親としての覚悟。
前回、前々回の更新は、御詫び文を消した上に改稿という形で行ったので、最終投稿日に変化がなく分からなかったという御意見を頂きました。分かり辛く申し訳ありません。身勝手な一時停止から、三話程書かせて頂いておりますので、よろしくお願いします。
春乃透子が結婚した時、これらを彼女に与えるものとする。
それが、宮成の先々代当主の遺志だったのだと、小母様が教えて下さりました。
『宮成家に嫁いだ時』とせずに、『結婚した時』という表現に、何かの意図があったのか、それとも朦朧とする老いた頭で考えたことによる愚か過ぎる間違いであったのか、それは誰にも分からないと苦笑を浮かべるのは、お父様。
困ったものだね、曾御祖父様とは何の血の繋がりのないお父様はそう他人事のように笑って、私が受け継ぐように指定されているリストを眺めています。
分かるとすれば、春乃の先々代、つまり宮成の先々代と大親友同士であった透子の曽祖父くらいだろうね、とも口にしました。
宮成と春乃の先々代達。どうしてそこまで、と周囲が訝しむ程の仲の良さ、特に宮成の先々代が透子の曽祖父を慕うような素振りを覗かせていた。そう面白可笑しく教えて下さったのは、忙しい貴一様は参加されなかった野点の席で、車椅子の御老人からでした。
曽祖父達よりも少しだけ年下だという御老人は、自分の事は「御隠居さん」と呼ぶようにと仰られるお茶目で、不敬ではありますけど何だか可愛らしい方だと思いました。
正式な婚約も近づいているというのに同席していない貴一様の事をあれやこれやと聞かれ、学園内のことを耳にされている方々からの質問にも疲れ果てていた私を近くに座らせて下さり、寄ってこようとする方々を牽制して下さったのだと気づいたのは、帰宅した後のことでした。
御隠居さんの話してくれる、写真のものではない顔は朧にも覚えていない曽御祖父様達のことを、色々と教えて下さり、退席するまでの間すっかり時間を忘れる程でした。
家の格も、資産も、何もかも違う二つの家の当主同士。それぞれの気質だって正反対という程違ったという二人。傍から見ると大人しく気弱に見えた曾御爺様を、宮成の先々代は尊重しているようだった、と御隠居さんは語りました。
二人の間にどんな絆があったのかは誰も知らない。けれど、下手な親子・兄弟間よりも深い絆があった。それが、曾孫達を婚約させるまでに至ったのだと。それはもう、ただの執念のようなものだった、と。
だから、君達の間にそれだけの絆が作り上がっていないのなら、放棄してしまってもいいのではないか、と。
あの時は、それを深くは受け止めませんでした。
こうなるなんて、思ってもいなかったから。婚約は継続され、予定通りに進むとばかり思っていたから。
「分かりました。あれらを譲られたとしても、持て余すのは目に見えていますから」
先々代の遺志を遂行したとしても、このリストにある全てを正しく管理することなど、春乃の家では不可能です。
茶道具なども含め、長年受け継がれてきた古美術の数々は、それがどんなものであろうと、湿気を嫌い、そして乾燥も嫌いますから。日に当てることも気を付けねばならず、それでも定期的に風に晒して汚れを落とす。それらを少しでも欠かして、無造作に扱えば、簡単に儚くなるのが、古き良き物なのですから。
古く価値の高いものを、無造作な管理で駄目にしてしまうなど、あってはならないこと。
