第49話 料理メイド
オータムリヴァ島の仮設領主館執務室へ転移すると、既に深更だった。
(あれ? 灯りついてる。まだ誰か仕事してるのかな? やめてよ~うちはブラックじゃないんだから)
隣の会議室から聞こえてくる侃々諤々の議論。ひょっこり顔を出してみた。
「こんばんは。遅くまでお疲れ様です」
「あ、クッコロ様。お戻りでしたか」
会議室にはミリーナの他、ケット・シー族のカルムダールら評議員たち、オババ様、冒険者ギルドのランタース、商業ギルドのウェンティといった面々が参集していた。
「皆さんお揃いで何事ですか」
ランタースが代表して答えた。
「港の沖合に海賊の船団が現れ、投錨しているのです。クッコロ様とディアーヌ様が不在の中、どう対応すべきか協議していたところです」
「海賊?」
「掲げている船旗は竜爪団のものです。昼にランザー号船長リュートル・ネイテールの名代という使者が参りまして。新領主ノルトヴァール伯を表敬訪問したいという趣旨の口上を持ってまいりました」
「この忙しい時に……ランタースさんはどう思う?」
「示威行動で探りを入れてきたのでしょう」
血の気の多いケット・シー族の長老たちが異口同音に言った。
「おのれ、海賊風情が。一隻残らず沈めて海の藻屑としてやりましょうぞ」
「この島に手を出したら如何なる事になるか、知らしめる必要がありますな」
「クッコロ様。何卒ケット・シー族に先陣の名誉を賜りたい」
(この人たちも喧嘩っ早いな……表敬訪問って明言してるんだから、普通に挨拶じゃないの? あたしの思考がお花畑なのかなぁ)
ウェンティが控えめに挙手して発言した。
「ディアーヌ様は以前、竜爪団を懐柔してノルトヴァール伯爵家の傘下に加えたいと仰っておりました。離島を領地とする我々にとって、彼らの海上戦力は確かに魅力的ではあります」
普段のクッコロであれば鷹揚に構え、折衝に長けたディアーヌなり経験豊富なランタースなりに丸投げするところだが、この時は用件が立て込んでやや短兵急になっていた。
「今悠長に人を介在させてる余裕ないし、あたしが直接話付けるよ。向こうさんどういう御託を並べるのやら」
ネイテール侯爵子孫氏のお手並み拝見だ。
「交渉事に慣れた相手なら、足元を見られる恐れがあります」
「あたしはそういうとこ抜けてるかもしんないけど、ランタースさんやウェンティちゃん隣に控えてたら大丈夫でしょ」
以前エスタリスで話し合った印象だと、さほど極悪非道な人物ではなかった。
(確かに悪党ちゅうか反骨の人ではあったけど)
「そんな訳でミリーナちゃん、段取りお願い」
「かしこまりました。明朝使者を送って、引見の為出頭するよう申し伝えます」
「いやいや、あたしが向こうに出向くから船の準備を」
「それはさすがに危険では――いや、クッコロ様なら大丈夫かもしれませんが……」
ミリーナが言い淀んでいると、ランタースが助け船を出した。
「おそれながら、領主として鼎の軽重を問われます。先方がクッコロ様を侮り、交渉が不利になるかもしれません」
「こちらの意気に感じてくれるかも?」
「そんな甘い相手じゃありませんよ」
考え込むクッコロ。
「じゃあ正使ランタースさん副使ウェンティちゃんで、あたしが御付きのメイドさんてことで」
「クッコロ様が出向かれるのは既定路線ですか……」
「非常時には転移で脱出できますよ」
「正体は伏せる方針ですか?」
「うーん、その場の流れ次第かな。でも、感付かれるかもですよ。リュートルさんなかなか鋭そうな人だったし」
「竜爪団首領と面識があるのですか」
クッコロは曖昧に笑った。溜息をつくランタース。
「交渉の先導は私に御一任くださいませ」
明朝、短艇に揺られて沖合に停泊する海賊船団へ向かう使者一行。メイド服を着て何故かご満悦なクッコロ。
(文化祭思い出すな)
このメイド服デザインは、ゼラールの宮廷文化を色濃く反映しているようだ。水丘高校の文化祭で着用したようなミニスカートでフリルをふんだんにあしらったジャパニーズメイド服ではなく、ごく実務的なヴィクトリアンメイド服に近い物だった。
「いつもの覆面はお召しにならないのですか」
「前にリュートルさんと覆面で会ってるからね。それに一介のメイドが黒覆面してたらいかにも怪しいじゃん」
向いに座るランタースの長い尖り耳をまじまじと見る。
(そういやこの人もエルフだったな)
