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宮成家の大きな決断。

お待たせして、申し訳ありませんでした。

間が空いてしまいましたが、楽しんで頂ければと思います。


誤字や脱字など、気になる点がありましたら、教えて頂くと私も勉強になります。メンタルの弱さを露呈して色々と気遣いを頂きましたが、誤字脱字のご指摘は本当に嬉しいと思っています。

「この道を毎日通っていたのね。」

今まで、車の中から外に流れていく景色を楽しむなんて、した事もしようと思った事も無かった。

たくさんの人達が行き交う、活気に溢れている街並みを走り抜け、次第に入っていったのは落ち着いた雰囲気が漂う、大きな家が立ち並ぶ住宅街。

何時もなら、後部座席に座って惚けているか、先生方から読むように指示された書物などに目を通している間に、宮成の家に着いていました。

こうして眺めていると、毎日のように通り過ぎた筈の光景が、とても新鮮で多くの驚きや興味を生み出していきます。

「これが見納めなんだから、楽しんだら。っていっても、そんな面白みのある景色でもないけど。」

「そうかしら。面白いと思うけど…。」

「明日にでも、明後日にでも、姉さんが行きたいと思ったら、車の中とは言わずに連れて行ってあげるよ。」

璃玖の優しい提案に、その気遣いを心苦しく思うと共に、嬉しいと心が温かくなります。



「さぁ、着いたよ。」


閑静な住宅街も抜け、ぽつり、ぽつり、と緑の間に屋敷と表現するのに相応しい邸宅が覗く光景となった頃、運転席から彰子姉様の御友人である男性が声をかけてくださいました。

窓から覗く外の景色は、何時と同じ、馴染みの運転手によってドアが開かれて降り立つ場所で停まっていました。宮成家の敷地内、母屋である昔ながら続く日本家屋という造りになっている屋敷の玄関前。

宮成の屋敷は、周囲にある他家の屋敷と比べても、大きいと表現して間違いのない敷地を誇っています。

古くから手入れと修繕を繰り返して受け継いできた日本家屋を母屋として、近年になって増築された洋館、代々受け継いできた物を納めている蔵…。お庭も、それに合わせて母屋からは素晴らしい日本庭園を眺めることが出来、洋館からは海外から専門の方を招いては造らせたというイングリッシュガーデンを楽しむ事が出来るようになっています。


日本庭園では野点を、イングリッシュガーデンでは立食パーティー。

普段の日にはその美しさを楽しむ余裕を持つことは出来ませんでしたが、年に数回程催されるそれらは思い返すだけでも感動するものでした。


「ありがとうございました。」


彰子姉様に借りがあるから、と彼は仰って下さいました。ですが、それでもこの事自体が急なことでしたから、御自身の用事なども断って、無理を押して車を出してくださったのだと思います。ですから、車を降りる前に、座ったままという無作法なことではありましたが、深く頭を下げて御礼を言いました。

隣で、璃玖も同じ様に御礼を口にして頭を下げています。

そんな私達二人に、彼は「いいんだよ」と優しく笑って下さいました。


「いいよ、いい。君達がそんな風に御礼を言うことじゃないんだから。こんな事くらいでは返せきれない程の借りがあって、今回の件で少しでも返させてもらうからね。それに、別に運転手の為だけに呼び出された訳じゃないから。飯のタネをくれるっていう、また借りみたいなものに数えられてみたいだけど、そういう話だからね。一稼ぎさせて貰えそうだから、いいんだよ。」


こっちにはこっちの旨みがあってのことだ、と彼は笑いました。


メシノタネ?

