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前橋彰子の楽しいおしゃべり

「さて、」


周囲を見回せば、私の言葉を理解出来た者もちゃんと居るようで。それも、少なくはない人数がちゃんと居る。別に、馬鹿ばかりを集めた教育機関では無いものね。生まれも育ちもしっかりとしている、教育も幼い時分から一般家庭などよりは充実したものを受けて育っている、そんな子供ばかりが集まった場所だもの。

一を聞いて十を聞く。そんな言葉だって簡単に可能とする生徒ばかりな筈よ。

というか、居てくれないと困る。

だって此処は、人の上に生まれながらにして立っている立場の人間が通っている教育機関、その高等部なのよ?それぐらい出来なくては、それの下に就かねばならない者達の将来が、この国の将来が本当に心配。

だから、私の『無関係だなんて言うな』という言葉の意味も、ちゃんと理解してくれたことでしょう。


「関係無い?彼等が勝手にやったこと?」


それがまだ理解の追い付いていない生徒達が口々にしていた意見だ。

でも、それを本心から信じているような人間は居ない。不安や戸惑い、恐れから、そう自分に言い聞かせたいだけなのよね?この学園に、それを本心から言ってしまう人物は在籍していてはいけないと、私は思うのよね。


自分の周りの誰かが言っているのを聞いていた生徒達が、気まずげに顔をしかめる。

ほら、ちゃんと分かってる。


「まぁ、確かにそうよねぇ」


顔を顰めたり、目を逸らしたり、する生徒達が璃玖やあの子から聞いて校内の状況から推測していた数よりも多い様子。だから、少しだけ作戦変更してみよう。


「こんな大切な学校行事で、あんなプライベートな事を発表するなんて、誰が想像がつくと言うのかしら。分かっていたのは、実行犯である生徒会を始めとする一部の面々くらい。彼等だけで考え、実行したサプライズたものね」

分かるわ~と。

生徒会達のせいにしたがり自分達の無実を訴えていた生徒達の意見に、同意するような言葉を漏らしてみせた。


「彼らは特別な存在。優秀な生徒達の中から選ばれた、才覚に溢れる生徒。選ばれる事の無かった、ただの生徒では、そんな彼等が考えた行動を推し量ることなんて出来ないわよね」


逃げたい。

そう思う生徒達は顔色を明るいものにする。スーツを纏って立つ私に、学園の生徒ではない大人である私、あの人達と共に現れたことで社交界にも顔の聞く、つまり取り成してくれるかも知れないという希望を匂わす私に、彼等はしがみつき、すがりたいのだ。

その顔が僅かにも歪むのは、頭の奥底では事態をちゃんと理解しているからだ。


「そう、選ばれた。彼等は選ばれて、あの地位にあった」


えっ?

希望を見つけたと歪みながらも表情を緩めていた生徒達が凍りつく。


「だって、ね?ほら、こんなゲリラ的な壇上ジャック。一般生徒はしようなんて考えるかしら。実行してしまうかしら。」


息を潜めて全てが終わるのを待っていた、件の生徒会メンバー。

それを控えめに、そう堂々としてではなく控えめに、指差す。


「しないわよね?だって、普通の生徒は壇上にあがるということなんて稀なこと。馴れないことを、土壇場で、しかもこんなに大勢の前でだなんて。私はちょっと、勇気が出ないわ。生徒会として彼らが元々、壇上に上がる権利と機会を持っていたからこそ、あんなことを仕出かそうと思いつく事が出来たんじゃないかしら?」


生徒達が全員、自分達に注目して然るべき。

そう思っていなければ、壇上に上がって大発表なんてサプライズを思い付きもしないし、実行しようとも思わないもの。だって、普通の人なら恐れるものよ?なんて言えばいいのかしら。

場が白ける?

失笑?