「ランタースさんはエルフ国の出身なの?」
「生国ということであればリグラト王国になります」
時間つぶしの雑談と取ったようで、気軽に応じてきた。
「エルフ国じゃないんだ。エルフ国ってどの辺にあるかご存知?」
「国の位置は秘匿されておりますので、私も存じません。両親はエルフ国の出身なのですが、私自身訪った事がないのです。エルフ国に興味がおありですか」
「まぁ謎に包まれたところと聞けば、正直興味はそそられるね」
「リムリア大陸の何ヶ所かに入口があるそうですよ。魔法で移動するそうです」
(やっぱ転移門的な施設なんだろうなぁ)
「ここから最寄りだと、ゼディーク高地とかカルネラ半島の何処かに入口があるという噂です」
「いいの? 秘匿情報気安く教えちゃって」
「祖先の国ではありますが、私の所属国ではありませんので。何の義理もありませんよ。エルフ国は閉鎖的で排他的なお国柄らしく、脱国した同胞には殊の外風当たりが強いそうです」
「そうなんだ」
「それに入口の場所を把握したところで、エルフ以外の者は移動の魔法陣を起動できないそうなので、入国は難しいと思いますよ」
「そっか。……じゃあハイエルフのランベルって人知ってる?」
「古代の女王の名ですね。龍神の一体と互角に戦ったという伝承を聞いたことがあります」
(……あの時戦わなくてほんと良かったよ)
「そろそろ到着します。お支度を」
船団に近付くと竜爪団の水夫たちに誘導され、旗艦ランザー号と思われる大型帆船に横付け。縄梯子を伝って舷側をよじ登る。身体強化お化けのクッコロと元冒険者のランタースはともかく、お嬢様育ちのウェンティはかなり悪戦苦闘していた。
熊のような巨漢が進み出て言った。
「いい度胸だな、お嬢さん方。女旱りの野郎だらけの海賊船までのこのこやってくるたぁよ」
「口を慎みなさい。私たちはノルトヴァール伯の正式な使者です」
ランタースに対応を委ね、クッコロは黙って後ろに控えた。
「そいつぁ失礼した。俺様は竜爪団の幹部、リゼルトって者だ」
(俺様って一人称使う人初めて見たよ)
「キャビンに案内しよう。お頭がお待ちだ」
「いえ。陽気もいいし甲板で結構。ここに会見の席を設えて頂きたいわ」
「フン。用心深いこった。いいだろう」
陽射しの強い甲板上で、たっぷり一時間ほども立ったまま待たされる。この不遜な対応も駆け引きの一環なのだろう。
「待たせたな。俺がリュートル・ネイテールだ」
ランタースとウェンティが苦虫を噛み潰したような顔で名乗る。
「むさくるしい所ですまんな。これでもうちは業界じゃマシな方だが。自慢じゃないが、うちの船員どもは十日に一度は風呂に入るんだぜ」
(道理で海賊たちみんな体臭きついわけね)
船上生活で水は貴重だ。真水抽出の魔道具を持たない貧乏所帯の船員は、何年も入浴しない者がざらにいるらしい。劣悪な衛生環境と栄養状態で、さしも屈強な海の男も健康を損ねがちになり、短命な者が多いという。
(現実は過酷ってことか。マンガや映画みたいに清潔で小粋な海賊ってのは架空の存在なんだろな)
「そう顔を顰めなさんな。俺は紳士だからほぼ毎日風呂に入ってるよ。汗臭えのは苦手でな」
(ここにいたよ、清潔で小粋な海賊)
竜爪団は老舗の海賊だけあって、構成員の福利厚生らしきものになけなしの配慮はあるらしい。
「ランタースと言ったか。エルフが魔皇国貴族に臣従とはな。珍しい取り合わせだ」
「政策顧問を拝命したけれど臣下という訳ではないわ。私はあの街に設立予定の冒険者ギルドでギルマスに内定しているの。こちらのウェンティ嬢も同様で、彼女は商業ギルド長に内定しているわ」
会釈するウェンティ。
「ふぅん」
リュートルは二人の使者を値踏みするように眺めた。
「たいしたタマだ。肝が据わってやがる。身の安全を確信したツラしてんな」
「実際私たちはきわめて安全だもの。むしろあなたたちが死地に立っているかもしれないわよ」
(ちょ、ランタースさん――そんな煽っちゃ……ウェンティちゃん、ちらちらこっち見ないで)
ふと気が付くと、リュートルがこちらをじっと見詰めていた。
(しまった。つい目逸らしちゃった)
かくなる上はテンプレートに則り、ことさら平静を装って口笛でも吹くか。もちろん常識人を自任するクッコロ。そこは空想にとどめておく。
「おい、そこのメイド。以前どこかで会ったか?」
返答に窮していると、ランタースがフォローを寄越す。