適正な温度管理に湿度管理、落下や虫や小動物の発生などの事態を完全に除外した管理をするには、我が家では資金的にも設備的にも心許なく。これらを受け継ぐ条件である『結婚』が、これまでの宮成家で行ってきた管理環境を揃える事が出来る御相手となら、何の不安も無いのでしょう。けれど、どんな理由があったとしても、名のある御家との縁談が破談となり大きな騒動として知られてしまう私に、そんな縁談が訪れる訳もありません。何よりも、出来ることなら今度は普通の出会いをして、私が私の気持ちのままに普通の恋をしてみたいと思うのです。家も資産も関係の無い、彰子姉様に観せて頂いたアニメやドラマ、映画のようなそれを。
「お父様」
「透子の好きにしなさい。このリストを一見しただけじゃ、私や晃君にはどんな価値があって、どう扱えばいいかなんておおよその予想をするしか出来ない。透子だけがそれを判断して、選択する知識を持っているんだからね」
私はまだまだ未成年です。
だから、取り引きに応じて署名するのにも、お父様の承諾が必要です。そこに、大きな金銭が関わってくるのならば尚の事。
どうして、貴一様はあんな風に簡単に、あっさりと、川添様の負債まで自分が負うのだと、聞いたばかりなのに断言出来たのか。とても不思議で、それだけ彼女を愛している証のようで、それだけ彼女が刀自に認められているのだと言うようで、あの時ほんの少しだけ悲しさが胸を走りました。それは、まだ私の中に残っていた、ずっと思い描いていた未来への未練からのものと分かっています。でも、もう大丈夫です。もう心を真っ白にして、次に進めますから。
「僕の目で見た感じでは、この内容には問題は無いよ。透子が目を通して良いと思ったのなら、此処にサインね」
「はい」
「ありがとう、透子ちゃん」
弁護士としての視線で晃御兄様が確認して下さったそれに目を通し、そして示された場所に自分の名前を書き、印を押しました。
それをジッと見つめ、そして礼の言葉を口にされた小母様の顔には、淡い微笑みが浮かんでいました。
「婚約は残念な事になってしまったけれど、この取り決めだけは絶対に守ります。総額がどれ程のものになろうと、絶対に」
その言葉は、何だかとても重たい決意を持っていました。
確かに、詳しい数字を出すことは専門家ではない私には分かりません。ですが、それ相応、宮成家が代々収集してきたのだと胸を張って言う事が出来る、その言葉に相応しい品の数々です。でも、宮成家の資産、そして宮成グループのトップという立場でなら、簡単とは言えないまでも難しくはない金額だと思います。
なのに、どうして『絶対』という言葉が強く重たく聞こえたのでしょうか。
「やはり、決意は変わりませんか」
「えぇ、勿論です。今回の騒動を治める為には、避けれぬ事でしょう。何よりそうしなくては、私達夫婦は最後の最後まで愚かで在り続けることになりますから」
そうですか、とお父様は小父様の言葉に目を伏せました。
お父様も、お兄様も、小父様と小母様の決意を知っているようです。
「貴一、宮成家は宮成グループの経営から退くことになりました」
「…はぁ!?」
小母様の言葉に、貴一様が呆気に取られた顔になり、そして驚きの声を上げました。
勿論、何も知らない私も、そして璃玖も、小母様のその言葉には貴一様と同じだけ驚き声を失ったのです。
宮成家が、グループの経営から退く?
