鋼鉄の二首竜
ドラゴン・ウォークライ。それは生物のアストラルを直接攻撃するスキルである。
そこいらの魔王が放つウォークライは、魔素を著しく減退させるだけの物。
ドラゴン・ウォークライは、そこに加えて、戦意そのものを刮ぎ取り、生きる意欲さえ無くさせる。心を削る効果があるスキルだ。
雄叫びを聞いた生物は、自ら死を望み、当たり前のように首を差し出すのだ。
魔王の間の外で、教授達、研究者連は王の前にひれ伏すかのように膝を突き、首を差し出した。外で魔王の叫びを聞いた助手達の精神は防御機能が働いたのか一瞬で気絶した。ニール君に至っては、「だめだこりゃ」と即座に判断し、率先して意識を手放した。
魔王の間に入って、最も近場でドラゴン・ウォーウライを浴びたクロは……
「うりゃさーッ!」
雄叫びを上げている隙をついて、バックリと開けた口に戦斧を叩き込んだ!
ちなみにチョコちゃんは、サクラベストの効果が発揮され、単にやかましく感じただけだった。
――第五の神鎧、守護の鎧を手に入れて、格段にブラックチョコレートの攻撃力が増した――
「オオオオオー!」
雄叫びを上げる傷ついた頭。痛みはないらしい。もう片方の顔は関係ないとばかりにクロを追う。
クロは追ってくる頭を回避しつつ、鋼鉄竜の横へ回った。ここからだと宙を飛ぶ鋼鉄竜の側面を見上げることになる。文字のような文様のような図柄が異質な何かを感じさせる。クロはその図柄を生気のない目で見つめていた。
そして、巨人の腕のような尻尾の1本がクロの頭上から振り下ろされた。
ずぅん! と地響きを上げ、太くて長い尻尾が床を割る。一瞬の停止を見逃さぬクロは、尻尾に飛び乗って背へと駆け上がっていく。
クロは、尻尾の付け根付近で大きくジャンプした。死角であろう鋼鉄竜の背中に乗るつもりはないらしい。
二対の羽を越える高さで、体を捻りながら鋼鉄竜を飛び越していく。頭を下にして、ぐるりと回転しながら、ただ単に飛び越えただけだ。反対側の胴体に浮かぶ図柄を生気に乏しい目に映しながら。
高度数十メートルのジャンプを終えて、床にふわりと着地する。クロが巻き起こした風が床の砂を巻き上げる。……人間がこんな事したら両足骨折だけでは済まないだろう。
反対側の脇にクロは立った。
鋼鉄竜は攻撃を仕掛けてこない。落下中の無防備なクロをじっと目で追うだけで手を出さなかった。
ここでやっとクロの目に生気が戻る。
大戦斧を軽々しく構えた。
「「グラララララー!」」
吠える二つの首。怪我をした方がモーションを起こした。クロをその大きな顎で噛みちぎろうとしている!
「ふん!」
ガチャリンコ!
クロが戦斧の石突き部分を引っ張った。ケースを開けるようにスライドした。中には魔晶石が一つ。
ガチャン!
元に戻す。どこかに魔晶石が装填されたようだ。
鋼鉄竜の削岩機のような牙はすぐそこ。
クロは戦斧を叩き付けた!
ドオーオオン!
インパクトの瞬間! 戦斧の刃に赤い光が満ち、全ての赤光が鋼鉄竜の頭部に流れた。
バッカン! と気持ちよい音を立て、鋼鉄竜の顔が縦に割れ、首にまでヒビが入る。
「ノオォオオオオー!」
傷ついた首は反作用でのけぞり、そのままで羽ばたき、宙へ逃れた。クロの攻撃は、百トン単位の魔獣に届いている。
クロは再び石突きの部分を引っ張りスライドさせた。中のケースから輝きを無くした魔晶石が飛び出した。もう一度、柄を元に戻す。がしゃんと音がして、二つめの魔晶石が装填された。
鋼鉄竜の無傷だった首が体の指揮をとったようだ。クロと目が合う。
両者、軽く頷いた。
鋼鉄竜は、空で羽ばたきを一つくれ、勢い付けて急降下。クロを押しつぶすつもりだ。
クロは既に戦斧を構えている。刃が赤色化している。鋼鉄竜の逡巡がクロに正式な攻撃の手続きを取らせてくれたのだ。魔斧と化した大戦斧は迎撃の準備を整えて、今か今かと待っている!