「この者が何か粗相を?」
「……いや。何でもない」
空気を読んだのかは定かでないが、ここは流してくれるようだ。
「お前さん方、腹は減ってないか。昼メシ付き合えや。談判の前に腹拵えといこうぜ。腹減ってちゃ戦もできんだろ」
「エルフ族の界隈では、空腹時のほうが頭が冴えわたって集中力も増すと言われてるけどね。まぁいいわ。ご相伴にあずかりましょう」
「長命種には長命種なりの経験則があるんだな。――おい、客人の分も用意するよう厨房に伝えてこい。海賊料理が貴族の家中の口に合うか知らねえが」
何事か思い立ったのか、ランタースが提案した。
「そう言う事であれば、当方からも一品二品料理を提供させていただくわ。こちらのノルトヴァール伯爵家メイドはなかなかの料理巧者。目から鱗の感動を得ること請け合いよ」
(え? ちょ――聞いてないんですけど……ランタースさんのことだから、何か考えあるのかな)
「ほう、面白え。いっちょ料理勝負といくか?」
(時々いるよね、勝負に拘る人。そんなとこもやっぱ似てるな、養父上に)
記憶の中のネイテール侯は、まさにリュートルのような感じだった。
オータムリヴァ島の開発に従事する人々に陣中見舞いで手料理を振る舞った事が幾度かある。すごいだの美味いだの素直な称賛を浴びるうち、クッコロも興が乗って食材や調理法を試行錯誤するようになった。娯楽が少ないこの世界で、料理が恰好の趣味になりつつあったのだ。
「どれ、ひとつ腕によりをかけますか」
ランザー号の厨房や船倉に案内されたが、船の料理人たちに露骨に嫌な顔をされたので、早々に甲板へ戻った。
(やっぱ生鮮食品はほとんどないか。酢漬けとか干し肉とか魚の干物とかそんなんばっか)
清水タンクらしきものより酒樽がやたらと目についた。海賊らしいといえばらしいのかもしれないが、これも保存性重視の思想ゆえか。
(食材は自前で調達するか。海の上だし、ここは海鮮一択だよね)
船縁から紺碧の大海原に目を凝らす。魔力波走査発動。複数の結界玉を海中へ潜行させる。
(おおう、魚群探知機と水中ドローンだねこれ)
我がことながら便利魔法に苦笑い。海中を乱舞する魚影を物色しつつ献立を検討。
(食の嗜好は遺伝するって説もあるんだよね確か。ネイテール侯の好物ってどんなんだっけ……)
クッコロは前世の食卓の記憶を手繰った。
(お。あの魚見覚えあるな。名前分かんないけど)
日本で言えば、カワハギを二回りほども大きくしたような魚。どちらかというと高級食材というより庶民に馴染み深い大衆魚だったが、肝が美味で珍重され、養父ネイテール侯も晩酌のアテに好んで食べていた気が朧げにする。
(あれにしとくか。よっと)
良さげなサイズ五匹ほどを転移魔法で手元に引き寄せ、すかさず脳髄と血液、内臓をこれまた転移魔法で抜く。魔力波走査で寄生虫の有無を検査。
(肝心の肝に寄生虫いるな~。湯霜して裏漉しすれば大丈夫か――ってか、転移魔法で取り除けばいいのか。えい。身の方はいちおう真水で洗浄しとこう。この世界の海にも腸炎ビブリオ的な細菌いたらまずいし)
何処に居ようとも真水を潤沢に取り寄せることが出来るというのは、大きなアドバンテージだろう。
結界を成形した包丁と俎板でおろしていく。
(これってカワハギみたいに手で皮剥くのかな~? ……上手くいかないな。似てても別種だし、やっぱ生体構造違うか)
三枚におろし、腹骨と血合い骨を除去。皮を引いて柵取り完了。ここで魚の柵に強化魔法をかける。
以前アレク大森林での野営中、コカトリス肉に強化魔法をかけて供したところ、ラディーグやボーディルのパーティにいたく好評だった。その後も肉の種類を変えて実験を繰り返したところ、どういう機序かは謎だが、強化魔法によって肉の熟成が進み、旨味が飛躍的に向上することをつきとめている。
(けっこう弾力ある白身なのね。薄造りにしてマリネにしようかな。肝は漬け汁に溶いてっと。アラは味噌汁にしたいとこだけど、如何せん味噌ないしな。魚介コンソメスープでいいや)
味見して頷くクッコロ。
「ま、こんなもんか」
無言でクッコロの料理に舌鼓を打つリュートル。勝ち誇ったドヤ顔のランタース。リュートルが静かにカトラリーを置き、テーブルナプキンで口を拭った。
「……美味かった。おふくろの味に似てた」
それは、この海賊にして最大級の賛辞だった。




