでしょう? おばさんこそ臣下のくせに、その程度の配慮も出来ないんですか」

「お、おば……」

 カルマリウスの頬が痙攣。蒼白になるマルセラスとリューゼル。

「生意気な小娘ね。表へ出なさい。魔皇国貴族の作法を教えてあげるわ」

「いやですよ、流血沙汰なんて。せっかくの料理が不味くなる」

『よいぞよいぞ、もっとやれ』

 アルヴァントが念話で茶々を入れてきた。

『面白がってないで止めてよ~。もう美味しいお店見つけても、アルちゃん誘わないよ?』

『む、それは嫌じゃ』

 泡を食ってとりなし始める。

「カルマリウス、そう目くじらを立てるな。この者は妾の友人。無理を言って我が国に招聘したのじゃ。多少の無作法は大目に見てやってくれ。クッコロもちと言葉が過ぎるぞ。存外毒舌じゃな、そなた」

「……アル・チャン様に免じて、今日のところは勘弁してあげる。命拾いしたわね、小娘」

「それ典型的なかませ犬の台詞ですよ、おばさん」

 視線で斬り結び、舌鋒が火花を散らす。

(波長合わない人っているよね……アルちゃんとはすぐに仲良くなれたけど)

 アルヴァントとはとても馬が合う。畏怖や欽慕といった感情を向けられることの多いアルヴァントにとって、対等な友人のノリで接するクッコロは新鮮な存在なのだろう。

 クッコロは溜息を吐いてカルマリウスから視線を逸らした。

(この人とは距離置いたほうよさそう)



 皇都リスナル内廓。上級貴族の広壮な邸宅が連なる区画に、オーク族長にして魔将ガルシアの屋敷がある。今屋敷の主は招かれざる客を前に、不機嫌さを隠せずにいた。

「いやぁ潜入に苦労したよ。どこの手の者か知らないけど、随分マークされてるねぇ君」

「ここへは顔を出すなと申し渡したはずだが? 貴様らとの接触が明るみに出て、御上に猜疑を懐かれてはかなわん」

 ガルシアと対峙するフードの男がせせら笑う。

「それこそ自業自得じゃないのかね。まぁそれは措いといて、件の魔皇は近頃魔力の衰弱が顕著だね」

「御懐妊の影響だろう。侍医団の診立てだと出産後半年もすれば元に戻るという話だ」

「ふぅん。つまり出産の直後は千載一遇の好機ってわけだ」

「……何が言いたい」

「数ヶ月前魔皇がエンシェントヴァンパイアに進化した際には、もう手出しは無理かと諦めかけていたんだけどね。こんな僥倖が転がり込んでくるなんてそうそうないよ」

 図太いガルシアもさすがに息を呑んだ。

「陛下を弑し奉れと申すか……」

「なに気後れしてるのさ、らしくもない。まさか反逆は禁忌だとか興醒めなこと言わないだろうね? そんなものは惰弱な人間の支配者が、保身のために流布した価値観だろうに」

「……」

「君たち魔族は違うだろう? 最も強い者が即ち魔皇と呼ばれるのさ。下剋上こそ本懐。弱者は玉座に相応しくない。つまらない皇位の世襲なんか以ての外だよ」

「アルヴァント陛下は紛うことなき最強の魔族。幾許か弱体化したところで、易々と打倒できる御方ではない。おまけにメーベルトという万夫不当の勇士が身辺を固めておるのだぞ。弑逆など不可能だ」

 フードの男が懐中から魔法袋を取り出した。

「そんな悩める君にこいつをプレゼントしようじゃないか」

 胡乱そうに魔法袋を検めるガルシア。五つの骨片が転がり出た。

「何だこれは?」

「ドラゴンの牙だよ。竜牙兵(スパルトイ)化の魔法が施してある」

「ドラゴンの牙にしては貧相な骨片だな。このような児戯、陛下やメーベルトに通じるはずがなかろう。それこそ歯牙にもかけられず一蹴されて終わりだ」

 フードの男が人差し指を振る。

「そんじょそこらのドラゴンの牙じゃないんだよなぁ。ま、細工は流々仕上げを御覧じろってやつさ」

 卓上に散乱する骨片を無言で見詰めるガルシア。

「腹を括りなよ、ガルシア将軍。魔皇は君の尻尾を掴みつつある。うちらのアジトも数ヶ所手入れを食らって壊滅させられたよ。まったく、齢を食ってるだけあって恐ろしいほど知恵が回るね」