始めて聞く表現ですが、どういう意味があるのか。

璃玖に聞こうと顔を向けると、璃玖は渋柿を齧ったような、そんな表情で彼を睨んでいました。


「あぁ、そんな警戒しないでよ。ちゃんと、彼女から君達のことは"出して書くな"って釘を刺されてるからね。それはもう、目の前で藁人形に五寸釘を何本も、実際に刺されたんじゃぁ、馬鹿な真似をしようとは思えないよ。」

あれは精神にくる、とルームミラー越しに顔を合わせた彼は、肩を竦めて疲れた表情をしていました。


五寸釘を差される。

この言葉は、彰子姉様も口にしていました。

もしかして…。

「もしかして、彰子姉さんが懇意にしてるっていう…」

私が思い出したことを、璃玖も思い出したのでしょう。私が聞こうとしたそのままを、璃玖が口にして聞こうとしてくれました。

「まぁ、懇意にしてるっていうのは間違ってはないけど。」

彼は私達の反応に、困ったように笑いました。

「実際に仕事として使えるか、使うかはまだはっきりとは分からないけどね。それでも、今は無理でも何時か、何かには使えるかも知れないし。彼女からの連絡を受けて、すぐ駆けつけたんだよ。」

一仕事終えての徹夜明けだけど、運転には支障は無かっただろ?

璃玖の問いに、彼は隠すこともなく答えてくれました。それでも名前を教えてはくれませんでしたが、その表情を見る限りには嘘を言っているという様子はなく、その言葉にも嘘はないとのだろうと私は信じました。

「君達を下ろしたら、あそこに戻って判断を見定める。それが、僕がこうして関わっている本題なんだよ。」

私達を送るのは、そのついで。ただの時間潰しなのだと、彼は仰います。そして、それを私達に教えたことは彰子姉様には秘密だよ、とも。

それには私も璃玖も、どうして、と小さく言葉にしていました。

私達は、彰子姉様がフリーライターの方々とお付き合いがあると知っています。彰子姉様から直に聞いたのですから。なのに、どうして秘密なのか。

「僕みたいな性悪との繋がりは、極力無しにしておきたいんだって。」

なら、こうして彼が送ってくれたことは良いのでしょうか?

私も璃玖も、きっと目に見えて不思議そうな顔になっていたのでしょう。彼は吹き出しながら、その理由もはっきりとではない言葉で教えてくれました。


「君達はまだ知らないんだと思うけど、今回の件は色々と大変な波紋を呼ぶ、決断を生んでしまっているんだ。馬鹿なことを考える馬鹿がもしかしたら現れるかも知れないって、彼女達は心配しているんだ。僕は、これでも荒事には色々と慣れていてね、君達を無事に送り届ける役目には丁度良かったんだよ。」


気づいたかな、実際に怪しげな車がさっきまで後ろをウロウロしてたんだよ。


璃玖と二人、彼の余裕を窺える笑い混じりの言葉に驚き、慌てて背後の窓から車の後ろに目を向けましたが、すでに宮成の敷地内に入り動きを停めている車の後ろに誰がが居るわけはなく。驚きのあまりに、そんなことも頭から抜けてしまっていました。


「大きな決断って?」


私よりも早く顔を前にへと戻した璃玖が、彼にそう問いかけましたが、彼は答えてはくれませんでした。

「当事者なんだから、君達には決断した本人達がしっかりと話してくれるよ。」

さぁ、降りて、降りて。

そう言うのと同時に、彼は素早く車から降りました。そして、後部座席のドアを開けて、中にまだ座っていた私に手を差し伸べて外へと連れ出してくれました。

車の外へ出るということに、宮成の屋敷に入っていくということに、私は躊躇いを覚えてしまっていたようです。彼の手に自分の手を重ねて車の外に出る時、自分の手が僅かに震えていることを目に入れ、私はその事に気づくことになりました。


「大丈夫、大丈夫。君は別に、四面楚歌でも、孤軍奮闘でも無いんだ。最後の最後になってでも、それを知ることが出来たんだから、何も恐れる必要はないよ。」


彼の差し出した手に乗せていた私の手は、彼のそんな励ましを受けながら、自分で車から降りていた璃玖の手へと譲られていました。

いってらっしゃい。

頑張ってね。

そう優しく声を掛けてくださり、ヒラヒラと私達に手を振ると、彼は疾風のように車に乗り込み、宮成の敷地から立ち去って行きました。


学園に戻って、本来の目的を果たされる為に、急がれたのでしょう。

本当は、私達をさっさと置いて向かわれたかったのだと思います。それでも、私の動きの早さに合わせ、怖じ気づこうとした私を励まして下さった。とても優しい人なのですね、と感謝の念が尽きません。走り去っていく車が見えなくなっても暫くの間、見つめ続けていました。