上空より鋼鉄竜の体が迫る。真正面から迎え撃つクロ……ではない。さっと横へ飛んだ。もう停止も進路変更も利かない距離で。
地響きを立て激突する鋼鉄竜。だが腐っても竜。割られた方の首をしならせ受け身の要領で床にたたき付けた。本体にダメージは通らない! 割られた方の顔はどうだろう? ひしゃげているが生きている。鉱物故に痛点がないのだろうか。
ただ、鋼鉄竜の立ち位置が変わった。空を飛ぶことを止め、地上に降りている。
鋼鉄竜はクロに追撃を加えようとしているが、動きがぎこちない。どうやらクロを見失ったようだ。
果たしてクロは!
鋼鉄竜にも予感という物があったようだ。反射的に空へ飛んだ。素早い反応だったが、ちょっとだけ遅かった。
空へ上がる巨体と入れ替わるように、大蛇のような太くて長い尻尾が降ってきた。
その無機物は、音を立て、バウンドして転がった。
クロは二つある尻尾の内、一つを大戦斧で切り落としていたのだ。
相変わらず、鋼鉄竜はクロの位置を見失ったままだった。
空へ上がった鋼鉄竜だが、大質量体である尻尾を一つ切り落とされている。バランスが取りにくいらしくて、右に左にとふらふらしている。
右の壁に近づき過ぎないよう、右翼に力を入れた途端! 右翼が根本から割けて歪んだ。金属構造体として歪んでしまった。
背中からクロが飛び降りる。いつの間にか鋼鉄竜はクロを乗せたまま空へ上がっていたのだ。痛点を持たぬ故か、背部装甲の上に乗った小さな人間サイズの生き物を感知できなかったのだ。
浮力を制御する羽の一つが機能を喪失した。しかも変に歪んで右前脚の可動範囲が狭まっている。そんな状態で錐揉みしながら床に落下した。
鋼鉄竜はすぐに立ち上がった。さすが鋼鉄竜、空から落ちてもダメージがない。
ひしゃげた首とまともな首の二つは、正面を静かに見つめている。
正面にはクロが立っていた。
クロは柄をスライドさせ、新たな魔晶石を装填した。そして、正面に構える。
ここまでクロにダメージはない。鋼鉄竜は痛みこそ感じていないが、やられ放題。手も足も出ない状態。
両者の体格はカマキリと虎ほどの差があるが、強さは虎とカマキリほどの差がある。いや、差はもっと開いているか?
神鎧を手に入れたことで、クロの弱点だったチョコちゃんの防御力が爆上がりした。ブローマンより頑丈になった。
魔晶石と魔界産の金属による疑似魔剣や魔斧も、想定通りの性能を発揮している。武器によるハンデも無くなった。
次の一撃で鋼鉄竜は動けなくなる。これは確実だ。なにせ、鋼鉄竜自身がそう確信しているからだ。
ならば、魔王である鋼鉄竜は次にどの様な行動を取ればいいのか? 魔界は次にどう動けばいいのか?
魔王・鋼鉄竜は、突撃のため下げていた首をゆっくりと上げた。
クロから視線を外し、ゆっくりと後ろを向く。そのまま一回り。まるでクロに体の図柄を余すところ無く見てもらうように。
そして、クロと対峙した。
魔王の間から音が消え、耳が痛いほどの静けさが支配する。
クロが魔斧を肩口に構えた。刃は先ほどから赤い光を放っている。
鋼鉄竜は、全身全霊を込めた最後の一撃を放とうと、闘気を燃やす。
「子供らに、魔界を託す」
ぽつりとクロが呟いた。
鋼鉄竜から闘気が消えた。
鋼鉄竜はじっとクロを見つめた。
頷くクロ。頷く鋼鉄竜。
そして鋼鉄竜は、あろうことか二つの首を差し出した。
赤い光が一閃!