 ガルシアの舌打ち。

「貴様らが下手を打って自滅するのは勝手だが、私に累を及ぼすな」

「つれないなぁ。うちらは一蓮托生じゃないか。もはや君に退路はないんだよ」



 その後セルメストの蚤の市や道具屋巡りに足繁く通って残る霊薬素材を探したが、世界樹の葉と混沌魔晶石はなかなか見つからない。

 いくつか魔晶石レベルの品質と思われる魔石を見つけて購入したものの、アルヴァントに鑑定してもらったところ、既に所有済みの魔晶石だった。備忘録とにらめっこ。

(ええと、なになに……土、水、火、風、鉱、木、氷、空、雷、光の十種が二個づつなったのか。うーん、ライセルトさん厄介って言ってただけあるな。もう魔物ドロップ狙った方早いような気がしてきたよ。どの魔物から採取できるんだろ、混沌の魔晶石)

 アルヴァントに訊いてみたが知らないそうだ。そこで青の月(アグネート)に転移し、ライセルトに相談してみた。身近に該博な賢者が多いので重宝だ。


「天然物の混沌魔晶石は、そうそう市場に出回らないだろうね。混沌以外の十一属性の魔晶石が揃ってたら、魔法で合成できるよ」

「へ? マジですか。先に教えてくださいよ~」

 手持ちの魔晶石を全て取り出す。

「おや、十一種あるね。合成してあげようか?」

 気軽にのたまうライセルト。ぐぬぬと呻くクッコロ。色々と言いたいことを飲み込んで頼む。

「……お願いします」

 ライセルトが頷く。十一種の魔晶石が宙に浮かび、ライセルトの周囲を衛星のように周回し始めた。

「魔晶石の品質によっては合成失敗するから、いちおう了承しておいてね」

 後学のために見物していると、時間かかるよと忠告された。

「どれくらいかかりそうです?」

「私も合成は久々だからね。慎重に進めたいから二ヶ月は見てほしいかな」

「ありゃ……お手軽にちょちょいのちょいって訳にもいかないんですね」

「残りの素材集めてくるといいよ。あと足りないのは闇かな?」

「それと世界樹の葉ですね。こいつも難儀しそう」

 ライセルトが首を傾げた。

「メイド長のメアリから連絡がいってなかったの? 世界樹の葉見つかったみたいよ」

「えええ、何処でですか?」

「ランベルの屋敷の玄関ホールだよ。観葉植物として世界樹の挿し木が鉢植えされていたみたい。葉っぱを一枚失敬するといいよ」

「勝手に採取して怒られませんかね? あの武闘派ハイエルフさんとは、あまり揉めたくないんですけど」

「大丈夫。仲間意識強い子だから、ギルドメンバーには寛容だよ。まぁ文句言ってきたら私が口添えしてあげる。バレないと思うけどね。ランベルが次に目を覚ますのは千年以上先だし」

「それもそっか。何はともあれ、これで残るは闇の魔晶石一つですね」

「混沌魔晶石の合成失敗しなければ、だけどね。二ヶ月後にまたおいで。その時まで闇魔晶石入手できていたら、そのままエリクシル調合してあげる」

 霊薬素材の収集はかなり難易度の高いミッションに思えたが、こうして目途が立ったことで愁眉を開いた。

(おし、もうすぐディアーヌさんのマナファース病治してあげられる。いっちょ気合い入れて探しますか)

 禁書庫から去り際、ライセルトがぽつりと言った。

「昨今、皇都リスナルに妙な気配があるよ。気を付けてね」

「妙な気配?」

「私の勘違いだったらいいんだけどね。どうも龍神の遺物が持ち込まれたみたいだよ」



 魔皇国宰相ゼノン・ドレイク侯爵の元に、商工省と内務省を管掌するそれぞれの閣僚が訪れていた。

「ふむ。どの戦略物資も前年比二割から三割の相場高騰か。無視できる数字ではないな」

 報告書に目を通した老宰相が唸った。

「ええ。気になったので商品の動きを追跡してみました。迂回取引で巧みに隠蔽しておりますが、オーク族とリカントロープ族の複数の諸侯が物資の備蓄を厚くしておりますな」

「飢饉への備荒でしょうか?」

「ならば取引を隠蔽する必要もあるまい。そもそも南部諸州の穀倉地帯は、近年にない豊作ではないか」

「……何やらきな臭いですな」

「リカントロープのグリードの後釜は誰だ?」

「舎弟のコルヴィス子爵という男ですね。あとはセルド元将軍の妹がおったはず。セリナと言ったかな」

「よろしい。ガルシア将軍とコルヴィス子爵らの監視を怠らぬように」

「はは」

 ゼノンが嘆息した。

「陛下に奏聞せずばなるまいな。お世継ぎの誕生が近い今、宸襟を悩ませ奉るのは不本意なのだが」

「心中お察し致す。そういえば宰相閣下のお孫様も御不例でありましたな。ご心労が重なることで」

「そちらはまぁ私事だからな。この機会に国家の獅子身中の虫を一掃したいものだ。それでこそ、後顧の憂いなく東方諸国と対峙できるというものだが」


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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