「姉さん、行くよ。」

「えぇ。」


手を繋ぎあっている璃玖に促され、私達は宮成の母屋の玄関を潜りました。


そういえば、最近では母屋の玄関から入ることは滅多にありませんでしたね。母屋に入るのならば勝手口から、貴一様に用事がある場合は彼が生活している洋館に回っていましたから。

玄関では、宮成家の家事を長年担って下さっている使用人、着物姿の女中の方達が出迎えてくれました。私達が来ることは分かっていた事ですし、何より短くはない時間玄関先で話していましたから、慌てさせたということはない筈です。なのに、皆の顔色はとても悪く、薄暗い玄関先でもはっきりと分かる青さがありました。

宮成の家で勤めていらっしゃる方々は多く、家内に勤めている女中だけで十人程の方が常勤しています。大きな催しものがある時や、親族が集まる節々には手が回りきらず、臨時で信頼出来る所から雇うようになさっているようですが、清花刀自の信頼も厚い彼女達は何時如何なる時も忙しさなど見せず、凛と落ち着いた様子で働いていらっしゃいました。確か、古くから仕えて下さる古参の三名の他は、宮成の親戚筋にあたると聞いています。こんな風に、取り乱した様子を人に見せるなんて、一体何があったのでしょうか。これも、彼が仰っていた『大きな決断の波紋』の一つなのでしょうか。


最も古くから勤めている方に案内されたのは、母屋の応接間。

外観と違わない造りとなっている屋敷の内部は畳の匂いが心地好く、障子や襖が立ち並ぶ様となっています。スーっと音も無く、古参の障子が開かれ、招かれた室内には、私達よりも先に到着していたのでしょう、小母様と貴一様の姿がすでに在りました。


御父様に、宮成の小父様‐宮成家当主である貴之様、私と璃玖の従兄であり今回の件を全て一任して助けて頂いている晃お兄様。居る筈だった川添様のお父様は、会場にてお会いしていますから、当たり前ですが御姿はありません。そして、思わず室内を見回してしまいましたが、清花刀自も御姿がありませんでした。


在るべき姿が無い状況、何より何時もは下座に座るお父様達が上座に、屋敷の主であり上座に座るべき宮成家の小父様、小母様、貴一様が下座にお座りになっていることに驚きます。しかも、皆さん畳の上に直にお座りになっている。

これまでに見たことの無い状況に、息を呑みました。

分かっているつもりでした。

―被害者である透子が謝罪される場。宮成の態度をよぉく見ておきなさいね。

彰子姉様はそう言い、こうなる事は教えて下さっていました。でも、この光景を実際に見てしまうと、大きな衝撃に全身が襲われたような感覚が走り抜けたのです。


室内に、下座側の足を先にして入り、まずはその場で足を折りました。


チラッと目を向けると、璃玖の足は私とは違う順番。

我が家には和室がなく、璃玖はまだ和式でのマナーを習ってはいないのでしょう。明日から、宮成の屋敷に通う必要が無くなるのです。私が経験してみたいことを全て体験させてくれると言ってくれた璃玖に、私は私が知っている事、学んできたことを伝えてあげよう、とこれからの楽しみを一つ思わない事で見つける事が出来ました。


