鉱物系中魔界の魔王
中魔界に入って四日目。
前回の攻略では、魔王の間に辿り着いた日程日だ。たぶん魔王の間に到着するだろうとの意を込めて、ジェイムスン教授が同行する。
「魔界とは、何度潜っても興奮する場所である!」
「教授はまだ2回目ですよ」
「クロ君、堅いこと言うんじゃない」
朝のルーチンを済ませ、クロとチョコと教授が先行出発。
ざっと1時間ばかり歩いた頃であった。
周囲の壁の色が、濃いグレーに変わったなと思い始めていた頃だ。
なんか変わったのが出てきた。
「あ、なんか来る! 凄く速――」
初めてのことではなかろうか? チョコちゃんが言い切る前に敵が現れたのは。
ジェイムスン教授が見た物は……実際は「見えなかった」のだが……。初見の印象は影だった。対決したのがジェイムスン教授だったら、敵の数も正体も解らぬうちに切り刻まれていただろう。
なにせ、絵で表現したら斜線でしか描く事ができない速度をもった魔獣だったからだ。
全体像も判らない。何匹いるのかも判らない。目で本体を捕らえることが出来ない。武器を構える前にズタボロにされてしまうだろう。
ジェイムスン教授や普通の攻略者だったら。
チョコちゃんの優れた動体視力は、4体の大型犬ぽい四つ足だと見切った。
クロの視覚システムもそのようにしか捕らられなかった。そこで視覚システムを高速型に切り替えた。光の動きすら視認できる領域に視覚と脳の処理が切り替わった。
どうやら、クロの脳は量子を超える未知のシステムで動いているらしい。
「ほほう、速いね!」
魔獣を一言で言い表すなら、薄グレーのロボチーター。
大きさはマレー虎ほどか?
頭部に刀のような反りの入った角が一本生えている。口にも鮫の様な鋭い歯が生え揃っている。
そして、これだけの体躯、体重を超高速で動かし、コントロールするパワー。
「時速500キロはでてるね」
音速の約40%である。
そんな速度を持つ鉄の塊が4体、クロの周囲を高速で周回している。
教授の目には、ただ黒い色の付いた風がクロの周りで吹き荒れているとしか映らなかったが。
クロは、4体の移動する現在地を全て把握。ゆっくりと戦斧を構えた。
すぐに手を出してこないのは、クロがこの速度に付いてこれるか確かめているから。そんな気がしたからだ。
――案の定。
クロが戦闘態勢を取った瞬間、高速魔獣の1体が飛びかかってきた。前脚の爪と頭の角の二つを振り立てて。
クロは体を沈めつつ、ヒョイと斧を伸ばす。
教授はクロの体が二重にぶれたように見えた。次の「コマ」で床にバウンドする魔獣の「絵」を見た。ここでようやく魔獣が狼型であると視認できた次第。
クロの伸ばした斧が、魔獣の前脚に引っかかり、空中のバランスを崩したのだ。魔獣が向かうベクトルが下方へ変更され、床へしたたかに顔面を打ち付けることとなった。その攻防の結果だけを教授は目にできた訳だ。
魔獣の姿形が認識できると、高速で動いて影のようにしか見えなかった魔獣の動きが何とはなく見えてきた。とは言っても、足は全く見えない。頭部から肩にかけてのデザインラインが見て取れる程度。これに反応しろと言ってもそれは無茶な話だ。
体勢を立て直した4体が、高速度でクロの周囲を回る。先ほど、迂闊に突っ込んだ単体の攻撃が、斧で迎え撃たれた。1体だけなら対処される事を学んだ。迂闊に突っ込めない。一斉攻撃狙いのタイミングを計っているのだ。
クロは、チョコちゃん達の反対側の壁に後退していく。位置を不規則にずらしているので、魔獣も攻撃を仕掛けづらいのだろう、包囲の輪を維持したまま、クロを追って移動している。
もう壁は目の前だ。後ろがない!
それを見たジェイムスン教授が焦る!