それはつまり、小父様が…。
「どういうことだ!一体、何を…」
私と同じ様に、その突然の言葉の意味をしっかりと図りかねて、何度も何度も反復していたのだと思います。少しの時間を置いた後、貴一様は怒鳴り声を上げて、荒々しさを見せる動きで立ち上がりました。
「言葉通りだよ、貴一。私、そして役職に就いている宮成の人間は、数年以内に全員退任しグループから身を引く事に決まった」
小父様は貴一様にそう告げると、お父様に向かって軽く頭を下げました。
先に教えて頂いたおかげだ、と言って。
清花刀自から我が家に呼び出しの連絡があったのは、4日前のこと。その時にはすでに、婚約を破棄される事は知ってしましたし、お父様にも相談していましたし、弁護士も必要だからと晃お兄様に依頼を出していました。色々な準備を進めていた最中の呼び出しの連絡に、お父様も晃お兄様も丁度いいなと笑われ、動き出しました。まず行った事は、彰子姉様が調べた様子では何も知らないのだという小父様と小母様、そして川添の御両親へ、連絡を取ることでした。
連絡を受けた誰もが知らなかった知らせを受けて、川添美紅様は香月の家へと向かったということは聞いていました。そういえば、宮成の小父様小母様がこの4日間、何を為さっていたのかは聞かず仕舞いでした。
「難を示す者が多かったが、事情を説明して話し合えば、それが妥当だと主だった者達は納得してくれたよ。一斉にというのは混乱が大きいからと、数年以内に順次、信頼出来る宮成の親族ではない者に後を譲って、全員が身を引いていく」
「私も、信頼出来る者に席を譲り、社を離れる事にしました。結婚前に友人達と創った会社ということもあって、結婚してもずるずると辞めずにいましたが、それが間違いでした」
今となって後悔しても遅いとは分かっています。
小母様がもう一度、深く頭を下げました。
小父様も、小母様も、職を辞するのだと告げられた貴一様は困惑と怒りに任せて立ち上がったまま、呆然と言葉も無いようです。
それは、理解しきれずにいる私も璃玖もまた、同じでしたが。
「幸いな事にも職を失ったとしても、すでに所有している株や不動産を上手く運用しさえすれば、生活することは可能ですから。同じく職を辞して貰う親族達には、暫くの間は生活の保障をさせてもらう事で話はついています」
「それでも大変でしょう、色々と…」
「えぇ、今までのような生活を送ることは無理でしょうし、家内を整えてくれている使用人達には辞めて貰わなくてはいけませんね。ですが、私も妻も職が無くなったということは、家に居る事が出来るということなので。人に任せていた仕事を自分達で担えばいいだけのことですよ」
勿論、こちらが負うべき全ての支払いを疎かにすることは絶対にありません。
それは力強い宣言でした。
二人分になる慰謝料だけでも多額なものです。
私に対する治療費なんて、何時まで、どれ程になるかも分かりません。
何時になるか分からないものの、私から古美術品の数々を買い取るとも仰って頂きました。
どれだけのものになるかは想像するしかありませんが、御親族の方々の暫くの生活を保障するのにも、多額の費用が掛かるものと思われます。
「不動産などを処分しようにも、これらは宮成家が代々築き上げ、大切に受け継いできたものですからね。そんなものを処分する訳にはいきません。宮成の名に恥じないようにはしていくつもりです。それが義母の口癖で、次の当主である貴一もしっかりと身に刻んで育った事ですから。父親で、ただの婿養子でしかない私がそんな事は出来ません」
「透子ちゃんが受け継いで、そして買い取らせてもらうこれらも、ちゃんと今まで通りの管理を徹底して、決して、一つたりとも手放したりするような先祖に顔向け出来ない真似はしないわ」
小母様が持ち上げたのは、古美術品の名前が連なったリスト。
嫁として精通している筈の刀自は、認知症の為にそれらを忘れてしまっている上に、正常な会話も無理な状態。専門家を呼んで、手入れや管理などについて意見を貰い、それに基づいて行っていく予定だ、と小母様は仰られました。
「甘やかされてきた娘でしかない私では手に負えないかも知れないから、定期的に専門家を雇ってしまうかも知れないけれど。けれど、何十年も嫁として担ってきた母に認められた沙希さんが、嫁いできて下さる4年後5年後までの話ですもの。何とか、資金繰りにも困らずにやっていけると思うわ」
そうそう、その頃には、貴一様も大学を卒業して就職してくれているわね。
「貴一。こちらに署名しなさい」
4年後、5年後、と口にした小母様がそうそうと一枚の書類を取り出し、呆然と立ち竦む貴一様の前に突きつけました。