「御待たせ致しました。」


頭を下げて御詫びの言葉を口にすると、小父様が私達にお父様の隣、上座の席を勧めて下さいました。

そこには、御自身達にはない手入れの行き届いた座布団が二つ並んで置かれていました。

お父様にも頷かれ、私と璃玖は「失礼します」と口にしながら、勧められたその場に腰を落とさせて頂きました。


「誠に申し訳御座いませんでした。」


私と璃玖が座り、一枚板の大きな座卓越しの宮成の小父様達に向かい合うと、小父様に小母様、そして小母様に頭を押さえられるようにして貴一様が一斉に頭を下げられました。


そして小父様は頭を下げたまま、すでに此の場で終わらせている話がどういうものになったのか、それを淡々と、私達にも分かり易いように説明してくれました。


一方的でしかない婚約破棄へのもの。

私という一個人を貶める、あまりにも常識外れな行動へのもの。

公に明かさることになった、宮成家から私への教育という名で行われた、非道としか言いようのない虐待の数々へのもの。

短くとも12年に及ぶ、子供が普通ならば自由を謳歌するべきだった貴重な時間を、不当な理由で拘束せしめたことに対するもの。


まずは、此の場で試算して取り決めたその慰謝料の金額に、私だけでなく璃玖も、そして私達と同じように今聞いたばかりの貴一様も驚き、息を飲みました。

裕福な家庭に生まれて、贅沢をさせて貰っていると自覚しています。ですが、「まずは、」と前提されて示されたその数字は、そんな自覚があっても驚くものでした。

きっと、法が間に挟まったのならば、こんな金額になることはないでしょう。法を挟む事なく、話し合いの内に決め、彰子姉様が言う"誠意"を宮成家が示して下さったからであると、世間知らずの私にも理解出来ました。


宮成家は、私個人への代償の他にも、婚約破棄によって大きなダメージを負うことになるのだとも、説明してくださいました。

融資に提携、立ち上げられ始まっている共同企画。

その全てが春乃側に有利になる形に直され、それらから生まれる利益は全て春乃へもたらされるようにする、ということは当初から書面に記されていたのだ、と。お父様と晃お兄様が小父様から引き継ぐようにして教えてくれました。

破棄されることは無いだろう、と誰もが思っていた婚約。それでも、企業同士の契約である以上、契約内容が破棄されてしまった場合の代償も、必ず書面に記されるもの。

三人が説明してくれたそれらは、今この場で決まったことではなく、元から決まっていた事だと言葉にしてくれたのは、それによる影響を頭に過ぎらせて青褪めたのであろう私を思って下さったのでしょう。

そう、大変なこと、と改めて感じました。宮成家が起こし成長させた宮成グループに、どんな影響を及ぼすのか、まだまだ子供である私にも分かることです。提携では、宮成が持っている技術を全面的に提供して貰っている筈。その技術が有する権利を放棄し、春乃に渡すというだけでもグループ内に大きな波紋を呼ぶでしょう。例え小さな波紋でも、会社を壊すには充分であることがある。そう、教わっています。


璃玖も、貴一様も、同じ様な表情、顔色になっています。それはきっと、私と同じものでしょう。


「それと、こちらはまだまだ先の事だから、明確な金額にはしていないが、宮成家が支払ってくれると御約束して下さったよ。」


晃お兄様が示された書面には、『治療費』という名目と、それに当て嵌まって春乃から宮成に請求出来る行為や費用は何か、と事細かに書き連ねていました。そして、その最後には小父様の署名がしっかりと成されています。

「治療?」

晃お兄様はその書類を差し出し、貴一様にも見せました。


「此処の所、娘には少し不安定なところが見えたので、医者に見て頂きました。」

いぶかしむように私を見る貴一様に、お父様が説明の言葉を放ちました。




初めに、私をお医者様も下へ連れて行って下さったのは、彰子姉様でした。二週間前、璃玖によって私の下に来てくれた彰子姉様が、私の話を聞いて、璃玖の話を聞いて、それに気づいてくれたのです。

もしかしたらと口にしながら、お父様に連絡して、何処に行くのだろうかと困惑する私を御自身が運転する車に乗せて。

到着するまで戸惑い続け、そして着いたのは病院でした。

そして、お医者様と向かい合い、話や検査をした結果、私はある病気であると言われたのです。

彰子姉様は「やっぱり」と納得の声をあげ、駆けつけてくれたお父様はお医者様の説明を泣きながら聞き、そして私に「すまない」と頭を下げたのです。

一人の判断では心許無い、と二人目、三人目とお医者様の判断を仰ぎましたが、その何方も私の話を聞くと引き攣った表情を浮かべ、間違いない、と検査結果に太鼓判を押して診断書を書いて下さったのです。