「クロ君が追いつめられた!」
「ちがうよ、お姉ちゃんは、おいつめたんだよ! ほら!」
チョコちゃんが指をさした。
魔獣は走るのを止めていた。
背中に壁を背負ったクロ。魔獣はクロの背後へ回り込めない。正面から突っ込むしかない。
「なるほど、下がって逃げることはできないが、後ろからの攻撃はなくなった。前だけ向いていればいい。頭良いな!」
教授は、戦闘の組み立て方に賞賛を送った。
……実際の所、クロの能力からすると、この程度のスピードしか出せない魔獣は敵じゃない。背後から飛びかかられても簡単に切り伏せられる。
しかも、速いのは足だけ。直線でしかスピードを出せない相手に遅れを取りようがない。
ではなんで、わざわざまどろっこしい方法で戦おうとするのか? それは教授が見ているからだ。
教授に手の内を見せたくないのが唯一つの理由だ。だから戦術を使った。
意を決したのだろう。魔獣4体が横一列に並んだ。上下左右から、同時に飛びかかるつもりなのが透けて見える。いや、むしろ連係攻撃をこなす知能に驚きたい。
クロは戦斧を小さく構える。
両者、未だ動か――魔獣が消えた。0距離で時速500キロの速度を出した! クロは――
クロも消えていた。
教授には、消えたとしか見えなかった。
チョコちゃんは――目と頭が動いている。両者の動きを捕らえている!
ガツンガツンと堅い物同士が合わさる音だけが聞こえる。音がするたび、クロと魔獣が打ち合っているのだ。
教授は目で追うのを諦めた。たまに視界に影のようなのが横切るが、それがクロだか魔獣だか、あるいは両方だか判別できない。
チョコちゃんは追えているようだが、別に悔しくない。
よく考えれば……教授は魔界の成り立ちをメインテーマに据える研究者である。魔獣の能力だとか、クロの異常性だとか、研究に及ぼす影響は少ない。余計なことに頭脳のリリースを割きたくない。
チョコちゃんを見るに、時々手を強く握りしめている。クロは善戦しているのだろう。
音が鳴り終わったら決着が付いた証であろうから、しばしの間休憩しておこうと思いポケットからタバコを取り出した。
タバコを口にくわえた途端、地響きを立てて4つの鉄くずが床を転がって滑っていった。鉄製なのに妙に脆い魔獣だ。
ああ、決着が付いたのだなと教授は思った。
取り決めでは、クロ立ちは魔獣を解体しなくても良いことになっている。
だがしかし、魔獣は形を残さずバラバラになっていた。高速化を実現するため、軽量化がはかられていたようだ。中はがらんどうである。
高速化を実現するための軽量化。軽量化と引き替えに防御力が弱くなったのだ。
「フレーム構造にすれば飛躍的に強度が上がるのにね。そうそう、装甲板をフレームと兼用すれば強度アップしつつ軽量化がはかれるのに」
今までと違うタイプの魔獣に興味があったクロとジェイムスン教授は、残骸を調べることにした。
胴体を丁寧に調べていくと、魔晶石が見つかった。それも1体あたり3つだ。
「クロ君、解るかね? 心臓部にある1個は、本来の魔晶石で、心臓に相当する石だろう。では、残り2つは何のためにあるのだろう?」
「これほどの速度を出すには、別途エネルギー源と、高速域で四肢をコントロールするための運動脳、この2つが必要ではと推測いたします。ほら、数も丁度2つだし」
「なるほど、そうか。腹の部分はエネルギー。腰にあるのはもう一つの脳だと。上手く説明が付くな」
「脳と表現しましたが、鉱物系に脳はありません。魔晶石が心臓と脳を兼ねているかと推測します」
「話は変わるが……、なんで高速魔獣がこんなタイミングで出てきたんだろうね? 何か意味があるのかな? 違和感を覚えないかね?」
「うーん……」
クロは腕を組んで押し黙った。
心当たりがある。目的は解らないが、クロの能力を調べてないか?