鋼鉄竜の首が二つとも吹き飛んだ。落下して床を揺らす。
鋼鉄竜はまだ生きているかのように、足を折りたたんで横になった。
まるで、心臓部に埋められた魔晶石を取り出しやすくする為のように……。
「済んだよ!」
静寂の中クロの声が魔王の間に木霊した。
「おつかれさまー!」
「ありがとうチョコちゃん!」
クロは、チョコちゃんが持ってきた水筒を手に取り、一口、二口とあおった。
魔王の間を出て、扉に書かれた一番目の「文字」を読む。
『この魔王を倒せし者に魔界を託す』
そう読み取れた。
「迷惑な話だ」
これまでの魔王の扉に書かれていた文様は、やはり文字だった。飾り模様にしか見えないのだが、それは文字だった。
文字だとアタリは付けていたが、今の今まで、さすがのクロもサンプル数が少なすぎるので解読できなかった文字だ。
鋼鉄二首竜の体表に描かれていた一見、図柄の様に見える模様は、基礎的な単語や文法を収めた国語の教科書であった。
その全てを目にし、余すことなく記憶し、切羽詰まる戦いの中で解析し、解読にまでこぎ着けた。
クロの記憶力と解析力と処理リソースをもってして初めて解読できた。文字は文様に偽装されていたのでよほど言語学に詳しい人間でないと、文字であることにすら気づかなかっただろう。洗練された綴りはデザイン画にも見える。
『我は巨人なる神――』
続いて、このように書かれていた。これはメッセージだ。
『我が死せる体を子達に与えるものなり』
ということは、死せる女神・大地母神から、地上の生命に向けてのものだろう。
『我が体は形ある物ではない。よって、形ある物に変えて手渡さんとす。魔界とは、形無き物から形ある物を作り出すシステムなり』
ほほうー……
『魔界は増える。無くならぬ』
上手い具合に加減せよ、ということか。
ならば任せて欲しい。策はある。
『我が意を汲みせし者に告ぐ。我が体を使い、飢えと戦から幼子を守れ。地上に平和を』
ほほうー。
……ずいぶん上から目線だな。……母親か。
クロに母はない。母の愛を知らぬ。
だが、そこはかとなく気づいている。チョコがクロに持つ感情。
「だったら、少しは理解できる……かな?」
『万物の素を正しく使え』
万物の素? ……魔素のことか?
魔素は死せる大地母神が放つエネルギーだというのか?
「だったら『魔』という単語は不味いな。『神』という単語に今更替えられないし」
小首をかしげるが、ま、いいかと、その考えは軽く放棄した。
そして残り一行を読み解く。
『愛し子よ、我が意を汲みせし者よ、富めよ』
「いいだろう。その意、我が手に委ねよ」
クロは承知した。
その言葉を待っていたのだろうか? 魔界の明かりが一段落ちた。
「いいだろう。『富めよ』か。良い言葉だ。我がブラックチョコレート商会の商売のタネに、大いに利用させていただく。搾取させていただく。利益はガッポガッポだ。いいだろう。その意、我が手に委ねよ! 死せる神々よ!」
クロの言葉を神が聞いていたら、不安でしかなかっただだろう。
「ハッハァー! ふへー!」
ジェイムスン教授が息を吹き返した。
「ク、クロ君! 終わったのかね?」
目では見ていた。だが、記憶が定着しない。現在も進行形でどんどん記憶が抜けていく。もう間もなく魔王の姿すら記憶に残らないだろう。クロが短時間で圧勝したという文章での記憶しか残らない。
――まったく、このクロという生物は……魔界研究のためにこれほど有効な人材は他にいない!――
ジェイムスン教授は自分の欲求に素直だった。
だいたい高名な学者って倫理観が欠如してるし。(注:クロ個人の感想です)