「貴方が起こした事態ですからね、透子ちゃんに支払う慰謝料、治療費の全ては貴方が負うべき負債です。勿論、自分で宣言したようだから、沙希さんの分もね。その宣言通り、しっかりと貴方は払わないといけないわ」
座りなさい、と呆然とする貴一様の腕を引き、書類の前に座らせる小母様。
「けれど、貴方にこれだけの資金を用意出来ないことは分かっています。私達親が肩代わりするべき所だとは思うけど、晃君にそれだと甘えが出ると言われたわ。確かに、と思ったわ。親である私達が仕事にかまけていたからこそ、起こった事でもあるのだもの。きっと、数年もすれば"もういいわ"なんて言って、この事が無かったように振舞っているかも知れない。でも、それでは駄目よね。透子ちゃんはこれから長い時間をかけて病気を治していくのに、私達がそれを風化させてのうのうと生きるなんて許されないわ」
ここに名前を書きなさい。
小母様が示した紙には、借用書という字が躍っています。
「月々返していく、という方法をとってしまうと、透子ちゃんは私達との繋がりが何時までも切る事が出来ないでしょう?だから、宮成でも春乃でもない第三者を介すことにしました。その方から、これから算出される治療費を除く全額を借り受け、透子ちゃんに一括で渡します。そして、その方へ貴方が分割で返していくという方法を取ることに晃君と川添さんと話し合って決めました」
治療費が分かったら、その時はまた同じ方法で。
分かったわね、と小母様は貴一様にペンを持たせました。
よく見れば、その紙の文面の中には、小母様の名前、そして川添喜則という沙希様の御父様も名前も記されていました。
「私と、沙希さんの御父様が連帯保証人として署名しました」
連帯保証人。
それの意味は、私でも知っています。
「あれ?未成年って…」
「えっ?」
璃玖が何かを言いかけ、そして晃お兄様に尋ね様としていました。
「…あぁ、未成年の借金に関して親が出来るのは、後からその契約が無かった事にするだけ。親が止めない限りは、未成年でも借金は可能だ。それと、連帯保証人が二人以上の場合、支払いが無いと分かって貸主が連帯保証人に対して請求すれば、貸主が見定めた方が借金の全額か未払い分全額を払わなければならない」
貴一君が支払いから逃げたとしても、貸主が損することはない。
流石に、そう言った晃お兄様の声は小さく潜めたものではありました。
「ああ安心するといい。勿論、その親としての権利は絶対に使わないと御約束頂いた」
だからこそ、貴一様は逃げることなど出来ない。
間に入って貸主となって下さった方はどのような方なのか、そう私は尋ねるました。このような面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ない、そう口にすると前橋家の方の親族で迷惑には全然思っていないから安心しろと晃お兄様は仰って下さいました。
「それにしても、これから宮成家は大変だな」
さりげない動きで私と璃玖の傍に寄った晃お兄様は、私達だけに聞こえるように潜めた声のまま、そう言いました。
「株や不動産といっても、運用が上手くいくとは限らない。役職にあることで得ていた確かな収入が無い状態で、この屋敷に敷地の管理維持費。歴史ある建物だからな、少しでも怠れば大変なことになるだろう。固定資産税もばかにならないし。古美術の管理もそれなりだろ?あと、変わらない付き合いってことは、こちらだってこれまでと変わらないように振る舞わないといけない。装いに折々の挨拶。招待されたのなら、こちらだって招待する席を設ける必要もあるだろうし」
まぁ、他にも色々あるけど、これだけでも大変だ。
ここにきて言うことではありませんが。
この話の中に使っている法律などの適用などは正確なものではありません。
私が、これをこう使ったら面白そうと素人の浅知恵で使っているだけです。
有り得ないこと状況なども出てきますし、此処はこんな罪に問われるだろうという状況などをスルーしたりしていますが、法律の専門家ではありませんので「馬鹿だな」と笑って流して下さると嬉しく思います。
そもそもが、私が王道系の小説などを見ていて思い付いたことを書き出しているだけなので。
今回の話でも、婚約破棄によって会社の提携が終わるというのは、現実では有り得ないことです。
ですが、これもよく見たなぁという軽い考えで加えただけです。
フィクションです。
退場シリーズの他の作品で少しだけ触れたことですが。
少し用事があったので裁判所に行ってきたのですが…。
居るんですね、本当に裁判をブッチする人。
弁護をする筈だった弁護士が、呆然としてました。
いや、まさかそんな事態に遭遇するなんて、と驚きました。
皆さん、裁判のブッチだけは本当に気をつけて下さい。