誰がって? 魔界だよ。
鉱物が火の魔法を使った。鉱物系が使わないとは断言できないが、通常の冒険者だと攻略難易度が高すぎる。アリバドーラを代表するザラスのチームでも無理ゲーだ。
――この魔界は、クロと戦う気概に満ちている――
そして、その日の夕刻。
とうとう魔王の門に到着した。
門前を守る魔獣は細かい砂で体を構成した不定形魔獣であった。砂の総量はざっとダンプ1車分。
斬れど、突けど、押せど、殴れど、ダメージが通らない。心臓部である魔晶石を狙うも、どうやら常に移動しているらしく、場所が一定していない。
「考えたな」
切っても切っても尻から繋がっていく。お握り程度の大きさで切り離せば、さすがに再結合する事はないのだが、ダンプ一杯分をチマチマと切り刻んでいくなど……、3時間かけて丁寧に細かく切り刻み、魔晶石を取り出した。
チョコちゃんがお昼寝から覚めたら、クロが肩で荒い息をついていた。
中魔界に入って五日目。
ニール君達サポート部隊が到着するのを待って、魔王の間攻略に取りかかった。
クロの装備は、腰に式神鉞、両手に二種類の武器を持っている。
右手には珍しくも長剣。幅広の刃。付け根に魔晶石が埋まっている。単語だけは前出したオルタナティブ魔剣だ。
左手には大振りの刃を持つ特大戦斧だ。この戦斧、槍でいう所の石突きの部分に仕掛けが仕込まれている。
どちらかを魔王に合わせて瞬時に選択するつもりだ。
予備の武装として、チョコちゃんにいつもの戦斧を持たせてある。声をかければ、魔王の間の中へ放り込んでもらう手はずだ。
助手の皆さんが魔王の門に手をかけた。前回同様、門に文字だか文様だかがみっちりと刻まれている。小魔界の時や前回の時と少しずつ配列やデザインが異なっていた。たぶん文字だと思うのだが……。
さすがのクロも、サンプルが少なすぎて解読のしようがなかった。潜るたびサンプルを集めていけばそのうち解読できるだろう。
「クロ君、気をつけたまえ。これまで出没した魔獣から推測されるに、大魔界クラスの魔王が鎮座していても不思議はない。それにしても何だろうね? 今回は前回と明らかに違う。魔獣が強すぎないか? その強すぎる魔獣を事もなく倒していくクロ君も大概だが……なににせよ、気をつけたまえ!」
「了解です、教授。さあ、開けるぞ!」
助手達が集まって門を力一杯押し開ける。この辺も、多人数の利点だ。
開いていく門。中は真っ暗。何も見えない。
チョコちゃんの出番だ!
「おっきい! 首が2つ。翼があって、お空にうかんでいる! たぶん尻尾も2つある。なにこれ?」
「クスクス、なぞなぞだね」
当たりを付けたクロが、幅広の剣を捨て、巨大戦斧の柄を両手で握りしめた。
「突貫!」
クロが飛び込む!
瞬時に魔王の間に明かりが灯る。
「おおっと!」
魔王は鉄の体。これは予想の範疇だ。
鋼鉄の胴は、アフリカ象を4頭束ねたほど。胴全体に奇妙な図柄が黒のインクで描かれている。
天を支える柱のような太い後ろ足。破壊槌がごとき凶悪な爪を持つ前足も太い。
胴から長ーい首が2本、大蛇のように突き出している。先端に肉食系恐竜の頭。口には杭のような牙がずらりと生えそろっている。
死角であるはずの後方には、刃のような棘がずらりと並んだ太くて長い尻尾が2本、リラックスしてたゆたっている。
背中では1対の巨大な翼がゆっくりと羽ばたき、浮力を得ている。たぶん浮遊魔法の発生装置だ。ここが想定外の所。そして天井がやたら高い。部屋も野球場より広い!
「鋼鉄二首竜?」
「シギャァァーオァォァアアー!」
ドラゴン・ウォークライ。
戦端は、鋼鉄の竜から開かれた!