あぁ、空気読めやダァアホゥ!ってことね。

選ばれた者であるという自負があるからこその、祝福を受ける自信が彼等にはあった。


「彼等はその権利と義務を持っている生徒会役員。その権利と義務は何時、誰が彼らに与えたのってことにもなるわね?」


それは元々持っていたものではない。誰も彼もが例外なく、それを途中で手に入れる。勿論、そうなる事を期待される生まれや能力を持つと入学前から分かっていた、なんて生徒も居るだろうけど、それでも建前としてはちゃんと入学後に、生徒全員がそれを得る可能性を得るもの。


えっ?それは…。

あっ…。


うん。後少し。

「生徒会役員。彼等がのさばるのを許したのは…」

これで分からなかったら、小学校の社会科の授業でもやり直してくるか、世界独裁国家ランキングの上位国に移住をお薦めする。ちなみに私のおススメとしては、サウジアラビアかな?第一位だもの。


「生徒達による直接選挙、それによってその役職を務めるに相応しい能力を持つと認められた生徒が選ばれる。彼等を選んだのは、俺達自身」

そういうことですよね、と答えてくれたのは、秋月教諭の近くに立っていた男子生徒。

「あら、ありがとう。確か、鳳凰院春日君だったわよね?噂はかねがね」

「噂ですか。一体、どんな噂なんだか…」

「あら、変な噂じゃないわよ?優秀な生徒で、もしかしたら生徒会長は貴方だったかも、っていうだけの話」

実のところ、すでに学園の現状というものは、社交界でも少しずつ囁かれ始めている。

だって、そんなの当たり前でしょう?

別に学園は閉ざされた空間じゃないもの。子がどういう生活をしているのか、成績はどうとか、交友関係はとか、むしろ上流階級を自負している人間の方が子供の学校生活を知りたがる、悪く言えば支配したがる。今時でいうところ、モンペという言葉に表される。そして、誰か一人のそれを知れば、瞬く間に広がっていくのは人の性。その内の良い評価よりも、悪い評価というものの方が早く、そして長く、ついでとばかりに尻尾や鰭が付いて広がっていくもの。


今回のこれもそう。

尾鰭はたっぷりと、そして長く。

今日この日から、それは始めるでしょうね。

これは絶対。愛車の原付賭けてもいいわ。


まず始めはそうね。

「人を見る目が無い。貴方達はそう言われるでしょうね」

えっと驚く声と、そうだなと苦渋を含んで頷く声。

それは仕方無いことでしょう。だって、選挙によって選ばれた人間達によって行われたものなんだから。

でも、と納得しないのも理解出来るけど。

そんな人に成り果てるなんて、選挙の頃には分からなかった。そうよね。その頃にはまだ、川添沙希の介入は無かったものね。

でも、

「次に下されるのは、未来さきを見る目が無い、という評価」

自然とそうなるだろうけど。当時はそんな人達ではなかった、と言い訳をするのなら、すればするだけ"未来さきを見通せない"と言う評価は早くに口に上ることになる。


この学園に在籍している生徒にとって、この二つの評価は最強に最悪。

私だったらとっても嫌な汚名だと思うわよ?

だって、ねぇ。この学園の生徒は将来、人の上に立つ事を運命付けられている生まれの子供ばかりなのよ?そんな人間が人を見る目が無くて、先見の明も無いって。汚職に手を染める人間を重役に置いたり、詐欺師に仕事を任せてしまったり。世界の動きを予見することも出来ずに、大損をもたらしたり。そんな事をする可能性があるって分かっている人間を、自分達の上に置きたがる人は居ない。

株を楽しんでいる私みたいな人間としては、そんな人間が上に立ってしまうような会社のそれを、おちおちと購入しようかと思ってもいられない。

それはきっと、私以外も考えるはず。

うん。

これを機に、手放す人も現れるかも?