「そうなってしまったのは、宮成家に全ての原因があります。ですから、その治療に必要なことならば、どんなものでも請求して下さい。」

お父様が差し出した診断書のコピーを、顔を顰めた貴一様が受け取りました。そして、その内容を読み始めた貴一様の隣で、小母様が再び頭を下げられたのです。


「なんだ、この……」


貴一様は眉を顰めた表情のまま、声を震わせて診断書に書かれている病名を口にしました。



その病気の症状を知った時、乙女ゲームの悪役令嬢って、これに当て嵌まるよなぁと思ったので。

病名とその症状はまた、次回に。


そして、宮成家の決断はまだまだ続きます。

貴一が負う負債についても、また詳しく。

それと、法律などの専門家ではないので、詳しい金額などの明記は避けさせて頂きました。感想で色々と教えて下さった皆様の期待を裏切ったような形で、申し訳なく思います。




**************************

ちょっと小話。



ガツ ガツ ガツ

彼は自分の顔が強張っているのを強く感じていた。

目の前には、ぶ厚い木の板を二人の間にあるテーブルの上に置いて、ニコニコと笑いながら手に握り締めた五寸釘を振り下ろしている、嫌でも長い付き合いにある前橋彰子という女。

彼女が何をしているのか、と詳しく説明しろと要求されたとしても、彼は酷く言葉を濁すだろう。

ぶ厚い板の上には、一般的には言葉や絵としては知っていても実物を見たことのある人間は少ないであろう、藁人形が寝かせられている。

「何時まで続ける気だ?」

「貴方が約束してくれるまで。」

「分かった。いいだろう。要求は呑むし、協力もする。だから、いい加減に止めてくれ。」

彼女が持ち込んできたのは、珍しく頼み、協力という言葉だった。

確かに、それは彼にしか出来ないことだろう。適任である仕事に就いていて、それなりに実績があって名前が通っている。そして、荒事も手馴れている。何より、彼女へは大きな借りがあるのだ。

それでも、ついつい何時もの癖で嫌味や、冗談混じりに彼女の弱みに付け込もうと、そんな考えを口にした結果がこれだった。

付き合いは長い。彼がそう言い出すのは分かっていたのだろう。

彼の家に訪ねてきた時、やけに大きなカバンを持っていると不思議には思っていた。だが、まさか、そのカバンからまな板よりもぶ厚い木板が出てくるなんて、思いもしなかった。その上、何本もの五寸釘と、真新しい藁人形が出てくるなんて、誰が想像つく。

テーブルの上にドンと重たげな音を立てて置かれた木板の上で、彼女は藁人形に釘を刺し出した。

釘を刺すという言葉を行動で表現したかったのだと、彼女は笑う。


なら、何故藁人形が必要だ。

-丁度藁があって、作ってみたから。作ってみたら、使うべきでしょう?


当然のように答える彼女に、彼は頭を抱えた。

明らかに、その藁人形は彼だった。

彼がよく来ているスーツを同じデザインの服を、その藁人形は着ていた。


それは僕なのか。

-やだ、自意識過剰?そんな訳ないじゃない。

見覚えのあるスーツなんだけど?

-あらあら。同じスーツなんて、この世にどれだけあると思うの?


「言っておくけど、呪いは法律で裁けないわよ。私を罪に問いたかったら、ケニア共和国に行くしかないわよ?」

「は?」

「ケニア共和国には、刑法第六十七条に魔法の使用を禁止するっていうのがあるのよ?」

知らないの、とまるで常識のように彼女は笑い、一応は藁人形に五本目の釘を刺すことは止めてくれた。



「まぁ、君の大切な従妹弟達と話でも楽しむとするよ。」

「あら、止めてよ。仕方なく頼むだけで、あまりあの子達に関わらないで。透子や璃玖が孕んだりしたらどうするのよ。」

「…おいっ。」

声が低くなったが、それは仕方ないことだ。

なんで話しかけただけで孕むんだよ。しかも、一人は従弟だろう。男が孕むか、と彼女を睨みつける。

だが、彼の睨みなど大したことはないと言わんばかりに、彼女は平然とした面持ちでそっぽ抜くのだった。

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