そうなったら、そうね。大変よね。


「それを回避出来たチャンスはあったのに。ここまで突き進んでまったのは、痛かったわね?」


気づいた時点で対策を取っていたら、どうにでもなったのに。

透子をいじめて憂さ晴らしする方へ進んで、目を逸らしていたなんて、悪手よね。

だって、勝手を始めた生徒会役員を排除する方法はちゃんと、用意されている。生徒会役員に絶大な権限が与えられている学園だもの。それはしっかりと、生徒会規約にも示されていて、誰もがやろうと思えば出来ることだった。

リコール。

その為の手段があったのに、彼等は誰一人としてそれを突きつけなかった。

川添沙希という存在が蜂の巣を突き始めてから、別に間もない訳じゃない。年単位で何時だって、リコールの機会はあったのだから、どんな言い訳も今更としか受け止めてもらえないわね。


「そう今更、なのよね。起こってしまった、広がってしまったものはもう、どうしようもない。貴方達に人を見る目も、先見の目も、ついでに決断力も無かったせい。これから、その評価はとてつもない重荷となって、その背中に覆い被さり続けることになるでしょうね」


かわいそうに、憐憫を目に宿して、けれど口元では笑って見せる。


「うん。しいて例えるなら。この学園の歴史にとっての、国家社会主義ドイツ労働者党が貴方達、この世代ってことになるのかしら。きっと、少なくともこの学園の卒業生達はそう認識するでしょうね」


それが彼等に与えられる、社交界、特に学園OB・OGからの評価。

「な、ナチス?」

「流石、優秀な学園の生徒さん達。世界史もばっちりね」

ナチスという方が通りがよくて、正式名称をちゃんと覚えているのなんて、歴史マニアくらい、あぁあとは彼等が大活躍する漫画とかを愛読していた人間くらいじゃないかしら。それを一人二人じゃない人数が反応出来たのだから、うん、優秀優秀。


こういう時、相手が勉学的に賢い人間だったのなら、こういうやり方が一番楽で、効果があるもの。

その例えが大袈裟であればある程、その例えるものが有名であればある程、賢い彼等は勝手にその言葉の意味を想像しようと頑張ってくれる。

優秀だからこそ、彼等の頭の中にはしっかりと、ナチス、ヒトラーという名が何を意味して、何をして、そして現代においてどう扱われているのか、どう思われているかが修まっている。疑問を投げ掛け続け、一喜一憂させた後の頭では、それは楽しい毒でしかない。


「そうなると、生徒会役員達こそが、アドルフ・ヒトラーということ、かしら」


「…前橋、意味が分からん」

秋月教諭からの注意が飛んできた。

分からないからこそ、楽しいのよ。

勝手に想像して、勝手に深読みして、そして勝手に絶望してくれる。

私は何も言っていないのに、勝手に反省して、その罪に怯えてくれるようになるの。素敵なことでしょう?


コツは簡単。すぐには理解出来ない、小難しい、大仰な言葉を使って、それをはっきりと、自信満々に言ってのけるだけ。これこそが、世に出回る詐欺やカルト教祖の手口の初歩。


「アドルフ・ヒトラーは後に繋がる片鱗を見せていたにも関わらず、絶大なドイツ国民の支持を得て地位を得た。そして、今や世界の大悪党。歴史上だけでなく、現在におけるサブカルチャーの中で敵役に大いなる箔を与えようとした場合に、ナチスだのヒトラーなどの名を出し、関係を持たせるだけで大きな効果をもたらすほど」


それと同じ。

俺様傲慢、ナルシスト…などなど、今期の生徒会も顔立ちに家柄、成績だけに飽き足らず、きっちりとしたキャラ付けが出来ている。それってよく考えてみれば、キャラとしては各々立っているといえることだけど、人間としてはマイナスポイント。ナンバーワンよりオンリーワンなんて言うけど、過ぎたるは及ばざるが如し、という言葉があるでしょう?個性的ね、なんて言われている程度に留めておければいいけれど。宮成貴一率いる、川添沙希逆ハーメンバー達はそうもいかなくなった。

この学園、今回のダンスパーティーについて、など口にする時。その人々は必ず、生徒会のことも話題にするでしょう。自立を尊ぶという学園の基本は皆が心得ているのだから、この騒動に必ず生徒会が関わっていると当たり前のように思うから。そして、生徒会一人一人の、家柄や成績にも触れ、性格にも。口さがの無い人々の話題は食い込んでいく。


それこそ、ヒトラーと同じ。

彼ほどの有名人ともなると、数多に研究され、様々な言葉によって解説されている。それこそ、姪っ子と男と女の関係だったとか、若い頃は遺産で贅沢三昧の生活をしていたとか、何もかもが赤裸々にされている。


生徒会達の私生活についてまで、それこそ絵に描いた姑のように突いて暴いていく。彼等は皆、力ある家の出。敵対関係にある、足を引っ張りたいと思う人は多いわ。突いて暴いて、それぞれの家を貶める為に利用されて。そして、それは生徒会だけではなく、この場に揃う生徒達にも波及して。


最近あまりよろしくないわね、この学園も。

あら、だって○年前にあんな事があったんですもの。

あぁ、そういえば○○さんは確か…。

まぁそうなの?優秀な方かと思っておりましたのに…。


この学園に、この年に在籍していたという事実さえ、知られていればいい。それだけで、何やかんやと話題の的だ。

偏差値が落ちたとあれば、あの年からよ、とその事実が無くても。

素行が悪い。あの年が一番凄かったなんて、他にも騒動があった年があったとしても口にする。

どんな事であろうと、言い訳にすると楽だから、この年の学園を比較対象として出しておく。



そして、そして、その後にももっと面白、可笑しい事態が起こり始める。


「ねぇ、鳳凰院君。君、お芋堀りってしたことある?」


「はっ?え…、いいえ。残念ながら、その機会には恵まれず…」

うん。分かるよ。突然の、意味の分からない話題に戸惑うわよね。

でも、これって本当に的確な例えなの。


「一本の蔓をね、引くと土の中から大小のお芋がザックザク」


それと同じ。


勿論、噂の的、悪評の的にされるってだけで済めばいい。

それを説明するにも、納得させるのにも丁度いい人材である鳳凰院君が居るから教えてあげるのに、何を言っているんだという怪訝の目を向けられてしまった。

まぁ聞きなさいって。


その蔓にはどんな名前がついているのか。

生徒会長の、宮成貴一という名前?副会長、書記に会計に…。川添沙希という名前かも知れないわね。宮成家?ここに今、存在している生徒の数だけが、蔓に成り得る。

それを引くのは誰になるのか。取り引き相手?恋人?その家族?外聞を気にする友達というのもありえる。勿論、そういう話が大好きっていう暇人もこの世界には多い。

中には芋とも言えない芋もあるでしょうね。くしゃくしゃの捨てるしかない不出来な芋。


「こんな事があったという話に、こんな事があったらしいわよという話。そして、そういえば似たような事があったわね?って」


確信を持っての話に、人伝手に聞いた話。

それらを楽しんだ後には次の蔓へ。

人が折角、固く踏み固めた地面の下に芋を隠しておいたとしても、夢中な彼等彼女等はスコップにユンボ、時にはダイナマイトを使ってまで掘り起こす。

そして勿論、芋堀りの一番の醍醐味は収穫した芋を食べること。

掘って掘って掘りつくした芋を食べる。芋御飯にサラダ、てんぷら、甘辛煮、粉ふき芋、コロッケ。調理法は様々。面白可笑しくおしゃべりに興じながら、人々をそれを食べつくす。


主食として、副菜として楽しんだ後には、勿論デザート。

「ねぇ、伝統と格式を誇り、数多くの上流階級の令息令嬢が卒業してきた学園で、今回のこれが初めてのスキャンダルだなんて信じる人はいないわよね?」

其処が学校という特殊な閉じられた空間である限り、いや多数の人間が集まって生活する空間である限り、何のトラブルもないなんて有り得ない。

頑張って、頑張って、隠そうとしてきただけ。

そう。土を掘って埋めて、上に土だけじゃなくてコンクリートを流し込んで、固めて。

「お芋堀りで何が、見つかってしまうのかしら?」



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